骨肉の兄弟は争う運命なのでしょうか?

観応の擾乱』を読んでいます。

室町時代初頭の尊氏と直義の争い、ということですが、学生時代に日本史の授業で習った記憶がないんですよね。あたしたちのころは必須項目ではなかったのでしょうか?

で、尊氏には直義という弟がいたことは知っていましたが、仲が良かったのか悪かったのか、よくわかりません。しかし、歴史を繙くと兄弟の争いというのは多いものですね、中大兄皇子と大海人皇子、頼朝と義経、家光と忠長、骨肉の争いが絶えない気がします。

あるころから長子相続が主流になりましたが、日本の古代においては兄弟相続が結構多くて、兄弟で相続すると次の代は兄の息子へ行くのか、それとも弟の息子へ行くのか、そんなところに周囲の思惑も絡まってお互いに争うようになるのでしょう。

もちろん、秀吉と秀長のように協力して政権運営を行なった兄弟もなくはないですが、全体的には争ったパターンの方が多いのでしょう。

で、思い出したのが、宋の太祖と太宗兄弟です。『独裁君主の登場 宋の太祖と太宗』なんて本も読んだことがあります。

この二人も仲が良かったのか悪かったのか、ちょっとわかりにくいところがあります。弟が兄を巧く担いだのか、兄が担がれている振りをしていただけなのか、あたしにはなんとも判断が付きかねます。

ちなみに、あたしが読んだのは上の写真の右側、新書サイズの方で、現在は絶版ですよね? 左側の単行本サイズに生まれ変わっているようです。

「25ans」と表記して「ヴァンサンカン」と読む

昨晩は、勤務先の同期6名で飲み会でした。われわれ同期が、なんと今年で勤続25年ということで、自分たちで祝おうということになったわけです。25年で6名ですから、合わせると150年ですか? って、合算する必要性はありませんが……(汗)

さて、2月9日だというのに、肉ではなく魚介の店、「俺の魚を食ってみろ!!」の神田本店。コースではなく、その場でいろいろ注文してみんなでつまみました。

そんな料理の一つが上の写真。玉手箱というらしいオススメの料理で、一人にお重が一つで人数分がこんな風にドドーンと登場しました。登場したときは一番上は蓋がしてあって、結ばれていた紐をほどき蓋を開けるとドライアイスの煙が立ちこめるという演出。浦島太郎の玉手箱ですね。

ちなみに手前の食べ終わったお皿はサバの炙りで、これがまたとても美味しかったです。テーブルへ来てから、お店のスタッフの方がハンディバーナーで炙ってくれました。

さて、上掲の玉手箱の中味はこんな感じです。つまりはお刺身の盛り合わせですが、もちろん、とても美味しかったです。スーパーなどのお刺身と違って、こういうところだと、刺身の下に敷いてある大根も美味しいですね。

で、そんな風に和気藹々と楽しんでいるところへ、某テレビ番組の取材クルーが登場。

上の写真は取材を受け、カメラの前で答える同期の桜の一人です。

家の中から出てきたとしても、お宝ではないのね?

今朝の朝日新聞、わが家の地域に挟み込まれていた広告の一つ。

最近高齢者ドライバーの事故が増えているのと、逆に交通事故にある高齢者も多いので、啓発のための警視庁のチラシのようです。

当然のことながら、高安関や相撲協会に許可を得てのチラシでしょうが、このダジャレと言うか掛け詞と言うか、どうなんでしょう? 高安関って、顔を見ただけで多くの人がわかるのでしょうか? 「このお相撲さん、誰?」と思いながらチラシを見て、横の文字の赤くなっているところに目が行って初めて「ああ、高安関なのか」と気づいた人が多いのではないでしょうか?

ただ、あたしの場合、高安関の顔を知らないので、写真の関取が違う人に差し替わっていたとしてもわかりませんが……(汗)

そして、もう一枚。

高安関のチラシも大切なことが書いてありましたが、それなりにほのぼのとした雰囲気も合ったのに対し、こちらは絵柄からして物騒な感じです。

家の中を探したら拳銃が出てくる、なんて家庭がどれくらいあるのでしょう? あたしの住んでいる地域は、確かにこの十数年、マンションも増えましたが、まだまだ昔から住んでいる、元農家という大きな家も散見されます。となると、蔵や納屋の中を探したら、思いもしないものが出てくる可能性はあるのでしょう。

それにしても、旧軍用とありますから、おじいさんとかに戦争へ行った人がいる家庭になりますよね。ちなみに、わが家は父方も母方も先の戦争で死んだ人はいませんし、従軍した人もいませんから、拳銃がある可能性も皆無です。

何のために外国語を学ぶのか

外国語の翻訳機の記事がネットにありました。

翻訳機って、つまりは自分の代わりに外国の人と会話してくれる機械ってことですよね? 恐らく現時点では「まだまだ実用としてはちょっと……」というレベルなのかも知れませんが、数年後には十分実用に耐えるレベルにまで進歩すると思います。

さて、こういった翻訳機、見知らぬ外国へ旅したときに、「まあ、英語ならカタコトで喋ることもできるけど、その他の言葉は…」という人には重宝するのでしょう。もちろん英語すらできない人にとっても、ですが。

そうなると、大学などで外国語を学ぶ必要はなくなるのでしょうか? あるいは小学生のころから英語を勉強しようなどという動きも不要になってしまうのでしょうか? これは、語学を柱の一つとしているあたしの勤務先にとっては由々しき問題です。ただ、いくら翻訳機の進歩が速くても、少なくともあたしの定年までは大丈夫だろうと高を括っています(汗)。

で、話は戻って外国語を学ぶ必要性についてです。

本来、外国語って、それを使って外国の人と交流したり、外国の歴史や文化、風物を知ったりするためのものだと思います。文法学者や言語学者を除けば、外国語を学ぶことが目的という人は稀で、ほとんどの人にとっては外国語を学んで、それからどうする、というものだと思います。つまりは目的ではなく手段である、ということです。

翻訳機が使い物になるようになったら、とりあえず外国語を学ばなくても会話はできるようになるでしょう。ただ、会話ができるということが交流なのかというと、完全にイコールではないと思います。外国語を学ぶと日本語とは異なる語順といった文法的な面に関心が向きがちですが、表現の仕方に違いにも興味が生まれるものです。日本語なら細かく分けて表現するものに対して、ある国の言葉はそれらすべてをたった一つの言葉で表現してしまう、といったことなど、関心を持ち出すときりがないほど楽しい差異が見えてきます。

こういうことを知るのが、外国語を学ぶ醍醐味だと思います。そんなところまで翻訳機はカバーしてくれるのか、フォローしてくれるのか? それはちょっと技術の進歩とは別の話でしょうね。

新製品に弱い?

本日のランチ。

ローソンの新商品らしいです。

食べた感想は、と言いますと、ポテトなのかマーガリンなのか、どっちつかずな感じでした(汗)。

しかし、こういう風に新商品、新製品が出ると、つい手が伸びてしまう悪い癖ですね。

たぶん、ヲタ以外の人には違いがわからないと思います!

紳士服はるやまの新CMに乃木坂ちゃんが出るというニュース、ちょうどその前の日に、とある大学の生協へ営業に行ったとき、貼ってあったポスターが乃木坂ちゃんだったので、「あれ、これ去年のポスター?」と思っていたところでした。新CMだったのですね。

これはこれで、ファンにとってはよいと思うのですが、清楚できれいな乃木坂ちゃんに男装させる意味があるのか、という意見もあるでしょうね。

ただ、あたしの場合、このCMの映像を見て最初に思い出したのはこちらです。

欅坂46の「風に吹かれても」です。この曲で欅ちゃんたちはスーツ姿でカッコよく踊っているのですが、ヲタ以外から見たら両者は同じに見えませんかね? 見えますよね?

いや、ダンスだって違うし、バックに流れている曲が全然違うじゃない、と言おうと思えば言えますし、そもそも違うものなんですけど……

あたしとしては、「なんだよ、乃木坂も妹分の欅坂の真似しているのかよ」と言われてしまうことだけが心配です。

こういうジャンル、何と呼べばよいのでしょう?

店頭で見かけた『孤島の祈り』という小説。

集英社のサイトには

南極近く、絶景の無人島に取り残された若い夫婦。ペンギンの肉を貪る極限生活は、二人の信頼の絆をも蝕んでいく。単独ヨット世界一周を果たした女性冒険家による迫真のフランスベストセラー小説!

と書いてあります。こういう、冒険に出て極限状態を体験するストーリーって、やはり一定の需要があるのでしょうか、時々見かけますし話題になるものもありますね。

あたしの勤務先だと『緩慢の発見』というのが近い作品だと思います。ちなみに、こちらの内容紹介は

「遅い者のほうが多くを見る」──19世紀イギリスの探検家ジョン・フランクリンの知られざる人生。いわゆる「歴史小説」とは異なる視点から書かれた、ドイツ文学の新たな古典といえる名作。

といった感じです。これだけだと両者が近しい本だと感じられないと思いますが、単なる冒険譚だけではないものがどちらにもあるのではないかと思います。

クセジュは何処へ置くべきか?

とある書店のデザインの棚。そこに見覚えのある本が!

文庫クセジュの『100語でわかる色彩』です。

実はこの本、新刊なんですが、出足好調なんです。たぶん、こういう風にデザインの棚から売れているのだと思います。

文庫クセジュを置いている書店は少ないと思います。置いてあったとしても、ほとんどの書店では、新書コーナーの片隅に文庫クセジュのコーナーがあって、新刊が出たらそこに並べられているだけなんだと思います。

でも、こんな風にデザインの棚に持っていくと、俄然、本も生き生きしてくるように感じられます。クセジュって、こんな風に内容に合わせて置く(並べる)場所(棚)を変えてみるのもアリだと思いますし、是非そうしていただきたいものです。。

 

ちなみに、クセジュの少し横に並んでいる『配色の設計』の著者ジョセフ・アルバースは、あたしの勤務先の『デザインについて』の著者アニ・アルバースの夫です。ですので、こちらも一緒に並べてもらえると嬉しいのですが……

なお冒頭で「とある書店」と書きましたが、青山ブックセンターの六本木店です。

Good Newsなのか、Bad Newsなのか?

ここ数年、小田急線沿線の営業担当であるということは、このダイアリーで何度も書いていますが、その小田急線、この3月にダイヤ改正があります。

長いこと工事をしていた代々木上原から登戸までの複々線化工事が終了し、朝のラッシュ時の混雑緩和が劇的に(?)緩和され、それに伴うダイヤ改正なんだそうです。

急行が増発とか終電が遅くなるとか、そういったダイヤ改正ならそれほど混乱しませんが、今回の場合、今まで複線だったところが複々線になるわけで、ダイヤの柔軟性が大幅に上がりますから、かなり大がかりな改正になりそうです。

あたしのように日常的に使っていても、通勤では使っていない人間と、朝夕の通勤通学に使っている人とでは、このダイヤ改正に対する感想もずいぶんと異なるものになると思います。世間では狛江に準急が停まるということで狛江市のTwitterが盛り上がったというニュースも目にしましたが……

さて、あたしにとって一番嬉しいのは、登戸に快速急行が停まるようになることです。小田急線沿線の営業回りをして、帰路はだいたい登戸で南武線に乗り換えて、というのがパターンでした。相模大野とか町田方面からの場合、快速急行では新百合ヶ丘の次は下北沢になってしまうので、あえて急行を選ばないとなりませんでしたが、これからは快速急行で構わないわけですから、これは非常に嬉しいです。

ただ、これまで快速急行が停まらなかったのが不便だったのかと問われると、それほどでもありませんでした。快速急行の後にはたいてい急行が走っていて、一本やり過ごせばよいだけでしたから、快速急行が停まらなくて不便というほどでもありませんでした。もちろん停まってくれた方が楽といえば楽なのですが(汗)。

ただ、それはあたしにとってのことであって新百合ヶ丘以西に住んでいる人にとってはどうなのでしょう? もちろん、そういう人の中にはこれまでも登戸で南武線に乗り換えて通勤通学をしていた人もいたでしょうから、そういう人にとっては途中で急行に乗り換えなくて済むのはグッドニュースだと思います。

しかし、快速急行を使っている新百合ヶ丘以西の住人の大半は新宿まで行く人だと思います。そして、そういう人たちのために途中を通過する快速急行が走り始めたのだと思います。それなのに途中の登戸に停車するなんて……

実際、どの程度の需要があるのでしょうね?

もちろん、登戸に停まっても、そこから先(新宿方面)が複々線になったので、所要時間は却って短くなるはずだと思いますが、やはり駅に停車するかしないかというのは、心理面で大きいと思います。

あと一か月ほど先になりますが、蓋を開けたらどうなりますことやら。

高い本だけではありません!

先日、内容見本のパンフレットをご紹介した近刊『落語登場人物事典』ですが、本書はなんと、本体価格が24000円もする巨冊です。

この値段ですと、気軽に手が出るものではありませんね。なので、もう少し廉価な書籍をご紹介します。

 

落語と川柳』『ぜんぶ落語の話』の二点です。これらは一般的な単行本ですので気軽にお求めいただけるはずです。

前者は、なぜ落語では川柳がよき脇役なのか、昭和の名人志ん生や文楽らが集った「鹿連会」の模様から、噺のネタで使用される具体的な作品まで、読売新聞川柳選者がその魅力と役割に光を当てた一冊です。

後者は、噺家のさまざまな物語を中心に、戦争前後の落語界の変遷、演劇や俳句との関係などを重層的に織りなす、通をも唸らせる高質なエッセイです。

これでもまだ高い、という方には新書判のハンディな『落語名人伝』『落語風俗帳』という書籍もありますので、懐具合と相談しながらお求めいただければ幸いです。

こちらも前者は、落語の起源を江戸初期の豊かな話芸のなかに求めて、安楽庵策伝や霧の五郎兵衛などの創始者の姿を、当時の時代背景のなかに描き、その後に続く名人と称される多くの噺家の芸と人物をたどり、不世出の名人圓朝、さらに昭和の名人にまで、豊富な資料を駆使した著者多年の労作です。

後者は、仏教が庶民生活に浸透していた江戸時代に生産された、いわゆる古典落語には、仏教が当然入りこんでいますが、仏教信仰の薄い今日では、仏教語やその習俗についてわからない人が多くなっています。64の古典落語を仏教宗派別に分類し、咄の中に出る仏教語や行事や慣習をわかり易く解説したユニークな本です。

ところで『落語登場人物事典』をご注文の際に一文字違いの『落語登場人物辞典』を注文なさらないよう、ご注意ください。いえ、別に両方買われても構いませんし、出版社としてはその方が嬉しいですが……