嵐の日にカルチャークラブ

出張中です。大阪をベースに京都、神戸と回っています。月曜から来ていまして明日までです。

もうこんな出張何年もやっていますが、あたしは比較的天候には恵まれていることが多いです。一週間(営業部で言えば5日、時に6日)の出張でも雨に降られずにすむことがたびたびあります。降られても一日程ということが多いです。もちろん、大雪や大雨に当たってしまうこともありますので、すべての出張で天気がよかったとは言いませんが、北海道出張の時に爆弾低気圧とかち合ったときなど、むしろ貴重な体験ができたと思ったものです。

さて、本日です。ずっと天気がよかった今週唯一の雨となりました。それも雨の量よりも風が激しく、傘も役に立たないような天気でした。傘の骨が折れそうでした。少なくとも骨がゆがんだと思われます。まさに嵐です。

で、嵐というとストームです。そこから「確か、昔、カルチャークラブにストームなんちゃらっていう曲があったなあ」と思いながら営業していました。その曲がこちらです。

この曲が嵐とどういう関係がある歌なのかはわかりませんが、この曲が時折頭の中を流れる、そんな今日の営業回りでした。

午前と午後

このダイアリーにも、そしてFacebookにも、あたしが朝早くから起きていることは何度も書いていると思います。平日は、だいたい4時に起きますが、3時すぎくらいから目が覚めていることもしばしばで、4時を待たずに起き出すこともあります。休みの日も、前の晩がかなり遅かったりしない限りは、6時頃には起きています。

よく、休みの日は午前中は寝ているとか、夕方に起きる、なんて言うことを言う人がいますが、あたしには信じられませんし、そういう人は精神がたるんでいる、基本的にだらしのない人間だという風に思ってしまいます。そもそも休みの日に朝寝坊をすると、夜はまた眠れない、そうすると仕事が始まる朝がまたつらくなる、という悪循環。なので、あたしは昔から休みの日もできるだけ平日と変わらない時間に起きるようにしています。とはいえ、最近の平日が4時起きなので、休みの日の6時起き、6時半起きというのは、あたしからすると「相当な朝寝坊」なのですが……(汗)

朝、3時や4時から起きていると、必然的に夜は早々と眠くなります。9時くらいには寝ないと体が持ちませんから、実は飲み会というのは頭の中は寝た状態で参加していたりします。9時に寝ても、朝4時に起きたら睡眠時間は7時間です。それほど長い時間寝ているわけではありません。(睡眠時間が数時間ということを誇らしげに言う人もままいますが、あたしに言わせれば、時間の使い方が間違っているというだけです。)

で、最近なんとなく意識しているのが9時に寝て3時に起きるとか、8時に寝て4時に起きるということです。「それが何?」と言われそうですが、つまり真夜中の12時を挟んで、昨日と今日と同じ時間だけ寝ていると言うことです。

実はあたしは昔からこんなことを考えていました。「多くの人は、どうして午前中よりも午後の方を長く起きているのだろう」ということです。

平均的な日本人が起きる時間って何時でしょう? 6時頃でしょうか? あるいは7時でしょうか? 仮に6時とした場合、6時ですから既にその日は6時間経過しているわけです。午前中で考えたらもう半分終わっています。

逆に日本人は夜は何時に寝ているのでしょうか? 10時でしょうか? 11時でしょうか? これも、仮に10時とすると午後はあと2時間しか残っていません。12時間の午後のうち10時間も起きていたことになります。

午前中は12時間中6時間、午後は12時間中10時間。これが平均的な日本人だとすると、なんて午後ばかりで生活しているのだろう、という疑問が、昔からあたしの頭の中にありました。かなり小さい頃からこんなことを考えていました。起きている方がメインだと思いますから、なんか午後ばかり依怙贔屓して、午前がかわいそう、そんな風に午前と午後を擬人化して、あたしは思っていたものです。

そんなことを考えていた子供が大きくなったら、とうとう、午前と午後の起きている時間がほぼ同じような生活のリズムに達しました。これは修行によって達する極限の境地ではありませんが、ある意味、それに匹敵する自己鍛錬のたまものかもしれません。

最近はそんなことを考えて日々生活しております。

十数年ぶりの出来事

いちおう、新年明けましておめでとうございます、と書くべきでしょうか?

いや、それよりも個人的には「恭賀新禧」という四字句の方が好きですね。

それはともかく今年もいつもと変わらずに明けました。昨夜もやはり8時すぎには床に入り、そのまま本を読んでいたのですが、途中で眠くなり、確実に9時前には寝入っていました。もう数十年(?)、大晦日を起きて年越し、ということをしていないあたしです。で、夜中にも何度か目覚めつつ、結局今朝も起きたのは5時半過ぎでした。

本当に、いつもどおりの日常です。

が、ここからが例年とはちょっと異なっていました。

普段なら、ここでそのままいつものように朝ご飯、ホットココアとトーストという朝食を食べてしまうのですが、今年は妹家族が来ていて、妹と母親が朝からお節の支度をしていまして、朝からお節が食べられそうなので、日常的な朝食は断念せざるをえなくなりました。この数年、妹家族は年末はわが家に数日いて、暮れに自宅へ戻り、正月は旦那の実家へ年始の挨拶に行くというパターンだったので(妹家族の家と旦那の実家は比較的近いです)、正月のわが家は母と二人でのんびりと、それこそまるっきりいつもの休みの日の過ごし方をしておりました。あたしがいつもの通りの朝食をしているなら、母も母で元旦から洗濯機を回して、洗濯物に取りかかっているという正月元日の朝の風景です。

しかし、今年は上記のような理由で、ちょっと勝手が異なり、朝からお節となりました。別にお節といっても、いわゆるお節料理ではなく、お雑煮と煮物、それに厚焼き玉子や伊達巻き、紅白のかまぼこが並ぶ程度の至って簡単なものです。お重になんて入れませんし、手の込んだものでもありません。

とはいえ、あたしにとっては、正月の元日、朝、いつもどおりトーストを食べない正月というのは、考えてみるとかなり久しぶりのことです。たぶん、十数年ぶりのことではないかと、そんな気がします。それくらい、今年はいつもとは異なる正月のスタートとなったわけです。

だからといって、今年が変化の年になるという気はしません。やはり、何も変わることなく、例年どおりの一年が過ぎていくのだろうと思います。毎年のことですが、新年を迎えるに当たって何の抱負もありません。目標もありません。そういうものは持たないようにしています。なるようになるさ、すべては時間が解決してくれる。それが、あたしの数十年来の基本です。

4時間

このダイアリーにもFacebookにもしばしば書いていることですが、この半年くらいでしょうか、あたしはだいたい晩は9時くらいには寝てしまう生活が続いております。早い時に8時半とか8時すぎには布団に入ってしまうこともありますが、体調が悪いわけではありません。(時にはそういう日もありますが……)

単に眠いだけです。眠くなってしまうのです。

朝、3時すぎ、4時には起きる生活をしているので、晩に早々と眠くなるというのは体が正直な証拠、健康な証と言えなくもないでしょう。早く起きるから早く眠くなるのか、早く寝るから早く目覚めてしまうのか、鶏と卵のようで結論は出ませんが、とにかくこの半年くらいはそんな生活リズムでした。

9時くらいに寝ると、11時から12時の間で一回くらい目が覚めることが多いです。もう少し寝ていたとしても1時までには一度くらい目が覚めます。やや体調が悪くて8時すぎに寝てしまった時などは、夜の10時前に一度目が覚めました。

平均してみると3時間から4時間、短い時だと2時間半くらい眠ったところで一度目が覚めるという癖があるようです。別に寝付きが悪いとか、睡眠が浅いと言うことではありません。むしろその逆で、ものすごくぐっすりと寝た、よーく寝た、という感じで目が覚めるのです。

もちろん、まだそんな時間ですから、もう一度眠りに戻るわけですが、あたし自身の感覚とすれば、8時間から10時間くらい眠っていたのではないかというくらい、ぐっすり感があります。「たいていの人はまだ起きているよね」という時間に、こっちはぐっすりと寝て起きた状態だなんて、ちょっと気恥ずかしいところもありますが、とにかく最近はこんな調子で、年末年始の休暇になっても変わりません。さすがに4時には起きませんが、5時半とか6時には起きてしまいますね(汗)。

こういう生活をしていると、忘年会などの飲み会がつらいです。始まってじきにもう寝る時間、眠たくなる時間になるわけですから。

 

年末年始休暇

本日から年末年始の休暇です。

えっ、昨日は?

はい、昨日は単なる週休二日制の土曜日です。年末年始休暇ではありません、厳密に言えば。

あたしの勤務先は、社則だったか内規だったかで、12月29日から1月4日までが年末年始の休みと決まっています。これにその年その年の曜日の配列によって年末年始休暇が長くなったり短くなったりするわけです。今年は長い方ですね。

あたしの記憶に間違いがなければ、あたしが入社したころは、12月30日から1月5日までが休暇だったような気がするのですが、たまたま曜日の配列からそんな風に覚えてしまったのか、確かに当時はそうだったのか、確かめたことはありません。

いずれにせよ、休みはこのように決まっています。ですので昨日は年末年始休暇ではないと書きました。ちなみに1月5日の日曜日も年末年始の休暇ではありません。ただの日曜日です。そして仕事始めは6日からになります。

書店は、ほとんどのところが2日から営業しているようですし、ショッピングモールなど1日からやっているところに入っている書店は1日も営業のようですね。31日まで、当然のことがながら普通に営業しているわけですから、そういう書店の場合、結局のところ、年末年始の休暇がないということになりますよね。日本全国、もう少し休めないものでしょうか?

もちろん、書店は営業していても、書店員さんはそれぞれ交替で正月休みを取るわけですから、まるっきり休暇がないわけでもないでしょう。むしろ取次や出版社が休みの年末年始は、お店が忙しくても入荷する荷物がほとんどないので、意外と楽だという話も聞きます。特に普段ためてしまっている仕事や雑務を片づける絶好の時だそうです。

また、正月の混んでいる時、高い時を避け、空いている時、安くなった時に休みを取れるのは、それはそれでありがたい、という意見も聞きます。ネックは友達や家族、恋人と休みが合わない、ということでしょうか?(まあ、そういう人は少数派で、案外孤独な日常だったりするみたいですが……汗)

何はともあれ、あたしは風邪はなんとか引く寸前で踏みとどまっていますが、鼻づまりと鼻水がヒドいのに閉口しています。いや、こういう場合、閉口ではなく閉鼻と言った方がよいのでしょうか?

風呂

昨日から妹家族が来ています。年明けまでの滞在のようです。

この前も来たばかり、という気がしないでもないですが、今回はクリスマスと正月ということで、前回がイレギュラーな来訪だったようです。

前にも書いたように、妹のところの子供は女、男、女と三人。一番上の姪っ子はこんど小学生。真ん中の甥っ子はこんど幼稚園の年中さん、一番下の姪っ子が春から幼稚園に入園という年齢構成です。この三人、うちに来るとなぜかあたしと風呂に入ると言うのです。今回のように長い滞在になるとそのうちうちの母や自分の親と入ることもあるでしょうけど、なぜかあたしと入りたがるんですよ。

で、昨日、今日とあたしが三人とも入れました。一緒に風呂に入りました。甥っ子はよいのですが、姪っ子二人はどちらも髪が長く、シャンプー、リンスも大変です。こんな歳なので、体も洗ってやらないといけませんし、湯船の中で遊んでばかりいます。

考えてみますと、昔からあたしって親戚の子供の風呂入れを担当しているんですよね。いったい何人の子供を入れてきたでしょう。中学や高校の頃からですから長い歴史があります。既に、あたしが風呂に入れてやっていた子供が父親、母親になっていたりしますから、時の流れを感じます。

それえに引き替え、あたし自身はいまだに自分の子供を風呂に入れることすらできておりません。たぶん、一生そんな機会が訪れることはないのではないかと、最近は半ば覚悟しております(涙)。

路線図

書店の店頭ではカレンダー、手帳、日記のフェアが花盛りです。

スマホがこれだけ売れているのに手帳の売り上げも伸びているそうです。PCが普及してペーパーレスになるどころか、かえって企業のコピー用紙消費が増えているのと同じ構図なのかもしれません。

手帳はともかく、ここで気になるのはカレンダーです。海外では日本のようにこの時季になると無料のカレンダーがあちこちで配布されるという習慣がないそうなので、趣向を凝らした輸入カレンダーが書店店頭でも数多く並んでいます。やはりきれいですし、独特のデザインのものもありますね。ただ、日本の祝日には対応していないものがほとんどなので、見て楽しむにはよいですが、実用という点ではどうなのでしょうか? 休みの日に出社してしまったりして?

さて、そんなカレンダーですが、先週関西へ出張に行き、関西の書店店頭を見ていて気づきました。関西には鉄道路線図のカレンダーって売っていないということを。

いえ、きちんと調べたわけではありませんし、店員の方に尋ねたわけではないのですが、東京だと首都圏鉄道路線図カレンダーといった商品がありあす。たいていは一枚モノの壁に貼るタイプですが、メトロも地下鉄のカレンダーを出していますし、東京ではそれなりに需要もあるのではないでしょうか?

  

しかし、関西では監査意見鉄道路線図カレンダーといったものをついぞ見かけませんでした。

東京の方が鉄道網が複雑だから? 確かにそういう面はあるかと思いますが、関西だって十分に複雑だと思います。それに、この手のカレンダーは上京してきた人、単身赴任などで越してきた人が購入して、できるだけ迷わないようにしよう、という考えから買うというよりは、鉄道オタク的な人が購入者のメインなのではないかと思うのです。だとすれば、関西や名古屋圏のこういった路線図カレンダーがあってもよいのではと思うのですが……

寡聞にして東京(首都圏)以外は知らないので、今後も探索してみたいと思います。

 

激しい運動とは?

昨日、インフルエンザの予防接種を受けました。出版健保が行なっている接種で、会場には多くの人が来ていましたが、所詮は注射を打つだけですので、それほど待たされることなく終わりました。

渡された注意書きには、腫れたり気分が悪くなったりしたらすぐに知らせるようにとありましたが、特にそんな症状も出ず、本日を迎えております。むしろあたしが気にしたのは「今日一日は激しい運動を控えるように」という一文でした。

昨日は夕方から人文書目録刊行会の総会があり、そのまま懇親会でしたから、つまりは飲み会です。注射した晩に酒を飲んでも大丈夫なのか、そんな不安が頭をよぎりました。もちろん前後不覚、酔眼朦朧というほど酩酊するつもりはなく、現にそんなことにはなりませんでしたが、やはり薬と注射というのは食い合わせ(とは言わないでしょうが)が悪いのではないかという思いが抜けません。ただ、もし酒を飲むのがまずいのであれば注意書きに「今日はアルコールの摂取を控えるように」と書かれているでしょうから、たぶん羽目を外さない程度の飲酒は問題ないのでしょう。ちなみに喫煙についても何の記載もありませんでした。

で、あたしがもう一つ気になっているのはお風呂です。注意書きにも「当日の入浴は可」と書いてありましたが、最近はそうなんですね。あたしが子供のころは学校で風なのかインフルエンザなのか覚えていませんが、とにかく予防接種を受けた日は風呂には入れない、ということになっていました。別に一日くらい風呂に入らなくても、大量の汗をかく真夏ではありませんでしたから、あまりに気にしたことはありませんが、それでも幼心に注射をすれば風呂には入れない、という公式が強くインプットされてしまいました。

ですので、あたし、かなり大きくなってからのことですが、健康診断の項目で採血があったときに、係の人に「今日はお風呂には入れますか?」と聞いてしまいました。係の人は一瞬「この人何を言い出すんだろう」という顔をしつつも、「入れますよ」と答えてくれましたが、その時点ではあたしは採血と接種とをまるっきり同列に考えていました。

それにしても昨日の予防接種、会社の同僚は筋肉注射だから痛かった、と言っていましたが、あたしはまるで平気。そもそも目で見ていたからわかるものの、感覚では針が刺さったという実感はまるで感じられませんでした。二の腕の部分は肉がつきすぎていて鈍感になっているのでしょうか?

癌でしょうか?

何も書かないうちに「下書き保存」のはずが「公開」してしまったみたいで、失礼しました。

あたしの地元の市から「がん検診のお知らせ」というDMが届きました。大腸がんの検診を市内の指定病院で無料でやってくれるとのことです。便を取って提出し結果が出るのを待つ、ということのようです。とりあえず無料でやってくれるというのですから、何ら自覚症状もありませんが、受けるだけ受けておこうと思います。

で、検便です。

先日も会社の健康診断で便を提出させられましたが、今回の大腸がんの検診には2日分の便を取る必要があるようです。採便用器(?)を二つ渡されました。会社の健康診断では一回便を取ればよかったわけですので、やはり癌の診断ともなると慎重を期すのでしょうか?

しかし、便でわかるのでしょうか? という素朴な疑問があります。だったら、先日の会社の健康診断では大腸癌の検査ってやってなかったのでしょうか? どうせ便を取ったのですから、合わせてやってくれてもよさそうなものを、と思うのはあたしだけではないでしょう。別に便ですから、いくら提出したって減るものではありません。欲しければいくらでもあげますが、あんなものでいったいどういったことがわかるのでしょう?

大腸癌がわかるのはよいとして、便で性別とかってわかってしまうのでしょうか? あるいは職業とか年齢とか、当たらずといえども遠からずの結果が出てしまうのでしょうか? なんか怖いですね。便は何でも知っている、でしょうか? となると、変な性癖とかまでわかってしまうとか、そんなことないですよね、と言っても当たり前ですが誰も肯定も否定もしてくれません。

それにしても、便を集めて検査官はどんな風に検査するのでしょう? あたしのイメージでは白衣を着ていて、メガネで、マスクをした、化粧っ気のない、ストレートの黒髪を無造作に後ろで一つに束ねている女性が集められた便の山を前にして、一つ一つ丁寧に便を取り出している姿が浮かびます。理科室みたいな部屋で、さぞかし臭い匂いが充満している部屋でしょうね。手元を誤って、便が白衣に付いてしまうこともあるのではないでしょうか?

取り出した便をジッと見て、匂いを嗅ぎ、それだけで被験者の健康状態をズバリ言い当ててしまう、そんな人間離れした技を持つ女性検査官(年齢不詳)が黙々と次から次へと便の用器を処理している図が浮かびます。そして時折、氷のような笑みを浮かべ、心の中でこっそりと「お前はあと半年で死ぬぞ」「ほほお、そんな性癖を持っているのか」と独りごちている状況です。

ちなみに、あたしの父は脳梗塞が進行していたのもありますが、医者の話ではたぶん癌が進行していたらしいとのことです。最後の半年で一気に痩せてしまいましたから、それもうなずける話です。父の姉も父とほぼ同じ60で亡くなっていますが、悪性リンパ腫でした。母方も祖父が癌で亡くなっていると聞いています。

あたしは父方、母方どちらをとっても癌の血統のようです。ある日突然発症し、医者の診断では余命半年、なんていうのもありえるかもしれません。個人的には人々の前から風のように消えていなくなる、というのに憧れているので、それはそれであたしには嬉しい状況なのですが……

 

脇腹へ

喉の不調から来る咳のしすぎで、腹筋が痛かったのは数日前までの話。この三、四日はほとんどぎっくり腰状態で動作も緩慢になっています。寝っ転がっている姿勢から起き上がるのに、ふだんなら一瞬で済むところ、現在はその20倍近い時間がかかっているのではないでしょうか? 起き上がり方を間違えると、腰の痛みでそれ以上動きが取れなくなり、にっちもさっちもいかなくなります。

とまあ、ほとんどろくに動けない状態ですが、その痛みが本日は左ワキに来ています。脇腹よりちょっと上、ちょうど肋骨が湾曲している部分がものすごく痛んでます。肋骨が折れて肺に刺さる、なんて時に聞きますが、そんな痛みです。もちろん、あたしはそんな体験したことないですし、実際に折れて刺さったならこんな痛みでは済まないことは理解しています。それでも、ワキがかなり痛いです。それも左側だけです。右側は何ともありません。たぶん、腰をかばって起き上がる時、やはり利き腕というか、起き上がる向きがあるのでしょうね。そのせいで左のワキに無理がかかっているのではないでしょうか?

とにかく、今日は医者へ行き、これでもかというくらい薬をもらいました。飲んですぐに効くほど強力な薬ではないでしょうから、一両日は咳も治まらないのではないかと思いますが、それでも今回の喉の不調が始まった頃に比べると、喉の痛みはほとんどないですし、喉はだいぶ楽になっています。いまは喉よりも腰です。こちらの方がつらいです。

腰回りから大腿部にかけて痺れるような時もあります。汚いたとえですが、お腹が痛くてトイレに行きたくなる前に、おしりから足にかけて震えが来ることがありますよね、そんな感じです。なんとか、この三連休で治さないと!