Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

一緒に並べてください

他社から最近刊行された本ですが、あたしの勤務先で出しているものと似たような傾向の本なので、是非とも併売をお願いします。

まずはこの二点。

 

ショッピングモールから考える』と『ショッピングモールの法哲学』。

続いてはこの二点。

 

〈戦後〉の音楽文化』と『音楽祭の戦後史』です。

これはまだ捨てない!

昨日のダイアリーで書いた中国の本。

その中で取り上げた『通志堂経解』も儒教の重要な注釈書の叢書ですが、一般には清代に編まれた『皇清経解』の方が有名ですし、しばしば引用されます。正編と続編がありまして、やはりあたしの学生時代に影印版が刊行されたので、当然のことながら買っております。下の写真がそれです。

さて、あたしの家、別に中国の本だらけというわけではありません。日本の本だって持っています。単行本もありますが、数量(冊数)として圧倒的に多いのは文庫や新書です。まずは講談社の現代新書。

上の写真のように、たぶん小さな本屋の現代新書コーナーよりもたくさんありそうですが、お気づきのように、昔の装丁のものが多いです。いま、この装丁(カバー)を見ても、すぐに現代新書とわかってもらえるでしょうか? このカバーの方が好きだったという人も多いですよね。たぶん、このカバーはカラーなのでお金がかかるからやめたのだと思います。

お次は、現代新書と並ぶレーベル、中公新書です。

こちらも、ずいぶんな量ですね。あらためて眺めてみて、そう感じました(汗)。昔の中公新書はビニールカバーが掛かっていたんですよね。知っていますか?

さて、現代新書、中公新書ときたら岩波新書でしょうが、岩波新書は何か所かに分かれて並べているので、割愛。その代わり岩波文庫です。これも数か所に置いていますが、下の写真は主に中国古典を並べている書架です。

どんどん増えていく本に書架が足りなくなり、廊下にも薄型本棚を置き、そこに文庫や新書を並べているのですが、下の写真のように、それもそろそろいっぱいです。一応は、各社のレーベルごとに並べているのですが、買う頻度が異なるので、ゴチャゴチャになっている棚もあります。

レーベルで並べるべきか、内容で分類するべきか、実はしょっちゅう悩んでいるのですが、やはりレベールごとの方が並べたときにきれいかな、それに各社微妙にサイズが異なるので……

上の写真も薄型の本棚。これはベッド脇に置いてあるものです。これがあっという間にいっぱいになってしまったので、一つ上の書架を買って廊下にまで所蔵するようになったという次第。

これらの本、多いのはやはり中国関係のものです。やはり中国からは離れられません(笑)。あとは、最近よく読むようになった海外文学も多いです。日本人の小説もちょっとはあります(汗)。これらの本を売るつもりはありませんが、いくらくらいになるのでしょうね? たぶん「キログラムでいくら」なんでしょうね? それに、そもそも昨日書いた中国の本って売れるのでしょうか? いや、買ってくれるのでしょうか、ブックオフとかで? 楽天やヤフーのオークションに出すべきでしょうか?

多言語混在の文章を……

昨日書いた温又柔さんのトークイベントに関するダイアリー

話題の一つにスイッチングがありました。文学用語としての使い方が正確なのかはわかりませんが、あたしの理解する限り、昨日のトークの中では英語とスペイン語が混在した文学作品のことを指しているように受け取りました。確かに、アメリカ文学などでは、ところどころ他の言語が混じっている作品があるようです。

ただ、それが翻訳になってしまうとすべて日本語になってしまうので(翻訳ですから当たり前ですが)、原文にある英語と他の言語の混在をうまいこと翻訳でも表現できないかと管さんも苦労されているようです。日本でそういう作品を和訳するときは、英語以外の部分をゴシック体の書体にする、関西弁など日本の方言を使う、といった方法が試みられているようですが、いまひとつしっくりこないようです。

さて、温さんのエッセイ『台湾生まれ 日本語育ち』の中には温さんの家族が使う中国語が織り交ぜられています。特にお母さんは生粋の台湾語を話しているようですが、残念ながら本書では日本語訳されています、これをなんとか原語のままで表現できないものか?

もちろん現在のPCは多言語混在がある程度は可能なので、文字としては多言語で表現することが可能です。でも日本語の文章の中に、簡単な英語ならまだしも、フランス語やドイツ語、あるいは中国語や韓国語が数行にわたって挿入されていたらどうでしょう? その後にポイントを少し小さくして和訳を載せておけば大丈夫でしょうか? それも一つの方法ではあると思います。

ただ、ウェブ(電子書籍)ならばもう少し面白いことができるのではないかなという気もします。たとえば、今回のエッセイで温さんのお母さんのセリフ部分、本文は日本語で書かれていますが、そこをクリックすると(カーソルをそこへ移動させると)、台湾語(中国語)の音声が流れるなんて面白い仕掛けだと思います。電子書籍ならそんな芸当は朝飯前でしょう。可能なら、温さんのお母さんに吹き込んでもらった音声でやれるなら面白いところです。

ふと、そんなことを考えたりしました。