Nancy Sensual World
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まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
今日の配本(14/06/24)
赤い人
このところ少しずつ紹介も増えている『オオカミ 迫害から復権へ』では、アメリカ大陸でのオオカミ駆除の歴史についても触れられています。それまでのネイティブアメリカンがオオカミを取り立てて駆除してはいなかったのに対し、ヨーロッパからやってきた白人たちが血眼になってオオカミを狩ったようです。
そんなネイティブアメリカンの記事を読んでいて思いだしたことがありました。あたしの心の中では非常に鮮明に記憶に残っているので改めてここに書いておきたいと思います。
ネイティブアメリカン、いわゆるインディアンです。あたしが子供のころや学生のころには、まだネイティブアメリカンという言い方は日本では人口に膾炙していませんでした。そんな高校時代に受けた英語の模試、長文読解問題のテーマはアメリカの歴史について書かれたものでした。
長文の内容は忘れてしまいましたが、インディアンがかつて「赤い人」と呼ばれていて、それが侮蔑的な意味で使われていた、というようなことが書かれていたと記憶しています。この「赤い人」は文中では「red man」と表記されていました。「r」や「m」が大文字だったかは忘れてしまいましたが、とにかく「レッドマン」と書かれていました。
英語の設問では、この「red man」に下線が引かれ、これは誰を差すのか答えよ、というような問題があり、答えはインディアンだったかネイティブアメリカンだったか、とにかくそれに当たる単語を書けばよかったのです。
ところが、ここにあたしの同級生で同じくこの模試を受けた男子がいました。彼はバリバリの自民党支持者で、共産党を毛嫌いすること甚だしい人でした。その彼は「red man」という単語を見て、「共産主義者」と回答し、見事に×をもらいました。彼曰く、「赤いやつ」といったら共産主義者しかいないと言って譲りません。
いや、この問題文には共産主義の「き」の字すら出てこないよと言っても、アメリカ人が闘った相手という、なんとなく読み取った英語の文章の大意から「アメリカの敵は共産主義」と早合点し、共産主義者を登場させてしまったようなのです。
いま思っても笑ってしまう勘違いですが、彼はその時必死の形相で主張していました。高校卒業後は逢っていませんし、風の便りも聞きませんがどうしているのでしょうね。
文庫・新書の高い壁、いや、山?
少し前に、書店では文庫や新書はレーベルごとに並んでいるけれど、内容やテーマごとに並べられないもうだろうか、的なことを書きました。それが棚管理上たいへんであることは重々承知していますが、やはり利用者目線としては、そういう置き方、並べ方の方が楽しくないか、という気持ちがあるのです。
ただ、やはりこういった考えは現実の書店現場を知らないから気軽に言えるのでしょうか? そういうあたしの考えをたしなめるかのような夢を見ました。
なぜか、あたしは本屋で働いていました。正社員なのかバイトなのか、はたまた出版社の身分のまま手伝いに行ったのか、夢の中では定かではありません。働いている本屋も知っているお店ではなく、いったいどこの本屋なのか皆目わかりません。
そんな本屋の文庫・新書の棚の前で、うずたかく積まれた新刊の山を前に途方に暮れているあたしがいました。その月の文庫・新書の新刊が同じ日に入荷してくることはありませんから、夢の中とはいえかなり特殊な状況です。見る限り、ほとんどすべての出版社のレーベルの文庫・新書が山積みになっています。それも、レーベルごとに山になっているのならまだしも、ごちゃごちゃに置かれています。取次から入ってきた荷物は誰がわざわざこんな面倒な積み方をしたのでしょうか、という気持ちになりました。
さて、開店まで時間もないのか、既に開店していたのか、夢の中ではよくわかりませんでしたが、とにかくあたしはこの山を一時間かそこらで片づけなければなりません。片づけるとはバックヤードへ運ぶのではなく、すべて棚に収納するという意味です。棚前の平台があったのかどうかは思い出せませんが、とにかく一つ一つ棚に入れていかなければならないのです。
途方に暮れつつも、あたしは最初のうちは「やはりテーマごとに並べた方がいいよね」と考えていました。だった、山の中には違う出版社、異なるレーベルとはいえ似たようなテーマの本がいくつかあったからです。これとこれを隣に並べたら両方とも買って行ってくれるお客さんもいるだろうなあとは予想できます。
でも、すぐに現実に引き戻されます。「この山をできるだけ速やかに片づけなければいけないのに、そんな一点一点テーマとか内容とかを吟味して棚に入れていくような時間的余裕はない」ということです。仕方ありません。既に店にはレーベルごとに文庫・新書が並んでいます。そこへあたしは山から同じレーベルのものを見つけ出しては並べていったのです。
短時間で効率よく作業をするには、少なくとも文庫・新書についてはこのやり方がベストだなと、自分の作業によって身を以て憶えたのです。生意気にもあんなブログを書いたあたしへの神様の当てつけというか、天罰というか、懲らしめ。夢だとわかっていながら、夢の中であたしはそんな風に感じていました。





