久々の吉祥寺

午後から吉祥寺の啓文堂書店で行なわれた今尾恵介さんのトークイベントに行って来ました。

 

鉄道の話って、やはり好きです。今ある鉄道がもとはこういうルートで走る予定だったとか、当時はここに鉄道が通るはずだったといった話はいくつも本が出ていますが、決して網羅的に読んでいるわけではないので(否、たぶんほとんど読んでいないと言った方が正解)、この手の話はとても興味深いです。また鉄道省文書という、当時の時流とか鉄道会社の思惑とか、役所の都合とか、そういったものが垣間見えるのも楽しいものです。

そんなトークを聞きにいった吉祥寺。久しぶりです。

毎朝、必ず通りますが中央線に乗ったままなので降りることはありません。全くもって通るだけです。帰りは、たいていが小田急線や田園都市線の営業回りから直帰するので、南武線で西国分寺経由が多く、吉祥寺を通ることは滅多にありません。時に中央線で新宿の方から帰ってくることもありますが、帰心矢の如しで吉祥寺で降りることはほとんどないです。ごくごくまれに下北沢から井の頭線経由で帰宅することもありますが、もちろん吉祥寺乗り換えになるので下車しますが、駅から出ることもなく足早に井の頭線から中央線に乗り換えてしまいます。

そんなわけで街としての吉祥寺に来たのは半年ぶり以上ではないかと思います。そんなに来ていなかったか、という気もしますが、仕事で寄ることがなければそんなものでしょう。特にあたしのように休日に出歩かない人は吉祥寺まですら出てくることはありません。

で、啓文堂の入っているキラリナというビル。このビルって、前にあったビルを取り壊して一から作り直したビルのはずです。それなのに、どうしてエスカレーターの位置があっちへ行ったりこっちへ行ったりですっきりしていないのでしょう? 確かにJR中央線と井の頭線に挟まれた狭い立地ですから、エスカレーターだけでなく動線をどう配置するか難しいとは思いますが、一から作ったのだから、もう少しなんとかならなかったのでしょうかね? 久しぶりに来て、そんなことを思ってしまいました。もちろん、そうやってビルの中を回遊させようという目論見があるのでしょうけど……

死期が早まった?

左まぶたの傷、今朝、抜糸しました。傷口回りのかさぶたもきれいにとってもらったので、思いのほか縫合の後はきれいです。まだくっきりと線が残っていますが、そのうち薄くなって、言われなければ気づかないほどになるのではないかと思います。

ところで、今回のケガで左目の視界に黒いゴミのようなものが出るようになりました。いわゆる「飛蚊症」というやつです。最初のうち、縫っている糸が視界に入るのか、かさぶたが睫毛についてぶらぶらしているのか、そんなことも考えたのですが、鏡を見る限り、視界に入りそうなものが傷の回りに付いている感じもなさそうです。

でも、何かしら視界に入り込んでいるのかなと思いつつ、とりあえず抜糸をして、きれいになればわかるだろうと思っていました。あるいは今回のケガで目の中、否、目の奥に傷が出来てしまったのか、そんなことも考えました。で、傷口の形成外科が終わった後、こんどは眼科を受診しました。

その結果、網膜剥離とか、そういった深刻なものは一切見られないとのことでひと安心です。

で、この症状は何なのかといえば、つまりは「飛蚊症」なんだそうです。一般に加齢によって生じるものだそうですが、今回のケガの振動で起きた可能性はある、とのことでした。誰でも歳をとればなる症状なので気にすることはなく、そのうち慣れて気にならなくなると言われました。

気にならなくなると言われても、視界の端にチラチラと見えるし、夜に寝床で本を読んでいると壁をゴキブリが這っているように見えるときもあるし……。今のところ慣れそうにありません。

また、医者曰く、ふつうより15年くらい早く症状が出てしまったようですね、と。

それって、つまりあたしが15年早く老化しているってことですか? つまり15年死期が早まっていることなのでしょうか? そうなると、あたしは何歳まで生きられるのでしょうか?

病院へ行ってから

昨日の後遺症なのか、いや、たぶんきっとそうでしょうね、今朝は頭がちょっとふらふらする感じです。頭痛的な痛みはないものの、やはり首筋とか腕とか、もちろん擦り傷だらけの顔とか、あちこち痛みますが、頭は頭痛ではなく、なんかぼぉーっとした感じです。

昨日の大学病院はまぶたの縫合という外科的治療のみで、特に脳への影響とか、そういった検査をしてもらったわけではないので、今日は午前中に近所にある脳神経科へ行って診てもらおうと思います。

それに、そもそもなんで気を失うような事態に陥ったのか、実はそこがまだ謎。薬の飲み合わせに問題はないようなので、単に風邪が本復していないうちに出社して、中央線で乗り物酔いになった、そして極端に血圧が下がってしまった、というだけの話なのでしょうか? だって、あたし、ふだんは血圧の薬(まだ比較的軽めのやつですが)を飲んでいる人間ですよ。それが低血圧で倒れるなんて!

あと、今朝は案の定、顔が少し腫れてきております。これでは営業回りにはしづらいですね。いや、これもネタになるから、痛みとかフラフラ感がなければ、あたし自身は問題ないんですけどね。

この歳になって初体験(^_^;)

この週末、体調を崩していたということは、あたしのこのダイアリーやFacebookなどをご覧になっていた方ならおわかりだと思います。はい、木曜の晩からちょっとおかしくなり、金曜をなんとかやり過ごして土曜日に熱がワッと出て、土曜・日曜は終日安静にして、なんとか今朝までには出社できるような体調に戻しました。

と、あたしは思っていましたし、朝、家を出るときは、それで間違いありません。しかし、しかし、……

先走らずに順を追って書いていきます。

毎朝、あたしは国分寺から中央線の特別快速でお茶の水まで向かいます。今日はいつもよりホームに並んでいる人が多いなあと思ったものの、朝早い中央線は曜日によって乗降人数がかなり異なるので、これは想定内のこと。乗り込んで、乃木坂46のアルバム「透明な色」を聞きながら『フランス現代思想史』を読むといういつもの通勤スタイルで国分寺を発ちました。

 

車内では特にイラつくこともなければ、不快なこともなく電車は進みましたが、中野を出て新宿に着くころ突然気分が悪くなりました。一瞬、戻しそうになる場面もあったものの、なんとか踏ん張りました。その時点では「新宿で降りるまでもない。このまま行ける」と思っていたのですが、新宿を出て四ッ谷へ向かうまでの間、またしても具合が悪くなってきました。こんどは気分が悪くなるだけでなく、視界が狭くなってきました。視界が狭くなるというよりも、より正確に表現すれば、見える世界が曇りガラス越しに見ているように見えるのです。あるいは湯気や外気との温度差で曇ってしまったガラス越しに見ているような感じです。

四ッ谷に着いて降りようか迷っているうちにドアは閉まりお茶の水へ向けて動き出しました。迷っていたというよりも、電車を降りようとする一歩目が出なかった、というのが正しい状況だったと思います。またあたしの体内時計的には四ッ谷でドアが開いたと思ったらあっという間に閉まってしまって降りる暇もなかった、という感覚もあります。とにかく、そんなわけで絶望的な体をなんとかつり革で支えながらお茶の水へ。

いつもの、階段近くのドア付近に立っていたので、到着するやいなやすぐに降りましたが、階段で数階足がもつれ手を地面につくという体たらくでした。それでも「ちょっと乗り物に酔っただけ。降りればすぐによくなるよ。今朝は病み上がりだから」などと自分に言い聞かせるように階段を上りました。ちなみに、お茶の水駅にはエスカレーターもエレベータもありません。駅周辺に大きな病院がこれほど林立しているのにこれらが設置されていないのは、むしろ病人のリハビリを考えてわざとそうしているのではないかと勘繰りたくなります。

閑話休題。

改札を出たところまでは覚えています。ところが次のあたしの記憶があるのは、駅前の歩道に突っ伏して倒れている自分です。はい、どうやら気を失って倒れてしまったようなのです。まさしく昏倒。聖橋の改札口を出てすぐ、喫茶店「穂高」の前あたりです。気を失っていたのは一瞬だったと思います。だって、そんなに長いこと地面に延びていたら周囲の人が助け起こしたり救急車を呼んだりしたでしょう。たぶん、倒れてすぐに起き上がれたのだと思います。周囲の人(朝7時という時間的に、それほど多くはいませんが、皆無と言うこともありません。なにせ改札口の至近ですし)から見たら、「あの人、つまずいて転んだけどすぐに立ち上がったから平気だろう」くらいのことだったと思います。

あたしも最初はそんな感じに思っていました。でもつまずいたのではなく、気を失って倒れたわけですから、手をつくなんてことはしていなかったはずです。その証拠に、痛む顔を触ってみたら、その手に血がべっとりとついているではありませんか! どうやら顔を切ったみたいです。目の上、おでこかな、なんて思いながら、手鏡など持っていませんから自分がどんな顔をしているのかもわからず、とにかく出社です。

会社に着いて鏡を見て驚きました。左目の上、まぶたというのでしょうか、眉毛のちょっとしたがパックリと切れています。かなり深く切れている感じが素人目にもわかります。血が噴き出している感じはなく、とりあえず止まっているのかな、という感じではありますが、顔の3分の1くらい、大袈裟に言えば左半分が血だらけでした。とにかく洗面所で血を洗い流し、傷口に絆創膏を貼りました。

そして9時が近づき、同僚も出社してきたので朝の業務を一通り片づけたあたしは出版健保へ向いました。切れているので外科なのでしょうが、出版健保に外科はないので、とりあえず皮膚科で診察してもらいましたが、結局出版健保では処置できず、早急に形成外科のある大きな病院へ行った方がよいと言われ、紹介状を持ってその足でお茶の水駅の北側にある東京医科歯科大学病院へ向かいました。診察してもらうと、かなり深く切れているから縫わなければならないとの診断で、その場で縫合。数針は縫ったと思いますが麻酔が効いていたので正確にはわかりません。その後、念のためということで破傷風の予防ワクチンの接種をしてもらい、全部終わって会社に戻ったのが1時を回ったところでした。

昼食は食べていませんが、とても食べる気はしません。その後一時間ほど仕事して、本日は早退しました。目の上の傷は縫合してもらったので、麻酔が切れるこれから痛み出すと思いますが、それ以外にも顔にかなりたくさんの擦り傷が出来ていて、それがかなりヒリヒリ痛みます。また顔面を強く打ち付けたのでしょう。歯が何本か痛みます。虫歯の痛みというのではなく、ぶつけたり、堅い煎餅などを囓って痛めてしまったときのような歯茎ごと痛む感じの痛みです。その他、体のあちこちが痛みます。もうどこが痛いのか、痛んでいるのかわかりません。このぶんでは明日以降も新たな痛みが発生する可能性が高そうです。

また一週間後が抜糸ですが、そもそも気を失った原因はなんだったのか? 単なる体調不良で一時的に血圧が急激に下がっただけなのでしょうか? また顔面とはいえ頭部をかなり強打しているので、脳波とかに異常はないのか、後遺症は出ないのか、ちょっと気になりますが、そういうのを形成外科で訴えてもよかったのでしょうか?

しかし、傷だらけのこの顔で営業回りに出ても大丈夫でしょうかね? それが心配です。ちなみに、気を失うのは生まれて初めての体験です。これまで生きてきて一度もありません。健康診断で貧血気味と言われた高校の頃の話で、だからといって全校朝礼で具合が悪くなって倒れるなんてことは一度もなかったですし、そういう意味ではそこそこ健康に生きてきたのですが。やはり、もう一日休むべきだったのでしょうか?

だるおも

昨日の晩から体がだるいです。節々も若干痛みます。典型的な風邪の症状、たぶん熱があるんだろうな、とはわかりますが、それほど熱っぽさは感じず、それに具合が悪くなると真っ先に出る頭痛もなく、いや、頭の奥の方にちょっと鈍い痛みはありましたが、ふだんのズキズキ頭痛ほどではなく、とにかくこれはさっさと休むに限ると、風邪薬を飲んで就寝しました。

さて本日。目覚めたとき、昨晩ほどのだるさはなかったものの、まだだるいという感じは残っています。とにかく今日は金曜日、今日を乗り越えれば明日は休みだと気持ちを切り換え、やはり風邪薬を飲んで、みぞれの中出社しました。

今日は晩に毎年恒例、人文・社会系出版五団体新年会があります。よりによってこんな体調の悪い日に、という気分もありますが、あらかじめわかっている行事に体調を整えられなかった自分が情けなくもあります。とにかく会社ではやはり朝から体がだるくつらかったです。たぶん晩の新年会がなかったら早々に帰宅するか早退していたのではないかと思います。

とはいえ、会社でぐずぐずしているよりも、午後から寒い中ちょっと書店営業に出ましたが、書店にいると元気はつらつになってしまうのが不思議です。書店に入ってコートを脱ぐと体のだるさとか体調の悪いのが消え、営業が終わって書店を出るときにコートを再び着ると体がまただるくなってくるのです。もしかして、10年前に北京で買ったコートが重すぎるだけなのでしょうか?

ところで、本日はこんないでたちでした。

個人的にはスタンダール「赤と黒」というノリなのですが、誰もわかってくれないみたいです。

  

  

なんで「赤と黒」かと言われても確たる答えはありませんが、あえて言えば、あたしの勤務先で出しているフランス語の学参『対訳 フランス語で読む「赤と黒」』がよく売れているからでしょうか?

え、そんな風にはまるで見えない? どちらかと言えば、いま大人気(らしい?)8.6秒バズーカーみたいでしょうか?

いや、ちょっと違うでしょ?

ほぼ真南なのに

本日午後から、ユニコムプラザさがみはらで行なわれたオーサーズカフェに行ってきました。筑摩書房の熊沢社長による「人文書の『星座』とブランド・イメージ~『ちくま学芸文庫』の経験から~」というお話しでした。話の内容については別途リポートするとして、会場へ行くまでの道中について、まずは書きたいと思います。

小平市にあるわが家から会場となったユニコムプラザさがみはらまで、場所は小田急線の相模大野駅前ですから、地図を広げるとほぼほぼ真南に位置しています。さて、そこまでどう行くか? この問題、既にこのダイアリーで何回か書きましたが、長旧線や田園都市線沿線の営業回りからどういうルートで帰宅するかの反対の問題となります。

まず中央線は国分寺か武蔵小金井から乗車なのですが、ネットで検索すると国分寺から新宿まで特快で出て、新宿で小田急線の快速急行に乗るというルートが最初に表示されました。個人的にはわざわざ新宿まで出るなんて「なんて遠回りなんだ」という意識に抗えません。次に出てくるルートは中央線を逆方向、八王子まで行って横浜線で町田、そして小田急線で一つ、というコースです。

でも、ほぼ真南の相模大野まで、個人的にはやはり西国分寺から府中本町、登戸経由で小田急線というのが一番近道のように感じるのです。実際に地図を見ると、上述の八王子経由と真南に対する東西への膨らみ方は似たようなものと感じますが、新宿まで行くのと同様、八王子まで行くのも「あまりにも西まで行ってませんか」という気がしてしまうのです。

で、ネット検索では候補に挙がらなかった府中本町、登戸ルートですが、結論から言いますと、やはり候補に挙がらないだけのことはあります。もちろん乗車時間のほんのちょっとした違いで、乗り継ぎが変わってくるはずですから、一概にダメとは言えないでしょうが、今日に関してはまるで失敗でした。

まず武蔵小金井で乗って西国分寺へ向かったのですが、一つめの国分寺で特別快速の待ち合わせに引っかかりました。特快で立川へ出て、そこから南武線始発に乗るという選択肢もありますが、今日は西国分寺乗り換えを選択したので特快をやり過ごしました。そして西国分寺ではそれほど待たされずに武蔵野線が来ましたが、府中本町の乗り換えでは一本乗れませんでした。武蔵野線から南武線川崎方面への乗り換えは結構時間がかかりますね。

この結果、府中本町でしばらく待って次の川崎行きの乗車して登戸です。ここもJRと小田急なので、お互いに乗り換えの便など考えていない駅です。小田急のホームに来ると、次の電車は多摩急行でした。多摩急行なので新百合ヶ丘まで行って、後続の快速急行に乗り換えて相模大野まで、という顛末でした。路線自体の乗り換えの数以上に電車の種別の乗り換えなどが重なったような気がしました。

帰路ですが、これも同じルートを選択したのですが、相模大野で乗ると急行の新宿行き。快速急行は登戸には停まらないので、「こりゃ、帰路はスムーズに帰れるかな」と思いましたが、登戸に着くと次の南武線は稲城長沼止まり。その次の立川行きを待つ羽目になりました。ただし、チェッと思ったのはここだけ。あとは府中本町も西国分寺も、それほど待たされたり、ホームに着いたら電車が出ちゃったということもなく帰宅できました。

うーん、こちらの沿線担当になって一年半くらいですが、いまだに悩みます。

 

果報は寝て、否、座って本を読みながら待つ!

なんだかんだと雑務に追われ、本日は書店回りに出られませんでした。5時まで会社で仕事して、そんで帰宅。

いつものようにお茶の水で中央線(快速)に乗り込み、次の駅は四ッ谷。ドアが開き、お客さんが乗り降りし、さて出発と思いきや、なかなかドアが閉まりません。おかしいなと思っていると、何かあったようでしばらく運転見合わせになってしまいました。四ッ谷なのでお隣のホーム、総武線へ乗り移る人もいたりしましたが、あたしはそれほど慌てず、まずは状況を知らないと、という感じで本を読んでいました。

何が原因なのかはわかりませんが、とりあえずしばらくは動かないようです。総武線はフツーに動いているのでそちらへどうぞ的なアナウンスも流れています。多くのお客さんが電車から降りて総武線に向っていきました。そのうち、あたしの乗っている電車は「四ッ谷で回送となります」と放送が入り、全員が降ろされました。そして続けてやってきた中央線も四ッ谷で回送になってしまいました。どうせ新宿までは動くのだから乗せてくれてもいいじゃない、とは思いますが、そこはグッとこらえて更に次の電車を待ちました。これは回送にはならず、高尾行きだか八王子行きでした。

車内もそれほど混んでいませんでしたが、四ッ谷に着いたのはいいのですが、やはりなかなか発車しません。ここでも多くの乗客が総武線に乗り換えていました。座席がかなり空いたので、あたしは座って本を読んで時間を潰していました。トータル40っふんくらいは四ッ谷で足止めを喰らったでしょうか? あたしも総武線に乗り換えるという選択肢はありますが、この時間帯の総武線はせいぜい三鷹までしか行きません。それより先へ向うあたしは、結局三鷹で中央線に乗り換えることになるわけで、もう少しで動き出すなら、このまま中央線でいいや、せっかく座れたんだし、という心境でした。

そして、ほぼアナウンスどおりの時間で運転再開し、そこからはそれほど遅延することなく自宅の最寄り駅まで動いてくれました。中央線はしょっちゅうトラブルがあると言われますし、実際にそうなのですが、そのトラブルに乗り合わせることって、ここ最近なかったんですよね。それが今日に限って……

一日遅れで

今年は年賀状を買いませんでしたので、当然のことながら年賀状は一枚も出していません。昨日届いた年賀状にも返事を書く予定がないので、何人の方がこのダイアリーを見ているかはわかりませんが、この場を借りて新年のご挨拶をさせていただきます。

文面は別に他意はありません。深読みしないでください。

呪われた子

初夢とは、元日に起きたときに見ていた夢ではなく、一般には元日の晩に寝て1月2日に起きたときに見ていた夢を言うらしいです。となると、昨晩見ていた夢のことですね。変な夢を見ました。

時代設定は高校の頃です。ただ、同級生とか先生とかが出てくるわけではありません。いや、数名クラスメートとおぼしき人物は出てきましたが、あたしの知らない人でした。

さて、夢の内容です。

ちょうど文化祭か何かの準備中で、教室の飾り付けか何かをやっているあたしがいます。クラスメートや先生の名前が書かれたプレートみたいなものを廊下の壁に貼っているのがあたしの仕事でした。何のためにそんなことをしているのか知りませんが、あたしは自分なりに一生懸命その仕事をしていたのです。

そこへ、クラスメートが一人やってきて、慌ててあたしの手から名前の書かれたプレートをひったくったのです。「あー、危ないところだった」と言わんばかりの勢いです。いや、実際そう言っていたような気もします。キョトンとしているあたしに向ってそのクラスメートは「また誰かが大けがするところだった」と言うのです。

どういう説明があったのか覚えていませんが、どうやらその少し前から、生徒や先生でケガをする人が続出していたらしいのです。幸い命に別状はないものの、人によってはかなりの大けがを負った人もいたようです。それらの人たちに共通するのは、ケガをする前にあたしと何らかの接触があったということなんです。別にトラブルとまでは言いませんが、例えば先生だと授業中にあたしを指名した、クラスメートならあたしと一緒に日直当番をやったとか、そんな些細な接触です。

しかし、何故かあたしとそういう接触というか関わりがあった後、みなケガを負っているのです。そのころにはクラスメートも先生もあたしに近寄るなという空気になっていて、誰もあたしに話しかけようとはしません。ですから、この文化祭の準備も、あたしが手にしたプレートのクラスメートや先生に何か災いが起こるのではないかと恐れて、そのクラスメートはあたしからプレートを取り上げたのです。

「あいつは疫病神だ」「あいつは呪われている」「悪魔の子だ」といった噂が学校中に流れ始めたのですが、あたしにはまるでそんな自覚はなく、クラスメートや先生のケガとあたしとの因果関係ももちろんわからないままでした。学校にありがちな都市伝説ですが、あたしはそのために学校中で村八分にされてしまったのです。

細部には、いろいろ辻褄の合わないところや、話が突然飛ぶところもありましたが、だいたいこんな感じでした。

はぁ~、これがあたしの初夢とは……

初詣って何?

元旦は、元日の朝のことなので、7時半になろうとしている今、この時間に使ってもよいのかどうか……。あたしの感覚では7時半というのは、かなり「昼間」に近い感覚なんですよね。でも、まあ、日の出が6時半ころだったと思いますので、それから1時間程度ですから、まだ「朝」と呼んでもよいのでしょう。

「旦」が朝だというのは、その時を見てもすぐにわかりますよね? 太陽が地平線からひょっこりと顔を出したところを捉えた象形文字。一日の始まりである朝を表わしたところから転じて物事の始まりなども示すようになり、「月旦」と言えば、その月の初めを言うようになり、さらには、三国時代に人物鑑定で有名な許劭が月初めに人物評をしたことから、「月旦」は人について論評することを意味するようになった、といった蘊蓄は辞書を調べればすぐに出てくると思います。そもそも「旦」という字は、「元旦」「月旦」「一旦」くらいしか熟語が思いつかないでしょうし(汗)。

さて昨晩は結局、一分一秒たりとも紅白を見ずに布団に入ってしまいました。紅と白、どっちが勝ったのでしょう?

実は昨日からまた喉の調子がおかしくなってきました。昨日は午前中にちょっと会社へ行って来たと書きましたが(書いたのはFacebookにです)、帰りのクルマの中(はい、マイカーで行ったのです!)でちょっと寒気を感じていました。もちろん会社で作業しているときは暖房を付けていましたし、クルマの中も暖房を付けていましたから、寒かったなんてことはないはずなのですが、なぜかちょっと寒気を感じながら運転していたのです。完全に治らないうちに出かけたりしたのがいけなかったのか? あるいはさらにその前日、30日に立川まで出かけたのがよくなかったのか。

とにかく、昨晩は8時すぎに寝床に入って本を読んでいたのですが、9時前には寝てしまいました。夜中に目が覚めたとき、頭が痛かったのを覚えています。今朝は、頭痛こそ収まっているのですが、喉の痛みは少し前の状態に逆戻りしています。唾を飲み込むと喉が痛みます。熱いお茶を飲むと喉にしみます。

そんな調子なので、三が日はずーっと家でのんびりしていようと思います。もともと出かける予定などもなかったので。

えっ、初詣は?

あたし、初詣って行ったことがないんですよ。いや、正確に言うと、何年前、何十年前だったか忘れましたが、一度だけ家族で行ったことがありました。原宿というか外苑前にある菩提寺に大晦日の晩に出かけて行き、その足で明治神宮へ行った、と言う記憶がおぼろげではあるのですが、あります。明治神宮がいけなかったのか、とにかく混んでいて、もううんざりだったというのが正直な感想です。何を祈ったかなど覚えていません。二度と来るものか、と誓ったのではないでしょうか。

後にも先にも、あたしの記憶にある初詣はこれだけ。ついでに言えば、徹夜をしたのもこの時が、後にも先にもただ一度のことだったと思います。あたしは初詣も生涯で一度だけ、徹夜も生涯一度しかしたことがありません。

「学生時代などに友達と誘い合って行かなかった?」というのは、あたしのこのダイアリーを読んでいる方なら愚問だということがおわかりいただけるでしょう。あたしには友達などいませんし、あたしを誘ってくれるような人はどこにもいませんから。もちろん、恋人も生涯一度たりともできたことがないので、恋人と初詣ということもしたことがありません。

こう書くと、「お前は初詣に行きたいのか?」と聞かれそうですが、決して行きたいとは思いません。あんな混んだところへ行こうという気は起きません。近所の神社なら空いているのでしょうけど、そこへも行こうという気は起きませんね。住んでいるのだから、住んでいるところの神様くらいお参りに行けば、という気が起きないわけではありませんが、正月だけ思い出して何か頼み事をするなんて、ちょっと虫がよすぎませんか? あたしはそう思います。それに、神様は決してあたしの願い事なんて聞いてくれないし……(涙)