来年は戌年だけど犬よりも猫が優勢?

来年は戌年です。

世間的には猫の方が人気があるような感じですが、十二支に猫年なんてありませんから、やはり犬の方が格上なのではないか、あたしはそう思っています。

ただ、あたしの勤務先は、ウェブサイトで「猫猫週報」なんてページがあるように、ネコ派が多いようで、イヌ派のあたしは肩身が狭い思いをしております。

が、出版物を見てみると、やはり犬の方が断然多いようです。ご覧ください。

とりあえず、犬に関わる本はこれだけあります。

神は死んだ』です。死んだ神様の肉(遺体)を食べてしまった犬が出て来ます。

日照りの村に残ったおじいさんとの壮絶なサバイバルが心を打つ『年月日』も、おじいさんの相棒は目の見えない犬でした。

そして、犬の視点からワーグナーを描く『愛犬たちが見たリヒャルト・ワーグナー』、ケラさんの戯曲『犬は鎖につなぐべからず』、ノンフィクション『戦禍のアフガニスタンを犬と歩く』などもございます。

 

なかなかの充実ぶりの犬本ですが、翻って、猫本はどれくらいあるかと言いますと……

 

漱石の『猫』とニーチェ』『カモメに飛ぶことを教えた猫』といったところでしょうか?

今日の配本(17/12/21)

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「名は体を表わす」というように「オビはその本を表わす」という感じ?

近刊『移民の政治経済学』のオビには大きく「移民は商品ではない、生身の人間だ」と書いてあります。いまさらながら当然のことと言えば当然ではありますが、意外と忘れられがちな点なのかも知れません。奴隷貿易の時代、新大陸に連れてこられたアフリカ人ならともかく、今の時代、こんな考えはありえないと思うものの、この視点が抜け落ちていると著者は警鐘を鳴らしているのでしょう。

本書、どんな本なのか? こういった分野はからきしなので。出来上がってきた見本のページをめくってみました。その最終章、「第十章 いったい誰の肩を持つの?」の書き出しはこうです。

本書もこれで最後の章だ。そろそろ次の質問をするころだろう。結局、これまでの議論を総括すると何が言えるのか? どういった教訓を我々はこれまで学んできたのか? それらは信頼できる教訓なのか? またそれらの教訓は、我々がこれから実行すべき移民政策について、何を示唆するのか?

こういう問題提起を承け、著者は以下のように述べています。

私は本書を通じて、三つの基本的なテーマを強調してきた。

その三つとは以下のものです。

まず第一に、移民がどういった存在かについては対立する二つの見方があり、そのうちの一つは明らかに間違っている。移民は単なる労働投入、つまりロボットのような労働者ではないのだ。…(略)…受け入れ国の社会的、政治的、文化的な側面に影響を与えることのない存在ではないのだ。

(略)

第二に、移民の経済効果に関して多くの実証研究があるが、それらは将来の移民の流入がどのような影響をもたらすかを予測する上で役に立つ単純な公式を与えてくれるわけではない。移民をロボットのような労働者と見なさず人間として見たとき、社会で何が起こるかは移民を受け入れる地域の政治的、文化的、経済的な環境に左右されるということを、我々は認めなければならない。

(略)

最後に、移民のように政治的な論争の対象になる問題に対する専門家の意見には、懐疑的になる方が賢明だ。移民受け入れは「我々全員にとっていいことだ」という学界の通説は影響力が強いため、具体的にどのようにして移民の影響に関してある結論が導き出されたのか、細部まで注意深く調べることは必要不可欠だ。

うーん、なかなか面白い論議です。ここを読むと本書のスタンスと言いますか、どういうところを問題としている本なのかがうっすらとわかるようです。

このところ移民に関する書籍はたくさん出ています。文化的なアプローチや政治的なアプローチの本もありますが、本書は経済学的なアプローチになるかと思います。これらを集めればフェアでもやっているかのような状況ですが、移民に関する議論に一石を投じる書となるのではないでしょうか?

 

早速にポップが登場!

インスタ映えする語学書として社内で大評判の『おしゃべりがはずむ フランスの魔法のフレーズ』が書店に並びはじめました。

既にご覧になって、手に取っていただけたでしょうか? あっ、買っていただけましたか、と書いた方がよいのでしょうか?

上の写真は、紀伊國屋書店新宿本店の8階、語学書売り場、フランス語の平台です。あ他紙の勤務先の刊行物2点にポップが飾ってあります。もちろん担当の方のお手製です。深謝!

今回の新刊のポップもとても素晴らしいです。本当にありがたいことです。

朝日新聞三点盛り

書評よりも、得てしてこういう記事の方が実際の販売に繋がったりするものですが……

まずは土曜日の朝日新聞朝刊「折々のことば」から。

シェイクスピアの『リチャード三世』からの引用で、使われているのはもちろんUブックス版、小田島雄志訳です。

そして夕刊社会面にはこんな記事が。

今週いよいよ一般公開、上野動物園のパンダ、シャンシャン。個人的には、和歌山にだってパンダはたくさんいるのに、上野、上野と騒いでいることに鼻持ちならない気分なのですが、1月半ばに『読むパンダ』という本が出ます。本邦初、パンダに関するさんソロジーです。乞うご期待!

そして最後に今朝の朝日新聞の広告。

青山学院大学と東京外国語大学のコラボ広告です。この記事に関心を持たれた方には、ここに登場の立石先生を中心に編んだ『言葉から社会を考える』をお薦めいたします。

今日の配本(17/12/18)

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はじめての海外文学よりも、何冊目かの海外文学を選んだあたし、そして何度目の青空か?

今日は表参道ではじめての海外文学のイベントがあったそうですが、あたしはパス。

昨日もイベントだったので、土日二日続けてはツラいなあと思ったのが不参加の理由の一つですが、それよりも読みかけの海外文学を読んでしまおうと思ったのが最大の理由です。

読んでいたのは『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』で、あと3分の1か4分の1くらい残っていたのを、本日一気に読了しました。

最後は爽やかな青空で終わるこの作品。青空って、見上げる人の気持ち次第でいろいろな表情を見せてくれるものです。そもそも青空を見上げるような余裕のない生き方をしている人のための作品だったような気もします。

だからなんですが、乃木坂46の「何度目の青空か?」が思い出される後半、そして読後感でした。騙されたと思って、このMVを見ながら本作を読んでみてください。あるいは本作を読んだ方、この乃木坂46のMVをご覧になってみてください。ただし、公式チャンネルでは、MVは既にショートバージョンしか公開されていないので、あたしが感じたものを同じように感じていただけるか、非常に心許ないですが……

閑話休題。

この『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』は韓国の作品です。このところ、あたしも韓国の作品を何作か読んでいるのですが、書店店頭を見てもちょっとした韓国文学ブームだと思います。いわゆる韓流ドラマや韓流映画の流れと重なるのか、それとは異なる動きなのか、そこまではわかりません。ただとにかく翻訳作品がつづていることは確かです。

そして韓国以外にも、香港や台湾、そして大陸中国の作品も陸続と出版されていて、ここへ来て、なにやら東アジア文学のムーブメントでも起きているような錯覚を覚えます。実際にブームが起きているのでしょうか? もちろん個人的には大歓迎です。

そして、あたしは次に『チェロと私と牧羊犬と』を読むつもりです。これは中国の作品です。