まだまだ載る予定です

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モンスーン(季節風)から台風へ?

昨日の朝日新聞夕刊に『モンスーン』の著者、ピョン・ヘヨンさんのインタビュー記事が載りました。先日の読売新聞にも載っていましたので、立て続けの登場です。

この『モンスーン』は、このところ紹介されてきたフェミニズム系の韓国小説とは一線を画し、日常の不条理を描いた、読んでいてゾクゾクする短篇集です。「ちょっとフェミニズ小説は苦手だな」と思っていた方にも本作なら楽しく(?)読んでいただけると思います。

もちろん、このところの韓国文学を読み漁ってきた方にも「韓国にはこんな作品もあるのか」と思っていただけると思いますし、既に邦訳は数冊出ているピョン・ヘヨンさんではありますが、「こんな作家がいたのか」と感じてもらえると思います。

そんな『モンスーン』ですが、『週刊新潮』の最新号で、豊崎由美さんが紹介してくださっています。かなり大きな扱いです。

豊崎さんが「この九篇のどこかに、自分を見つけることができる」と書いていますが、確かに、これらの短篇集を読むと、どれかしら身に覚えがある、ものすごく身近に感じる作品があると思います。

その身近さが、この短篇集の怖いところでもあるのですが……

さて、この初回記事の多さ。これは「モンスーン」はおろか「タイフーン」になる可能性が大ですね。いや、そうしていかないとならないです! ちなみに、朝日新聞の記事に写っている写真は、あたしの勤務先の一部屋です。

重版2点

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外国語対応だけで済むのでしょうか?

今朝の朝日新聞にこんな記事が載っていました。

自然災害によって駅や空港などがパニックになったときに、日本語以外の言語でどれだけスムーズに外国の方へ情報を伝達できるか、これからの日本にとっては大きな課題だと思います。

日常的な掲示・案内板であれば、既に英語の他に中国語や韓国語が併記されているものをしばしば見かけます。電車やバスのディスプレイなども中国語やハングルでも表示されています。さまざまなウェブサイトも英語版を用意してあるのは当たり前、中国語や韓国語だけでなく、基本的な情報はスペイン語やドイツ語、フランス語、タイ語などで表示しているところもあります。

しかし、このニュースを読んでいて思いました。情報がうまく入手できないのは外国の方だけでしょうか? 目が見えない人はわかりやすいかも知れませんが、耳が聞こえない方とかさまざまな障害を持った方も健常者と同じように情報を受け取れるとは限りません。

最近『手話通訳者になろう』という本があたしの勤務先から出たので、コミュニケーションという点から見れば手話を必要としている方も外国語の通訳を必要としている方も同じなんだと思うようになりまして、こういうことを考えてしまいました。

もう一つ、朝日新聞の投書欄。

ちょっと前に、図書館で借りた本を返したら、自分が汚したものではないのに疑われたという投書があり、それに対する反応が載っていました。これについては、やはり借りるときにきちんと確認するのが自己防衛策としてはやむを得ないと思います。しかし、そもそも自分で借りているときに、本を汚してしまったら返すときに正直に言うべきではないでしょうか? 自分のものではないと、扱いが雑になるのでしょうか?

それでも時々、あたしの勤務先にも「図書館の本を汚してしまったので買って弁償したいのですが」という電話が掛かってきます。たいていは既に品切れになっている古い本で、一般書店では入手困難なものばかりで、こちらも申し訳なく思ってしまいます。

新聞で気になるのは記事だけとは限りません

朝日新聞の眺めていたら、こんな大きな広告が載っていました。

ミネルヴァ書房の広告です。一面全面広告というのは大手出版社で時々見かけますが、見開きでの広告とは滅多にお目にかかれるものではありません。ミネルヴァ書房、すごいです。

あたしなど貧乏根性が染みついてしまっているので、「こんな広告を出したら、一体いくら掛かるのだろう?」とすぐに考えてしまいます。いや、冗談抜きで、これは相当お金掛かっていると思うのですが……。とりあえずは朝日新聞だけですかね?

そして、そんな朝日新聞でミネルヴァ書房の広告よりも目を惹いたのがこちらです。

横浜銀蠅、知ってる人は50代以上になるのでしょうか? ロックバンドです。不良を気取っていました。ツッパリ連中は憧れていたのではないでしょうか? 「ギンバエ」と略称されることが多かったですが、この広告をよーく見ればわかるように、横浜銀蠅の正式名称は「The Crazy Rider 横浜銀蠅 Rolling Special(ザ・クレージー・ライダー横浜銀蠅ローリング・スペシャル)」なんです。もちろん、あたしは当時から正式名称で記憶していました!

と、広告ばかりを取り上げてしまいましたが、本命はこちら。

昨日の読売新聞夕刊です。

海外文学シリーズ《エクス・リブリス》10周年の記事を載せていただきました。同シリーズの最新刊はインタビューも載っているピョン・ヘヨンさんの『モンスーン』です。フェミニズムとはちょっと違う、「こんな韓国文学もあるんだ」と思っていただければ幸いです。

買い間違え

少し前に書きましたが、どうも食事をするとお腹を壊してしまう症状、一時期よりはよくなりました。完全になくなったというわけではありませんが、あまりお腹のことを心配せずに食事ができるようにはなりました。

ただ、相変わらずお昼はほとんど食べていません。全く食べていないわけではなく、時には食べますが、外回りの途次にはちょっとしたパンを食べることが多いです。

で、暦の上では秋ですし、秋の食材を使ったものが並ぶようになり、ローソンの店頭で「ミニむしケーキ和栗2個入」なるものを見かけ食してみました。なかなかの美味です。栗好きだったら気に入ると思います。

で、先日もローソンでこれを買って一口口に入れてみたら味が全然違うではないですか? この前食べたのと味が違うどころか栗の味もしません。

と思って、よくよくパッケージを見ましたら、なんと「ピヨたんのたまごむしぱん 2個入」でした。どうりで栗の味がしないわけです。

もちろん、これはこれで美味しいです。別に文句を言いたいわけではありません。ただ、あたしは季節柄、栗の蒸しパンが食べたかったものですから……。こんどはよく見てから買おうと思います。

死ぬことよりも生きることの方が辛く苦しい

日曜日、録画しておいた映画「ゲヘナ」を視聴。

簡単にストーリーを紹介しますと、サイパン島の広大な一角をリゾート開発のために入手したアメリカの会社の女性スタッフが現地調査にやってきて、現地コーディネーター等と旧日本軍が立てこもっていた塹壕に入り込み、そこから出られなくなってしまうというお話。似たような映画だと洞窟探検に入ったグループが中で得体の知れないモンスターに襲われて次々の命を落としていく、なんていうのがありますが、本作の場合、塹壕に入る前に原住民の聖なる地、かつてスペイン人の侵略者に荒らされ呪いがこめられた土地、といった前フリがあります。

いろいろなサイトのレビューを見ていると、早い段階でオチがわかるという意見が散見されますが、オチがわかってもなかなかよくできた映画だったと思います。塹壕に入ると、どう見ても旧日本軍とは思えない死体(ミイラ化している?)が転がっています。そしてそこに住み着いていたの、生き延びていたのかわからない不気味な男が彼らの前に現われます。この男が死ぬ間際、彼らに向かってつぶやく「お前が最初に死ね」という言葉が象徴的と言いますか、最後まで見たときに効いてくるわけです。「死ぬ」ではなく「死ね」というセリフの意味が……

で、ネタバレしてしまいますと、塹壕に入ってきた彼らはお決まりのパターンで仲間割れをしたりケンカをしたり、自分だけが助かろうと必死になります。またご丁寧にも家族を不慮の事故(自分の不注意)で亡くすなど心に傷を抱えていて、亡くなった家族の亡霊が塹壕の中で現われるという体験をします。だんだん心がおかしくなっていくわけです。

途中で、彼らはタイムスリップして日本軍が立てこもっていた時代に行ってしまいます。このあたりは原住民の呪いと理解するしかありませんが、彼らも自分たちが過去の時代に来ていることをなんとなく理解しはじめます。そして原住民の呪いです。生き残れるのは一人だけ、という言葉の真実は、生き残った一人が真っ暗闇の塹壕の中で死ぬこともかなわず永遠に生き続けなければならないというものだったわけです。

この手の映画では結局は悪霊に殺されてしまいがちな男が最後まで生き残ります。生き残りそうな、主人公タイプの男女が終盤みずから命を捨てます。それは呪いの意味が彼らが理解できたからです。こんな塹壕の中で、外へ出ることもかなわずに生き続けるなんて……

彼らが入ってきたときに見た(襲ってきた)男とは、塹壕の中で70年近く生き延びた、彼らの一人だったわけです。もちろん塹壕の中に転がっていた死体も彼らです。なんていうのでしょう、一般にこの手のホラー映画はなんとか脱出する、なんとか生き延びることを目指して展開するものですが、みずから死を選ぶような展開とは。そして生き延びることこそが地獄だなんて。

この映画を見終わって思い出したのは、映画「不能犯」です。

これは松坂桃李演じる犯人が人の心を操って暗示をかけ殺していくというストーリーでした。

この映画を見たときに、あたしが思ったのは、ああいう能力をもし自分が持っていたとしたら同じように殺してしまうだろうか、ということです。あたしは、むしろ殺すのではなく、同じ暗示にかけるにしてもいきながら地獄を見させるような暗示をかけただろうなあ、と思ったのです。

確かに死んでしまったら終わりですが、それでは苦しみは一瞬です。むしろ決して殺さず、生かしたまま地獄を味わわせる方がはるかに残酷な復習になると思ったのです。

あの日も月曜日でした

本日は9月9日、重陽の節句。

ですが、あたしの父の命日でもあります。ちなみに、父の母も9月9日が命日、母と息子が数十年の時を隔て同じ日に亡くなるとは……。

もう二十年以上前の話ですから、命日は二十数回も経験していることになりますが、今日はあの日と同じ月曜日にあたりました。

既に社会人だったあたしはその日もいつもどおり出勤したのですが、浅野雑務をこなしていたところへ母からの電話が入りました。入院している父の様態が今朝急変したと病院から連絡があったそうで、母はすぐに駆けつけるので、あたしも急いで帰宅して病院へ来なさい、というものでした。

取るものも取りあえず帰宅し、土砂降りの中マイカーで病院へ向かいましたが、月曜の朝だったので、それに雨ということも影響したのか、若干道が混んでいて、なおかつあたしの自宅から病院へ行くには途中に西武線の踏切があって、少し時間がかかってしまいました。

病室に駆けつけたとき、既に母が父の臨終を看取っていましたが、母曰く、自分が着いたときには既に意識も何もなかった、形だけ家族の前で臨終の宣言をしたような感じだったとのこと。まあ、後は死を待つばかりの年寄りが入院している病院でしたので、生かすというよりは、ほどよく死に至らしめるのがその病院の方針だったのではないか、という気もしました。

それはさておき、月曜日に亡くなって、すぐに葬儀場とお寺さんへ連絡しましたが、都合がつかずこちらの予定よりは一日ずれた水曜日に通夜、木曜日に葬儀告別式という段取りになりました。結局、月曜の朝、一時間かそこら会社にいただけで、その週はまるまる会社を休んでしまいました。

ちなみに、9月9日は毛沢東の命日でもあります。あたしが中国に興味を持つのは運命だったのかもしれません。

いよいよ今週末からです

今週末から映画「人間失格」が公開になります。

この作品、タイトルからもわかると思いますが、太宰治の物語です。太宰治と三人の女性の愛憎劇のようです。ただし、この映画自体に原作本はないようで、もし書店店頭で映画関連のフェアをやるのであれば、あたしの勤務先から出ている『三つの空白 太宰治の誕生』も是非加えていただきたい一冊です。

本書は「数ある先行書籍があまり指摘してこなかったこの「空白期」にスポットを当て、そこから新たな作家像を探ろうという意欲的な試み」で、タイトルにもあるように太宰治には空白期が三回あるそうなのです。そして、

第三の空白は昭和10年鎮痛剤中毒に陥って苦闘生活が続き、井伏鱒二の紹介で石原美知子と結婚するまでの時期。この三つ目の空白を経て、結婚を機に生活を建て直し、「富嶽百景」に始まる明るい佳品が生まれる

のだそうです。ここにある「石原美知子」は映画の中では宮沢りえ演じる「津島美知子」で、もちろん映画のメインキャストの一人です。映画を見てから本書を読むか、本書を読んでから映画を見るか、いずれにせよ相乗効果が期待できるでしょう。