年賀状のこだわり

明日から仕事が始まりますので、いまさら返事を出すまでもないので、木曜日に届いた年賀状で今年は終了です。今年は全部で10枚でした。だいぶ減りました。

少ないながらも、年賀状には多少のこだわりがありまして、まず表面の宛名は必ず手書きすることにしています。これくらいは手書きの部分を残しておかないと、という理由です。全部を印刷にはしたくありませんので。

そして、同じく表面ですが、自分の住所印を捺すことでしょうか。年賀状では、しばしば裏面に住所などが印刷されているものがありますが、本来差出人の住所は表面に記入するのが正しいのだと、何かの本で読んだことがありまして、それ以来、手書きではなく住所印ではありますが、必ず表面に捺すようにしています。

その表面ではもう一つ、必ず縦書き、という点もこだわりです。これは高校時代に年賀状配達のアルバイトをやったことがあるのですが、その時の体験によります。自転車がこぎながらある地区の年賀状をまとめて持っているわけですが、トランプを持つ時のように少しずつずらして、住所が見えるように手に持ちます。その時、住所が縦書きでないと非常に見づらいのです。その時以来、年賀状の住所(宛先)は縦書きと心に決めました。

さて裏面です。ここが年賀状のキモなのはわかりますが、あたしは一筆書き添えるのが面倒なので、その代わりに時候の挨拶以外にもできるだけ自分の文章を書くようにしています。毎年パソコンで作っているので、出来合いのものにはしていません。画像などに部分的に図案集などのもの流用しますが、図案集そのままで使うことはしないようにしています。

あとは、数名を除き、こちらからは出さない。向こうから来たら返事を書く、というスタンスでこの数年過ごしてきたら、今年はとうとう10枚になったというわけです。目指せ一桁!

書籍の紹介か、はたまた追悼文か

朝日新聞別刷GLOBEに載っていた「中国のベストセラー」です。紹介者はいつものように泉京鹿さん。

で、今週は何を紹介してくれるのかなと読んでみますと、昨年、突然訃報が飛び込んできた天野健太郎さんのこと。今回の泉さんの文章、ほぼ天野さんに対する追悼文です。非常に心がこもった、素晴らしい文章です。

そして本来の趣旨であるベストセラー紹介は、天野さんの翻訳でもお馴染み、龍応台さんらのアンソロジーです。文中でも触れていますが、龍應台『台湾海峡一九四九』が天野さんの翻訳家デビュー作。確かに、非常に売れた作品ですし、あたしも読みましたが素晴らしい作品でした。

台湾でも大陸でも、本作はロングセラーとして今でも売れているそうです。それも宜なるかな。

こんな風に素敵な作品を紹介してくれた天野さん。存命であれば、今後台湾で出版されたさまざまな作品も紹介してくれたでしょうし、現在刊行されている作品の中にも、翻訳して日本に紹介しようと考えていた作品が数え切れないほどあったのではないでしょうか。

そういえば、そんな天野さんを偲ぶ会が来週の日曜日に台湾文化センターで行なわれるのでした。(定員に達したため、受付は締め切られたそうです。)

大衆の時代?

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身近な業種で考えてみる

東京証券取引所の大発会の模様です。

株などやっていないあたしには株価が下がったか上がったかはどうでもいい話。数字に踊らされているトレーダーや専門家が愚かに見えてきます。

それはともかく、毎年のように流れるこの映像。女性職員の振り袖が華やかですが、自宅から着てくるのか、ここへ来てから気付をしてもらうのか、どちらにしても大変だなあと昔から思っていました。もちろん、和服がきれいだなあとも思います。

しかし、これ、なんで女性だけなのでしょう? 男性だって紋付き、羽織袴で登場してもよいのではないでしょうか? どうして女性にだけこういう格好をさせるのでしょうか。別にあたしはフェミニストでも何でもないですが、それでもそんな風に感じます。

たとえば、書店で年明け最初の営業日に女性店員だけ振り袖を着ていたらどうでしょう? あっ、既婚者は振り袖は着られないんでしたね。そういう場合は何を着ればよかったのでしたっけ?

閑話休題。

マクドナルドやコンビニ、近所のスーパーなどで、最初の営業日に女性店員だけが振り袖を着ているのを想像したらどうでしょう? とても仕事にならない、という感想はあると思いますが、それは東京証券取引所だって同じでしょう。それとも、あそこではそもそも女性は仕事をしているという感覚がなく、職場のお飾りという意識なのでしょうか?

とにかく、あたしの身近なところでいうと書店になりますが、正月最初に訪問した時に女性書店員さんが着物を着ていたら……

「正月っぽいなあ」とは感じるでしょうが、やはり違和感を感じますね。正月に女性社員・職員にのみ着物(振り袖)を着させている業界や会社って他にどんなところがあるのでしょう? ちょっと知りたくなりました。

そう考えると、男性も女性も関係なくサンタ帽やトナカイの角をかぶっているクリスマスの頃のケーキ屋などは極めて平等な気もします。

4年目であってますか?

雑誌の「週刊プレイボーイ」と乃木坂46のコラボ特集号、毎年一冊ずつ刊行されてきましたが、これで4冊刊行されました。4面目ということですね。

右の写真の右上が一番最初に出たものだと思いますが《2015年版》です。表紙を飾るメンバーは横列左から齊藤飛鳥、高山一実、橋本奈々未、生田絵梨花、秋元真夏、星野みなみ、前列が左から衛藤美彩、西野七瀬、白石麻衣、深川麻衣の十名です。この中で、橋本、西野、深川の三名が既に卒業してしまっています。

写真左上が《2016年版》です。表紙の後列左から西野七瀬、高山一実、生田絵梨花、白石麻衣、そして前列が橋本奈々未。前年に比べて登場メンバーが半分に減っているのはなぜなのでしょうか?

写真右下は《2017年版》です。表紙メンバーは説明しづらい配置ですが、一番上が山下美月、その下は左が西野七瀬、右が久保史緒里、三列目は左から与田祐希、生田絵梨花、伊藤理々杏、四列目も左から堀未央奈、齊藤飛鳥、大園桃子、そして一番下が白石麻衣。一昨年と同じ10名に戻りましたね。

そして写真左下が最新号の《2018年版》です。正面、時計で言うところの6時の位置に西野七瀬、そこから時計回りに齊藤飛鳥、山下美月、梅澤美波、与田祐希、生田絵梨花、白石麻衣の七名です。

これを見ますと、白石麻衣、西野七瀬、生田絵梨花の三名が皆勤、つまりこの三名が「ザ・乃木坂46」ということなのでしょうか。そして昨年からは三期生をガンガンに推しているのもわかります。世間的には、乃木坂46と言えば生駒ちゃんだったと思うのですが、一回も表紙に登場していないのも不思議です。キャプテン・桜井玲香も未登場ですね。

来年も発売されるとして、そこには西野七瀬の姿はなく、もしかするとその時点では白石麻衣の姿もないかも知れません。生田絵梨花、齊藤飛鳥の一期生が三期生、四期生を従えた布陣(表紙)になるのでしょうか? あるいは、一期生の過半が卒業し、二期生時代が訪れるのでしょうか?

井の頭で

今朝の朝日新聞です。

たぶん多摩版にしか載っていない記事ではないかと思われます……

吉村昭と津村節子の回顧展のような展覧会が行なわれるそうです、それも縁ある井の頭で。そう言えば、津村さんの『紅梅』にも吉祥寺などが舞台として出て来ましたよね。

そして、吉村昭と言えばご紹介したいのがこちら、『評伝 吉村昭』です。

展覧会を機に、両氏の作品を手にするのもよいでしょうが、二人に関する展覧会なら、むしろ自伝・評伝のようなものがよりふさわしいのではないかと思います。

ハッピーマンデーよりもハッピーウェンズデーの方がよいのでは?

そろそろ仕事が始まってくれないかな、と思っている正月の三日目です。

別に正月三が日から働きたいと思っているわけではありませんが、先月の28日午後3時で仕事が引けて以来、既に丸五日休んでいますので、もう十分です。残りの休暇は別の機会に取っておきたいところです。

今年の正月明けは月曜日から始まります。長い休暇の後、いきなり一週間がまるまるあるのは体力的なことよりも気分的に辛いです。やはり長い休み明けは水曜日か木曜日くらいから始まってほしいものです。小学生のころの夏休み前後にあった短縮授業のようなものです。

今日から仕事でも構わないというのはあたしだけかも知れませんが、ほとんど給料が上がらない、ボーナスも雀の涙の現状では、長い休みがあっても海外旅行や国内旅行などは夢のまた夢。家でじっとしているのが関の山です。そんな庶民には長い休暇など不要です。

東京駅新幹線ホームの混雑、高速道路の大渋滞、成田空港からの中継など、テレビでは国民大移動が盛んに報じられていますが、実際にはどこへも出かけない人の方が大多数ですよね。うちの近所だって、正月からスーパーやコンビニにはそれなりに人が来ています。やはりみんな、遊びに行きたくてもお金がないんだ、と感じます。それとも時期をずらして旅行に行くのでしょうか?

で、こういう長い休みになると思うのは、何年か前から始まったハッピーマンデーのことです。

三連休を作ることによって、旅行や外出する人が増え消費が伸びる、ということを期待して始まった制度ですが、所期の効果は上がっているのでしょうか? 大学などでは月曜日の授業時間が足りなくなり、世間では休みでも授業はやっている(つまり大学生にとっては休みではない!)という事態が生じています。これでは本末転倒ではないでしょうか?

個人的には、どうせならハッピーマンデーよりもハッピーウェンズデーの方がありがたいし、嬉しいです。給料が伸びない庶民にとって三連休があっても旅行に行く人は稀です。ほとんどいないと言ってもよいでしょう。

それよりも水曜日が休みになることによって、平日の勤労モチベーションが上がる効果の方が大きいと思います。月火働いたら休み、木金働いたら休みの方が気持ちの上でも非常に楽です。

なおかつ、水曜日が休みになることによって、人によっては月火、あるいは木金に有給休暇を使って連休にし、旅行などへ行くことも可能になり、どこの企業でもほとんど消化されていない有給の消化促進にも効果があると思います。

いかがでしょうかね?

次は中華? 東アジアをうろうろしてます

フィフティ・ピープル』読了。

ソウル郊外とおぼしきベッドタウンに立つ大きな総合病院。そこに働く人、患者としてやってくる人、病院の近所に住む人、そしてそういう人たちと何らかの関わりがある人、全部で五十人以上の人たちがうっすらと繋がっている短篇集です。

これだけの登場人物がいると、全員ががっつり関わり合うということはありえず、本当にうっすらとした関係です。でも、最後の最後、地域の一大危機に直面して、それぞれがお互いに出来る限りのことをして危機を脱しようとする奮闘する姿、出来過ぎのように感じられるのは恐らく著者の願望が混じっているからではないかと思います。

実際には、登場人物たちのエピソードには解決困難な問題が多数横たわっていて、それがこの後解決されるのか不明です。希望を持たせるようなエンディングが全員に用意されているわけでもありません。むしろ訳者あとがきにもありましたが、過ぎ去ってしまうと些細なこと、誰も覚えてすらいないこととして葬り去られてしまうのかも知れません。

それではいけない。おかしいことはおかしいと声を挙げないと。小さな力だけれど合わせればあの危機を乗り越えることが出来たではないか、そういう著者のメッセージが聞こえてきます。

さて、読み終わったので次はどうしましょう? 同じシリーズの2冊目、『娘について』へ進みましょうか?

しかし、このところちょっと韓国ものが続いていたような気がするので、ホームグラウンドである中国へ戻りましょうか?

幸い、『中国奇想小説集』という興味深い新刊が刊行されたところですし。井波さんの中国ものを読むのも久しぶりな気がします。古典ですので、現代社会に惹きつけて読んだり考えたりせず、気楽に、それこそ「気晴らし」に読めそうです。

あるいは台湾もの『我的日本 台湾作家が旅した日本』にしようかしら?

こちらは小説ではなくエッセイです。特に台湾の作家たちが日本を訪れた時の見聞記ですので、身近であると共に思わぬ発見があるかもしれません。

ひとまず、中国ものの2冊を読んでからまた韓国へ戻ることにしようと思います。しかし、その間に東アジアを雄飛して欧米や南米に飛び立つことがあるかもしれませんが、それはそれでまた面白いのではないでしょうか?

なんか似ている? 乃木坂のレコ大効果?

正月早々、テレビのニュース番組を見ていて感じました。

似ているなあ~、と。

最初の写真は、中国の習近平の年頭の国民向けメッセージの映像です。たぶん、執務室なんでしょうね。大きな机とバックの書棚。

こういう映像を見て何も感じない人もいるでしょうけど、権威主義的なものを感じる人もいるのではないでしょうか?

と思いながらニュースを見ていましたら、こんどは北朝鮮の金正恩です。

こちらは執務席ではなく、その前のソファーではありますが、大きな机とバックの書棚は習近平と同じです。一瞬「同じ場所で撮影したの?」と疑ってしまうようなシンクロです。 そして、金正恩がソファーで語りかけるのは国民に親しさを示そうという演出ではなく、習近平と同じで畏れ多いという彼なりの遠慮なのではないか……

しかし、次の瞬間「そうか、乃木坂ちゃんが「シンクロニシティ」でレコード大賞を取ったからか」などと連想してしまうところが乃木ヲタのあたしらしいところです。

存命であれば100歳!

本日は、J.D.サリンジャーの100回目の誕生日です。

1月1日が誕生日なんて、本当なのでしょうか?

と疑ってかかったら話が先に進みませんのでやめますが、お陰様で昨秋からの拡販、かなりの成果を挙げています。

そして年が明けた今月半ばからは、サリンジャーの評伝映画「ライ麦畑の反逆児」も公開になります。更に追い風が吹くことを期待しています。