あたしのセンス

とある本の装丁。

あたしはそんなに悪い装丁ではないと思っていたのですが、ある書店で、書店員の人(一応付言しますと女性です)と話していたら、「ダサいよね」と言われました。

ああ、そうか。あの装丁はダサいのか、とちょっと驚き。

ところが、そんな記憶も覚めやらぬうちに、こんどは勤務先の同僚(こちらも女性)と、やはりその本の話をしていたら、装丁がダサいとの意見。

うーん、どうしたことでしょう。

センスというのは十人十色、人それぞれ感じ方があるわけですから、他人に合わせる必要なんてなく、自分が好きなものを好きだと思っていればよいのだと思います。

しかし、あたしの知り合いという共通項はあるものの、全く面識、接点のない女性二人が口を揃えて「ダサい」と評した本の装丁、これはやはり多くの人に聞いても「ダサい」という評価になるのでしょうか?

だとすると、それはつまり、あたしの感覚がおかしいということですか?

考えてみますと、勤務先で新刊の装丁を検討するとき、担当編集者がいくつかラフを持ってきます。数名でああだこうだ言い合うわけですが、多くの場合、あたしの意見はみなの賛同を得られません。ですから、あたしの意見は片っ端から却下されるわけです。

あたしは別にそれほど特殊な生まれでも育ちでもありません。ごくごく普通に育てられたと思うのですが、どうしてこんなにも他の人と感覚が異なるのでしょう?

あたしはフツーだと自分では思っているのですが……

重陽の命日

9月9日です。

世間的には北朝鮮の独立記念日で何かが起きるのではないかということで持ちきりですが、あたしにとって今日は父の命日です。もう何年になるでしょう? 二十数年まえのことです。確か雨の月曜でした。そして、父の命日というのは、父の母、つまりあたしの祖母の命日でもあります。祖母は父が小学生のころに亡くなっているので、父も薄ぼんやりとした記憶しかないようで、もちろんあたしは逢ったこともありません。確か父の遺品の中に古い写真が一枚残っていただけのような……

そんな命日が重なる今日は、お隣、中国の指導者、毛沢東の命日でもあります。その後も紆余曲折がありましたが、事実上、文革が終息を迎えた契機になったのが今日ではないでしょうか? もう主席が生きていればこその文革でしたから……

 

なので、新刊『文化大革命 〈造反有理〉の現代的地平』などを手に取っていただきたい日でもあります(汗)。それにしても、中国国内ではどうなのでしょう? まだまだ文革時代の負の歴史を大っぴらにできないようなところがありますね。日本には歴史を直視せよと言いながら、自分たちは文革も天安門事件も国民には真実を知らせずでは構成とは言えないと思います。

それはともかく、ずいぶん前に古書店で見つけて、こんな本を買っていました。文藝春秋の臨時増刊です。

奥付を見ると1973年の刊行です。ちょうど日中の国交が回復された後ですね。そういった国際情勢を受けての編集、発行だと思われます。

巻頭、カラーグラビアの後には毛沢東の評伝が載っています。執筆は竹内実さんでした。この時点では、まだ毛沢東の真実、文革の負の面は日本に伝わっていなかったのでしょうか?全体的には日中友好を前面に打ち出した記事ばかりが目につきます。いわゆる、日中蜜月のスタートですね。

海老名とか厚木とか

営業回りで時に厚木の方へ行きます。小田急線です。

厚木の書店だから厚木駅で下りるのかと言えばさにあらず。下りる駅は本厚木です。初めての人は間違えて、厚木駅で下りてしまうのではないでしょうか?

なんで厚木と本厚木があるのでしょうね? 厚木駅の方はJRとの乗換駅で、JRが先に厚木を名乗ってしまっていたから、小田急としてはJRに従い、その次の駅を本厚木(=本物の厚木?)と名づけたのではないでしょうか? このあたり、小田急線を取り上げた本に書いてありそうな話題です。

しかし、だとしても、JRはなんで厚木って付けたのでしょう? あそこ、厚木市じゃなくて海老名市のはずなんですけど……(汗)。まあ、こういうのって、品川区と品川駅のように、JRではよくあることなのでしょうか?

で、あたしが言いたいのは厚木駅の名前がどうの、ということではありません。午後から営業回りに出ますと、だいたい本厚木と海老名の書店を回って時間的には終わりです。そこから中央線の国分寺駅の方へ帰るわけですが、例によってどのルートを使うかです。

基本的にあたしは、小田急線で登戸へ出て、南武線の府中本町経由武蔵野線、そして西国分寺乗り換え、というルートを選択するのですが、小田急線、しばしば快速急行が来ます。快速急行は登戸に停まらないので、そのまま下北沢まで行って井の頭線経由で吉祥寺乗り換えの方が早いのでしょうか、という疑問を常に持っています。

が、この厚木や海老名に来たときには、相模線を使う方が早いのではないかという思いも抱いております。地図上で見ても、ほぼ一直線に北上して八王子、そして中央線ですから非常に簡単です。

ただ問題点がありまして、相模線は本数が極端に少ないことです。小田急線の何分の一でしょうか? それに厚木あるいは海老名で乗ってもほとんどが橋本で横浜線に乗り換えないとなりません。この横浜線も決して本数が多いとは言えません。橋本駅でうまいこと乗り換えのタイミングがあるのかどうか、それも不安です。

そして、対勤務先的な問題は、これがたぶん一番交通費のかかるルートだと言うことです。やはり経費節減の折柄、できるだけ安く済ませたいところ。劇的に所要時間が異なるならともかく、相模線ルートを使ったとしても、さほど早く帰宅できるとは思えません。

となると本数の多い路線を選ぶのが順当だろうと判断して、あたしは毎度小田急線で新宿方面へ向かうのです。

いま、カント?

書店の店頭で何やら目に付いたのですが……

まずは春風社の『カント伝』、翻訳書です。

次に勁草書房の『カントの政治哲学』、

そして最後に法政大学出版局の『カントの自由論』です。

これら、どうもすべて8月に刊行されたようです。こんなにカントが続くって、何か理由があるのでしょうか?

やはりカントの「永遠平和」が国際的に見直されているのでしょうか?

シャツではなくブラウス

数日前の営業回りのこと。

書店が入っているファッションビル。書店は上層階にあり、営業回りを終えてエスカレーターで下まで下りてきました。どの階だったかは忘れましたが、エスカレーターを下りた正面にシャツ屋のテナントがありました。

河谷シャツと書いてあります。

「河谷シャツって有名ブランドなのかしら?」と、ファッションには滅法疎いあたしは特に反応も示さなかったのですが、そのテナントの前で呼び込みをやっている若い女性が訴えるには、「あなただけの個性的なシャツは如何ですか?」といったような趣旨のもの。言われてみれば、そこに並んでいるシャツは個性的と言えば個性的、リメイク商品なんでしょうか? ちょっと気になります。

が、エスカレーターを下りてきたあたしと目があったその女性。あたしを見た刹那、目をそらしてしまいました。

あたしなんかに個性的なシャツを進めても無意味だと判断したのでしょう。

それは別に構いませんが、どういう点が無意味なのか、そこのところだけはちょっと根掘り葉掘り聞いてみたくなりました。でも、仕事の途中でしたので、足早にそこを離れました。

帰宅後に河谷シャツでググってみると見つかりましたが、意外といい値段しますね。デザインは個性的と言いますか、あたしにはパジャマのように見えます。

見る人が見れば、たぶん宝の山なんだろうなあ

東京の成城というところは、都内でも有数の高級住宅街です。書店営業的には小田急線の成城学園前駅に三省堂書店があります。

かつては江崎書店という街の本屋が駅前にあったのですが、駅ビルの竣工、そしてそこに三省堂書店が出店したタイミングで閉店してしまいました。

そんな成城ですが、成城大学の正門の真ん前に成城堂という小さな書店があります。主に成城学園で使われる教科書の取り扱いを行なっている書店ですので、いまどきの文芸書やコミックが並んでいる書店ではありません。

が、そんな成城堂、岩波文庫や新書が充実しています。たぶん、かつては先生や学生が足繁くやってきては買い漁っていたのではないでしょうか? あたしなどが見てもかなり珍しいものが散見されます。たぶん紀伊國屋書店やジュンク堂書店に行っても手に入らないような、それどころか岩波書店に聞いても「品切れです」と言われそうな銘柄が棚に残っていたりします。

とりあえず、あたしはこんなものを買ってみました。多少薄汚れていますが、今となっては絶版ではないでしょうか? 岩波新書の『フランス勤工倹学の回想』です。古書店ではないので、挟まっていた当時のスリップのまんま、230円でした。

こんな感じの岩波文庫や岩波新書が、それこそ店内の書架に所狭しと並んでいます。持ち合わせが少なかったのでこのくらいにしましたが、まだまだ欲しい銘柄はありましたし、あたしとは興味が異なる方から見たら宝の山かも知れません。

2連敗

妹家族が遊びに来ているということは既に書きましたが、妹夫婦が買い物へ出かけている間、姪っ子、甥っ子をどこかへ遊びに連れて行ってやるかと思い立ちました。

まずは昨日。

ららぽーと立川立飛へ行きました。ここは今までも妹家族が来るたびに行っているところですが、今回のお目当てはららぽーと内にあるKidsBeeという施設です。お昼少し前に着いたのですが、この時間帯は食事付のコースでないと入場はできないとのこと。「そんなの聞いてないよ」と言っても詮無いこと。遊びだけだと、午後2時すぎにならないと入場できないとのことで諦めました。

仕方なく、サーティーワンでアイスを食べさせてやりましたが、サーティーワンなど入ったことがないので、注文の仕方がわからず四苦八苦しました。空いていてよかった。混んでいたら後ろのお客の大迷惑になっていたことでしょう。

そんな昨日のリベンジというわけではありませんが、今日は昼食後、こんどはイオンモールむさし村山の中にあるボーネルンドという施設へ向かいました。小学生までが遊べるスペースという意味では昨日と同じような施設だと思います。

が、今日はイオンモールに入ることすらできませんでした。いや、厳密言えば入ったことは入ったのですが、駐車場が満車、30分ほど場内をうろうろ走らせましたが、結局空きスペースを見つけ出せず、イオンモールの施設に入ることなく帰路に着きました。

嗚呼。まさか二日続けてこんな羽目に陥るとは!

こういう混み合う時季でないときに姪っ子や甥っ子が来たら、みたびリベンジしたいと思います。

vsピロリ菌

夏前に行なわれる定期健康診断。ここであたしは胃カメラの二次検査を受けることになりました。そして胃カメラを受けた結果、「皺一つないきれいな胃袋」でした。そpれはつまり、ほぼ確実にピロリ菌がいるということで、除菌措置をした方がよいという診断結果でした。

で、近所の掛かりつけの病院でその旨を伝え、まずは大便を採取し本当にピロリ菌がいるのかどうかを検査しましたが、見事にピロリ菌が生息していました。さて、ピロリ菌の除菌をするか否かはこちらに任されます。中には「しない」という人もいるのでしょうかね?

あたしはもちろん、ここまで来たからには「やります」と答えました。方法は一週間、朝と晩の食後に薬を飲み続けることだそうです。その後再び健さんをしてピロリ菌が除菌されたか確認するのだそうです。

その服薬、今朝の薬でようやく終了しました!

医師や薬剤師からは、味覚がおかしくなったり下痢の症状が出たりしますとあらかじめ言われていました。あたしの場合、味覚の方はわかりませんが、下痢はかなり来ました。もともと胃腸が強いタイプではなく腹を下しやすかったので、この薬の効果はてきめんです。一週間の服用期間中、どうしても辛くて、3回ほど正露丸を飲んでしまいました(汗)。

しかし、この苦しみも今朝で終わり、先程服用したばかりなので、今日いっぱいくらいはまだお腹が緩いと思いますが、盆休み中だったのが幸いです。あとはピロリ菌が除菌されていることを願うばかりです。

ところで、ピロリ菌がいると、何がいけないのでしょうか?

脳挫傷?

今朝のことです。

わが家の居間に置いてあるワンダーコア。ここ数ヶ月、腰を痛めていたので全然やっていないのですが、遊びに来ている甥っ子がやってみたいというので、やらせてみました。

バネが付いていると、男の子とはいえ小2の筋力では後ろへ倒すことができないので、二つ付いているバネを一つはずしてやりました。それならなんとか倒せるようになったのですが、いとも簡単に起き上がってきてしまうので、まるで腹筋が鍛えられているような感じはありません。

試しにバネを全部外してみると、体を倒すのは簡単になりましたが、腹筋が足りないのでしょうか、なかなか起き上がれなくなりました。それでも甥っ子はしばらく頑張って、何回かは腹筋運動にトライしていました。

で、そんなバネの取り外しをやっているときに、跳ね上がってきた背もたれがあたしの側頭部を痛打しました。手で押さえておくのを忘れたあたしがいけないのですが、ものすごい衝撃でした。いや、目から火花が飛び出る、というほどではないのですが、頭の奥の方に鈍い痛みを感じました。

それが今朝の出来事ですが、午後の3時になっても痛みが治りません。もうぶつけた衝撃は関係なく、ただの頭痛なのか、それとも朝の痛打が尾を引いているのか。確かに側頭部はまだ痛みます。頭でなくとも、ぶつけたりすればしばらくは痛みが残りますよね。単なるそういう症状だとよいのですが、数日後、突然ぶっ倒れてあの世行き、なんてことにはならないですよね?

社会勉強してきました?

昨日から妹家族が来ています。

そして今日は本所防災館へ行って来ました。ここは、もうずいぶん前に、母方の田舎の従姉妹の子供(女児二人)、当時は小学校低学年か幼稚園くらいだったと思いますが、その子たちが遊びに来たときに連れて行ったことがあります。それ以来の訪問です。その時のことも覚えていた妹が、自分の子供たちにもああいう社会勉強をさせたいと思ったのでしょう。

コースは震災のアニメ映画を見た後に、暴風の体験、消火訓練、煙の中の避難訓練、そして最後に地震体験でした。

これが豪雨体験。風はそれほど吹いていません。とにかく雨です。顔が全くわかりませんが、一番前で手すりをつかんでいる三人が、左から甥っ子(小2)、姪っ子(小1)、姪っ子(小4)です。

そして雨体験が終わったら次は風体験。子供だけのグループなので、大人からにとってはそれほど強いものではありませんが、子供にはそれなりの強風だったはずです。

こんな防災体験の後、せっかくなのでスカイツリーへ足を延ばしました。そこでお昼にしようと考えたあたしが浅はかでした。どこもかしこも人が一杯並んでいて、30分やそこらでは順番が来そうにありません。もちろんレストラン街以外も大勢の人であふれていました。とはいえ、外国からの方が過半だったようにも感じます。

やむなくスカイツリーを後にして、スカイツリー付近のファミレスでなんとか昼食。その後は浅草へ向かいました。

うんこビルの脇を通り、吾妻橋から雷門へ。ここもスカイツリーに負けず劣らず大勢の人です。仲見世など真っ直ぐ歩けないくらいでした。

ちなみに、あたし、仲見世って初めて来ました。東京生まれ東京育ちですが、これまで浅草ってほとんど来ることがなかったので……(汗)

初めて浅草寺をお参りしました。その後はちょっと疲れたのでふなわかふぇへ。冷たいお抹茶が疲れた体にはとてお美味しかったです。

一服した後、銀座線で神田へ、そして中央線に乗り換えて帰宅しました。