注目されているのはキャッチャーではなく……
主人公の持ち物である『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に気づいた方も多いと思いますし、一瞬の登場だったので気づかなかったという人もそれ以上の多いと思います。
とりあえず、あたしの勤務先的にはこのワンシーンで盛り上がっているわけで、実際に売り上げ(注文)も爆上げ中です。
しかし、今朝のちょっとした記事で、注目すべきは本ではないのではないか、と思ってしまいました。
その記事というのがこちら。
朝日新聞に載っていました。
ツバメの巣立ちなのですが、その巣というのが、なんと「どん兵衛」です。
「天気の子」のワンシーンといい、どん兵衛、大人気ですね。となると、『キャッチャー』がツバメと同格ということになるのでしょうか?
動画は横向き?
『モンスーン』のピョン・ヘヨンさんにサインをいただきました。
ちょっと動画にしてみました。それをYouTubeに上げてみたのですが、やはり動画を撮影するときはカメラをワイドに構えないとダメですね。
そういえば、最近のテレビなどで「視聴者撮影」なんていう映像が流れることが多くなりましたが、そういう時も多くの人はスマホを縦に構えて撮っているからでしょう。テレビだとなんとなく落ち着かない映像になっていますよね。
ここまでやらないといけない時代
既に業界では何度か話題に挙がっていたので、いまさら驚きはしませんが、こういった一般紙に出たのは初めてだったでしょうか?
それにしても、万引き問題は書店にとって死活問題ですし、それはとりもなおさず出版社にとっても死活問題です。
いや、こういった話になると、出版社は返品が戻ってくるわけでもないし、売り上げはもう立っているので問題ないんでしょ、という意見も聞かれますが、本を売る場である書店が弱ったら、それは間違いなく出版社にも影響必至なのです。
渋谷以外の町でもこういった取り組みは始まるでしょうけど、顔認証とかのシステムを入れるのにそれなりのお金がかかるでしょうから、街の小さな本屋さんには難しいかもしれませんね。こういった取り組みは、本来なら出版社や取次もお互いにお金を出し合って、一丸となってシステム構築を進めるべきなのかなあ、なんて思ったりもします。
まだ歴史にはなっていない
カンボジアを大混乱に陥れたポル・ポト派のナンバーツーが死んだというニュースです。
ポル・ポトと聞いて「何のこと?」という若い方も多いと思いますが、たぶんまだ歴史の教科書に載ってこないほど最近の出来事だから知らないだけなのかもしれません。
あたしくらいの世代でも、ポル・ポトがどのくらいの年代に生きていたのか、といった基本的な点でちゃんと理解できていない人は多いはずです。やはり東南アジア諸国って近いようで遠いのですね。
ポル・ポトについては、かなり厚い本ですが『ポル・ポト ある悪夢の歴史』がお薦めです。共産主義とは名ばかり、そのなんたるかもほとんど知らない連中が共産革命を起こそうとした顛末がわかりやすいです。否、彼らが使用としたのは共産革命だったのでしょうかね?
それにしても、ポル・ポト派の裁判、いまもまだ続いているのでしたっけ?
日傘の効用
こういう韓国文学もあるのよね
本日は午後から神保町のブックハウスカフェで、『モンスーン
』の刊行記念トークイベントでした。
なんと、著者が韓国から来日され、翻訳家の金原瑞人さんとのトークという贅沢なものでした。
聴衆の8割は女性で、韓国の方や韓国語に堪能な方も大勢いらっしゃるような雰囲気でしたが、通訳の方の滑らかな翻訳で言葉のギャップを感じさせないひとときでした。
さて金原さん曰く、以前から韓国文学は読んでいて、衝撃を受けた作品はいくつかあるけれど、その一人が今日の主役、ピョン・ヘヨンさんだったそうです。あたしも今回の『モンスーン』を読んで、こういう作家もいたのかと感じ入った次第です。
今日のトークで金原さんも何度となく話題にしていた『アオイガーデン
』が火なりすごい作品らしく、未読のあたしとしては今後の読書の楽しみが一つ増えたと言えます。
金原さんも指摘していたように、『モンスーン』では男性目線と言いますか、男性が主人公の作品がほとんどで、どうして女性作家なのに女性を主人公にしないのかという点はあたしも気になっていたところです。それに対する回答は、女性を主人公にすると、自分自身との距離感の取り方が難しくなってしまい作品も変わってしまうから、とのことでした。
はあ、そういうことか、となると、主人公との距離感がうまく取れるようになったときには、女性を主人公にした、一読するとほのぼのとしつつも日常に潜む恐怖をテーマにした作品がそのうち生まれるのかもしれないと思うと楽しみでもあります。
また著者がアメリカに招かれたときの話も話題になりましたが、ちょうどアメリカで『ホール
』の英語版が出版されたタイミングだったそうで、話題は『ホール』に関することが主となったようです。ただ、ピョン・ヘヨンさん曰く、日本は既に韓国の文学作品の翻訳出版の土壌ができていて、つい最近刊行された作品がすぐに日本で翻訳されているのでタイムラグが少なく、また韓国で行なうイベントと聴衆の反応も似ているとのことでした。欧米ですと、まだまだ遠い国から来た人、という印象なのでしょうか?
さて、あたしなりの感想を述べますと、このところの韓国文学の日本での受容は、「韓国文学=フェミニズム」といった印象が強くなっていると思います。確かに、フェミニズム文学が韓国文学の特色の一つではありますが、そうではない韓国文学も実は日本でも数多く刊行されていて、ピョン・ヘヨンさんの作品はそんなものの一つだと思います。
女声の辛さ、生きづらさを描くフェミニズム文学も、それはそれで面白いですし考えさせるところが大いにあるのですが、それだけが韓国文学だと思われてしまうのは残念ですし、「フェミニズムはちょっと……」と拒否反応、拒絶反応を起こしがちな方に、こんな作品、作家がいるのですよと大いに薦めたくなりました。
そして、翻訳者の姜信子さん曰く、今日のイベントの前にヘヨンさんがマスコミの取材を受けたそうですが、そこで「こんなご時世だからこそ文学が両国の橋渡しにならないと」という趣旨の発言をされたと紹介してくれました。出版社も書店も、このところ店頭で韓国文学フェアを催しているところが目に付きますが、やはりその目的は、こういった作品を通じてお互いの国のことを理解し合うきっかけになればと思えばこそです。
そういう意味で『モンスーン』は、別に舞台が日本でも、登場人物が日本人でも違和感なく成立するような作品ばかりですし、特にうだつの上がらないサラリーマンに読んでもらえれば、ちょっと哀しくなって落ち込んでしまうかもしれませんが、それくらい共感できる作品です。今日の聴衆の比率とは逆に、大いに日本人男性に読んでもらいたいと思います。
ちなみに、明日の晩も、こんどは青山ブックセンターで詩人の蜂飼耳さんとのトークイベントが予定されています。
あたしなんかさ、どうすればいいのよ?
閻連科の新刊『黒い豚の毛、白い豚の毛
』を読み始めました。
その巻頭の作品、書名と同じ「黒い豚の毛、白い豚の毛」ですが、主人公が30歳にもなって嫁もいないと嘆くシーンが何度か登場します。人生の半分も過ぎたというのにまだ嫁がいないなんてと、主人公はそれこそ人生の終わりだと言わんばかりに嘆いています。
しかし、そんなシーンを読んでいるあたしなど、既に生まれて半世紀をとうに過ぎ、それでも嫁をもらうことがかなわずにいます。嫁どころか、恋人すら、生まれてこの方盛ったことがないままの半世紀です。
あたしの境遇を知ったら、この作品の主人公も少しは勇気を持って生きていけるのではないだろうかと、そんなことを思いながら読んでいました。




