映画効果?
ついに第7刷
誤用の慣用
間違った使い方ではあるけれど、多くの人が使っていて、もはやそれが一般に通用しているとき、誤用の慣用と言います。よくあるのは、ことわざの意味とか漢字の読み方などではないでしょうか。前者は、時々ニュースにもなりますが、世論調査的なものが文科省かどこかによって行なわれているのでしょうか? 「情けは人のためならず」なんてのが典型的でしょうか?
後者ですと、「消耗品」の「耗」は、ほんらい「もう」などという読み方はなく、正しくは「こう」なのですが、たぶん多くの日本人は「毛」の方に引きずられて「しょうもうひん」と読むようになってしまったのでしょう。
なんで、こんなことを取り上げるのか、と言いますと、今日の営業回りの時の、書店員さんとのちょっとした会話があったからです。
『肉小説集』、『和菓子のアン
』の著者の新刊です。読んだわけではありませんが、見た限り、別にエッチな意味はなく、純然たるお肉のお話のようです。なんで、あえてそう断わるかと言いますと、「肉」という言葉を見ると「肉欲」という言葉を思い出してしまうからです。
と書いてしまうと、あたしがただの変態に思われてしまいますので以下に弁明しますと、かつて勤務先の同僚の女性で、この「肉欲」という言葉を、「お肉が食べたい」という意味だと思っていた人がいたのです。つまり、お昼時に食事に行こうとなった場合、「今日は魚じゃなくてお肉が食べたいなあ」という意味で、「今日は肉欲が盛んなのよ」とのたまう女子でした。
おいおい、間違ってもそのセリフを世間様の前で大声では言わないでね、と祈っておりました。もちろん「肉欲」の正しい意味は調べるように忠告しましたが……
とまあ、肉という言葉を見ると、このエピソードを思い出してしまうわけです。
とりあえず復旧
そろそろ寿命?
わが家の液晶テレビは東芝のREGZAです。特に可もなく不可もなく、いや機能的には十分使いやすいので取り立てて不満はありません。
ただし、もうずいぶん使っていて、発売開始が2008年の製品です。サイズは46型だったか、47型だったか、そのくらいですから、まあ、大きい方ですね。昨今の4Kテレビや大画面のテレビは60型以上もたくさんありますが、200年当時としては、特に大豪邸に住んでいる金持ちでもない限り、このサイズは比較的大きい方だったと思います。
で、昨日か一昨日くらいから、調子が変なのです。
映らないとか、突然消えるとか、そういった致命的なものではないのですが、意外と困っています。
どんな不調かと言いますと、番組表が取得できないのです。
番組表って、いまどきのテレビは、ほとんどがインターネットに接続するのか、テレビ放送の受信電波を使って、どこからか取得しているはずです。ですから、常にアップデートされているわけで、それに基づいて録画予約などをしているのです。チャンネルと日時を設定して予約をしている人なんて、いまどき珍しいでしょうね。たいていは、番組表を表示させ、見たい番組を選んでOKボタンでも押せば自動で予約が登録されるはずです。
なので、それが出来ないというのは、実はなかなか不便なことです。
そろそろ寿命なのでしょうか? でも、それ以外は機能として問題なく動いています。特に不具合は感じません。画面もきれいです。不満などありません。あえて言えば、3D対応でないことですが、かといって、そんなに3Dの番組、基本は映画でしょうけど、を見ているかと言われれば、そんなことはありません。WOWOWでたまにやりますから、それを3Dで見てみたいなあと思うことはありますが、見られなくても不満は感じませんから、それほど必須の機能とも言えないでしょう。
もう一つ言えば、録画機能でダブル録画ができないことでしょうか? そんなにいろいろ取っているわけではないのですが、意外と見たい番組って重なることがあるのですよね。ふだんは見たい番組がないと文句を言っているくせに、見たいものがあるときは同じ日の同じ時間帯だったりすることがしばしばあります。あるいは全くかぶらないまでも、最初や最後の15分や30分だけ重なるとか、そういうこともしばしばあります。そんなとき、ダブル録画ができるとありがたいところです。
が、それも、わが家の場合、DVDレコーダーが3台あるので、それらを併用すれば事足りていますので、これも絶対必要な機能というわけではありません。ただ、テレビだけで内蔵HDDや外付けHDDに録画できるのであれば、わざわざDVDレコーダーを起動させて設定しなくてよいので、楽と言えば楽ですが……
と言っても、結局のところ、新しくテレビを買うお金もないですし、そもそもこの程度の不具合では買い換えるまでもないですから、しばらくは模様眺めでしょうか? とりあえず、いまは静観します。そのうち、何事もなかったように番組表が復活しているかもしれませんので……
民意とは
スペイン、カタルーニャの独立の是非を問う投票。いや、あれは公式には認められていないので民意調査とかって言うのでしたっけ? そのあたりはとりあえずおくとして……
結果的に8割の人が独立に賛成票を投じたそうですが、全有権者の5割にも満たない投票では、その8割が賛成と言っても果たして民意と言えるのか、判断が難しいところです。
独立の是非を問う投票と聞くと、あたしはすぐにチベットとかウイグルを思い出してしまいます。本当に中国から独立してやっていけるのか、という問題もありますが(それは先日のスコットランドも、今回のカタルーニャも同じだと思います)、中国などを見ていると民族としての誇り、人間としての尊厳が問われているのかな、という気がします。
でも、中国の場合、実際に投票をやったとしたら、既に漢民族の入植が増えていますので、独立は否決されるのではないでしょうか? 漢民族がどんどん入ってきて人口の過半を占めた場合、民意とはいかなるものなのか、単純に多数決で決めてしまってよいものなのか、難しいと思います。
男尊女卑的な?
TBSの枡田絵理奈アナウンサーが広島東洋カープの堂林選手と結婚した(する?)というニュース。
女子アナの中では枡田アナが一番好きだったあたしとしてはかなりのショックなのですが、それはさておき、このニュースを聞いてちょっと思ったことを。
とりあえず枡田アナは今のところ妊娠はしていないようですが、アナウンサーを辞めるのでしょうか? 報道では特にそういうことは書いていませんね。でも、キリのよい時期で辞めちゃうのでしょうか?
一般にスポーツ選手と結婚した女子アナは、アナウンサーを辞めて選手の健康管理などに精を出す、というパターンが多いようです。仕事を続けるにしても激務の局アナは辞めて、フリーで仕事選びながらというパターンが多いのではないでしょうか。もちろん、既に引退した選手と結婚したならば、また話は違ってきますが……
ただ、いずれにせよ世間一般は、女子アナの方が仕事を辞めて、旦那さんであるスポーツ選手の心や体のケア役に徹すると考える人が多いようです。その選手が結婚を機に活躍すれば「内助の功」と褒められ、成績が伸び悩めば「女子アナ上がりだから、きちんとしたことができていないんだ」といった具合に責められます。もし仕事を辞めずにいて選手の成績が伸びなければ、それこそぼろくそに言われてしまうでしょう。
でも、皆さんどうしてそう考えるのでしょう?
例えば、スポーツ選手の方が自分のプロとしての実力に見切りを付けていて、それに対して相手は、女子アナとして日本一のキャスターにまで上り詰められそうなくらい優秀であれば、競技を引退し、自分が日本一の女子アナのサポート役に徹するという生き方だったあるのではないでしょうか? あるいは男子アナが女性アスリートと結婚した場合はどうでしょう? 彼女が今以上の実力を発揮して、安心して競技に打ち込めるような環境を作るために、自分がアナウンサーを辞めて彼女のサポート役になる、という選択肢だってあるはずです。
もちろん、そういうカップルは何組もいるのでしょうけど、一般に報道される場合、そのパターンが紹介されることってほとんどないですよね。やはり男と女の役割分担という先入観があるからなのでしょうか? もちろん、二人が相談して、どちらかが仕事を辞めて相手のサポートに徹すると決めたのであれば、それはそれで尊重すべきであって他人がとやかく言うことではないでしょう。だけど、世間はやはり女が仕事を辞めるということを暗黙のうちに期待(?)しているのではないでしょうか?
どうなのでしょうね?