Rockfield's Diary

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染井吉野ナンシーの官能ダイアリー

若者を振り向かせる?

今日も朝日新聞に岩波文庫の記事が載っていました。

今回のテーマは、若者をどう取り込むか、ということでしょうか? ただ、記事を読む限り、岩波文庫はそんなことを意識して何かをしたわけではないようですね。むしろ愚直に、最初の方針のまま刊行を続けていた、という感じです。

結果的に、それが長く愛された理由、廃れない寂れない秘訣なのかもしれません。そういえば、これは以前に書いたかもしれませんが、ずいぶん前のことですが、中央線にいかにもイマドキの若者という風体の青年が乗ってきたことがありました。刺青はしていなかったと思いますが、耳にピアスくらいはしていたのではなかったかと記憶しています。服装も大人の目から見ると「だらしない」と言われそうな格好でした。

そんな若者が乗ってきて、電車が走り始めたと思ったらカバンだったかポケットだったか覚えていませんが、とにかくおもむろに本を取り出して読み始めたのです。その本というのが岩波文庫でした。青か白だったはずです。

あたしはその光景を見て格好いいと感じると共に、見かけで判断した自分の不明を恥じました。岩波文庫というと、あたしはこの体験を思い出します。

三期生Wセンターについてちょこっとだけ考える

たぶん世間はほとんど関心を持っていないでしょうけど、乃木坂46ファンの間では賛否両論、一部SNSは相当荒れ狂っている今回のシングル選抜メンバー発表。あたし自身は一ファンとして、どんなメンバーが選ばれようと応援するだけです。たぶんこの点に関しては多くのファンも同じ思いだと思っています。

もちろん、あたしだって、「あの子が選ばれたのに、なんでこの子が選ばれないの?」という疑問が全くないわけではありません。ただ、選抜メンバー発表って、毎回期待はするけど予想はしないので、結果を淡々と受け入れております。こういうのを「年の功」と呼ぶのでしょうか?

それはさておき、では今回の選抜メンバーについてどう思うのか。以下、興味のない方はもう読んでいただかなくて結構です。あたしが御託を並べるだけですので……

まず、ここまで人気が出てきた乃木坂46ではありますが、世間的に認知されているメンバーがどれほどいるかと言われると、まだまだ「国民的アイドル」と呼ぶにはほど遠い状況です。それでも、このところソロでの外仕事も増えてきて、「へえー、こんな子が乃木坂にいるんだ」と少しずつ認知もされてきているとは思います。

このあたりを加味すると、今回の福神メンバー、大抜擢の三期生を除くと至極順当な人選です。白石麻衣、西野七瀬、齋藤飛鳥が現時点で福神から外れる可能性は限りなくゼロでしょうし、舞台などの仕事の都合で今回のシングル期間は活動休止ということにでもならない限り、生田絵梨花も福神を外れることはないはずです。

衛藤美彩、秋元真夏、高山一実あたりも福神が確実とは言わなくて選抜を外れることはまずなさそう。生駒里奈、桜井玲香、堀未央奈、若月佑美も副神には入れるかはわからないですが、選抜落ちは考えられないメンバーです。結局、今の乃木坂46はレギュラーメンバーの安定感が抜群で、両A面のシングルを出すとか、3か月連続リリースといった方法でも採らない限り、この分厚い選抜レギュラー陣の壁を崩すのは至難の業だということです。

この状態で世代交代をどう図っていくのか。そしてアンダーメンバーのモチベーションをどう維持するのか。そこが最大の関心事でもあったわけです。ただ、いきなり三期生のセンターとは予想外でした。今回のセンターは二期生の寺田蘭世を密かに期待していました。早くから自分はセンターに立つと公言し、着実に実力を付け選抜にも上がってきたわけで、いまの蘭世ならセンターに据えても全く遜色ないと思っています。むしろ前回のように選抜に入ったのに後列に置いておいたのでは輝かないと感じていました。この子はセンターにおいてこそ輝く、そう思います。

その蘭世が今回はアンダーに落ちました。自作で、いきなり選抜センターでの復活をもう一度期待します。蘭世の場合はWセンターではなく、ソロのセンターで置いて欲しい。そう期待しています。

それにしても秋のドームを境にごっそり卒業するのかしら? まいやんやみさ先輩、万年アンダーの一期生、それに真夏や高山あたりが一気に卒業したら、実力を付けてきた二期生と三期生の新しい乃木坂に生まれ変わるでしょうね。一期生で残っているのは飛鳥、みなみとか、生駒から下の世代くらいかな……

こだわりは、どの本にもあるとは思いますが……

今朝の朝日新聞。

岩波文庫の記事です。文庫のレーベルは数あれど、やはり岩波文庫は別格な感じがします。本屋でも岩波文庫、岩波新書がしっかり並んでいる本屋はちょっと違う、そんな感覚を持っているのは古い人間だからでしょうか?

岩波文庫には岩波文庫なりのこだわりがあるそうですが、どんな本、どんなシリーズにだって、始めたときにはそれなりのこだわりがあったはずです。ただ、それがどれだけ多くの人に受け入れられるか、という点で長く刊行し続けられるか否かが決まるのでしょう。

それにしても、現在の文庫界はどうなのでしょう?

単行本は高いから買わない、という読者が増えているのは実感としてわかりますが、一部の文庫は火なり高くなっていて、単行本と変わらないような価格のものも増えてきました。また、字が小さいから単行本の方がよい、という年配の読者もいますし。

これだけ文庫が出ているのに、地方の小さな書店には本が入ってこないという問題はますます深刻になっていて、実のところ、大手でも文庫の初版部数はかなり減っている(絞っている)ようです。そうなると、都市部の大型書店偏重の配本になるのは致し方ないところ。出版社だけでなく、取次の配本システムも含めて考え方を変えないとダメでしょうね。

字幕派? 吹替派?

昨日の朝日新聞に映画字幕についての記事がありました。

確かに、吹き替えは読まなくてよい分、映画を見やすくなりますが、実際の俳優の声を聞きたいという気持ちもわかります。もうずいぶん前になりますが、テレビで放映されていた映画の二か国語放送で、あえて吹き替えでなく、実際の俳優の声を選んでみたところ、こちらのイメージしていた声との差に非常にショックを受けたことがありました。

まあ、賛否両論あるのでしょうが、翻訳とか通訳とは違って、映画字幕には映画字幕のやり方、作法というのがあるのでしょう。特殊な能力だと思います。それに、かつては文字(書体)も視認性を高めるために独自のものだったという話をテレビで見たことがあります。

なお、あたしの勤務先では、既に品切れではありますが、『字幕の中に人生』『字幕の名工』という、字幕に関する本を出していました。

ドリームハウス

ずいぶん前に録っておいた「ドリームハウス」を視聴。

かつて一家惨殺事件のあった家に越してきた幸せそうな一家。という設定からして、家に悪魔が取り憑いているのか、はたまた殺された家族の霊がこの家族を襲うのか、そんなストーリーを予感させます。

主人公は007シリーズのダニエル・クレイグですが、彼が長年勤めた会社を退社し、家族と一緒に執筆生活に入るところからスタートします。なんとなくよそよそしい隣人の様子。怪しい人影に怯える幼い娘たち。そこで彼はようやくこの家が、かつて一家惨殺事件があった曰く付きの家だということを知ります。

そして、その事件の顛末を調べていくと、娘と奥さんを殺した夫は精神病院に入院中とのこと。その病院を訪ねるも犯人は既に退院(治療施設なので退所?)していたという事実を知ります。主人公は、わが家の周りをうろついているのは退所した犯人で、自分たち一家を殺そうと狙っているのだと見当を付けます。

ところが、更に犯人付いて調べていくと、なんとその犯人とは主人公のことだということがわかります。つまり、会社を辞めたのは施設を退所したことを自分なりに解釈していたというわけ。かつての家は実際には人が住めるような状態ではなく放置されたボロボロですが、主人公には明かりが灯り愛する家族の住むわが家に見えるのです。このあたり、主人公は完全に精神を病んだままです。死んだはずの家族が見えるわけですから。

そんな主人公を見張るような、見守るような向かいの女性、ナオミ・ワッツ。彼女は娘と二人暮らしで、別れた夫とは娘の親権を巡って調停中のようです。そんなナオミ・ワッツの助力もあって、主人公は少しずつ記憶を取り戻していきます。本当に自分は家族を殺したのか、と。あの夜、わが家で一体に何が起きたのか。

とまあ、奥さんや娘は死んでいて、主人公にしか見えないという夢オチ的なネタバレは、実は映画の半分くらいのところで明かされます。となると、残りは一家惨殺の真実を主人公が突き止めるストーリーになるわけですが、これが意外と単純な結末です。

ナオミ・ワッツは主人公一家とは仲良しだったのですが、密かに主人公に思いを寄せていました。そんな元妻の気持ち(この時点で元妻だったのか、まだ妻だったのかは不明)に嫉妬した夫が見ず知らずの男を雇って妻(ナオミ・ワッツ)を殺そうとします。しかし、似たような家が多かったからでしょうか、雇われた男はナオミ・ワッツの家ではなく、主人公の家に忍び込んでしまい、見つかって家族を殺したというのが一家惨殺事件の真実です。瀕死の妻が落ちていた拳銃で、犯人と格闘する夫(ダニエル・クレイグ)を誤って撃ってしまい、そこから夫が娘と妻を殺したものの、土壇場で妻に打たれて瀕死の重傷を負った、という一家惨殺事件のストーリーが出来上がったようです。

九死に一生を得た主人公はなんとか社会復帰したものの、記憶は戻らず自分を別な人間だと思い込んでいる始末。ナオミ・ワッツの力を借りて記憶を取り戻し真実を知ったところに、主人公が記憶を取り戻しては困る真犯人(ナオミ・ワッツの元夫)と実行犯が二人を亡き者にしようとします。二人が相撃ちになって、家から出火して二人とも死亡という筋書きを書いたのですが、主人公の亡き妻の霊が加勢して、主人公は間一髪でナオミ・ワッツともども助かり、逆に新班にと実行犯が燃えさかる家の中で焼け死ぬことになります。

完全に記憶と真実を取り戻した主人公は、燃えさかる家の中で、妻と娘たちの霊たちに、こんどこそ最後の別れを告げ、焼け落ちようとする家から脱出し、ジ・エンド。うーん、ナオミ・ワッツと結ばれたのでしょうか? それに主人公の娘たちが愛らしくて、そして切ないです。

ホラーでもミステリーでもなく、どちらかというとお涙頂戴の家族もの映画ではないでしょうか?

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