Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

営業部に遷って10年を超えたというのに、あたしはいまだに出版社営業として一人前とは見做されていないのでしょうか?

最近の話です。

郊外の、とある書店に営業へ行きました。バックルームで入店証をもらい売り場へ行くというスタイルのその書店、バックルーム前の廊下にはお店の人でもなければ、出版社の営業マンでもない人が何人かいました。見るからに学生という感じ。何だろうと思ってみていましたが、すぐに理由がわかりました。

その書店はチェーン店の一つなのですが、そのチェーンで近々新規店がオープンするので、新店のバイト面接をその店でやっていたわけです。あたしが見たのはそれに応募して面接を受けに来た人ということです。

あたしの方はいつものように営業を終え、再びバックルームへ戻ってきて入店証を返し辞去しようと思っていたのですが、その廊下の壁に新店の完成予想イラストが何枚か貼ってあったので、つい眺めてしまいました。「ふーん、こんどはこういうお店ができるのか。あたしの担当エリアだからオープンしたら行かないと」などと思いながら見ていたところ、面接担当の社員の人から、「面接にいらした方ですか? ではこちらの用紙に必要事項を……」と声をかけられてしまいました。

「いや、違います。出版社の営業です」と答えたものの、あたしゃ今さっきバックルームから出てきたところですよ、それにバイトに応募するにはいささか年を食っていませんでしょうか、と心の中で思いました。

そもそもバイトの応募資格、特に年齢制限がどれくらいなのか知りませんが、あたしって意外と若く見られたのでしょうか? それでも、あたしが目撃した「いかにも学生」という若さあふれる連中とは一見して違うのがわかるはずです。あたしだって底まで若く見えるだなんて図々しいことは思っていません。

それなら、あたしはどう見えたのでしょうか? あの場所は、あたし以外にも営業に来た出版社の人間が入れ替わり立ち替わり訪れる場所ですから、お店のスタッフでなければ出版社の人間というのが相場だと思うのです。でも、あたしが声をかけられたということは、少なくとも出版社の営業には見られなかったということですよね。

うーん、情けない。

あたしって、別に営業としての貫禄が欲しいとまでは思いませんが、出入りの業者に見えないほど冴えない人間なのでしょうか? いや、確かに自分でも自覚していますが、あたしは見た目は貧相で、第一印象もよくない、否、悪いタイプですから、営業には向いていないことはわかっていますけど、それでももうかれこれ十年は営業をやっているのですが……

あえて言い訳をするならば、声をかけてきたスタッフの人はチェーンの本部から来ていた人のようで、これがもしそのお店のスタッフの方だったら何度も通っているあたしの顔に見覚えがあって、「ああ、出版社の営業さん」と認識してくれていたのではないか、とは思います。

でもでも、別に出版社の営業だと思われなくても構いません。それよりもバイトの面接に来た人間に思われたということは、あたしが、よい歳をして無職の人間に見えたということですよね? それがちょっとショックです。

隔靴掻痒?

「中国共産党」論』読了。

 

少し前に『ネオ・チャイナ』を読んだばかりなので、それに比べるとあまりの視点の違いに驚きます。日本人読者がそういうところにばかり興味を持つからでしょうか、どうも権力闘争とか人間関係のドロドロばかりに関心が行きすぎているような印象を受けてしまいました。

それにしても本書の副題は「習近平の野望と民主化のシナリオ」で、『ネオ・チャイナ』の副題が「富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望」で、同じように「野望」という単語を使っているのに前者は習近平の、後者は民衆の、という大きな射程の違いがありますね。たぶん、これがこの両書の違いを端的に表わしているのではないでしょうか?

と、腐すようなことを書きましたが、決して非難しているのではありません。やはり中国は政治の国であり、経済よりも文化よりも政治が国を動かしている面が強い国だと思いますから、本書のような分析を必要欠くべからざるものだと思います。なので、両書の違いをあたしなりに表現してみると、中国という家に対して、一級建築士よろしく外から眺め、中に入っては天井裏や床下まで潜って調べまくっているのが『「忠告共産党」論』で、その家に住んでしまっているのが『ネオ・チャイナ』という感じです。

一級建築士には一級建築士だからこその指摘・発見があり住んでいる人には気づかないところに目配りができます。もちろん住んでいるからこそわかるし知っているということも多々あって、やはり中国を見るには、いろいろな視点から眺めないとダメなんだということがわかります。

2015年9月25日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

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