震災と言えば……
あたしは迷惑?
勤務先のPCが更新されたことはFacebookにも書いているので、このダイアリーをお読みの方ならば既にご存じのはずでしょう。
Windowsのバージョンが上がっただけならよいのですが、それと共にWordとかExcelとかオフィスソフトもすべてバージョンアップしてしまいました。ふつう、バージョンアップすると使いやすくなるものですが、慣れというのは恐ろしいもので、バージョンアップしたのにまるっきり使いやすくなったとは思えません。むしろ、使いにくくなったとしか言いようのない状態です。
以前なら、ツールバーのここにあったボタンをクリックすれば一発でできた機能が、そもそもツールバーの形状から変わってしまったので、そのボタンがどこへ行ってしまったのかすらわからず、そのボタンが担っていた機能が新しいバージョンでも使えるのか、それすらもわからない状態です。
確かツールバーは、以前のバージョンの状態にカスタマイズすることができたのではないかと思いますが、それすらもやり方が不明です。もう、とにかく覚悟を決めて新しいバージョンのインターフェースに慣れるしかないようです。慣れれば、たぶん以前のバージョンよりも便利な機能が盛りだくさんなのでしょう。Wordだって、Excelだって、これまで使っていたわけですから、基本的な使い方に変わりがあるわけではないだろう、と自分を納得させるしかないようです。
ところで、これも前に書いたかもしれませんが、新しいWindowsにはメールソフトのOutlook Expressがありません。これまでにもセキュリティの脆弱性などさんざん言われてきたソフトですから、マイクロソフトもとうとうOSから外してしまったようです。MSとしてはOutlookを使えということなのでしょうね。Outlookはもともとはスケジュール管理などビジネス情報の統合ソフト的な役回りをオフィスの中でになっていたと思います。その機能の一つにメールクライアントとしてのものがあったわけで、十二分にメールソフトとしてつかえるわけです。ただ、そもそもが単純なメールソフトでないだけに、メールソフトとしてはOutlook Expressに比べると格段に使いにくいところが多々ありまして、脆弱性はあるものの、あたしは勤務先ではずっとOutlook Expressを使ってきました。それを今回、なくなってしまったわけですから仕方なく、Outlookに乗り換えたわけです。
確かにOutlook Expressと似たところが多分にあり、使い方に迷うところはないですが、微妙なところが違っていて、やはり慣れるまでは使いづらく、今もって慣れておりません。この使いづらさは違うソフトだからなのか、双方のバージョンがあまりにも異なるからなのか、よくわかりませんが、これもやはり慣れるしかないと覚悟を決める必要がありそうです。
ところが、今日も仕事場で同じ部内の全員に連絡事項のメールを送信しました。もちろん自分自身も送信先に指定して、自分にもメールが届くようにしています。そうしましたところ、しばらく待って送受信を行なっても受信箱にそのメールが届かないのです。何かのエラーが起きたのかと思い、周囲の同僚に聞いてみると、みんなきちんと受信できていますし、あたしのところにエラーメールが届いてもいません。つまり、メールはきちんと送信されたわけです。
おかしい、おかしい、としばらく悩みながらOutlookをフォルダを見ていると、「迷惑メール」のところに未読の一通ある通知のアイコンが! 何だろうと見てみたら、あたしが送ったメールでした。
つまり、きちんと受信はされたのに、受信箱(受信トレイ)には入らず、デフォルトで迷惑メールのフォルダに送られてしまっていたのです。なんで? あたしって迷惑人なんですか?
ちょっとショックです。
車検
わが家のクルマの車検でした。ちょうど来月の26日が車検の期日で、ひと月前から手続き可能ということで、先週の月曜日、会社から帰宅後、近所の販売会社へ持ち込みました。
わが家のクルマは、以前、このダイアリーにアップしたこともあるかと思いますが、日産のエルグランドです。ふだん、それほど乗るわけではないのですが、子供を三人抱えた妹家族が遊びに来ると、やはり大勢で乗れる車でないとダメなので、こういうワンボックス、ミニバンにしております。運転はしやすいですし、大きさの割りには小回りのきくステアリングです。
しかし、買い換えてからもう三年たったのか、という感じです。あっという間でした。その間、事故もなく古書もなく、大きな遠出こそしておりませんが、快適に走ってくれています。
日産のエルグランドにしろ、トヨタのアルファードにしろ、たぶん、7人乗りや7人乗りのクルマで、大人が7人なり8人で1泊二日、2泊三日の旅をするとしたら、実はかなり窮屈です。座席というよりも、恐らく荷物が載りきらないのではないかと思います。もちろん3列目の後ろに荷物スペースはありますが、大人7人の荷物を積むにはスペースは小さすぎると思います。もちろん一人がどれくらいの荷物を持ってくるのかにもよりますが、キャンプとか別荘など、多少は自分たちで荷物を持ち込まないとならないような旅行ではたぶん載せきれないでしょう。
こういったミニバンは、大人は5人程度まで、三列目はシートを倒して荷物置き場にする、というのが妥当なのではないかと思います。もちろん、二列目、三列目の居住性を少し制限し、シート感覚を狭めれば、三列目の後ろのスペースが広くなりますのでそれなりに荷物を置けるようになりますが、それも限度があります。
なにより、この手の車は、二列目、三列目のエレガントなシート、高級車の乗り心地を追及した内装ですから、足も満足伸ばせないようなシート感覚は本末転倒でしょうね。このあたりが、このクラスの車を選ぶ際の難しいところではないかと思います。
※実際のクルマは、上記のリンク先、以前のダイアリーに掲載しております!
みそか
今日は8月31日。本来なら夏休みの最終日ですが、今年は土曜日なのであともう一日、9月1日も夏休みということで、一日得をしたような気分の学生さんも多いのではないでしょうか? とはいえ、早いところでは既に今週から二学期が始まっているとか。週休二日制の影響で授業時間数が足りないのでしょうか? ただ十数年前ならともかく、これだけ熱帯化した現在の日本で、8月の後半から授業が開始だなんて、空調設備が整っている学校以外ではとても授業にならないのではないでしょうか? そんな気がします。
さて、今日は31日ですが、旧暦の場合、月の最終日、30日を「みそか」と呼びます。となると、現在のように31日ある月の場合、31日をみそかと呼ぶべきなのか、それともやはり30日をみそかと呼ぶべきなのか、あたしは時々悩んでおります。旧暦には31日がありませんから、そんな悩みはなかったはずです。現在12月31日を「おおみそか」と呼びますが、それは一年の最後の日という意味で「おお」を付けて呼んでいるわけですよね。
となると、やはり「みそか」は「30日」という意味よりも、「その月の最終日」という意味の方が正しいのでしょうか? もちろん旧暦ですと最終日、イコール30日なので何の問題も生じませんし矛盾もないわけですが。年に何回か、31日なると思い出す、あたしの心の奥底の悩みです(笑)。
看板娘転落
今日の配本(13/08/29)
今朝の中央線
相変わらずの喉の痛み、つらいです。いつもとはかなり声が違うので、「大丈夫?」と皆さまから心配されるのは嬉しいのですが、喉の痛み以外は比較的元気なので始末が悪いところ。
ただ、今朝は違いました。
最寄り駅までのバスは特に問題もなく、いつもどおりでした。そして中央線。いつもの時刻のいつものドア、至っていつもどおりの朝の通勤風景です。iPodで音楽を聴きながら、ここ数日は『平安朝の生活と文学』を読んでいます。これもいつもどおりです。
異変に気づいたのは阿佐ヶ谷、高円寺あたりです。とにかく気持ちが悪いのです。飲み会などで飲み過ぎて、帰りの電車で気分が悪くなって、吐きそうな、いや、吐かなさそうな、そんな胸から喉にかけてのあたりがモヤモヤとした気分で、やや意識が遠のき気味で、ふらふらと目が回る感じで、実際に体は揺れていないでしょうけど、気分はすっかり回っている感じで、立ちくらみっぽい症状。貧血で倒れる人ってこんな感じなのかな、と思いつつ、「あといくつ、あといくつ」と数えながら立っておりました。
もしこの時、鏡で顔を見たら真っ青になっているのではないか、唇は紫色になっているのではないか、そんな気になりました。中野で一回降りようか、いや大丈夫そうだ、新宿まで行ってみよう。新宿でどうする、降りるか、四ッ谷まで行けるよね。そんな心の中で自問自答を繰り返しながらなんとかお茶の水到着。車中で具合が悪くなって、電車の運行を妨げるようなことだけはなんとか避けられました。
爽やかとは言えないまでも、電車から降りて外の空気を吸って、少しは楽になりましたが、会社についても、頭がふらふらする感じと気持ちの悪さは抜けません。中央線の中から断続的に続いている生あくびをこらえつつ午前中を耐えしのぐと、昼頃には気分の悪さ、頭のフラフラ具合はかなり治まりました。
風邪、なんですよね? しっかり休まないとダメですか?
の、の、喉が……
痛いです。
昨日からです。
夏風邪というものでしょうか?
ふだん、それこそ年中、頭が痛くなることはあります。そういう頭痛発の風邪というのは、もうしょっちゅうなんです。いわゆる偏頭痛持ちで、それは風邪とは違うのかもしれませんが、でも本格的に風邪を引く時は、まずは頭が痛くなり、体の節々が痛くなりだるくなり、そして寝込むというパターンが多く、喉に来ることは年に一回か二回程度です。
その、滅多に訪れない喉の痛みに襲われています。頭なら頭痛、お腹なら腹痛と言いますが、喉の場合はなんと呼ぶのでしょう? 咽喉痛ですか? 医学的にあるかもしれませんが、日常的な語彙ではないですね。
まあ、それはともかく、声がガラガラなのが困ります。周囲の人は「ナンシー、辛そうだから、もう帰ったら」なんて言ってくれますが、こちらとしてはふだん耐えがたい痛みに襲われることもある頭痛もなく、もちろん熱もないので、喉以外の体調はすこぶるいつも通りなんです。確かに声だけ聞いていれば辛そうかもしれませんが、そして現に辛いですけど、それほどいたわられるほどの症状でもないんですよね。
朝からガラガラだった声ですが、やはり営業部ですので電話が鳴りますので応対しないとなりません。会社はやはり乾燥するのか、埃っぽいのか、だんだんガラガラ度合いがひどくなり、喉も痛くなってきました。空咳がやたらと出ますし、痰が絡むような喉の違和感もあります。
夕飯後に薬を飲んだので、今日も早めに寝ようと思いますが、明日、目覚めたら少しはよくなっているのでしょうか?
読書感想文
夏休みも残り一週間。さあ、宿題だと思っている児童、学生の人たちが多いのでしょう。ようやく猛暑日も一段落し、少し涼しく(?)なってきたので、宿題をやるにはうってつけなのかもしれません。この時期はお父さんも早々と帰宅して宿題を手伝っているのでしょうか? 皆さん大変ですね。
あたしは以前書いたように、宿題は7月中に終わらせるのを基本としていましたので、お盆明けのこんな時期まで宿題をため込んだことはありません。せいぜいが毎日書かなければならない日記とか、ある程度日時の縛りのあるものくらいでした。
ただ、いま思い返してみますと、毎日毎日日記を書いたという記憶、よくありがちな絵日記など書いた記憶がないのです。あたしの担任はそういう宿題を出さなかったのでしょうか? 工作とか観察はあった記憶があります。そして、子供たちがどうも一番苦手としてあげがちな読書感想文、これも書いたような記憶がありません。
読書感想文はなにがイヤかって、感想文を書くだけでなく、その前に本を読まなければならない、というのがたぶん多くの子供の不満の一因でしょう。これは本が嫌いな子にとってはますます本嫌いにさせてしまう原因ともなっていて、実際には先生の間でも賛否両論あるようです。本好きな子でも感想文は苦手、嫌いという子は多いようです。読んで面白かったのに、なんで感想文を書かないといけないの、という素朴な疑問でしょう。
ただ、これは自分の考えを整理して他人に伝えるために重要な訓練なわけですから、やはりある程度はやらないとならないのではないかと思います。ですから、小学校の低学年や中学年くらいまでは感想文ではなく、内容要約のような宿題でもよいのではないかなと個人的には思います。どんな話だったのかを書く、それだけでも十分な教育的効果は得られると思います。
また、感想文は得てして、「この本を読んで、僕は一回り成長したような気がします」的なコメントを期待されているところもあります。先生は否定するでしょうけど、学校教育における読書感想文はそういう感想を持って欲しいという暗黙のプレッシャーがあります。間違っても『老子』を読んで、「みずからは主体的にはなにもせず、ただ自然のままに任せておけばよいのだと思いました」なんて感想は書いてはいけないのでしょう。
まあ、そんなことをしなくても、現在なら読書感想文の代行サービスなんてネットで探せばいくらでも出てきますから、お金さえ出せば誰かがやってくれますね。教育もなにもあったものではないですが……。
個人的には、例えば本屋で大手出版社の「夏の文庫100」の小冊子をもらってきて、そこに出ている作品100本の紹介文を読み、自分はどれを読みたくなったか、どうしてそれを選んだのかを書かせる、という宿題なんかを出してみても面白いのではないか、という気がします(小学生、中学生にはちょっとハードルが高いでしょうか?)けど、いかがでしょうか?