読み終わってしまっても大丈夫!

営業回りの供は文庫本や新書です。

ところが、このところ営業回りの途中で読み終わってしまい、その後の移動の車内でたいへんな苦痛に襲われることがしばしばでした。

だったら、営業先の本屋で何か買えばよいじゃないか、と言われそうです。もちろん購入することもありますが、自宅には読まなければならない、あるいは読みたくて買った本が山積みです。それらを先に読まなければと思うと、出先で買う気がなかなか起きないのです。

というわけで、今日は、岩波新書『イタリア史10講』が読み終わりそうなのがわかっていたので、カバンにはもう一冊、平凡社新書『ガンディー 秘教思想が生んだ聖人』を入れておきました。岩波新書の『ガンディー 平和を紡ぐ人』でもよかったのですが、岩波が続くのも芸がないと思い、平凡社を選びました。

さて、本と言えば、文庫や新書は営業回りの供ですが、自宅では単行本を読みます。

本日手に入れたのは、元乃木坂46、いや元SKE48と言うべきでしょうか、とにかく両グループの卒業生、松井玲奈の『カモフラージュ』です。

最初のころは否定的な意見が多かったですし、ファンもかなりバッシングしていましたが、結果的に松井玲奈の乃木坂加入(交換留学生)は成功でしたね。あたしはそう思います。

大阪の人の発音は?

朝日新聞から気になった記事を二つ。

まずは新元号「令和」のアクセントについてです。

あたしは、意識せずに、恐らく平板に読んでいると思います。周囲を見ても、そんなに誰もが「令和、令和」と連呼しているわけではありませんが、ほとんどが平板です。

最初にアクセントを置く読み方は、後ろに「何年」が付いたときには、そっちの方がしっくりくる気がします? 「令和十二年」などというときには最初にアクセントを置いて読みたくなります。

ところで、関西の方はどうなのでしょう? 「ええわ」なんていうときは最初にアクセントを置くでもなく、かといって平板に読むわけでもない、いかにも関西というアクセントで発音していると思うのですが、「令和」もそんなイントネーションで読んだりしないのでしょうか? あえて文字で説明すると真ん中の「い」にアクセントを置く、という感じでしょうか?

いずれにせよ、「平成」もそうでしたが、江戸っ子は「へえせえ」「れえわ」と発音しがちで、なんとなく間の抜けた感じになってしまうので、発音上はあまりよい元号だとは思えないのですが……

続きましては、これは投書ですから記事ではないですが、書店に関する話題です。

デジタル万引きのことですよね? 雑誌の場合、本当に深刻ですね。

ところで紙と電子との関係で面白い現象がありました。

元号発表の時、パソコンやスマホには速報で元号発表のニュースが入ってきましたが、それに遅れること1時間か2時間で配布された号外に大勢の人が群がりました。

あれは、「電子よりも紙」という根強い意識なのか、それとも希少価値のあるモノをコレクションしたいという気持ちなのか、どっちだったのでしょう? 号外を求めている人は、見たところ電子よりも紙と言いそうな世代の方が多かったように見えましたが……

お勧めを2点ほど

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売れるかしら?

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如何でしょう?

まもなく配本予定の文庫クセジュです。

自己啓発本のコーナーなどに行きますと、名言集などはたくさん並んでいて、それなりに売れているようです。

やはり1ページに1行か2行くらい、大きな文字で格言、名言が載っているタイプの方が見やすいし簡単に読めるから売れるのでしょうか?

どうせなら、そのことばの背景とか、もう少し知的満足を得られるような説明が欲しいものです。

という方には、今回の新刊『思想家たちの100の名言』がお薦めです。

取り上げられている人物と言葉は、人口に膾炙したものもありますが、さすがフランスで出されているクセジュと思わせるものも散見されます。日本で編集された名言集とは一味違う一冊、是非お楽しみください。

このオビ(カバー?)だと、クセジュとわからないかも知れませんが、それが狙いでもあります。

『文選』? それとも『万葉集』?

「平成」に変わる新しい元号が「令和」と発表されました。

なんでもこれまでの中国古典を出典とする年号ではなく、『万葉集』から選んだのだとか。ただ、その『万葉集』も中国古典の『文選』を踏まえているのだとか……

ということで、『文選』の「帰田賦」です。いわゆる現代中国の点校本なので読みやすいと思いますが、このちょうど真ん中あたりに典拠とされる部分が載っています。

拡大してみました。

おわかりになりますでしょうか? 「於是仲春令月、時和気清」という部分だそうです。わかりますが、漢字の選び方としてどうなのでしょう? 全然対になっていないですし、「令和」という言葉以上にそのあたりに違和感を感じます。

それに「令和」って、漢文をやっている人なら「和(やまと)ならしむ」という風に読んでしまうのではないかと思いますが、そうなると「日本ぽくする、させる」といったような意味になります。なんか国粋主義的と言いますか、日本を持ち上げすぎな感じがして、ちょっと嫌な気分になります。

そんなことはともかく、今朝の近所の桜です。

都心部はともかく、わが家のような郊外ですと電線が地中に埋設されているところはあまりありません。ですので、きれいな桜の写真を撮っても電線が写り込んでしまって折角の光景が台無しです。

この写真の場所は幸いにも電線がなく、広々とした空が広がっているところだったので、カメラを向けてみました。