Nancy Sensual World
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まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
半年たっても……
冠水
久々に、井の頭線の明大前駅が雨で冠水し、井の頭線がストップしたというニュースを聞きました。
使っていない方にはわからないと思いますが、明大前駅は京王線と井の頭線の乗換駅で、京王線が高架、井の頭線がB1の位置でクロスしている駅です。つまり、井の頭線のホームは地面より低いところにあります。
あたしが小学生のころは、大雨になると、この井の頭線のレールの上に水がたまり、井の頭線が不通となり、お隣の永福町と吉祥寺の折り返し運転になることがよくありました。永福町以外では折り返し運転ができるような駅がないので、こうなると永福町から渋谷間は水が引くまでずーっと不通のままでした。
その当時は、明大前駅だけでなく、杉並区では東西に走る神田川や善福寺川がしばしば氾濫していました。川に沿った側道にまで水があふれ、いったいどこまでが川で、どこに道があるのかわからない状態でした。冗談でも大袈裟でもなく、あたしが小学生くらいのころまでは本当によくあったのです。
東京西側の大動脈・環状八号線も井の頭線と交差する高井戸駅の部分は、高架の井の頭線をくぐるため、やや低くなっていて、なおかつすぐ隣を神田川、そう、しばしば氾濫していた神田川が流れていたので、井の頭線高架下に水がたまり、環状八号線も通行止めになることが時々あったのです。
しかしその後、精力的に神田川と善福寺川の改修工事が進み、あたしが高校生になるころには大雨でもほとんど氾濫することはなくなっていました。明大前の水没も「そんなの嘘だ」と信じてもらえないほど、記憶している人が減っていたように思います。もちろん環八の通行止めも。
そんな明大前の水没が、本日久々に起こりました。改修した下水でも間に合わないくらいの雨が降ったということでしょうか? だとしたら、高井戸駅の高架下、環八も水没しているのでしょうか?
かつて住んでいた人間としては非常に気になります。
まもなく……
出張から戻りまして、今回の出張で一つ気になったことを。
新幹線、もちろん東海道新幹線ですが、その車内放送、「まもなく京都です」といった放送の英語版は
We will soon make a brief stop at Kyoto.
とアナウンスされます。もう昔から何十回、いや往復だから100を越えているかもしれませんが、とにかく数え切れないくらい乗っているので、このアナウンスは完全に憶えてしまいました。
ところが、大阪で乗ったJR西日本の電車では
We will be soon making a brief stop at XXXXX.
でした。あっ、「be」と「soon」が逆だったかしら、正確に覚えていませんが、たぶんこれであっていると思います。
なにが違うかは一目瞭然。makeなのか、be makingなのか、ということです。この二種類の英語のニュアンスの去って、那辺にあるのでしょう。日本人にはちょっとわかりにくいです。そもそもがまるっきり同じ日本語の英訳なわけですから、どうしてこういう風に異なるのか。英訳した人の感性なんだと思いますが、この違いを逆に日本語に訳し分けることって可能なのでしょうか?
それにしても、初めてこの英語のアナウンスを聞いたときはちょっと驚きでした。もし英語の問題でこの和文英訳が出されたら、あたしならどういう風に訳しただろうと考えたのです。「まもなく京都です」はあまりにも簡潔すぎるのでちょっと日本語を足すとすると、「この電車はあと数分以内に京都駅に到着します」というところでしょうか? 実際、「We will arrive at Kyoto station in a few minutes.」というアナウンスもあります。
でも、どちらにしてもあたしが一番驚いたというか感心したというか、「これが英語の発想か」と思ったのは、主語にWeを使うところです。たぶん、あたしの予想では、「This train」を主語に文を作る人が多いのではないでしょうか? あたしもたぶんそうしていたと思います。でも、ここでWeを持ってくる、これが英語の発想なのか、そう感じた体験でした。





