シティ・ファーマーならぬ企業ファーマー?

下の写真は、今朝の朝日新聞です。多摩版だけの記事かもしれませんが……

あの、イトーヨーカ堂が、お店で出た残飯などを対比として再利用した農業を立川で行なっているそうです。収穫した作物はヨーカ堂の店頭に並ぶという循環。うーん、考えたものです。これって『シティ・ファーマー』にも通じる取り組みではないでしょうか?

ちょっと牽強付会ですか? でも、こういう取り組み、これからの時代にとってとても大事ですよね。

昨日は暑かった?

昨日は日本全国、気温が急上昇したようです。東京も夏日一歩手前、24度くらいになったそうです。春を通り越して初夏ですね。それが一転、今日からは真冬に逆戻りですから、「体調管理には気をつけましょう」と天気予報のお姉さんやおじさんが注意を促してくれるわけです。

これほどの気温差は、確かに体調を崩しやすくもなれば、風邪を引きやすくもなるというもの。でも、昨日って、そんなに暑かったのでしょうか?

実はあたし、昨日は昼前に、近所のコンビニまで昼食を買いに出ただけで、あとはずーっと家の中にいました。母は二階の自分の部屋にいたようですが、燦々と日がふりそそぎ、2月だというのに汗をかいたそうです。

あたしはと言いますと、あたしは自宅の一階にいました。パソコンの前にいたり、テレビを見たりしていましたが、一階なので、日は差し込みません。なので、意外と寒かったです。もちろん真冬の、底冷えするような寒さではありませんでしたが、暑いと言うような室温にはなっていません。

なので、あたし自身は、昨日の、季節が二か月くらい先へ進んだような陽気を体感していないのです。

これは、今日の寒さを考えると、体調管理の面ではよかったのではないでしょうか? だって、昨日との温度差をそれほど感じないで済みましたから(汗)。

これも、ささやかな、あたしの健康法です(爆)。

板橋と言えばボローニャ? ボローニャと言えば板橋?

写真は今朝の朝日新聞です。

板橋区立いたばしボローニャ子ども絵本館という施設、迂闊にも知りませんでした。もちろん、板橋と言えば、板橋区立美術館で毎年のようにボローニャ展が開催されているのは知っていますし、見に行ったこともあります。ですから、板橋とボローニャの関わりについては承知していたつもりでしたが、この絵本館は知りませんでした。

絵本だからでしょうか?

考えてみますと、小さいころ、絵本を読んだ記憶がないわけではありません。それなりには読んでいたと思いますが、それよりももう少し大きくなってからの本、子供向けの世界文学全集とか偉人伝的なもの、そちらの方の記憶が強くて、絵本の印象が薄いのかもしれません。

それに、そういった本は小学生の時代を通じて読めるので、しばらくは家の書架に並んでいたのですが、絵本は小学校に上がるころには卒業してしまいますので、書架にあった記憶があまりないのです。ちょうどあたしの小学校入学のタイミングでわが家の引っ越しがあったので、親に確かめたわけではありませんが、その引っ越しの折に絵本はあらかた処分してしまったのではないでしょうか? そんな気がします。

で、その後ですが、文字の本に興味が移っていたので、絵本に立ち戻ることはありませんでした。美術に、関心がないわけではないですが、それほど美的なセンスもないので、それほど強い興味を持つこともなく、だからイラストとか絵とか、あまり気にせずに来てしまったようです。若干の先入観(偏見?)がありますが、大人でも絵本に興味がある人って、芸術に造詣が深い人って感じですから、あたしなどは全く違いますので……(汗)

これで結婚して子供でもできていれば、それなりに絵本に関心を持つこともあったのでしょうね、子供に買ってあげるために。いま、どんな絵本が人気なのか、どんな絵本を読ませるのが子供の情操教育によいのか。たぶん、あたしも人並みに親としてそんなことを気にしたのではないかと思います。でも、不幸にして、今に至るも人の子の親となる機会に恵まれず、絵本を買ってやるような子供は、たぶんこのまま一生、自分には縁がなく終わるのだろうと思います。

閑話休題。

ボローニャですが、あたしの勤務先からこんな本が出ています。

ボローニャ・ブックフェア物語』です。どうして、ヨーロッパの小さな街、ボローニャが絵本の街として世界的に知られるようになったのか、そんな歴史がわかる一冊です。

5番目の外国語は?

今朝の朝日新聞の文化・文芸欄にイスラム教徒の祈祷室の話題が載っていました。その記事の中にこんな一節があります。

利用者は、イスラム教徒の多いインドネシア人とマレーシア人が計8割を占める。しかし3階受付への誘導に使われるのは日・英・中・韓の4カ国語。インドネシア語などもあると親切だが、「駅ビル内の表示やパンフレットはすべて、この4カ国語が基本ですので……」。1日の利用者は平均10人ほど。旅行者に限れば数人だ。

イスラム教徒や彼らの祈祷についてはひとまずおくとして、あたしが関心を持ったのは日本における看板の外国語対応です。上の引用にもあるように、このところ街中の看板に英語だけでなく、中国語と韓国語が併記されるケースが目立ってきました。ウェブサイトも日本語版の他に英語、中国語、韓国語版を用意しているところもあります。中国の場合ですと、さらに繁体字版と簡体字版まで用意しているサイトがありますから、一昔前に比べると多言語化はずいぶんと進んだように感じます。

が、上の記事にあるようにインドネシア語が併記された看板はほとんど見たことがありません。ウェブサイトではフランス語やスペイン語、ドイツ語などの各国語版が用意されているところもたまに見かけますが、基本はやはり日英中韓の4か国語です。さすがにインドネシア語はおくとしても、さてこの4か国語の次は何語になるのでしょう?

と考えて、あたしの勤務先としては非常に身近な、大学における外国語教育を思い出したのですが、もしかすると大学における外国語科目担当教員の構成比ってものすごくゆがんでいるのではないでしょうか? だって、英語を除くと相変わらず仏独が圧倒的だからです。確かに、この十数年で中国語の教員も増えましたし、韓国語の教員もこのところ増加しているとは思います。が、専任教員で考えると、やはり仏独が圧倒的、中韓は非常勤で賄っている学校がほとんどではないでしょうか?

もちろん教員の語学別の構成比は、学生の履修者数、つまり人気にもよりますから、世間一般とは多少のずれが生じるのはやむを得ません。が、中韓は人が集まりすぎて教員が足りず、かなりの人数を仏独に振り替えた、なんていう話もずいぶんと聞かれたものです。そして、これが一番の理由だと思いますが、受講者数が減ったからといって、いきなり専任教員をクビにはできないという雇用の問題、これでしょう。

ベビーブームや受験戦争のころと違って、学生が増えているわけではありませんから、教員の数を増やすこともできません。となると、語学の教員の数は一定ですから、その中で語学ごとの比率をやりくりするだけです。大学側としてはフランス語やドイツ語の教員が一人辞めたり定年になったりしたら中国語の教員を採用したいところです。が、仏独の既得権益の牙城は堅く、なかなか採用枠を中韓に回せない、という政治的な駆け引きもあるみたいです。

こう書くと仏独の教員が因業であるかのようにも聞こえますが、自分の学生の就職先としての語学教員枠という面もあるので、ここは譲れないと思うのでしょう。それに、世間で看板に書かれる言語と、研究の場、教育の場での言語が必ずしも一致する必要はないわけですから。

とはいえ、訪日外国人が増えれば、その人たちとその人たちの言葉で交流できるに越したことはありません。「日本に来たら日本語を話せ」という意見もあるでしょうが、日本人だって積極的に勉強して話すべきだとは思います。となると、やはりそういう傾向を意識した語学科目の構成があってもよいのでは、と思ってしまうのです。

アルメニア人問題?-映画と参考書-

下の写真は、今日の朝日新聞夕刊の紙面です。映画「消えた声が、その名を呼ぶ」の紹介です。

あたしは不勉強でまるっきり知らなかったのですが、いろいろな賞を取った作品のようですね。しかし、アルメニア人虐殺を扱った映画とは、重い、です。

たぶん、ほとんどの日本人は「アルメニア人」と言われても、地球上のどのあたりに住んでいるのか答えられないのではないでしょうか? 記事などに「トルコ」という単語が見えますので、少しは位置もわかるかと思いますが、それでも「では、トルコでアルメニア人にいったい何が起こったのか?」と聞かれたら、やはり答えられないでしょう。そもそも「トルコはトルコ人の国でしょ?」というのが日本人の平均的な知識だと思いますし。

そんな方には、ちょっと堅めの本ですが、『中東民族問題の起源』、こちらがお薦めです。副題が「オスマン帝国とアルメニア人」ですから、この映画の手引きとしてももってこいではないでしょうか?

ある日、突然

東京の武蔵小金井で、回送中の路線バスが歩道に乗り上げるなどした挙げ句アパートに突っ込むという事故がありました。関東ローカルではかなり大きく取り上げられているニュースです。まだ詳細はわかりませんが、けが人が出なかったのがなによりです。

それにしても運転手はこれまで特に持病もなく、出発前も問題なかったというのに、目撃者の話では意識を失っていたとも言われています。本当なのでしょうか? 最初は、バスの整備不良が原因じゃないかと、あたしなどは思ったのですが……

しかし、運転手が突然意識を失うという事故、過去にもありましたね。持病のある人の場合ならまだしも、ふだんなんともなく、健康診断でも特別問題になるような事項もなかった人が突然発症するというのは怖いものです。もし、これが改装中ではなく営業運転中であったら。ちなみに、武蔵小金井南口からほど近い場所が事故現場ですが、京王バスはあたしが通勤で日常的に使っているバス会社ですし、事故を起こしたあたりも知っています。車で通ったことが何度もある道路です。

ただし、今回の事故を身近に感じるのは、現場がよく知っている場所であるというだけではありません。なによりも、一部報道のとおりであれば、「突然意識を失う」という運転手の状況が身につまされるからであります。

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図書館と新刊

今朝の朝日新聞の投書欄から。

図書館で新刊を貸し出すことの是非についての記事です。とある投書から、それに対する反響を集めたものですね。

この問題って、ずいぶん前から議論されているというか、話題になっていますよね。これだけ本が売れないと、今年はこの話題がいよいよ現実問題として立ち上がってくるのでしょうか?

ちなみに、あたしの考えははっきりしています。以前にも書きました。この時と、ほとんど考えは変わりません。複本は禁止、新刊は半年間は購入しない(あるいは館外貸し出し禁止)とするのがよいと考えています。

さて、この先、どんな風に展開していくのでしょうか?

優越的地位のなんとかかんとか?

下は今朝の朝日新聞の紙面です。アマゾンの記事です。「仁義なき」なんて、かなり物騒な言葉が見出しに見えていますが……

個人的にアマゾンはほとんど(ほぼまったく)使っていないのですが、この記事で興味を引くところが二つありました。まずは三段目。

東京・目黒のアマゾン本社ビルに、大手・中堅出版社の社長と営業担当者らが集められ、2週にわたって計40社が“懇談会”に参加した。

という部分。何の変哲もない事実の羅列のようですが、あたしが気になるのは「集められ」という部分。そりゃ、40社にいちいち出向いていたのでは大変だから集まっていただいた、という理屈はわかりますが、これ事実上、呼び出しですよね。特にアマゾン側がいろいろ聞きたいわけですから、普通だったらアマゾンの方が出版社へ出向くのが筋ではないでしょうか? アマゾンは一事が万事こんな感じです。

そしてもう一つ気になったのが次の箇所、5段目です。

ある出版社は「提案に乗らなければ取り扱わない商品も出る」と説明されたという。「乗るしか選択肢はなかった」

これって、言われた出版社側の言葉、なおかつそれをまとめた朝日の記者の言葉かもしれないので、これだけで判断してはいけませんが、これを額面どおりに受け取ったら、いわゆる「優越的地位の乱用」でしたっけ、そういうのに当たらないのでしょうか? もちろんアマゾン川もそういう言質を取られるような表現はしていないはずですし、契約書にもしっぽを掴まれるような表現はしていないでしょうけど、言われた側がそう受け取っても致し方ないような表現であったことは確かでしょうね。

そしてこの記事全体のトーンとしては、アマゾンに対する朝日の敵意とまでは言わなくとも、批判的な態度が見え隠れしていると思います。

なかなか面白いクリスマスプレゼントでした。

そんなに問題なのかしら?

今朝の朝日新聞です。

カルタの文句が問題となったみたいです。「強いコシ 色白太目 まるで妻」っていう句がそれほど問題なのでしょうか? ここまでいくと、何を言ってもセクハラと言われてしまいそうですね。

ただし、記事によると、既に少し前に「色白でスタイルのよい方」を募集したのが問題になったという「前科」に懲りて用心したのだとか。しかし、考えてみれば、お米のイメージガールであれば「色白」であることは必須だと思うので、スタイルが問題になったのでしょうか? 昨今のこの手問題は、いちゃもんを付けたもの勝ちという空気があって、ちょっと嫌です。

ちなみに、この句が問題というのであれば、亭主のことを「濡れ落ち葉」などというのもパージされるのでしょうか? 全体的に女性の容姿については厳しく、男性のそれには緩い印象を受けるのはあたしだけでしょうか?

近所の交差点における自転車の走る場所

わが家の近所にある交差点の写真です。いえ、正確に言えば、横断歩道の写真です。

お気づきでしょうか?

これまでは、こういった横断歩道って交差点の中心に近い方、1メートルくらいが「自転車用」として分けられていたと思います。その証拠に、上の写真でも「じてんしゃ」という文字と自転車のイラストが見えると思います。

が、この写真のように、最近、わが家の近所では「自転車専用部分」が消されて、このようにすべてが歩行者用に塗り直されているのです。ここだけではなく、わが家の近所では至るところで見られます。そして、もう少し注意して見ていると、都内ではかなり多くの場所でこのようなラインの引き直し、横断歩道の修正が行なわれているのです。

そう言えば、少し前に交差点での自転車の通行の仕方が変わるってニュースでやっていたような記憶があります。直進する自転車がいちいち横断歩道を走ると、自動車の運転手はその自転車が直進するのか曲がるのか判断しづらいという問題もあるようです。震災以降、自転車がかなり増えましたが、日本は(東京は?)自転車が走ることに配慮のない都市ですので、少しずつこうして改善されていくのでしょうね。