天国ではない?

パナマ文書のニュースでしばしば耳にするタックスヘイブン。

タックスヘイブンって何だ? という日本人も多いのではないでしょうか? だからなのでしょう、ニュースではほぼ決まってタックスヘイブンと言った後に「租税回避地」という日本語訳が続きます。

でも、租税回避地と言われても何のことやら一般庶民にはさっぱりです。うまいこと、法の網をすり抜けて節税ができる場所、縁のない庶民から見れば限りなく脱税に近いことができる場所、という意味でしょうか?

あたし、最初に聞いた時は「タックスヘブン」だと思っていました。曰く、税金をうまいこと逃れられる、つまり金持ちにとっては天国のような場所、という嫌味もこめて「ヘブン」と呼んでいるのかと……

でも綴りが違いましたね。heavenとhavenですか?

毎年のことながら……

新入社員は既に金曜日から出社しているのですよね? 明日からという会社もあるのでしょうか?

テレビ番組などの切替が明日からということもあって、明日が初出勤日という会社もあるのでしょう。

それはともかく、既に金曜日、朝の中央線には新人らしき顔ぶれがちらほら。

いや、初々しくてよいのはわかりますし、最初は慣れない早起きで大変なのもわかりますが、やはり朝の通勤電車の秩序が乱されます。これまでは存在しなかった連中が増えるわけですから、微妙に車内の空気が乱れます。

もちろんこの春から見かけなくなった人というのもいるのでしょうが、いなくなった人は、よほど目立っていた人でない限り気づきませんね。あたしの場合、取り立てて注目している人もいませんし。

で、話は戻って新人たちです。

彼ら、彼女らは、いつくらいになったらこの車内の空気に馴染むのでしょうか? いや馴染む前にだんだん出勤時間が遅くなっていくのでしょうね。最初だけは頑張って早起きして、会社にも早く着くのでしょうが、だんだんと慣れてくると遅刻ギリギリになるのではないでしょうか?

まあ、それがフツーでしょう。あたしみたいに、年々、出社時間が早くなる人は珍しいのかも。

あと、読みもしない、読んでも理解できない日本経済新聞を持つのもやめて欲しいところです。

三つほど疑問

東京の東中野で、二年前から行方不明だった埼玉県の女子中学生が保護されたというニュース。他の地域ではどうか知りませんが、関東ローカルではかなり時間を割いて報道されている感じがします。そんなニュースを見ていての疑問が三つほど。どれもテレビで解説者が指摘しているのかもしれませんが……

まず一つめは、女子中学生が保護された段階で、誘拐犯の身柄を拘束できていないのに報道されていた件。

これ、マスコミがリークしちゃったのでしょうか? なんとか犯人というか容疑者の身柄を取り押さえたからよいようなもの、自殺されていた可能性がかなり高かったですよね。本当に、犯人が死んでいたら警察は大失態ということになったのではないでしょうか? 女の子が保護されたことを隠しておけば、容疑者は何も知らずに東中野の自宅に帰ってきて、そこでお縄になったはず。

疑問の二つめ。

その女子中学生が中の警察から埼玉へ向かう場面です。かなりのマスコミが集まっていて生中継されました。もちろん警察の車は女の子が乗っている後部座席の前にカーテンを引いて中が見えないようにしていましたけど、もし、カーテンがなかったら女の子の顔がもろに映っていたはずです。二年前の公開捜査はいざ知らず、現時点では女の子の名前は伏せられています。それがマスコミ的な配慮なのでしょうが、もしあのクルマにカーテンがなかったら、生中継でぼかしを入れることは可能だったのでしょうか?

疑問の三つめ。

これを言うのは酷かもしれませんが、この女子中学生。二年間学校へ行ってないわけですが、それでも卒業できるのでしょうか? もちろん高校などと異なり義務教育の中学ですから問題ないのでしょうが、これがもし高校生だった場合、確かに誘拐されて自由を奪われるという同情すべき事情はあるにせよ、果たして卒業を認められるのでしょうか。あるいは補習か何かを受けた上で卒業となるのでしょうか?

卒業式の記憶がない!

気づくと卒業シーズン。

例年、勤務先の回りや営業回りの途次、袴姿の女子学生を見かけることで「ああ、もうそんなころか」と思うのですが、今年はその袴姿をあまり見かけません。いまの女子大生には不人気なのでしょうか?

とはいえ、この時季になると歌番組でも「卒業ソング・ベストテン」的な特集が組まれたりして、否応なく、そんな気にさせられるものです。

しかし、社会人になると、卒業というものがなくなってしまうので、なんとなく気分が乗らないのも事実です。特に毎年新人が入る大企業でもないので、この時季のワクワク感みたいものを感じられることもほとんどありませんし。

それにしても、卒業って寂しいものでしょうか? 懐かしく思い出されるものでしょうか?

あたしの場合、「ああ、やっとこのクラスともおさらばできる」という嬉しい気持ちの方が大きかったです。なにせ、小中高ずーっと嫌われ者、友達なんていない状況で過ごしてきたので、特に別れが辛いと感じるクラスメイトなど一人もいませんでした。惜しむような別れのエピソードもありません。小学校、中学校の卒業式の記憶、想い出はまるでありません。たぶん体育館で行なわれ、その後、各教室に分かれ、最後のホームルーム的なものがあって「さようなら」だったと思いますが、違うでしょうか?

高校は、確か当時体育館の建て替え工事があって、杉並公会堂で行なわれたはずです。ちょうど前の日が雪だったので自宅から荻窪までちんたらと歩いて行ったら式典は既に始まって半ばを過ぎていました。もともと高校のクラスが大嫌いだったので、「別に式典には出ないでもいいや、後から学校へ行って卒業証書をもらえば」くらいの気持ちだったので、わざと遅刻するために、ちんたら歩いた記憶があります。

その後、学校に戻ってホームルームだったはずです。ただ、別に学校はバスなど仕立ててくれなかったはずなので、またちんたらと歩いてか、あるいは路線バスで学校へ戻ったと思うのですが、まるで記憶がありません。そして、教室での出来事もまるで記憶に残っていません。たぶん、証書を担任から渡されたはずなのですが、その記憶もなく、クラスメートと話した記憶もなく、最後の「起立、気をつけ、礼」のあいさつと共に、級友との別れを惜しむことなく、さっさと教室を後にして学校を出た記憶だけは残っています。直前まで履いていた上履きを持って帰るのが面倒臭いなあ、と思いながら道を歩いた記憶はあります。

あれから30年。その後、クラスメートとは誰とも逢っていません。いや、半年後くらいの文化祭に行ったときに、何人か逢いましたが、それもその時限りで、その後は本当に誰とも逢っていませんし、誰からも連絡は来ません。もちろん、あたしから連絡を取ろうという気はさらさらありません。

かれこれ20年弱、こうしてウェブサイトをやっています。最初から本名でやっていますので、検索すればすぐにヒットするはずですが、それでも過去のクラスメートから連絡が来たことはありません。大学時代のクラスメートから来たのが3件ほどですが、それも十数年前のこと。

この数年、mixiやfacebookなどが普及し、「そこから昔の友達とまた連絡を取るようになった」なんていう話も聞きますが、あたしの場合、それもないです。facebookは卒業した学校も登録してあるわけですから、検索すれば、こちらも簡単にヒットするはずですが、だからといってあたしにクラスメートから連絡が来たことはありません。

断わっておきますが、あたしは小学校も中学校も高校も転校はしていません。だから、在籍が短すぎて記憶に残らないということはないはずですが、たぶんずっといても記憶に残らない人間だった、あるいは嫌な記憶しか残していない人間なのでしょうね。

上掲の事実が、それを証明しているでしょう。

風化させないと思いつつ……

うっかりしていましたが、昨日はあの地下鉄サリン事件の日。1995年のことですから、あれから21年になるのですね。確か阪神・淡路大震災と同じ年だったはず。

あたし自身は、その日は『白水社中国語辞典』の校正のため、今は亡き伊地智善継先生のご自宅へ向かう出張でした。場所は大阪の枚方市でしたので、事件が報道されるころには新幹線の中、社内のテロップニュースで東京の地下鉄車内で異臭騒ぎ、というのを見ていた覚えがあります。異臭騒ぎ、その程度の認識しか持たずに伊地智先生のお宅へ到着したのが昼ころでした。

玄関を開けると、まだご健在だった先生の奥様が「あなた、大丈夫だったの?」と血相を変えた様子。「何かありましたか?」という、事情を飲み込めないあたしに「東京が大変なことになっている」と告げると、しばらく三人で、先生のお宅のリビングで、テレビから流れるサリン事件のニュースを魅入ったものでした。まさか、新幹線の中で美大衆騒ぎがこんな大きな事件になっているとは……

いま考えると、東京の地下鉄のうち数路線が狙われたわけですが、あたしの勤務先でも通勤で使っている社員が複数名いる路線でした。幸いにも、あたしの勤務先の同僚で被害に遭った者はいませんでしたが、ちょっと出勤時間がずれていたら、そしてあの車両に乗り合わせていたら、間違いなく被害に遭っていたことでしょう。本当に不幸中の幸いだと思います。

そして、そんな路線。20年以上だった今では、何事もなかったよに日々乗っています。あたしは通勤では地下鉄は使いませんが、書店営業では毎日のように事件のあった路線に乗っています。ここ数年は、「社内で不審物を見かけましたら……」の車内、構内アナウンスは目立たなくなりましたが、事件以降、地下鉄や電車に乗れなくなった人も大勢いると聞きます。

後にも先にも、そして世界を見回しても、いわゆるテロ組織でも犯罪組織でもない(と思われていた)団体が、拳銃や火炎瓶などではなく、神経ガスを使った無差別大量殺人は、この地下鉄サリン事件以外は起きていませんよね? アルカイダやISがテロを起こしても、多くは拳銃や爆弾といった、ある意味古典的な武器ばかり。こういった毒ガス、それも一見したところ、ペットボトルの水がまかれただけのような殺人兵器を使った犯罪。怖いものです。二度と起こされないために、その後日本の警察はどんな対策を立てているのでしょうか?

被害者と加害者は本当に被害者と加害者なのか?

このところ似たようなニュースというか事件を目にします。

高2の少年 元交際相手16歳の少女を刺すとか、三鷹で起きたストーカー殺人の裁判とか。

もちろん他人に危害を加えることはいけないことですし、加害男性の行為は許されないことですが、こういう事件をテレビや新聞で聞いたり見たりすると、果たして本当に加害者だけが悪いのか、そんな風に思ってしまいます。つまり、被害者の側に問題はなかったのか、ということです。

だからといって殺してもよいという理由にはなりませんし、そんなことは百も承知です。それでも、そんな風に思ってしまうのは、あたしが高校時代に、殺人までは行かなかったのですが、同級生男子が起こした事件があったからです。

当日は、ほぼすべての夕刊が社会面で一番大きく扱っていましたので、同世代の人は覚えているかもしれません。事件の概要としては、付き合っていた女の子に冷たくされたので、その子を殺して自分も死ぬために警察官から拳銃を奪おうと思い、洋弓(ボーガン)で警察官を襲撃した、というものです。その同級生はその場で警察官に取り押さえられたわけですが、新聞論調としては「フラれてやけになった男子高校生」というストーリーが基調でした。

でも、実際に同級生として、そしてその男子生徒にしろ、きっかけとなった女性との方にしろ、よく知っているあたしからすれば、果たして男子の方だけが悪いとは一方的に言えなかったのです。もちろん「バカなことをしでかした」という感想は持ちましたが、その程度で男子生徒を責めるという気は起きませんでした。

あたしが高校生の頃は、リベンジポルノなんて言葉もなければ、ストーカーなんて言葉もない時代です。石川ひとみの「まちぶせ」が数年前にヒットしたような頃です。この歌って、まるでストーカーの歌ですよね?

閑話休題。ですから、こういった犯罪に対する世間の見方、マスコミの論調も今とはかなり異なりますので、そんな尺度で現在の事件を見てはいけないのでしょう。それでも、男性の方をそんな犯行に駆り立てるまで追い込んでしまった女性の残忍さ、冷酷さ、そういうものはなかったのでしょうか?

少なくとも、あたしが高校時代に経験した上述の事件では、身近な人間ほどそういう感想を抱いていたはずです。

B級ホラーの見すぎ?

川崎の老人ホームで入居者が立て続けに転落死するという事件。

当初は事故かもしれないという可能性もありつつも、あまりにも不自然な点が多すぎるということで、事件である可能性が高いような報道ぶりで、案の定、ここへ来て犯人が逮捕されました。最初は否認していたようですが、その後の報道では犯行を認めているとか。

この事件、お金が盗まれたりもしていたので、その可能性はほぼないとわかってはいましたが、あたしは実は、この老人ホームに取り憑いている悪霊の仕業ではないか、そういう可能性はないのだろうか、とも思っていました。

悪霊が入居者を導いてベランダを乗り越えさせたのか、あるいは結果的に犯人として逮捕された男に取り憑いて殺人を犯させたのか、そのあたりはわかりませんが、そういう可能性ってまるっきりないのかな、と思ったのです。

それこそ「くだらないホラー映画の見すぎだ」と笑われてしまいますが、実際のあの男がやっていたとしても、悪霊に取り憑かれていたとしたら、それをどうやって証明するのでしょうね? 警察としては彼がやった犯行の証拠を集めるのは簡単でしょう。実際にやっているわけですから。でも、その逆に男の方が「確かに自分がやったけど、それは悪霊に唆されたからで自分の意志ではない」ということを証明するのって、現在の科学では無理なのではないでしょうか?

とまあ、そんなことを思いながらこの事件の報道を視ていたわけです。悪霊ですから、ある日突然自分に取り憑くことがあるかもしれません。取り憑いた悪霊のせいで、あたしが何か犯罪を犯してしまったら、あたしはどうやって自分の無実を証明できるのでしょうか?

いや、悪霊に取り憑かれての犯行って、無実なのでしょうか? 辛うじて、精神障害のような理由で罪を問えない、という可能性があるかもしれませんが、うーん、そのあたり裁判所なり、精神科医はどういう風に判断してくれるのでしょうか?

実際問題、ホラー映画を見ていると、特にサイコ系のホラーだと、それって悪霊でも何でもなくて、あなたの妄想でしょ、と言えるようなシチュエーションの作品が多いので……

アメリカの黒人、そして奴隷

自民党の丸山議員の失言問題。

余計なお世話かもしれませんが、こちらの本をお薦めします。

懸け橋(上)』『懸け橋(下)』です。副題は「オバマとブラック・ポリティクス」ですから、まさにうってつけではないでしょうか?

ただ、この手の本は小難しくて読んでられないというのであれば、こんな小説もあります。

地図になかった世界』です。ウェブサイトの内容紹介には

南北戦争以前、「黒人に所有された黒人奴隷」たちを描いた歴史長篇。日々の暮らしの喜怒哀楽を静かに語り、胸を打つ。ピュリツァー賞ほか主要文学賞を独占した話題作。

とありますから、こちらもアメリカの黒人社会や奴隷について知るにはふさわしい本ではないでしょうか?

「図書館と新刊」問題?

これも朝日新聞。

新潮社の社長の提起から始まった、最近の図書館における新刊貸し出しの件。

記事によれば、図書館の貸し出しと新刊の売れ行き不振に因果関係がないようですが、このデータに恣意性はないのか、そのあたりの検証も必要かもしれません。ただ、記事中にあるように、本当に欲しい本、読みたい本は買う、という意見が本好きの本音なのではないでしょうか? もちろん、昨今の不景気で欲しくても買えない人が増えている傾向はあるのでしょうが……

図書館からの注文の場合、専門書はほとんど返品もないので、出版社から見たら非常なお得意様です。せいぜい初版が1000部やそれ以下という専門書の場合、最初に図書館、全国で200館でも購入してくれれば、非常に助かるのは事実です。(専門書の場合は、公共図書館だけでなく、大学図書館などの研究施設も上得意ですね。)

ですから、やはり村上春樹とか、東野圭吾といった人気作家の新刊が問題になるのではないでしょうか。それも一つの図書館で何冊も購入するというのは、やはりどうかと思いますし……

で、あたしは前にも書きましたが、やはり映画と同じようにインターバルを儲けるべきではないか、その程度の差を付けるのは世間にも受け入れられる範囲だと思っていますが、如何でしょう?

偉人伝は怖い

朝日新聞の記事です。今年の大河ドラマの主人公・真田幸村がゲームソフトなどを中心にイケメンに描かれていることを伝えています。

この問題というか現象、別に幸村に限りませんよね? 花の慶次でしたっけ、その他の戦国武将も軒並みイケメンになっているゲームソフトがありますし、海を越えて三国志の英雄たちも。

ゲームだけでなく、学習漫画のようなものでも、その表紙を見るとイケメンとまでは行かなくても、かなりソフトな、劇画タッチを抑えたイラストになっているのがこの十数年の傾向のようです。

これに対して眉をひそめる方もいるでしょうね。あたしもどちらかと言えばそうです。あたしの場合、子供のころに見たテレビドラマの「暴れん坊将軍」の松平健、あの颯爽とした若々しい吉宗像と、実際に吉宗が将軍になった年齢はもう中年だったというギャップを知って、幼心にショックを受けたものです。

なので、こういったイケメン化は反対だったのです。曰く、こういうので歴史を学んで誤った知識を植えつけられたら困ると。でも、この手のゲームをやっている人って、たぶん実際の歴史との違いってそれなりにわかっているのですよね? 実際の人物がこんなにイケメンであるなんて本気で信じている人はいないはずです。

ただ、学習漫画の方は微妙かな? あれはそれなりにきちんとした時代考証を経て作られているはずなので、あまり絵がきれいだと子供たちに悪影響が出るかもしれません。

さて、あたしも反対論者だったと書きましたが、いまは若干肯定派です。なぜなら、これは先の暴れん坊将軍とは別の幼少期の体験に由来する話ですが……

子供のころのわが家には、子供向けの偉人伝のような本、全集でしたでしょうか、それが書架に置いてありました。あたしが子供のころですから、そこで取り上げられているのはヘレン・ケラー、ベートーベン、シュヴァイツァーといった顔ぶれ。当時の本ですから、表紙にはそれぞれの顔がイラストで描かれていました。

そのイラスト、晩年の、それもそれなりに劇画タッチで描かれているものですから、子供にはかなり怖い人相です。正直なところ、あたしは子供のころ、それらの偉人たちが睨みつけてくるような気がして、それらの本を直視できませんでした。アンネ・フランクだって、よく見かけるあの写真、アンネは笑っているのですが、幼い子には怖い印象を与える写真ではありませんか。少なくともあたしは怖かったです。

そういったトラウマほどではないですが、体験をしてきたあたしとしては、近頃の親しみやすいイラストになった偉人伝や歴史漫画は、案外よいものではないか、という考えに傾きつつあります。さすがにゲームのイケメンキャラはやりすぎだと思いますが(笑)。