Rockfield's Diary

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染井吉野ナンシーの官能ダイアリー

偲びました

昨日は、午後から虎ノ門の台湾文化センターで天野健太郎さんを偲ぶ会が行なわれましたので行って来ました。

写真のように会場は満席で、立ち見の方もチラホラ。急遽、空いているスペースに椅子を並べて座席を増やしていました。そもそも先週初めには、満員御礼と言うのでしょうか、受け付けは終了していました。これだけの人が集まるとは、正直驚きでした。

舞台の脇には左の写真のように天野さんの写真、それと天野さんの著訳書が並べられました。乃南アサさんからの素敵なお花も置かれていました。

並んでいる本を眺めていると、短期間に精力的に活動されたことがわかりますし、文学だけでなく、天野さんの興味、関心の広さがうかがわれました。

式次第としては、まず大妻女子大学の赤松先生による「台湾文学と天野健太郎」というテーマでの講演。

日本における台湾文学や台湾紹介の歴史と、その流れの中における天野さんの位置、役割を紹介してくれました。中国文学とか、東アジア文学といった言葉でひとまとめにされてしまいがちな台湾文学を、その中から一個の独立したものに高めた天野さんの功績がよくわかるお話でした。

そんな赤松先生がまとめた天野さんの立ち位置が左の写真です。スクリーンに映写されたものを撮ったのでやや不鮮明ですが、会場に集う誰もが納得の業績だと思います。

天野さんは台湾文学だけでなく、台湾そのものをトータルに日本に紹介した、日本人に知ってもらいたいと考えていたのですね。その点はあたしも少ないながら参加したイベントや打ち上げなどで天野さんと話した時に感じました。台湾に関する総合プロデューサー、やや胡散臭い印象を与えるのを承知で言えば、プロデューサーと言うよりもプロモーターという言葉の方がしっくりくるほど精力的に活動されていたと思います。

式次第に戻りますと、台湾文化センターでの天野さんのカルチャーミーティングという活動を振り返り、その後は一青妙さんによる朗読。遺作となった『自転車泥棒』の冒頭部分を読んでくれました。

あたしも同作品は読んでいますが、確かに冒頭部分、なんとなくいつもの天野さんとは違うと言いますか、非常に印象的なシーンだったと感じました。その部分を耳で聞かせていただきました。

 

 

その後は、天野さんに縁のある4人の方が語る天野さんの思い出。泉京鹿さん、川本三郎さん、齋藤真理子さん、島田荘司さんが登壇されました。短い時間で、皆さんとても話し足りない、まだまだ天野さんとの思い出、エピソードはあるんだけれど、という感じでしたし、これ以上話したら話だけでなく涙も止まらなくなりそうな雰囲気でした。

そんな偲ぶ会の会場で配布されたのが右の写真、「天野健太郎 遺稿集」という小冊子です。小冊子というにはかなりのボリュームで56ページもありました。

昨日の会の発起人の一人、野嶋剛さんがまとめられたもので、天野さんのウェブサイトで連載されていたエッセイや雑誌などに発表された文章、齋藤真理子さんとの対談、『歩道橋の魔術師』『自転車泥棒』の著者・呉明益さんによる「天野健太郎さんのこと」、そして野嶋さんの追悼文、という構成です。

偲ぶ会には上掲の登壇者の他にも、台湾文化センターでの天野さんのイベントに参加されていた方を中心に大勢の方が集まっていましたが、天野さんの故郷からご両親やご家族の方も参加され、目に涙を浮かべる方もいらっしゃる中、とても温かな会でした。

こういう本が待ち望まれていた?

 

中公新書『オスマン帝国』読了。長い長いオスマン帝国の歴史を簡便な一冊でまとめ上げるのは難儀なことらしく、著者が言うように、本書以外では20年近く前に講談社現代新書で刊行された『オスマン帝国』くらいではないでしょうか。

あたしの勤務先も、中東史、オスマン帝国を扱った書籍を出していますが、やはり時代やテーマを区切ったものばかりで、他社の書籍も本書のような概説はなかなか見当たりません。オスマン帝国を扱った書籍はそれなりに売れるので、やはり本書のような通史を待っていた読者は多かったのではないでしょうか?

で、本書ですが、非常にわかりやすいです。皇帝たちの年代記を縦糸に、そこに当時の政治状況や国際情勢などを横糸として絡め、各章の始めには地図もよいされていて、記述もわかりやすかったです。最後に著者も述べていましたが、各時代を同じ分量で書くようにしてあることで、門外漢には非常に読みやすく、頭に入ってきやすい内容でした。

恐らく多くの読者にとっては、オスマンの末期、列強に翻弄され崩壊していく過程が一番興味深いのかも知れませんが、それについては類書が何冊も出ていますので、やはりあたしのような専門外の人間には、どの皇帝の時代もバランスよく記述されている本書のようなタイプが、最初の一冊としてはふさわしかったと思います。

行けばよかったかしら?

アイドルグループ、けやき坂46と欅坂46のメンバーが府中の大國魂神社へ初詣に来たそうです。

写真は、欅坂46の長沢菜々香のブログにアップされたもので、左から渡辺梨加、長濱ねる、長沢菜々香の3人です。

姉妹グループの乃木坂46は、その名前からもわかるとおり、毎年、乃木神社へ初詣へ行ったり、グループの成人メンバーの成人式は乃木神社で行なわれます。AKB48グループが神田明神で成人式をやっているのと同じです。しかし、欅坂&けやき坂は、六本木に「けやき坂」という坂道こそありますが、その周囲に神社もなく、毎年都内の神社を順不同と言いますか、ランダムに巡っているのです。そして、今年はなんと大國魂神社となったわけです。

わが家からですと、近くはないけど遠くもない距離にあります。停めるところなどないでしょうが、車で向かえば、道が空いていると15分から20分ほどで着きます。そのくらいの距離です。バスだと一回乗り換えがありますが、やはり空いていれば30分ちょっとで着くと思います。

あたし、このダイアリーでは過去に何度も書いているように、亡父の生前に一度家族で初詣に行ったことがあるだけで、人生においてそれ以外には初詣って行ったことがないのです。

しかし、今回ばかりは行ってみればよかったかな、とちょっと後悔しています。乃木坂の場合は「この日に来そう」と予想して乃木神社に待機するファンもいるようですが、毎年場所が変わる欅坂の場合、ファンが予想するのはかなり困難だと思われます。偶然遭遇したファンは嬉しかったでしょうね。

それにしても、欅坂の初詣は徐々に西へ向かっているような気もします。数年後には高尾山薬王院でしょうか?

辛い、です。「普通」って何でしょう?

娘について』読了。

 

亜紀書房がスタートさせた《となりの国のものがたり》シリーズ、第一作の『フィフティ・ピープル』がさまざまな人間模様を描きつつ、そこに人生の悲喜こもごもがあふれていて、「うんうん、そうだね」と相槌を打ちながら読めたのに対し、本作は読み進めるのが辛かったです。

ストーリーは初老の女性の独白で進みます。若い頃は教師をしていて、恐らく結婚後娘を育てるために退職し、夫を亡くした後は老人ホームへ派遣されて働いています。そんな一人暮らしの彼女の元へ金銭的に窮乏した娘が戻ってきます。娘は大学院まで出て、現在は大学の非常勤講師をしています。

いい歳をして結婚もしていない娘が戻ってきたというだけでも世間に対して恥ずかしく感じる母親でしたが、それだけではなく、娘はパートナーを連れて戻ってきたのです。そのパートナーとは女性。つまり娘は同性愛者だったのです。

自分の子育ては、どこをどう間違えてしまったのだろうと悩みつつ、娘やそのパートナーに文句を言いつつもすべては言えずに飲み込む母親。一方で、勤め先の老人ホームでは、経費節約の名の下に人間の尊厳も顧みられないような介護の現実が横たわります。いや、そんなのはとても介護と呼べるようなものではなく、自分が担当する老婆の最後くらいは尊厳を持って旅立たせたいと思う母親は、自宅でも職場でも八方塞がりの状況です。

そして、娘は同じく同性愛者の同僚が学校から不当に解雇されたことに対する抗議行動を起こし、集会で反対者の暴力を受け大けがを負います。世間の常識から判断すれば自分も娘を糾弾し責め立てる反対者側に立っているものの、その一方では娘たちが責め立てられている現場では必死で娘を助けたいと願う母の立場。

とにかく主人公は、どうしたらよいのか、この先どうなっていくのか、わからないし、考えられないし、判断もできない、ごくごく普通の人です。今の時代、同性愛にももっと理解の目を向けるべきでしょうが、現実にはこの母親のような感覚が一般的であり、まだまだ「普通」なのだと思います。しかし、娘を前にして自分の「普通」が危機にさらされ、そして世間の目も、近所の手前も気になる主人公。

皮肉なのは、娘に対して「結婚して子供を作れ、あんな相手とは家庭は作れない」と責めるのに、老人ホームで世話をしている老婆を悲惨な状態から助けたいと思った時には逆に「あなたはこの方とは家族ではないから」と施設側から拒絶されるところです。家族って何なのでしょう?

その解を著者は読者に委ねたまま、本作は幕を下ろします。

どこかで復刊されないかしら?

本日の朝日新聞読書欄で『魯迅と紹興酒』が紹介されていました。

同書、読もう読もうと思っているのですが、まだ読んでいないほんの一冊です。

そんな同書にも興味をそそられるのですが、その紹介文の中に李昂の『夫殺し』が更に紹介されていました。実は、こちらも前々から読みたくて生涯作品の一つなのです。

しかしながら、こちらは品切れのようです。古本屋をあたるしかないようです。李昂の作品は、あたしの勤務先が少し前に『海峡を渡る幽霊 李昂短篇集』を出したところですが、その他には国書刊行会から数冊刊行されています。どちらで復刊してくれないものでしょうか?

他に可能性があるとすれば、ちくま文庫とか平凡社ライブラリーといったあたりでしょうか? それとも、光文社の古典新訳文庫から違う訳者で出るとか、なんとかならないものでしょうか?

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