Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

実はあたし、平安時代を生きています!

いま読んでいる『性のタブーのない日本』に面白い記述がありました。

貴族社会の人間関係、特に友達関係について述べているくだりです。

この時代の貴族にとって、人間関係というのは身内の家族と、社会的な関係だけなのですね。(P,159)

つまり平安時代の貴族には友達というものがいない、あるのは主従関係、上下関係だけだと言うのです。この部分を読んだとき、「なんてあたしにそっくりなんだ!」と思いました。なぜなら、あたしも人間関係というのは「家族・親戚」「(仕事などで)知っている人」のみだからです。

もちろん現代を生きるあたしには役職上や立場上の上下というのはあっても、人間としての上下ではありませんから、厳密には平安時代とはまるで異なるのですが、家族と社会的な関係しかなくて、友達がいない、友達という関係性を作るすべがないというのは、そのままあたしにも当てはまります。

そうか、あたしは平成の世だというのに、一人だけ平安時代を生きているのかとちょっと納得しました。

ちなみに、あたしにとって人間とは「家族・親戚」「知っている人」「知らない人」の三種類しか存在しません。「毎朝の通勤で見かける人」は、確かに顔くらいは見覚えがあるので「知っている」と言えそうですが、名前を知っているわけでもなければ話したこともないので、あたし的には「知らない人」のカテゴリーに入ります。

つまり、友達はいない、ということです。

フチ子的な?

次の<エクス・リブリス>はメキシコ系アメリカ人マヌエル・ゴンザレスの『ミニチュアの妻』です。ちょっとSFっぽい短編集で、装丁はこんな感じです。

タイトルに併せてレゴの街並み、そこにある一軒のお家にはご主人らしき人物が。妻はきっと家の中、なのでしょう。カバー裏面にある内容紹介では

妻をミニチュア化してしまった男の語りによる家庭劇。小型化を専門とする仕事に従事する語り手は、どういうわけか偶然、家で妻をマグカップ大に縮めてしまう。家庭に仕事は持ち込まないと誓ったのに……と、いささか的外れな後悔の念を覚えつつ、主人公は妻を元に戻すべく悪戦苦闘する。

とあります。これを読んで思い浮かんだのはこれです。

はい、おわかりですね。「コップのフチ子」です。「妻をマグカップ大」ですから、フチ子よりはもうちょっと大きいのでしょうか? でもイメージとしてはドンピシャな感じではないでしょうか? 本書とフチ子でコラボして、本書限定のフチ子さんを作ってもらって読者プレゼントなんて企画したらウケるでしょうか?

ちなみに本書は短編集ですから、フチ子の話、もとい、妻を小さくしてしまった男の話だけが載っているのではありません。目次からタイトルを拾ってみますと、以下の通りです。

「操縦士、副操縦士、作家」「ミニチュアの妻」「ウィリアム・コービン その奇特なる人生」「早朝の物音」「音楽家の声」「ヘンリー・リチャード・ナイルズ その奇特なる人生」「殺しには現ナマ」「ハロルド・ワイジー・キース その奇特なる人生」「動物たちの家」「僕のすべて」「キャプラⅡ号室での生活」「ファン・レフヒオ・ロチャ その奇特なる人生」「セバリ族の失踪」「角は一本、目は荒々しく」「オオカミだ!」「さらば、アフリカよ」「ファン・マヌエル・ゴンサレス その奇特なる人生」「ショッピングモールからの脱出」

いや、もうタイトルだけでワクワクしてきます。きっと面白いでしょう。これから読みます。

文学と病気? フェアなんか出来そう?

文学作品にはいろいろなことが描かれているわけで、そんな中で病気とか、何らかの症状について記述されていることも多々あります。そんな点に専門家の視点から注目した『続 神経内科医の文学診断』は好評だった『神経内科医の文学診断』の続編です。正直、こういった本にどれくらい関心を持ってもらえるのか、刊行当初のあたしは半信半疑でした。

ところが、実際に刊行してみるとかなりの評判。書評も出ましたし、本好き、文学好きはこういったタイプのものにも反応するんだということがわかりました。そしてこのたび、前著とはまた異なる文学作品を取り上げての続編刊行です。「さあ、また売ろう」と思っていた矢先、今朝の朝日新聞別刷beにこんな記事が載っていました。

こちらは文学者自身の病気、症状にスポットをあてた、それも頭痛に特化した記事ですが、恐らく、この記事を楽しく読む人なら『神経内科医の文学診断』は既に知っている、持っている、読んでいるのではないでしょうか? そして間もなく発売の続編にもきっと興味を持ってくれるのではないでしょうか?

本書正続に取り上げた書籍を集めたフェア、というのも面白そうですね。文芸コーナーでやっても面白いですが、あえて医学書コーナーでやってみるとか、そんなものアリではないでしょうか? ちなみに正続で取り上げた作品の一覧はこちらに載せてあります。