Nancy Sensual World
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まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
今日の配本(17/05/15)

複本問題

「複本問題」と言っても別に図書館の新刊購入の問題を言いたいのではありません。
自分自身の本の購入についてです。
本好きで、本をよく買う人なら誰しも体験していると思いますが、同じ本を二冊、三冊買ってしまうという問題です。もちろん一度に二冊買うわけではありません。既に買っているにもかかわらず、本屋で見かけて「あ、こんな本が出ていたんだ、買っておかないと」と思って買って帰ってきたら自宅の書架に同じ本が既に並んでいた、という問題です。
いや、「問題」と書きましたが、たぶん本が好きな人なら「仕方ないなあ」とは思っても、決して「問題」などとは思っていないはずです(笑)。かなり高額な書籍なら買った記憶もありますから、ほとんど複数購入は起こりませんが、数千円程度くらいまでだと、あたしも何回も経験があります。文庫や新書ですと同じ本が3冊書架に並んでいることもあります。
ただし、あえて同じ本を買うこともあります。
同じ本というのは語弊があるかもしれませんね。単行本を持っていて、文庫化されたときにもまた買うというケースです。まるっきり同じなら買わないのですが、文庫化の時に一章追加されたとか、解説が加わったとか、そういうことがあると既に単行本を持っているにもかかわらず文庫も買ってしまうことがたびたびあります。
出版社側から見たら理想的なお客さんですよね(笑)。
で、『「三国志」の世界孔 明と仲達』です。清水書院の書籍です。上の写真のように、かつて同社から出ていた「清水新書」の一冊です。それがこのたび判型も大きくなって、「人と歴史」というシリーズになって刊行されているようです。以前のものも持っていましたが、内容に改訂があったようなので、新たに買ってしまったわけです。
ちなみに『六朝貴族の世界 王羲之』も一緒に買ったのですが、これの清水新書版は持っていません。なんで買わなかったのでしょう? 当時既に品切れだったのでしょうか? あるいは、あたしが当時は王羲之に興味がなかったからなのでしょうか? そんなことはないと思うのですが……
というわけで、「清水新書」をどれだけ持っているかと言いますと、上の写真の6点です。これらもすべて順次「人と歴史」シリーズに移行していくのでしょうか?
キャンパスから外へ出たらいけないの?

「クリスティ」を視聴。ちなみにタイトルの原題は「KRISTY」で語頭は「ch」ではなく「k」なんですね。こんな単語、あるのでしょうか?
簡単にストーリーを紹介しますと、謎のアンチ・キリストなカルト集団がいて、彼らは清い心を持った女子大生(大学生以外もターゲットなのかは不明)をキリストの力を助ける者「クリスティ」と名づけ、彼女たちを殺すことによってキリストの復活を阻止しようとしている集団のようです。女子大生の行方不明事件が全米で頻発しているとのニュース映像が冒頭では繰り返し流れます。
さて、その一方、本作の主人公ジャスティンは復活祭の休暇も大学の寮に一人残ることになりますが、アイスを買いに外へ出たスーパーで狩ると集団の女ボスに見つかります。そして寮に戻った彼女を追ってカルト集団が大学構内に侵入し、警備員を血祭りに上げ、ジャスティンの命を狙って襲いかかります。誰もいない大学で一人、カルト集団(女ボスの他に男が3名?)との闘いが始まります。最初は逃げるだけのジャスティンでしたが、一人と聞いて戻ってきた彼氏が目の前でカルト集団に殺されたところからスイッチが入り逆襲に転じます。
この手の映画ですから、最後はジャスティンが全員を倒してジ・エンド、あるいは一人くらい討ち漏らしたのがいてパート2へ続く的な結末を迎えるものですが、案の定、ジャスティンが見事にカルト集団を倒します。ジャスティンが倒した連中の携帯電話から全米に広がるカルト集団のネットワークが明るみになり、次々と逮捕されていくというニュースでエンディングなのですが、それでも根絶はできず、新たな女子大生が襲われるシーンで幕を閉じます。この女子大生を襲ったのがジャスティンだったのか否か、映像ではちょっとわかりにくかったのですが、劇中「あたしはジャスティン、クリスティなんかじゃない」と叫んでいたジャスティンが、カルト集団を倒した後に「ジャスティンは死んだ、あたしはクリスティ」とつぶやくところがなんとも意味深です。ただ、クリスティを名乗ったらカルト集団に狙われるだけ。逆に彼女は一匹狼としてカルト集団を狩る側に回ったのでしょうか?
それにしても、こういうのをシチュエーション・ホラーって呼ぶのかも知れませんが、閉じ込められた空間での攻防ならわかりますが、広々とした大学のキャンパスが舞台です。鍵をかけられて寮の建物から出られないわけでもなく、ジャスティンはプールや図書館や立体駐車場などあちこちへと逃げ回ります。だったら、キャンパスの外へ逃げてしまった方がよくはないでしょうか? 最初こそ安全な室内とかに逃げ込んでケータイで助けを呼ぶというのは理解できますが、それが出来なくなった以上は外へ逃げるのが合理的だと思いますが。それに敵は4人ですから、キャンパスから出てしまえば、とてもジャスティンを探しきれなかったと思うのですが。それとも、アメリカの大学は郊外にあって、キャンパスから出ても町や人のいるところまでは数キロも離れているのでしょうか?
さて、どうでもよいことかも知れませんが、否、この手の映画ではもっとも肝心なことかも知れませんが、主人公のジャスティン、ネイリー・ベネットという女優さんのようですが、あたし、この手の顔立ち、好きです。







