お金の使い方

午後から人文会の行事で、吉祥寺にある成蹊大学図書館を見学に行きました。

半年ほど、いや、一年ほど前でしょうか、同じく吉祥寺と西荻窪の間にある東京女子大学の図書館を見学に行ったことがあったので、中央沿線の大学図書館二つ目になります。(そう言えば、小平市の白梅学園の高校の図書室の見学もこの間に行ってました!)

さて、成蹊の図書館です。

立派です。一言で言えばこれに尽きます。建物も立派なのですが、設備も立派です。蔵書としては、大学の図書館としてはごくごく一般的だと思いますが、館内にある自習室やゼミ室的なスペース。パソコンを置いてあるブースもあれば、コンセントや端末の充電用とおぼしき端子まで一通り揃っているようです。

これだけの設備が揃っていれば学習にも身が入るというものです。あたしが学生のころは大きな机が置いてあるだけ、個人で使う机は薄暗い部屋に蛍光灯が置いてあるだけの机が並んでいるだけ、という有り様で、勉強すると言うよりは寝るための設備と呼んだ方がふさわしいくらいでした。

それが現在の図書館は、まるで学生の待ち合わせスペースのようです。メインスペースは談笑オーケーということらしいので、かなりざわついていますが、それでもバカ騒ぎをしている学生はいません。ほどほどの節度をもって利用している感じです。むしろ、図書館にこれだけ学生が集っていることの方が衝撃でした。たまたま前期末試験の時期だからというのもあるようですが、それでもオープンスペースの机も自習スペースの机もほぼ満席で、予約の取り合いが起きているらしいです。

で、この図書館を見て、スゴイという感想と共に、図書館の予算の大半が、こういう施設やシステムに使われているんだなあ、という感想も抱きました。たぶん、あたしの学生のころの意識だったら、こんなフリースペースを設けるくらいなら書架を並べ、できるだけたくさんの本を並べる方がよい、という考えが主流だったでしょう。パソコンが普及していなかった時代と今とを比べるのはナンセンスですが、余計なことに使うよりは、できるだけ予算は書籍の購入に充てようという意識が高かったのではないかと思います。

しかし、現在はどうなのでしょう。本の購入予算と、設備やシステムにかかる予算、どちらの方が多いのでしょうか? そんなことを考えながら見学していましたが、逆に、ここまでして上げないと、いまは学生が集まらないのでしょうか? ここまでお膳立てをしてやらないと学生は図書館を利用しないのでしょうか?

本末転倒とまでは言いませんが、釈然としないものを感じるのは、あたしが古い人間だからでしょうか?

赤い人

このところ少しずつ紹介も増えている『オオカミ 迫害から復権へ』では、アメリカ大陸でのオオカミ駆除の歴史についても触れられています。それまでのネイティブアメリカンがオオカミを取り立てて駆除してはいなかったのに対し、ヨーロッパからやってきた白人たちが血眼になってオオカミを狩ったようです。

そんなネイティブアメリカンの記事を読んでいて思いだしたことがありました。あたしの心の中では非常に鮮明に記憶に残っているので改めてここに書いておきたいと思います。

ネイティブアメリカン、いわゆるインディアンです。あたしが子供のころや学生のころには、まだネイティブアメリカンという言い方は日本では人口に膾炙していませんでした。そんな高校時代に受けた英語の模試、長文読解問題のテーマはアメリカの歴史について書かれたものでした。

長文の内容は忘れてしまいましたが、インディアンがかつて「赤い人」と呼ばれていて、それが侮蔑的な意味で使われていた、というようなことが書かれていたと記憶しています。この「赤い人」は文中では「red man」と表記されていました。「r」や「m」が大文字だったかは忘れてしまいましたが、とにかく「レッドマン」と書かれていました。

英語の設問では、この「red man」に下線が引かれ、これは誰を差すのか答えよ、というような問題があり、答えはインディアンだったかネイティブアメリカンだったか、とにかくそれに当たる単語を書けばよかったのです。

ところが、ここにあたしの同級生で同じくこの模試を受けた男子がいました。彼はバリバリの自民党支持者で、共産党を毛嫌いすること甚だしい人でした。その彼は「red man」という単語を見て、「共産主義者」と回答し、見事に×をもらいました。彼曰く、「赤いやつ」といったら共産主義者しかいないと言って譲りません。

いや、この問題文には共産主義の「き」の字すら出てこないよと言っても、アメリカ人が闘った相手という、なんとなく読み取った英語の文章の大意から「アメリカの敵は共産主義」と早合点し、共産主義者を登場させてしまったようなのです。

いま思っても笑ってしまう勘違いですが、彼はその時必死の形相で主張していました。高校卒業後は逢っていませんし、風の便りも聞きませんがどうしているのでしょうね。

文庫・新書の高い壁、いや、山?

少し前に、書店では文庫や新書はレーベルごとに並んでいるけれど、内容やテーマごとに並べられないもうだろうか、的なことを書きました。それが棚管理上たいへんであることは重々承知していますが、やはり利用者目線としては、そういう置き方、並べ方の方が楽しくないか、という気持ちがあるのです。

ただ、やはりこういった考えは現実の書店現場を知らないから気軽に言えるのでしょうか? そういうあたしの考えをたしなめるかのような夢を見ました。

なぜか、あたしは本屋で働いていました。正社員なのかバイトなのか、はたまた出版社の身分のまま手伝いに行ったのか、夢の中では定かではありません。働いている本屋も知っているお店ではなく、いったいどこの本屋なのか皆目わかりません。

そんな本屋の文庫・新書の棚の前で、うずたかく積まれた新刊の山を前に途方に暮れているあたしがいました。その月の文庫・新書の新刊が同じ日に入荷してくることはありませんから、夢の中とはいえかなり特殊な状況です。見る限り、ほとんどすべての出版社のレーベルの文庫・新書が山積みになっています。それも、レーベルごとに山になっているのならまだしも、ごちゃごちゃに置かれています。取次から入ってきた荷物は誰がわざわざこんな面倒な積み方をしたのでしょうか、という気持ちになりました。

さて、開店まで時間もないのか、既に開店していたのか、夢の中ではよくわかりませんでしたが、とにかくあたしはこの山を一時間かそこらで片づけなければなりません。片づけるとはバックヤードへ運ぶのではなく、すべて棚に収納するという意味です。棚前の平台があったのかどうかは思い出せませんが、とにかく一つ一つ棚に入れていかなければならないのです。

途方に暮れつつも、あたしは最初のうちは「やはりテーマごとに並べた方がいいよね」と考えていました。だった、山の中には違う出版社、異なるレーベルとはいえ似たようなテーマの本がいくつかあったからです。これとこれを隣に並べたら両方とも買って行ってくれるお客さんもいるだろうなあとは予想できます。

でも、すぐに現実に引き戻されます。「この山をできるだけ速やかに片づけなければいけないのに、そんな一点一点テーマとか内容とかを吟味して棚に入れていくような時間的余裕はない」ということです。仕方ありません。既に店にはレーベルごとに文庫・新書が並んでいます。そこへあたしは山から同じレーベルのものを見つけ出しては並べていったのです。

短時間で効率よく作業をするには、少なくとも文庫・新書についてはこのやり方がベストだなと、自分の作業によって身を以て憶えたのです。生意気にもあんなブログを書いたあたしへの神様の当てつけというか、天罰というか、懲らしめ。夢だとわかっていながら、夢の中であたしはそんな風に感じていました。

真のカムバック

昨日のダイアリーで、タブレットが修理から戻ってきたと書きましたが、実は、ダイアリーのタイトル「カムバック」はそのことを書こうと思ったわけではありませんでした。たまたま、ダイアリーを書きながら、タブレットの設定をちまちまやっていたので、そのことを中心に書いてしまいましたが、本当のカムバックは別のことでした。

昨日のFacebookに、出社したらブラウスの袖のボタンが取れていたと書きました。たぶん、予備のボタンは裾回りのタグのところについているだろうと思い、昨日帰宅した時に母親にボタンが気づいたらなくなっていたと伝えたのです、ボタン付けておいてね、という意味を込めて。

ところが、その刹那、母親からの返事は、おまえが出て行った後、玄関にボタンが落ちていたんだよ、何のボタンかなあと思ってたんだけど、というもの。

もちろん、母親が念のため取っておいたそのボタンはあたしのブラウスのボタンと一緒です。なんと、あたしは玄関先で既にボタンを落としていたのですね。見事にボタンが見つかりました。

っていうか、どこで落としたかわからないボタンが出てくる確率ってどの程度なのでしょう? 取れそうになっているボタンを、なくすとイヤだからあえて取ってしまうということは多々ありますが、こういうケースは極めてまれではないでしょうか?

何かよいことが訪れる予兆でしょうか?

しっかり立つんだ!

社会人にとってカバンは大事な武器です。

なので、その選択には苦労します。なかなかしっくりとしたものが見つかりません。小さいと荷物が入りきらず、もう一つカバンを持つ羽目になりますし、大きすぎるとこんどは邪魔になります。ちょうどよい大きさというのが難しいのです。

あたしの場合ですと、やはり注文書などの書類が多いのと、弁当箱も入れるので、そしてタブレットも入っているとなると、そこそこの収納力が必要になります。では大容量ならよいのかと言えば、書店で注文書を出す時に弁当箱がチラチラ見えるようなのは避けたいところ。従って、注文書を入れるスペースと弁当箱などを言えるスペースとは分かれている方がありがたいものです。

で、使っていますのが、マンハッタンパッセージの製品です。これは以前にも書きました。その後、もう少し小振りのものも買いまして、ふだんはこの二つを使い分けております。

小振りというのが、こちら、上の写真、「#8170-BK」というモデルです。

そして以前にも紹介した、最初に買ったのがこちら、同じく上の写真、「#8003-k」になります。

で、どちらもそれなりに使いやすいのですが、最近になってやはりと言いますか、ちょっと気に入らないところが出てきました。上の写真を見てお気づきになりましたか?

そうです。どちらも真っ直ぐに立たないのです。表と言うのか、前と言うのかわかりませんが、両方とも荷物を入れていると、上の写真のように斜めになるのです。写真ではやや厚みのあるじゅうたんの上に置いていますからそうでもありませんが、これを板の間に置いたりすると倒れそうになります。これでは電車の網棚に載せた時にも困ります。なにせ、きちんと立っていてくれないのですから。

表側にあるポケットがメインの底部よりも1センチか2センチ高いんですよね。なので、そのぶん傾いてしまう感じです。外側のポケットもメインの底部と同じ位置に付いていれば問題ないと思うのですが。

世のビジネスカバン、カタログなどを見ると「自立」という項目があったりします。自律ではなく自立です。漢字は間違っていません。つまり何か支えになるものに寄りかからせなくても倒れずに立っている、ということです。それを売りにしているカバンも結構ありますが、マンハッタンパッセージのカバンは、辛うじて倒れはしませんが、とても立っていると言える状態ではありませんね。

どうしても使っていると、型崩れが起きてきますので、最初のうちはしっかり立っていたものも、だんだんと倒れてくるのかもしれません。なんか人間の姿、衰えを見ているようで……

勉強しないとバカになる

暇を持て余すことはありませんが、時々、つまらない話を1時間か2時間聞かなければならないようなことがあります。大勢の聴衆がいる会場ならば、タブレットで情報収集したり、あるいはこっそり本を読んでいてもバレないでしょう。そういうやって、拷問のような時間をやり過ごすことは多々あります。

そんなときに思い出すのは学生時代です。

大学の授業はほとんどが選択必修で、自分の専攻する分野の授業ばかりでしたから退屈することはありませんでしたが、一年次にはどうしても一般教養の科目を履修する必要があって、それも人文ならまだしも、社会科学や自然科学はまるっきり興味がなかったので退屈きわまりないものでした。

そんなとき、あたしはあることをして時間を潰していました。あたしの学生時代ですから、ノート派祖温も一般的にはなっていませんし、ましてやスマホはおろかタブレットもケータイもなかった時代です。今の若者からすると「それで生きていけるのですか?」と聞かれそうですが、そういうものを知らない時代だったので、なんとでもなったものでした。

で、あたしの時間潰しですが、それは数学の問題を解く、です。

あたしは文系の人間ですが、数学は好きでした。文系の問題と異なり、数学はきっちり答えが出るのが好きで、そこそこ点数も取れる教科でした。なので、大学一年生の暇な講義の授業の時は、ノートの片隅に自分で数学の問題を作って遊んでいました。

どんな問題を作っていたかというと微分積分の問題。ある方程式をX軸を中心に回転させたときにできる立体の体積を求めよ、といった類いの問題を自分で作って解いていました。いま考えると、とんでもない変わり者という気がしますが、当時のあたしはちょうどよい時間潰しとしてしょっちゅうこんなことをしていたものです。

ところが、大学四年間、二年時以降は退屈な講義形式の授業もなく、もっぱら専攻の中国思想に邁進し、大学院修士二年とそればっかりだったので、社会人になって数年こそ、まだ微積分の問題は解けましたが、いまではすっかりできません。何をどうすればよいのかすら思い出せなくなりました。

行列なんてのもありましたよね。あれも今では何が何だかさっぱりです。

そう言えば、あたしは寝起きがよくて、寝ぼけるということがなく、「起きてしばらくはボーッとしている」という状態が理解できない人間なんです。なので、かつては「朝起きた瞬間から因数分解ができる」と豪語していたのですが……

やはり勉強は一日にしてならずであり、一日でも怠るとさび付いてしまうものなんですね。

おお、キトラ!

休みの日はたいてい自宅に引き籠もっているあたしが、今日は珍しく外出。まずは午前中に三菱一号館美術館で行なわれている「ザ・ビューティフル」展を見に行きました。そこそこ混んでいましたが、展示を見るのに苦労するほどではありませんでした。

あたしなりの理解ですと、身の回りの調度品を美しいもので揃えたいという欲求があり、それに凝り出すと、こんどはそれらを収納する家具などにもこだわりが出てくる。するとこんどは、家具などを置く部屋の内装にも美しさを求めたい、そして内装がきれいになったならそれにふさわしい外観を整えたい、という感じで発展してきたのではないかな(?)と展示を見ていて感じました。

今回の展示作品よりも100年ほど昔になるのでしょうか? ジェイン・オースティンの時代は、貴族の郊外の別荘を見て歩くことが流行していたようですが、それは庭園の美しさが主だったような記憶があります。でも、そういった流れを受けての、今回の展覧会に繋がる伝統なのではないでしょうか? と勝手な解釈ですが……

展覧会の見どころページに載っていますが、個人的には、まずは「フレデリック・レイトン《 母と子(さくらんぼ)》」の女の子がカワイイです。思わず抱きしめたくなりました。そして、今回、この展覧会を見に行こうと決めた最大のポイントであるビアズリーのサロメ。これも小品ながら素晴らしいですね。見入ってしまいました。

またエルキントン社のティーセットは同じ意匠の大きさ違いのものが展示されていたのですが、ロシアのマトリョーシカのようでしたが、あたしは見た瞬間に『第三の警官』に出てきた、箱の中にちょっと小さい同じ函、さらにその中にまたちょっと小さい箱というように、どんどん小さくなって、肉眼では見ることができないほど極小の箱にまで行き着く場面を思い出しました。

その他、気になった作品では、シメオン・ソロモン「パリサイ人の家にいるマグダラのマリア」はちょっとかわいい感じ。アルフレッデオ・ギルバート「武装するペルセウス」は武装と言っても、兜をかぶり剣を持っている以外は真っ裸じゃない、どこが武装なの、と突っ込みを入れたくなります。そして、そして、今回の展覧会のイメージともなっているアルバート・ムーアの作品は「真夏」というタイトルなんですね。真夏と言えば、あたしには秋元真夏しかありません(爆)。乃木坂です。

さて、「ザ・ビューティフル」の後は上野へ移動。キトラ古墳です。

混んでいるだろうとは予想していましたが、まあ、あの程度で済んでよかったです。意外と並んでいる時間は長くは感じませんでした。連れがいたからでしょうか? 最初に大きな複製の壁画が並んでいるのですが、これはまあ本番で見るための肩慣らしならぬ、目慣らし。ふむふむ、こういういものかと思いつつ、本物の壁画へ。

いや、これは見るべきですね。ソース煎餅みたい、といっては壁画に失礼ですが、見てくれはそんな感じなのですが、そこに描かれている四神は素晴らしいです。こちらも見入ってしまいますが、混雑のため立ち止まらないでくださいと係員に誘導され、泣く泣く順路を進むしかありません。もうちょっと、あと10秒でもいいから見ていたかったです。それくらい一件の価値あるものでした。しかし、この壁画をこの状態で保存するのは並大抵のことではないだろうなあということもわかります。日本の技術をもってしても大変なのでしょうね。政府はこういうことにももっとお金をかけて欲しいものです。

さて、その後、再びの風神・雷神です。前回は金曜夕刻のナイト・ミュージアムでしたのでそれほどの混雑ではありませんでしたが、今回はやはり日曜日の昼間、前回よりもかなり混んでいます。キトラを諦めた人がこちらへ流れているのでしょうか? キトラは入場前に列を作って小一時間ほど並びますし、その後会場内も行列ができていましたが、「栄西と建仁寺」展は入場制限もありませんでしたから。

それでも、風神・雷神は存在感ありますね。前回見たときは、もう少し大きいものを想像していたのですが、案外小振りの屏風です。それでもあの存在感ですから、すごいです。

吉祥寺に行けない!

毎朝、JR中央線で通勤していますので、吉祥寺は毎日通っています。ただし、朝の通勤時に下りることはありません。それこそ気分でも悪くならない限り、あるいは会社ではなく別のところへ向かうのでなければ途中下車する理由がありません。毎朝、吉祥寺は通り過ぎるだけです。以前は、中央線が担当エリアだったので、吉祥寺の書店への営業のため月に何度も吉祥寺には降り立ちましたが、担当地区が変わって以来、下りることもなくなりました。

なにせ現在の担当は小田急線と田園都市線ですから、登戸や溝ノ口から南武線、あるいは町田から横浜線に乗って帰ることがほとんどなので、八王子、立川や西国分寺経由になります。吉祥寺の方は通らないのです。(あたしの最寄り駅は国分寺です)

それでも、新宿とか都心部の書店を営業して、そのまま帰宅という場合には新宿から中央線に乗りますので吉祥寺を通ることもあります。今日もそうでした。で、今日は吉祥寺の駅ビル「キラリナ」がオープンということで、久しぶりに吉祥寺で下りてみようかと思いながら新宿駅のホームへ向かいました。

が、なんと、やってきたのは特別快速! これでは吉祥寺は停まりません。なんという因果。意地でもあたしを吉祥寺には行かせまいという天の意志なのでしょうか?

そう言えば、中央線を営業していたときも、今日は立川、八王子に行くから特別快速が来るといいなあと思ってお茶の水駅で待っているときに限って快速しか来ない、逆に今日は吉祥寺へ向かうぞと意気込んでいるときには特別快速が来る、ということがよくありました。

あたしって、よほど中央線とは相性が悪いのか! それとも吉祥寺と相性が悪いのか? どっちなんでしょう?

ところで、あたしは別にキラリナに行って見たいというわけではなく、その中にオープンした啓文堂書店に行ってみたいだけなんですけどね。。

桜吹雪の下に

東京は桜が散り始めてきました。帰り際、わが家の近所の桜のトンネルは、夕暮れの風に吹かれ、まさしく桜吹雪の状態で、とてもきれいですが、悲しみもこみ上げてきます。

あたし、桜を見ると、どうしても切なくなるんですよね。

さすがに、満開の桜の木の下に死体が埋まっているとは思いませんが、桜吹雪を見上げながら、切なくなって視線を下に下ろすと、一本の桜の木の根元に一人の初老の浮浪者がうずくまっています。桜見物なんて洒落たことをしているわけではなく、その浮浪者は既に息絶えているのです。桜の木の根元で、幹に寄りかかって遂に力尽きそこで息を引き取ったのです。

道行く人は誰一人、その浮浪者に注意を向けません。春の宵、桜を愛でながら居眠りでもしていると思っているのか、あるいは見るからに汚いその浮浪者と関わりになるのを避けているだけなのか。

きれいな桜と花と、蝿がたかり蛆がわきそうな浮浪者の骸。グロテスクな一幅の絵画です。

しかし、浮浪者の顔をよーく見ると、どこかに見覚えがある顔です。しばし考えを巡らせて思い至りました。あたしの5年後か10年後の姿です。たとえ桜の木の下を選んだとはいえ、詰まるところ野垂れ死に。西行のように格好良くはいきません。たぶん、あたしは畳の上で死ねないのかな、そんな予感に囚われました。

こういうのを白昼夢というのでしょうか? いや、白昼ではなく夕暮れ時のことですが。

小田急線って!

久々にかなり痛む頭をごまかしながら、本日は小田急線沿線の書店の販促に出ました。

が、もうヒドいのなんのって!

頭痛ではありません。いや、もちろん頭痛もヒドかったのですが、歩くたびにその振動が頭に響いて辛かったのですが、それでも書店で営業トークしているぶんには痛みも吹っ飛ぶ、あたしって根っからの営業なのかしら(?)という具合でした。

では、ヒドいのは書店のことか、と問われれば、それも違います。ヒドいのは小田急線そのものです。

白水社からですと、JRで新宿へ出て小田急線というのが順当なのかもしれませんが、その一方、千代田線でそのまま小田急線直通というのも有力な選択肢の一つです。新宿の混雑の中での乗り換えが面倒に感じる人には、こちらの方がよいでしょう。

というわけで、あたしもだいたいこのルートを使います。千代田線には時々「多摩急行」なる種別の電車が走っています。たいていは代々木上原行きで、そこで小田急線に乗り換えなければならないのですが、この多摩急行なら新百合ヶ丘まで乗り換えなしで連れて行ってくれます。

今日の場合、新御茶ノ水駅で待っていると代々木上原行きが来る予定になっていましたが、その5分後は多摩急行でした。代々木上原行きに乗れば、たぶん代々木上原で急行とかに接続しているだろう、いくらなんでも5分後の多摩急行に乗っても同じこと、なんてことにはならないだろうと思ったのですが、代々木上原では各駅停車と待ち合わせただけで、結局この多摩急行に乗る羽目になりました。

で、多摩急行は新百合ヶ丘から多摩センターの方へ行ってしまいます。あたしは本厚木まで行きたかったので新百合ヶ丘で乗り換えです。新百合ヶ丘で乗り換えた電車は快速急行でしたが、これが藤沢行き。これでは相模大野から別れてしまうので、相模大野で急行に再度乗り換えとなります。なんて面倒なのでしょう!

さて、帰路です。海老名でJRに乗り換えて橋本経由で八王子に出るという選択肢もありますが、これは本数がどれだけあるのか、そして八王子までどれくらいかかるのか皆目見当も付きません。この選択肢はパスして小田急線を選びますが、こんどは急行の相模大野行きです。なんで、そんな中途半端なところまでしか行かないのでしょうと愚痴ってみても仕方ありません。相模大野で下りて、藤沢方面から来た快速急行に乗り換えました。

ここで次の選択です。町田で下りて横浜線というルートもあります。でも、これを選ぶのであれば海老名でJRに乗っても同じこと、それをパスした意味がありません。なので、ここは登戸まで行って南武線というルートを選択です。でも、ここで問題があります。相模大野で乗った快速急行は新百合ヶ丘の次は下北沢なんです。登戸には停まらないんです!

では下北沢まで行って井の頭線で吉祥寺経由で帰りますか? もしかすると、それが速いのかもしれませんが、ここは新百合ヶ丘で急行に乗り換えて(多摩センターの方から来た多摩急行に)、登戸へ向かいます。登戸ではちょうど南武線が来たところで、それには乗れませんでした。小田急とJRでまるっきり接続を考えていないダイヤであることがわかります。そしてこの南武線、夕方は登戸止まりがあると以前書きましたが、次に川崎の方から来た電車は登戸止まりでした。ですから乗れません。結局登戸で10分近く待ってやってきた立川行きに乗り込みましたが、こうなると、快速急行で下北沢までいてしまった方がよかったのかも(早かったのかも)しれないですね。

今日はすべてに渡って乗り継ぎが悪かったです。すべては雪のせいだ。いや、違う。小田急線のせいだ!

お前が小田急線になれていないからだ、と言われそうですが、たまに乗る人にこそ優しくあるべきではないのでしょうか、ね? とにかく、どういう乗り方が精神衛生上よいのか、まだまだ試行錯誤が続きそうです。

ちなみに、改めてルート検索をすると、一番最初に出てくるのは町田で横浜線に乗り換え、八王子経由で帰るルート、次に快速急行で下北沢まで行って井の頭線を使うルート、三番目に海老名で相模線に乗り換え八王子経由で帰るルートがヒットしました。あたしが選んだルートは4番目でした。たぶん一番乗り換えが多いので避けられたのでしょう。到着時刻で見ると、どのルートもほんの数分の差しかありません。あとは運賃次第というところでしょうか?

それにしても、諸悪の根源は小田急線!