久しぶりにB級ホラー

録りだめておいたホラー映画を鑑賞。

まずはこちら。

溺殺魔 セバスチャン・ドナー」です。溺殺魔って造語? まあ、言わんとすることは理解できますが……

水を介して襲ってくる殺人鬼なんで、夢を媒介としたエルム街のフレディ的な存在です。で、この殺人鬼、そもそもは実在していた人間だった者が悪霊化したのか、そのあたりはよくわかりません。かつて一度は倒されたようですが、ある女性を妊娠させ、そこからまた赤ん坊として復活したようです。本作では結局きっちり倒すことができなかったのか、あるいは主人公自身が新たな溺殺魔になってしまったのか、ちょっとわかりにくい結末でした。

竣工は溺殺魔の娘のようですから二代目になる素質は十二分にありますが、だったらなぜ娘が襲われたのか? あるいは溺殺魔としての秘めたる血を覚醒させるためのイニシエーションだったのでしょうか?

いずれにせよ、映像としてはそれほど怖くはないですし、ジャパニーズ・ホラー的なジワジワくる恐怖もありません。むしろ溺殺魔は悪霊でも何でもなく、実在の変質者として描いた方が恐怖感が増したかも、という気もします。このあたりがB級のB級たる所以でしょうか?

続いては「バイバイマン」です。

こちらは妄想なのか実在なのかのわからなさをうまく使ったホラーになっていますが、結末がちょっとなあ、という感じ。

一番最初に殺されそうな人物が結局最後まで辛うじて生き残り、続編へ続かせるようなエンディングです。ただし、この程度のB級ホラーでは続編はないでしょう(爆)。それに作られたとしたら、真っ先にこの人がやられると思います。

ストーリーとしては、先の「溺殺魔」もそうなのですが、襲ってくるバイバイマンがつまり何者なのか、どうして出現するようになったのかがよくわかりません。溺殺魔の方は多少の過去譚が語られましたが、本作の場合はかつての惨劇とそれを追っていた記者の悲劇が語られるくらいで、そこでもいきなりバイバイマンが現われていた感じです。

しかし、本作も取り憑かれた人たちの恐怖心を利用して襲ってくるという点では「溺殺魔」と同系統と言えるでしょうし、フレディの亜流と呼べる作品なのだと思います。で、肝心なホラーとしての怖さは、こちらもほとんどありませんでした。主人公の兄とその娘が巻き込まれなかったのが(たぶん続編が作られたとしても)せめてもの救いであり、ホラーとしての詰めの甘さかも。

お城の天守閣は鉄筋コンクリートでもよいのか?

お昼のニュースで、山口線のSL重連運転の模様を伝えていました。D51とC56、2両のSLが繋がって客車を引っ張る様は壮観です。C56は明日の運行で引退らしいので、ファンにとってはたまらないイベントになっているのでしょう。

SLは維持するのが大変、運転を含めた動かす技術の継承も難しくなってきている昨今、国内で残っているSLはいつまで走り続けられるのでしょうか? もちろん、こういう集客効果を見込んで、確か東武鉄道がSLを走らせる計画を立てていたと、少し前にニュースで知りました。やはりネックは技術を保つことと車両のメンテナンスのようです。

そんなニュースを聞いていて思ったのは、どうせSLを走らせる区間は通勤電車が走るような路線でもなければ、ましてや新幹線や在来の特急が走ることもない路線でしょう。つまりそれほど速く走る必要はないと思われます。

だったら、外観だけSLにして内部は完全に電気で動くような列車は開発できないものでしょうか? 日本の技術であればそれほど難しくはないと思います。汽笛の音も人工的に作れるでしょうし、煙だって水蒸気かドライアイスで環境にやさしいものが出せるはずです。言われなければ、パッと見には、完全に当時のままのSLというのは作れると思います。まさしく銀河鉄道999です。

しかし、そういう風にして作ったSL、きっと往年のファンは嫌うのでしょうね。本物じゃない、と言って。

確かに、石炭をくべて本当にそこで火を焚いている力強さは出せないのかも知れませんが、今の時代にSLを走らせようと思ったら、こういう方法しかないのではないでしょうか? もちろん、こんな「似而非SL」で観光客を呼び込めるのかどうか、そこはわかりません。昔のSL、本物のSLが走っているからこそファンが集まってくるのでしょうから、ニセモノでは誰も来てくれない可能性も考えられます。

ただ、断わっておきますが、見た目は完全にSLを再現できたらどうでしょう? 多くの撮り鉄にとっては被写体として完全なSLであればそれでよいのではないのでしょうか? 乗り鉄だって、機関車の車両に乗るわけではないでしょうから、客車に乗っている限り、吸っても煙くない、窓を開けていても汚れない煙を出しながら走るSLでもよいのではないかと思うのです。

そんなことを考えていたら、最近話題になっているお城の天守閣を鉄筋コンクリートで復元する計画の是非について思い至りました。耐震の問題を考えると、かつてのような高層の天守閣を木造だけで作るのは法律が許さないのでしょう。しかし、多くの城マニアは鉄筋コンクリート造りの天守閣を本物の天守閣とは認めないはずです。

そう考えると、SLと似たようなことだと思います。外見だけSL、中は電気の機関車を認めるのであれば、外観は全く創建当時のまま、内部は鉄筋コンクリートの天守閣だって「あり」なのではないか、そんな風に思えてきました。

冬も終わり

わが家のストーブです。

本日撮影したものです。

えっ、この熱い日にストーブを焚いているの? と聞かれそうですが、はい、その通りです。

仕事のあるときは、朝は4時前に起きるので、まだちょっと多少寒いときもあります。さすがにこのところは使わなくなりましたが、朝はやはりちょっとストーブが恋しいときもあります。

オフィスビルなどが顕著ですが、外は暑くても建物の中は寒いってことがありますよね。それと同じで、わが家も2階は燦々と降り注ぐ日差しで室温も上がりますが、1階はあまり日が入らないので、時にはちょっと肌寒いときもあるものです。

今日がそうだったのかと問われると、午前中は確かにちょっと肌寒い感じがしました。このところの真夏並の暑さから一転、ちょっと気温が下がると寒く感じるように人間の体はできているものです。

ただ、だからといってストーブをつけなければならないほど寒かったわけではありません。

実は、このストーブは石油ストーブなのですが、あとほんのちょっとだけタンクの中に灯油が入っていたのです。このまま仕舞うわけにもいきませんが、かといってそれを取り除くのも大変です。そこでちょっと肌寒かった本日、ストーブを焚いて残っていた灯油を使い切ることにしました。

すぐに消えるかと思ったのですが、意外と長持ちして、昼を回って午後の2時ころまで、時間にすると4時間か5時間くらいは燃焼し続けました。これでは家の中が暑くてたまりません。窓を開け、風通しをよくしながらストーブを焚く、傍から見たら何をしているのかまるで理解不能な行動でありましたが、これでようやくストーブも仕舞うことができました。

いつのまにかこれだけしか残っていなかったとは

乃木坂46の新曲「シンクロニシティ」のカップリング曲は今回も何曲かありますが、その中で一期生のみで歌っている「Against」という曲があります。


sonoMVが公開されたとき、ファンの間では曲自体も比較的好評だったのですが、「一期生ってもうこれだけしかいないんだっけ?」という意見が聞かれました。

MVはご覧のようにメンバーが入れ替わり立ち替わり踊っていて、全員が一堂に会して踊るシーンが少ないので、全部で何人出ているのか、ファンでなければほとんどわからないと思います。そんな新曲「Against」のMV衣装の生写真がオフィシャルサイトで発売になりました。

そこにメンバーが並んでいます。なんと1ページで収まってしまっています。ふだんですと全メンバー分が掲載されているので2ページ目、3ページ目まであったりしますが、一期生だけですともう1ページで収まってしまうのです。数えてみると20名です。ずいぶん辞めていったメンバーがいるのですね。

「46」はAKBの「48」より少ない人数でもやれるという意味をこめた命名だそうですが、そもそも追加メンバーの募集が極端に少なかった乃木坂46ですので、辞めるばかりで増員が滅多にないグループでした。だから一期生だけとなると、ここまで少なくなってしまうのか、というわけです。

ただ、7年活動していて、一期生がまだこれだけ残っているというのも、それはそれですごいものかも知れませんが……

没後90年

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横山光輝『三国志』のこと

この数年、ゲームの影響なんでしょうね、戦国武将をはじめとした歴史上々の人物たちが、アニメキャラ風に描かれた書籍を見かけるようになりました。

ああいうの、どうも好きではありません。残っている肖像画がどれだけ本人に似ているのかはわかりませんが、少なくともアニメキャラ風のイラストのようなスタイルでなかったことだけは確かです。あんな目鼻立ちの日本人は戦国時代にはいなかったはずだとツッコミを入れてみたところで蟷螂の斧、詮無いことなのでしょう。

また、近代の文豪も、肖像写真が残っているにもかかわらず、どう見たって本人とは思えないようなイラストがカバーに描かれた文庫なども増えています。本当の顔がわからない歴史上の人物ならともかく、ほぼ容姿が判明している近代の人までこんな風になってしまうとは……

個人的にはとても嫌いですし、そんなカバーが掛けられているだけでその本を買う気が失せます。

が、それはあくまであたしの個人的な感想であって、書店の人に話を聞くと、やはりそういう親しみの湧くイラストがカバーになっているモノの方がよく売れるのだそうです。確かに、芥川龍之介の文庫本を買おうというときに、若い子であればカッコいいイケメンのイラストの本をチョイスするだろうことは火を見るより明らかです。

こんなんでいいのか? と嘆くのは年をとった証拠なのかな、と思いつつ、ふと思ったのです。横山光輝『三国志』が出たときはどうだったのかと?

別に『三国志』でなくても構いません。確かに横山光輝には『水滸伝』もありましたよね。そういった作品が世に発表されたとき、以前からの中国文学ファンはどう感じたのだろうかと思うのです。

今でこそ、横山作品は評価されていると思いますし、もちろんゲームキャラ、アニメキャラ的なタッチのイラストではありません。とはいえ、それは現在から見てのお話。あれらが発表された当時としてみれば、時代考証も何もかも無視した、カッコイイ登場人物の造形に多くの人は嫌悪感を示したのではないだろうか、と思うのです。

しかし、あの『水滸伝』や『三国志』のお陰で中国にハマった人、好きになった人って多いと思います。そう考えると、やはり中国古典に親しむ人を増やすという意味では正しかったのかなと思います。時代が変わればイラストの雰囲気も変わるはず。あたしの時代には横山光輝だったように、今の時代ならアニメ風、ゲーム風のキャラ、イラストが人の心に届くのでしょう。

なので、最近は書店でその手の本を眺めても以前のような嫌悪感を抱くことは少なくなりました。まだ完全に嫌悪感がなくなったわけではないところが年齢のせいなのかと思います(汗)。

で、真実は?

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「世界を変えた」人は確かに立派なのでしょうけど……

書店店頭でこんな本が並んでいるのを見かけました。

 

世界を変えた100人の女の子の物語』と『世界を変えた50人の女性科学者たち』です。タイトルもよく似ていて装丁まで似た感じ、同じ出版社から出たシリーズもののようにも見えますが、微妙に判型が異なりますし、そもそも出版社が異なります。

このような「世界を変えた」と名が付く書籍は偉人に注目したものが多いですが、本や建物、発明などモノにスポットをあてたものも数多く出版されていて、このジャンルの人気があることがうかがわれます。つまりは「失敗の本質」の逆で、成功した人の体験に学びたいということなのだと思います。

一般的なものは既に出尽くしたので「女性」にスポット当ててみたのがこの両書ということなのでしょうか。いみじくもそんな両書がほぼ同時刊行されているのは偶然なのか、必然なのか、そのあたりの事情はわかりません。前者は224ページで税込み2592円、後者は128ページで同じく1944円。前者はタイトルが「女の子」となっているように、大人だけでなく、多分に児童にも目を向けた本のようですね。

ところで、こういう「世界を変えた」人の話って、確かにためになるし、勉強になるし、自分も頑張ろうという気持ちにさせてくれる面はあると思うのですが、あたしのような天の邪鬼はどうしても説教臭さが気になって素直に受け取れないところがあります。たぶん、そういう人って多いのではないでしょうか?

そんな人たちに是非読んでもらいたいのが『バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人』です。これも先の二書と同じように翻訳物ですが、たったの13人で446ページ、税込み価格はなんと3888円もします。こちらは、一人一人に紙幅をきちんと割いた読み物です。

この手の本は、翻訳にしろ、日本人の著作にしろ、一人数ページで簡単にその偉人が成し遂げたことが理解できるように作るのが王道だと思います。しかし本書はそうではなく、とにかく自分の信念だけを信じ、ただそれにひたすら忠実に、真面目に生きた13人の物語です。

本書が出た当時、朝日新聞の読書欄で三浦しをんさんが紹介してくださいました。

私が特に好きだったのは、前述した十九世紀のロミオ役者、ロバート・コーツと、台湾人だと自称して十八世紀のロンドンを騒がせたジョージ・サルマナザールだ。コーツ氏の珍妙な舞台衣装と熱演ぶり(および観客の戸惑いと怒号)の描写は、腹の皮をよじれさせずに読むのが困難だ。見たかったよ、こんなすごすぎる『ロミオとジュリエット』! サルマナザール氏に至っては、数奇な人生すぎてここでは説明しきれない。彼は日本人を自称したこともあるのだが、実際はアジア人では全然なかった。(2014年9月28日付朝日新聞)

この文章だけでも、本書を読んでみたくなったりしませんか? ちょっと高いしボリュームもあるので気軽に手が伸びる本ではないかも知れません。しかし、読み始めたら止まらない、とにかく面白い一冊です。そして三浦しをんさんは

本書に登場する人々は、ほとんどが失意と悲しみのうちに世を去り、死後の栄誉や称賛とも無縁だ。だが、著者の丹念な筆致は、大切な事実を浮き彫りにする。情熱を持って精一杯生きたひとのなかに、「敗れ去ったひと」など本当は一人もいないのだ、ということを。

と紹介文を結んでいます。あたしも読みましたが、読後に一抹の寂しさと共に何とも言えない爽快感、満足感も感じられるのが本書でした。

佐々木琴子はロシアが好き

今年はロシアでサッカーのW杯が行なわれるのでしたね。少しはロシア・ブームが来るのでしょうか? 芸能界でも上坂すみれとかロシア好きで知られる人も少しはいますが、まだまだ少数派です。もう少し盛り上がれば、ロシア関連書籍も売れるのではないかと思うのですが……

 

あたしの勤務先、実はロシアものもそこそこ出していまして、レーニンやスターリンの評伝ですと気が重いと感じる人もいるでしょうから、まずは『クレムリン 赤い城塞の歴史(上)』『クレムリン 赤い城塞の歴史(下)』などをお薦めします。

さて、乃木坂46のメンバーにもロシア大好きメンがいるんです。

佐々木琴子と言いまして、容姿は端麗、正統派の美人顔だと思いますが、積極性に多少難があるのか、ファンの間以外ではまだほとんど知られていません。もちろん表題曲の選抜メンバーに選ばれたこともありませんし、乃木坂46の冠番組でもそれほど活躍しているとは言えない状況です。

たぶん上に引用した、日本テレビ系の冠番組「NOGIBINGO!7」の#7「クイズ ささきとすずき」がほとんど唯一と言ってよいほどのフィーチャー回だったと思います。そんな佐々木琴子にロシアものの帯を飾ってもらえたらと思って、ちょっとパソコンに遊んでみました。

 

うーん、なにか一言欲しいところですね。彼女がよくブログに書いている「Пака」なんてどうでしょう? ロシア語で「じゃあね」というようなあいさつ言葉だそうです。書籍の帯としてはおかしいかも知れませんが、佐々木琴子なら言いそうなので……(汗)