Rockfield's Diary

サイト管理人のブログです。

染井吉野ナンシーの官能ダイアリー

福が遅れてやって来た!

本来、福袋って正月に手に入れるものだと思います。都内のデパートやショッピングセンターで繰り広げられる、お正月の風物詩ともなっている福袋争奪戦、あんなのを見ると「みんな、正月早々元気だなあ」と感じます。

毎年恒例の福袋と言えば、乃木坂46もここ数年、毎年福袋を公式ショップで売っています。ただし、年末年始の時季には届きません。今年の福袋は本日、ようやく届きました。本当は昨日のうちに届いていたようなのですが、不在で宅配便を受け取れずに再配達で今日となりました。

どんなものが入っているのかは、上の写真の通りです。メンバーを一人選ぶと、そのメンバーの絵柄の置き時計とポストカードが入ってきます。「一人なんて選べない!」というヲタは、数袋買うことになるのでしょう。同じものが複数届いてしまいますが、ポストカードなどはランダムなので、それはそれでよいかもしれません。

あたしの許へ届いたのが上の写真。「福袋限定ジャガードハンドタオル」「福袋限定マグカップ」「福袋限定ジップクリアケース」「福袋限定クリアファイル3枚」は、どの福袋も共通のもののようですね。

「福袋限定2L版生写真1枚」はランダム封入で、今回はでんちゃん、3期生の佐藤楓でした。

過去グッズというのが、開けてビックリお楽しみなのですが、今回の商品を見る限り、あたしの場合、写真右上に写っている川後陽菜の「推しメンタオル」だったようです。

それともう一つ、その推しメンタオルの下にちょこっと写っている水色のもの。2017年の真夏の全国ツアーの「ゆらゆらスタンド」で、絵柄は与田ちゃんでした。

「福袋限定生写真10枚」は上の写真。1期生は井上小百合、齋藤飛鳥、高山一実、和田まあや、2期生が相楽伊織、佐々木琴子、3期生が伊藤理々杏、久保史緖里、阪口珠美、向井葉月という10名、ランダムなのに、なかなかよいメンツが揃いました。残念ながら、直筆サイン入りはありませんでした。

そして、「福袋限定個別卓上時計」は下の写真。

あたしの推しメン、箸くん、ではなく、若様、1期生の若月佑美です。早速組み立てて飾ってみました。

骨肉の兄弟は争う運命なのでしょうか?

観応の擾乱』を読んでいます。

室町時代初頭の尊氏と直義の争い、ということですが、学生時代に日本史の授業で習った記憶がないんですよね。あたしたちのころは必須項目ではなかったのでしょうか?

で、尊氏には直義という弟がいたことは知っていましたが、仲が良かったのか悪かったのか、よくわかりません。しかし、歴史を繙くと兄弟の争いというのは多いものですね、中大兄皇子と大海人皇子、頼朝と義経、家光と忠長、骨肉の争いが絶えない気がします。

あるころから長子相続が主流になりましたが、日本の古代においては兄弟相続が結構多くて、兄弟で相続すると次の代は兄の息子へ行くのか、それとも弟の息子へ行くのか、そんなところに周囲の思惑も絡まってお互いに争うようになるのでしょう。

もちろん、秀吉と秀長のように協力して政権運営を行なった兄弟もなくはないですが、全体的には争ったパターンの方が多いのでしょう。

で、思い出したのが、宋の太祖と太宗兄弟です。『独裁君主の登場 宋の太祖と太宗』なんて本も読んだことがあります。

この二人も仲が良かったのか悪かったのか、ちょっとわかりにくいところがあります。弟が兄を巧く担いだのか、兄が担がれている振りをしていただけなのか、あたしにはなんとも判断が付きかねます。

ちなみに、あたしが読んだのは上の写真の右側、新書サイズの方で、現在は絶版ですよね? 左側の単行本サイズに生まれ変わっているようです。

「25ans」と表記して「ヴァンサンカン」と読む

昨晩は、勤務先の同期6名で飲み会でした。われわれ同期が、なんと今年で勤続25年ということで、自分たちで祝おうということになったわけです。25年で6名ですから、合わせると150年ですか? って、合算する必要性はありませんが……(汗)

さて、2月9日だというのに、肉ではなく魚介の店、「俺の魚を食ってみろ!!」の神田本店。コースではなく、その場でいろいろ注文してみんなでつまみました。

そんな料理の一つが上の写真。玉手箱というらしいオススメの料理で、一人にお重が一つで人数分がこんな風にドドーンと登場しました。登場したときは一番上は蓋がしてあって、結ばれていた紐をほどき蓋を開けるとドライアイスの煙が立ちこめるという演出。浦島太郎の玉手箱ですね。

ちなみに手前の食べ終わったお皿はサバの炙りで、これがまたとても美味しかったです。テーブルへ来てから、お店のスタッフの方がハンディバーナーで炙ってくれました。

さて、上掲の玉手箱の中味はこんな感じです。つまりはお刺身の盛り合わせですが、もちろん、とても美味しかったです。スーパーなどのお刺身と違って、こういうところだと、刺身の下に敷いてある大根も美味しいですね。

で、そんな風に和気藹々と楽しんでいるところへ、某テレビ番組の取材クルーが登場。

上の写真は取材を受け、カメラの前で答える同期の桜の一人です。

家の中から出てきたとしても、お宝ではないのね?

今朝の朝日新聞、わが家の地域に挟み込まれていた広告の一つ。

最近高齢者ドライバーの事故が増えているのと、逆に交通事故にある高齢者も多いので、啓発のための警視庁のチラシのようです。

当然のことながら、高安関や相撲協会に許可を得てのチラシでしょうが、このダジャレと言うか掛け詞と言うか、どうなんでしょう? 高安関って、顔を見ただけで多くの人がわかるのでしょうか? 「このお相撲さん、誰?」と思いながらチラシを見て、横の文字の赤くなっているところに目が行って初めて「ああ、高安関なのか」と気づいた人が多いのではないでしょうか?

ただ、あたしの場合、高安関の顔を知らないので、写真の関取が違う人に差し替わっていたとしてもわかりませんが……(汗)

そして、もう一枚。

高安関のチラシも大切なことが書いてありましたが、それなりにほのぼのとした雰囲気も合ったのに対し、こちらは絵柄からして物騒な感じです。

家の中を探したら拳銃が出てくる、なんて家庭がどれくらいあるのでしょう? あたしの住んでいる地域は、確かにこの十数年、マンションも増えましたが、まだまだ昔から住んでいる、元農家という大きな家も散見されます。となると、蔵や納屋の中を探したら、思いもしないものが出てくる可能性はあるのでしょう。

それにしても、旧軍用とありますから、おじいさんとかに戦争へ行った人がいる家庭になりますよね。ちなみに、わが家は父方も母方も先の戦争で死んだ人はいませんし、従軍した人もいませんから、拳銃がある可能性も皆無です。

何のために外国語を学ぶのか

外国語の翻訳機の記事がネットにありました。

翻訳機って、つまりは自分の代わりに外国の人と会話してくれる機械ってことですよね? 恐らく現時点では「まだまだ実用としてはちょっと……」というレベルなのかも知れませんが、数年後には十分実用に耐えるレベルにまで進歩すると思います。

さて、こういった翻訳機、見知らぬ外国へ旅したときに、「まあ、英語ならカタコトで喋ることもできるけど、その他の言葉は…」という人には重宝するのでしょう。もちろん英語すらできない人にとっても、ですが。

そうなると、大学などで外国語を学ぶ必要はなくなるのでしょうか? あるいは小学生のころから英語を勉強しようなどという動きも不要になってしまうのでしょうか? これは、語学を柱の一つとしているあたしの勤務先にとっては由々しき問題です。ただ、いくら翻訳機の進歩が速くても、少なくともあたしの定年までは大丈夫だろうと高を括っています(汗)。

で、話は戻って外国語を学ぶ必要性についてです。

本来、外国語って、それを使って外国の人と交流したり、外国の歴史や文化、風物を知ったりするためのものだと思います。文法学者や言語学者を除けば、外国語を学ぶことが目的という人は稀で、ほとんどの人にとっては外国語を学んで、それからどうする、というものだと思います。つまりは目的ではなく手段である、ということです。

翻訳機が使い物になるようになったら、とりあえず外国語を学ばなくても会話はできるようになるでしょう。ただ、会話ができるということが交流なのかというと、完全にイコールではないと思います。外国語を学ぶと日本語とは異なる語順といった文法的な面に関心が向きがちですが、表現の仕方に違いにも興味が生まれるものです。日本語なら細かく分けて表現するものに対して、ある国の言葉はそれらすべてをたった一つの言葉で表現してしまう、といったことなど、関心を持ち出すときりがないほど楽しい差異が見えてきます。

こういうことを知るのが、外国語を学ぶ醍醐味だと思います。そんなところまで翻訳機はカバーしてくれるのか、フォローしてくれるのか? それはちょっと技術の進歩とは別の話でしょうね。

コメントを残す