年末年始モード突入?

年末年始は妹家族がやってきます。妹のところの姪っ子、甥っ子は子供ながらイクラやウニが大好きで、なのでウニとイクラを買っておくのですが、それが届きました。お取り寄せです、毎年決まったところから買っています。それが「うにむらかみ」です。

函館にお店があるようですが、あたしは行ったことがありません。なにせ函館に行ったことがないものですから……。と思い返すと、ずいぶん前に家族で寝台特急・北斗星に乗って上野から札幌まで行ったときに、函館は停車しました。でも下車しなかったので、函館の町は知りません。

そういえば、この時、上野から乗ってきた人、ずいぶん多くの人が函館で下車していました。最初は「函館に来たのか」と思っていたのですが、どうもそうではない人も多かったようです。後から聞いた話では、函館の朝市に寄るために下車したようです。

あたしたちが乗ってきた北斗星は札幌へ向かう途中、別の特急に抜かされます。たぶん寝台特急よりも最高速度が速いのでしょう。函館で下車した人は、朝市に寄って、また函館駅に戻ってきて、北斗星よりも後から出発するその特急に乗って再び札幌へ向かうらしいのです。ある意味、巧い時間の使い方、賢いです。確かに朝市は慌ただしい立ち寄りになってしまうでしょうが、丼物の一杯でも食べられればよいのであれば十分かもしれません。

閑話休題。

そんな「うにむらかみ」ですが、あたしはかつて北海道の営業担当だったころに、札幌のお店によく食べに行っていました。いまでこそ、札幌は大通から札幌駅まで地下街が出来上がり、「むらかみ」も地下街にきれいでおしゃれなお店となってリニューアルしていますが、あたしが担当だったころは現在とは場所もちょっと異なり、オフィスビルの地下にありました。

お酒と料理を何品か、そして〆にウニイクラ丼というのがおきまりのコースでした。ああ、美味しかったな! そんな想い出があるので、毎年お取り寄せしているという次第です。

で、あとは妹家族が来るのを待つばかり。たぶんお正月を待たず、年末に食べてしまうことでしょう(笑)。

さて年末の三連休、昨晩はスカパー!で放送された「乃木坂46 Merry Xmas Show 2016 ~アンダー単独公演~」を録画しておいたので、それを見ながらご覧のような日本酒を賞味いたしました。ちなみに、今回の乃木坂のコンサートは5日間。初日と三日目が選抜メンバーの公演、二日目と四日目がアンダーメンバーの公演、五日目は、この秋加入したばかりの三期生のお見立て会という構成で、スカパー!では何故か4日の公演のみが放送されました。

さて「雪男」です。

「鶴齢」で知られた青木酒造のお酒です。「鶴齢」は飲んだことがありますが、この「雪男」は初めて飲むお酒です。すっきりとした飲みやすいお酒でした。

上の写真は、入っていた函の能書きです。味もそうなのですが、ラベルの雪男のイラストに惹かれて買ってみた、というのが大きいですね。

現在わが家には、まだ「鶴齢 純米酒 しぼりたて」と「限定 大吟醸 牧之」がそれぞれ一本ずつあります。年末年始の飲む予定です。

髪の悩み

今日は、髪を切りに行きました。ついこの前切ったばかりのような気がするのですが、もう鬱陶しくて嫌になるほどの長さです。

たぶん普段から短めだから、ちょっと伸びただけでも気になってしまうのでしょう。

ただ、あたしの場合、髪が多くて、硬くて、太くて、なおかつ抜けるような気配が微塵もないと来ているので厄介です。

ふつう、髪というのは歳と共に薄くなり、抜けやすくなり、多くの人は薄くなった頭髪をなんとか残った髪でカバーしようと必死の努力をしているわけですが、あたしの場合、そんな行為とは無縁です。むしろ、もう少し抜けて欲しい、痛んで欲しいくらいに元気な頭髪です。

「額が後退する」なんてありえません。猫の額よりも狭いと言われるあたしの額は、この数十年、1ミリも後退なんかしていません! 嗚呼、一度でいいから目にかからないように鉢巻きをしてみたいものです。

クリスマスには赤と緑の本を!

ジュンク堂書店のサイトに載っていました。

ジュンク堂書店高松店では、クリスマスのなので赤と緑の本を集めたフェアをやっているそうです。こうしてみると定番もありますが、それ以外にもいろいろとあるものですね。赤い装丁の本はそれなりにあるでしょうけど、緑を集めるのは苦労したのではないでしょうか?

しかし、見回してみても見つかりません、あたしの勤務先のクリスマスの定番が!

  

デリダ伝』と『獣と主権者(1)』です。これを並べていただかないと……(汗)

 

でも、『獣と主権者(1)』と並べるなら『獣と主権者(2)』ですよね? しかしこの二点だとクリスマスカラーにならない……(汗)

ちなみに、本当の定番は『クリスマスの文化史』なのですが、これは現在品切れです。申し訳ありません。

今日の配本(16/12/22)

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泣きたい夜のイッキ読み

年月日』の売れ行きが順調です。重版が決定しました。

ということで、店頭で少しでも目立たせるためにポップが出来上がりました。

しかし、あれ? おかしい。なんか違う……

そうです。「必死」じゃないんです、「必至」です(汗)。

というわけで、作り直しました。

しかし、既に読んだ方であれば、「必死」というポップも、ある意味ではこの作品世界を表わしていると納得してくれるかもしれません。

それにしても、この『年月日』、泣けます。おじいさんと犬の物語。名作「フランダースの犬」のネロがおじいさんであれば、まるで『年月日』のようなもの。

「フランダースの犬」の最終回(あくまで子供のころに見た、日本のテレビアニメ版)、教会のシーン。ネロを追いかけてきたパトラッシュに、疲れ果てたネロがかける言葉は涙を誘います。負けず劣らず、万策尽きた先じいさんがメナシにかける

わしの来世がもし獣なら、わしはおまえに生まれ変わる。おまえの来世がもし人間なら、わしの子どもに生まれ変わるんだ。一生平安に暮らそうじゃないか。先じいがそこまで話すと盲犬の目が潤んだ。先じいは盲犬の目をふいてやり、また一杯のきれいな水を汲んで盲犬の前に置いた。飲むんだ。たっぷりとな。これからわしが水を汲みに行くときは、おまえがトウモロコシを守るんだ

という言葉も心にしみます。そしてエンディング、「フランダースの犬」も『年月日』も一人と一匹を待ち受ける運命は、あまりにも苛酷です。

いまだ解決せず?

今朝の朝日新聞の記事です。

まあ、アマゾンに関しては言いたいことは山ほどある、という方も多いと思いますが、今回の件はあまりにも不誠実、嘘つきや詐欺と言われても仕方ないでしょうね。

それにしても記事の中で

紙の本も電子書籍も、ネット書店からの『オススメ』がなければ読者に情報が届きにくく、存在していないのと同じ状況になる

という福井弁護士の言葉が気になります。本の好きな人は、自分からいろんなサイトを回って情報を集めていますが、確かにその他大勢の一般の人はそこまでしないですよね。そして本を調べるにはアマゾンのサイトで、なんていう人がほとんどでしょう、そうなると、アマゾンのサイト、それも上位に載っていないと「無いも同然」ということになってしまうのもわかります。グーグルの検索結果で1ページ目に出て来ないとダメだと言われるのと同じ構図ですね。

しかし、果たしてそんな画一的な情報入手方法だけでよいのでしょうか? ここまでパソコンやネットが普及した以上、小学生からの情報教育を根本的に考えないと、将来の大人が恐ろしいことになっていそうです。

ああ、眠い

今日は会社(営業部)の忘年会。

会場は新宿の高島屋最上階、天厨菜館でした。

名前でわかるとおり中華です。でも、全然コッテリしていなくて、お上品な味付けでした。なんとなく量が少なめかなと思っていましたが、最後の方はもうお腹いっぱい、満腹となりました。

肝心の夜景ですが、ちょうど新宿のサザンテラスを見下ろす個室ではありましたが、サザンテラスのイルミネーションがパッとせず、うーん、イマイチでした。

忘年会をやってしまうと、もう明日はお休みという気分ですが、まだまだ今日は火曜日。あと二日ある! それに明日は会議だ……(涙)

人は易きに流れるものか

書店で、宗教や文化史の棚が気になります。

カラー版 神のかたち図鑑』なんて書籍を刊行しているからです。本書以外にも神様や仏様、宗教的なシンボルの事典って意外とたくさん刊行されていて、種類が多いのに驚かされます。やはりビジュアルが大事ですね。

が、こんな本が一緒に並んでいました。

ご利益で見る日本の神様イラスト大図鑑』です。いかにも宝島社の本という感じ、神様のイラストはどれもアニメキャラのようで、イラストに関しては時代考証がされているとはとても思えません。

でも、このジャンルにちょっとだけ興味が芽生えたような入門者には、こういったタイプの本が売れるのでしょうね。日本の文学作品だって、カバー装画が萌えキャラっぽくなっていたりする昨今ですから。

でも、この本が宗教や文化史の棚に並んでいると、ちょっとどころか、かなりの違和感を感じます。

と思っていたら、すぐお隣の哲学・思想の棚にはこんな本がありました。

ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』です。「京都を舞台にした「実存主義哲学」入門のエンタメ小説」だそうです。

ニーチェとエンタメ? なんだそりゃ? というのが正直な感想ですが、やはりこういう風に敷居を下げ、間口を広げないと、哲学など人文科学に興味を持ってくれる人が減ってしまうという危機感の表われなのでしょうか?

こういった類いの本、あたしは一概に否定するつもりはありませんが、問題はここから専門書とか、いわゆる人文書と呼ばれる書籍に手を伸ばしてくれるような読者がどれくらいいるのか、ということだと思います。こういうのを読んでわかったような気になられたら、それはそれで困ったものだと思うのですが……