Nancy Sensual World
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まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
確かにモヤモヤしています

実はあたしもちょっとモヤモヤしたものを感じていました。
ここまで活躍する以前の大阪大坂選手に対しては、もちろんスポーツ紙などの紙面で表立って言われることはなかったと思いますが、多くの日本人が「彼女は半分日本人じゃないから」という気持ちを持っていたのではないでしょうか? そして外国人だから身体能力が高いのか否か知りませんが、比較的単純に「ハーフだから巧いんだ」といった意見も囁かれていたのではなかったかと思います。「純粋な日本人だったらあそこまで勝ち上がれないよ」といった声も居酒屋のサラリーマンの会話では聞こえてきそうです。
「純粋な日本人」って何だ? という疑問に対して、文化的あるいは科学的に答えることはあたしには到底無理ですが、「黒人だから運動が達者」という言説に対しては既にこんな本が出されています。書店で大阪大坂選手の活躍を伝える本や雑誌でフェアをやるのであれば、こういうものも並べてもよいのではないでしょうか?
それにしても、『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』『黒人アスリートはなぜ強いのか?
』『黒人はなぜ足が速いのか
』というのは、ずいぶんストレートなタイトルですね。
大阪大坂選手を離れてみても、ハーフの人はたくさんいますし、大阪大坂選手のように日本語がたどたどしい日本人、ほとんど日本では暮らしたことのない日本人だって世界中にたくさんいるのだと思います。その一方、両親共に外国人ではあっても日本で生まれ日本で暮らし日本語しか話せない人も日本にはたくさんいます。
時々ドキュメンタリーでも取り上げられますが、母国の政情不安から日本へ逃れてきた両親の子どもが、見かけこそ日本人っぽくはありませんが、話す言葉も感性もまるっきり日本人と変わらない、という例だって現在では枚挙に暇がないでしょう。首都圏では、少し前に通学の途中で殺害されたベトナムの少女はごくごくフツーに日本の小学校に通っていたわけで、たぶんベトナム語はあまり話せなかったのではないでしょうか。
留学とかではなく、日本社会にベースのある人がここまで増えてくると、何をもって日本人と呼ぶのか、昔のような定義は通用しないのではないでしょうか。紙面にもある「もやもや」、あたしは決して否定的に捉えたくはありません。異なる文化が交わる時に多少の衝突は付きものだと歴史は教えてくれます。時には血みどろの争いになってしまうこともありますが、多くはいつの間にか融合し、新しい文化が生まれてくるのではないでしょうか?
これからどうなる、欅坂

今朝の朝日新聞です。初主演映画公開の平手友梨奈@欅坂46が特集されています。
こんな風に特集されるほどの魅力を彼女が持っているのは認めますが、個人的にはこうして一人だけ取り上げられるのが彼女の本意なのか疑問に感じることがあります。
冠番組「欅って、書けない?」の初期のころ、いかにも最年少っぽく、あどけない笑顔を見せてメンバーと絡んでいた姿を思い出すと、いくら思春期の女の子とはいえ、そして急激な周囲の環境の変化にさらされたとはいえ、ここまで変わってしまうものかという気がします。
もちろん、現在の欅坂46のパブリックイメージに合わせて、ああいう雰囲気をまとっているのであれば構いません。楽屋などではメンバーと楽しく笑っている映像や写真もあるようですから。ただ、「自分が納得できないことはしない」といっている彼女が、表舞台では欅坂のイメージに寄せているってどうなのだろう、という気がします。
まあ、こういうアイドルがいてもいいんじゃない? という意見はあります。しばしば比較される山口百恵や中森明菜だって、大多数の笑顔キラキラのアイドル像とは真逆のイメージで売っていましたから。
でも、彼女たちとの根本的な違いは、山口百恵も中森明菜もソロで活動していたということです。欅坂46は「平手友梨奈とバックダンサーたち」ではありません。ですから、平手のイメージだけでグループのカラーを作っていってよいのだろうか、と思うのです。ここへ来て活動を休んだり卒業を発表したりしているメンバーが増えているのは、そんなグループ内の矛盾が表面化してきているのではないか、という気もします。
個人的には、テレビ番組などに出演した時に、無表情と言うよりも無愛想に見えてしまうのはどうなのだろうか、と思います。どんなに体調がすぐれなくても人前ではそれを見せないのがプロだと思うのですが。
さて、今朝の朝日新聞のお三方、平手友梨奈を論評するのはよいのですが、彼女があくまで欅坂46というアイドルグループの一メンバーに過ぎないということを忘れているのではないか、という気もします。
池袋のあのあたりは……

昨日、母と池袋へ出かけたということを書きました。訪ねたいとこの家は池袋の東口から明治通りに沿って15分くらい歩いたところにあるのですが、帰路も歩いて池袋駅まで戻りました。
往路は、明治通りを素直に進んで行ったのですが、帰路は裏道というほど裏道ではありませんが、帝京平成大学(かつて、ここは区立の小学校があったはず!)の脇を通り、かつての豊島区役所の裏を抜け、旧三越などのあたりから池袋駅へ戻りました。
という上の説明でなんとなく理解いただける人は以前の池袋東口界隈をご存じの方でしょう。区役所はずいぶん前に移転してしまっていますし、三越が池袋にあったことを知っている若者は少ないのではないでしょうか?
で、途中で横を通ったのは中池袋公園です。とても人が大勢いましたが、よく見ると変な格好をした人がたくさんいます。「変な」というの失礼かも知れませんね。どうやらコスプレ大会が行なわれていたようです。人気のコスプレーヤーには写真を撮ろうという人が大勢取り囲んでいました。
そういえば、このあたりは池袋乙女ロードにも近い場所、そういった人たちが集まりやすいのでしょう。あたしが目撃したコスプレ大会はどこか主催者がいて開かれていたものなのか、それとも自然発生的に集まってきたものなのか……
ネットを検索してみますと、休みになるとコスプレーヤーが集まって、思い思いに披露しているようですね。もちろん、それを目当てに写真を取りに来るファンもいるのでしょう。コスプレの聖地と言ってしまってよいものか、門外漢のあたしにはわかりませんが、「池袋って、最近はこんな風になっているんだ」とちょっと新鮮な驚きでした。
この中池袋公園、あたしにはちょっとした想い出があります。
中学生の頃だったと記憶しています。当時はこの公園の前に豊島公会堂があって、そこで沢田聖子のコンサートがありそれを聴きに来たのです。確か、その当時発売されたアルバムの購入特典のコンサートだったと思います。ですから、アルバムの曲を中心のこじんまりとしたリサイタルだったような覚えがあります。
実は後にも先にも、たった一回こっきりの「生の沢田聖子」体験でした。コンサートは午後と晩と二回開かれたと記憶しています。始まるまで、公園内には沢田聖子ファンが大勢集まってきていて、開場を今か今かと待っていた緊張感はなんとも言えませんでした。
80年代、若かりしころの思い出です。






