坂道の少女

前回のダイアリーで渋谷と欅坂46の間柄について触れました。散々指摘されているので触れませんでしたが、彼女たちのデビュー曲のMV、撮影場所が渋谷です。

先に取り上げた朝日新聞の記事で宇野常寛は

同曲のミュージックビデオの撮影場所に渋谷の大規模再開発地が選ばれているのも、極めてコンセプチュアルだ。二流国に転がり落ちた現実から目をそらすように強行されている、見た目だけ景気の良さそうな首都改造は、現代日本の空回りの象徴のように見える。

と述べています。他の論者も、管見の及ぶかぎり、このMVの撮影場所を取り上げる場合、今この時にしか見られない光景、風景といったことを指摘していたと思います。

が、考えてみますと、乃木坂46にしても欅坂46にしても、「自分たちはまだまだ坂の途中にいて、さらなる高みを目指して努力していかなければ」というコンセプトを持っている気がします。となると、渋谷という土地もきわめて象徴的ですね。

なにせ、渋谷も宮益坂、道玄坂など坂には事欠かず、その中心に位置する渋谷駅、まさしくMVの撮影場所がその底になっているわけですから。特に欅坂46のジャケット写真は、この渋谷の底よりもまだ低い渋谷川です。底も底、まさしくドン底から這い上がっていく彼女たちを象徴しているような気がします。

こういう書き方をすると、日本人の多くは司馬遼太郎の『坂の上の雲』を思い出すのでしょうか?

  

近代日本の歩みと乃木坂46、欅坂46の軌跡と重ね合わせるというのは、あまりにも齟齬が大きいでしょうか? あたしなら間違いなくこちらを思い出します。

沢田聖子の『坂道の少女』です。彼女のデビューアルバムのタイトルであり、同アルバム収録曲でもあります。

この曲の坂道は、突然街に現われた大人の女性に夢中になる彼氏を見つめる、まだ幼い主人公(たぶん女子高生?)の目線で描かれた世界です。決して坂道が舞台として出てくるのではなく、この歌における坂道は「まだまだ女性として未熟な幼い自分」と「成熟した大人の女性」との対比、そんな大人の女性という高みを目指しつつも手が届かない今の自分の情けなさと歌っています。

ジレンマ、もどかしさといったところでしょうか? だから、乃木坂、欅坂の坂とはちょっと意味が異なるとは思いますが、やはりこの曲を思い出してしまいますね、あたしは。

朝日新聞は坂道シリーズがお好き?

下の写真は、本日の朝日新聞夕刊のサブカル欄。

しばしば宇野常寛が登場してはアイドルを語っているのですが、彼は根っからのAKBヲタだったはず。それが本日は欅坂46を取り上げています! まあ興味のない人からすれば、取り上げているのは秋元康のプロデュースになるグループの歌詞についてなので、48グループだろうと、坂道シリーズだろうと同じなのかもしれませんが、坂道派は、ここを一緒にされるのを極度に嫌いますね(笑)。

で、まあ、写真入りで欅坂が載っているし、今年の新年の紙面でも乃木坂46が大きく取り上げられていましたので、ここ最近の朝日新聞はヲタ目線で言うと、AKB48グループよりも、坂道グループを推している感じを受けます。いえ、あたしの勝手な思い込みですが……(汗)

語彙検定に乃木坂46のメンバーが参加していたり、というコラボもある反面、ここ最近は木村草太、津田大介などとAKBのメンバーが政治を語っていますので、完全に「坂道」にシフトしたわけでもないようですが。

でも、今日の朝日新聞夕刊はこれだけではありません。上の写真は、社会面に載っていた記事です。欅坂ファンならわかりますよね? 渋谷川です。

えっ、わかりません? こちらをご覧ください。

上の曲、欅坂46の曲で「渋谷川」と言います。はい、欅坂とは言いながら、デビュー曲に関しては渋谷との親和性が高いグループなんですよね。

きっと当たらない……(;_;)……かな?

続けざまにセブンイレブン絡みのダイアリーではありますが、別にあたしはセブンイレブンの回し者ではありません(笑)。親戚がセブンイレブンに勤めているとか、近所のセブンイレブンのバイトの子がカワイイとか、そんなこともありません。ただただ単純に、これです。

今年も乃木坂46とセブンイレブンのコラボがあるのです。上の写真は、近所のセブンイレブンに置いてあった、そのチラシです。今回の十福神は卒業を発表した深川麻衣やキャプテン桜井玲香が抜けていて、斎藤飛鳥や星野みなみが加わっていますね。

チラシをめくると、まずは3周年ライブのBlu-ray、DVDの告知です。3周年ライブは昨年、西武ドームで行なわれ、当日はスカパー!で生中継もありました。7時間か8時間にわたる長いライブでした。その後、休憩時間を端折ったバージョンで再放送(スカパー!で)もされています。

これは自宅のHDDに録画してありますが、満を持しての円盤が発売になるわけですか。たぶん舞台裏とかの映像もあるのでしょう。しかし、セブンイレブンでの購入特典が「乃木坂46店」での買い物券とは……。それも10月に都内某所で一日だけオープンするお店ですよ! 限定1000名様ですから、メンバーとはものすごく近くで逢えるので、ファンにとっては嬉しいでしょうけど、まず抽選には当たらないでしょう。

続いてはセカンドアルバムの告知。この特典は、限定ライブ招待、あるいは生写真です。ライブは「もれなく」とありますから、どうしても行きたい人には購入価値があるでしょう。ただし、先着4万枚限定。それが手に入るのか……。現時点でサイトを見ると、まだ購入できるようなので4万枚には達していない模様ですね。即日完売になると思っていましたけど、意外と売れ行き低調なのでしょうか?

あとは生写真。これもファンはコンプリートしたいところでしょう。個人的には「西野七瀬、秋元真夏」ペアがいいですね。乃木坂の歴史の中でこの二人の関係は避けて通れないストーリーを持っていますから。

そしてチラシの裏面はもう少しささやかなコラボ企画の告知。すべて5月20日からのようですが、まずは、サンドイッチと野菜ジュースで生写真がもらえる、という企画。

とは言っても、各店先着60枚。わが家の近所のセブンイレブンにもちゃんと60枚来るのでしょうか? どんだけ野菜ジュースを飲めばよいのでしょうか?

それからお菓子を買ってもらえる缶バッジ。ついでお菓子バックを買うともらえるうちわ。うちわは、「西野・若月・桜井」の「無口なライオン」トリオに井上小百合が加わったものが気になります。古参ファンなら「生生星」のうちわを欲しがるのでしょうか?

これらも個数限定だから、買いに行ったらもう売り切れているんだろうなあ……(涙)。いや、わが家の近所なら、意外とすぐには売り切れないかも? 前回のお菓子を買ったらもらえる生写真、始まって数日はまだ残っていましたから。ただ、メンバーによっては瞬殺だったようですけど。

そして、チラシの最後は、コンサート会場で売られるグッズの販売。いくつかあるので好きな物を買えばよいのでしょうが、全部買うとポスターがもらえるという「悪魔のささやき」が……

それと目覚まし時計の販売。選んだメンバーの声で起こしてもらえるなんて、オタには垂涎の品。しかし高い。ランダムボイスタイプでも5500円とは。

ちなみに、このチラシには書いていないのですが、サイトにはコラボ納豆の発売も予告されています。別におまけが付くわけではなく、パッケージに乃木坂メンバーのイラスト(なあちゃん、いくちゃん、まいやんの3人)があしらわれている、というだけの代物です。

街の本屋さん

セブンネットショッピングで人文会フェア開催中です。とりあえずは「哲学・思想・心理」のフェアですが、この後、歴史や宗教なども続く予定です。乞うご期待!

で、セブンネットショッピングって、つまりはセブンイレブンのネットショップなわけで、セブン&アイ・ホールディングスが一緒になって、「オムニ7」として大々的に展開している感じです。ですから、セブンイレブンのネットと思う人もいれば、イトーヨーカドーのネットスーパーだと思っている人もいるのではないでしょうか? トップページのメニューをアカチャンホンポロフトデニーズもありますから、切り口によって表情が異なりますね。

さて、そんなセブンネットショッピングが人文会のフェアをやっているとはどういうことか? いや、そもそも人文会のフェアだけでなく、かなりたくさんのフェアをやっているのがわかります。ラノベや書評のフェアの売り上げがよいみたいですね。残念ながら人文会フェアはまだ地味で、浸透していないのでしょうか?

しかし、考えてみると、これは予想された結果だと思います。そもそも人文書を買うお客さんって、アマゾンを含めたネット書店を使うよりも紀伊國屋書店とかジュンク堂書店など、リアル書店を使う人の方が多いはずです。いや、そんなナショナルチェーンでなくとも、地元の老舗書店で買ってくれているお客様が多かったのです。

そして、少しずつ変わってきているとはいえ、やはり年齢層は高め、ネットでの買い物にはあまり慣れていない方が多いというのも、当たらずといえども遠からずではないでしょうか? だからネットで人文書、専門書を扱ったって売れやしないのは火を見るよりも明らかなのです。

でも、その一方で、街から本屋がどんどん消えていくという現実もあります。それによって、これまで人文書を買ってくれていた人が本を買わなくなってしまう、という現象は統計があるわけではありませんが、実際に起こっていると思われます。そういうお客さんたち、全員とは言いませんが、かなりの高確率で近所に本屋があれば本を買ってくれるはずです。

しかし、近所にある本屋はコミックや雑誌ばかり、そういうお客さんの需要に耐える品揃えではありません。やや大きな店舗でも、その傾向はありますから、たまに東京に来たときに大きな本屋によって本を買うという声も聞くくらいです。ここが、アマゾンの付け入る隙なのでしょう。

が、セブンイレブンが本気で本を売り出したらどうなるでしょうか? 確かに、セブンイレブン店頭に人文書を並べるスペースはないでしょうし、並べても売れないでしょう。でも、セブンイレブンで気軽に本が注文できるとなったら、アマゾンにとってはかなりの脅威になるのではないでしょうか?

昨今は公共料金の支払い、ちょっとしたお総菜の購入など、お年寄りでも気軽にコンビニを利用している時代です。また女性も宅配で自宅に届くよりは、防犯上も自分で近所のコンビニへ取りに行く方を選ぶ傾向があると聞きます。うーん、お年寄りにも気軽に使ってもらえる、若い女性も利用するというのはアマゾンにとってはものすごい驚異だと思います。

では、セブンイレブンが、否、セブンイレブンに限定せず広くコンビニが、街の本屋さんとして認知してもらうには何が足りないのでしょうか? それは「コンビニで本が買える」ということが知れ渡っていないことではないでしょうか? 確かに、大型書店のように実際にその本を手に取って中身を確認して買うとか、並んでいる本のカバーを見て気に入った、オビの文句に惹かれた、というのはできないでしょうが、「コンビニでも本が買えるんだ」と認知してもらうためには、まだまだいろいろとやれることがあると思います。

コンビニと一緒になった本屋と言えば、既にフタバ図書が展開しているようですが、やはりある程度の面積と周辺人口が鍵になると思います。そうではなく、いまやコンビニが片田舎にまで出店している状況を考えると、そういう立地のコンビニすら本屋だと認知してもらえるようなキャンペーンが必要なのではないでしょうか?

そう言えば、苛酷な勤務状況が問題となったことがありましたが、各地で街の酒屋が廃業し、そのままコンビニに代わっていった時期がありました。こんな感じで街の本屋がコンビニに代わるということもありなのかもしれません。難しい問題が山積していますが、将来性はあるのではないか、そう思いますし、コンビニが本気で本屋になるのを恐れているのはアマゾンなのではないかと思います。

五月人形は怖い?

五月人形の表情がかわいくなっているというニュース

あの人形って魔除けの意味があったと思うので、だから勇ましい顔立ちだったと思うのですけど、それが優しく、可愛らしくなってしまったら、魔除けの意味がないのではないでしょうか?

と、最初にこのニュースを聞いたときは思いました。そして、それと同時に思い浮かんだのは、ジャポニカ学習帳の表紙の写真。

これも以前に、「昆虫の写真は怖い」という意見が寄せられて、昆虫の写真を使った学習帳が消えたというニュースがありましたね。この時は、親、特に母親が虫が苦手だからといって、子供のノートの絵柄にまで嫌悪感を示すのはどうかと思ったのですが、カワイイ路線はドンドン拡大の一途のようです。

この二つのニュース、人形の顔つきと昆虫の写真とでは事情は異なりますし、虫をかわいらしく描いて虫でなくなってしまったら本末転倒ですから、なかなか難しいところですが、どちらにせよ、あたしの最初の感想は「愚かしい行為だな」というものでした。自分の好き嫌いを子供に押しつけるなんて、と思いました。五月人形にしろ昆虫の写真にしろ、子供自身がどう思うか、どう感じるかが肝心なのではないでしょうか?

と考えながら、「でも、母親が嫌うものは子供も嫌うかな?」と思ったりもします。子供も母親に好かれたいと思えば、自分の感情を押し殺して母親の好みに迎合することはあるようですから、本当は虫の写真が表紙になっているノートが欲しくても、それを言い出せないということはあるかもしれません。

が、このニュースを聞きながら、しばらくしてあたしは考え直しました。

この二つとちょっと異なるのですが、子供のころ、わが家の書架にあった偉人伝の表紙が怖いということを書きましたが、それを思い出したのです。当時の偉人伝は、かなり劇画調のイラストで、シュヴァイツァーやヘレンケラーなどが描かれていました。ブスッとして怖そうな爺さん、婆さんの絵、子供には正視に耐えませんでした。

だから、最近のゲームに出てくる歴史上の人物のイラストはイケメンだったり、文庫本の表紙もイマドキのイラストになっていたりするのですよね。

さらに思い出すのは、偉人伝の表紙だけではなく、小学校のころの音楽室に飾ってあった音楽家たちの肖像画です。ベートーヴェンやバッハなど、ものすごく怖い顔が、それも一人や二人ではなく大勢で教室の上の方から見下ろしている音楽室は、それこそ学校の階段でした。あれを怖いと感じたことのある小学生はかなり多いのではないでしょうか?

とまあ、偉人伝や音楽室など、親の好みとは関係なく怖く感じるものってたくさんあるわけで、五月人形や学習帳にクレームを付ける人も、自分が子供のころそういう思いをしたからなのでしょうね。

それにしても、音楽室の肖像画って、今も飾っている学校が多いのでしょうか? あれって文部省の指導があったのでしょうか?

ゴーストバスター・ナンシー?

最近よく見る夢。

いや、以前からしばしば見たりしていましたが、最近特によく見るのです。

どんな夢かというと、あたしが悪霊を退治する夢です。テレビや映画の影響ですが、その悪霊というのも貞子だったり、伽耶子だったり、あるいはゾンビやダミアン、ジェイソンにフレディといった有名キャラも多数出てきます。

で、あたしは、彼らを退治するのですが、別に呪文を唱えて滅ぼすわけでもなければ、正義の剣で悪霊を刺し貫いて倒すわけでもありません。

では何をするのかと言えば、手にしているペットボトル、500mlだったり350mlだったり、大きさはまちまちです。先程まで中身を飲んでいて、空になったペットボトル、その中に悪霊を閉じ込める、吸い込むだけなのです。

「そんなことしてどうするの?」と思われるでしょうし、夢の中であたしが助けてあげた人たちも「それ、どうするの?」という顔をするのですが、あたしは悪霊を閉じ込めたペットボトルに蓋をすると、それを自宅へ持ち帰るのです。そして、自宅に着くとおもむろにペットボトルの蓋を開け、悪霊を自宅に放します。

そんな風にして連れてこられた悪霊たちが、わが家にはそこらじゅうにいます。でも、あたしには逆らえないので、取り憑いたり祟ったりできません。もちろん結界が張られているので、わが家から出て行くこともできません。そんな風にして半月から一か月もすると、いつの間にか成仏というか、悪の力が枯れて、悪霊たちは姿を消してしまうのです。

といった夢を最近よく見るのです。夢の中であたしは、別にそういうことを職業にしているわけではなく、あくまで本業は出版社の会社員です。でも、ゴーストバスター、悪霊ハンター、悪魔払い師としての噂が口コミで広まり、日本国内はおろか海外からも、悪霊退治の依頼が舞い込む始末。夢の中では、洋の東西を問わず、ほぼどんな悪霊や悪魔にも対応可能。

ゾンビに咬まれるとゾンビになってしまうという設定が映画などには多いですが、夢の中のあたしは体の中にゾンビに対する抗体を持っているのか、ゾンビに噛みつかれても平気で、逆にゾンビがあたしの体内のエキスを摂取して灰になってしまいます。

悪霊と相性がよいのか悪いのか、とにかく最近はこんな夢をしょっちゅう見ています。

日本のことなのか中国のことなのか?

中国 消し去られた記録』を読んでいます。時事通信の記者である著者が中国赴任中に配信した記事と、その解説、背景説明などを織り交ぜたノンフィクションです。

まだまだ最初の方を読んでいるだけなので感想は控えますが、冒頭から習近平政権になって締め付けが厳しくなっているという話題の連続です。しかし、こういった記述を読んでいるときに、ふと思うのは、自民党の憲法草案です。個人の権利よりも国を優先し、「国民は黙って言うことを聞いていればよいのだ」といった高圧的な態度。ちょうど前日に報道特集で取り上げていたこともあり、本書を読んでいると、これはいったい中国のことなのか、それとも日本のことなのか、わからなくなってきます。

どうして、こうも同じような方向へ向かっているのでしょうね、東アジアの両大国は。

満月のくちづけ

ちょっと前にWOWOWで放送されていた「満月のくちづけ」を視聴。

1989年の作品だそうですが、当時こんな作品が公開されていたなんて、まるっきり記憶にありません。今も昔もそうなのですが、あたしがあまり深津絵里に興味がないからかもしれません。

で、本作はホラーというよりは、アイドル映画の一種なのではないでしょうか? だってプロデュースが三宅裕司ですし、小倉久寛も出てくるし、そもそもほとんど怖くないので。

ストーリーは、深津絵里扮する女子高生が寺脇康文扮する学校の美術教師に淡い恋心を抱くという、ピュアな純愛ストーリーっぽいのですが、だったら、その線で行けばよかったのに、中途半端にホラーにしてしまったからずっこけてしまってます。冒頭の湖のシーン、あの少年は何だったのか? 友達と一緒に呼び出した悪霊は本当に呼び出せていたのか? 何人も死んでいるのに、死体が一切見つからないのはなぜか?

といった疑問が多々あります。フツーの感覚として、クラスメイトがいなくなったとして、一時間程度ならサボリと考えるでしょうが、その後一切現われなかったら、警察に相談するものではないでしょうか? 主人公たちは仲良し四人組のようですが、その中の一人がいなくなっても特に日常に変化があったようには思えません。

プールに浮いていたウサギの死体だって、当然警察が動く案件のはずです。もちろん私学ですから、学校のイメージダウンを気にして、あえて外部には漏らさないというのはありでしょうが、先生がいなくなっているのに(悪霊に殺された?)、学校がいつもどおり運営されているのもおかしなものです。挙げ句の果てに、教室内で火を焚いている寺脇康文。

結局、悪霊っていたの? 主人公たち以外の生徒にとって、この一連の事件はどう受け止められていたのか、まるでわかりません。もし、これで多感な時期の少女の揺れる心の内を表現しているのだとしたら、あまりにも雑な描き方だと思います。

これは熱烈な深津絵里ファンなら見逃せない、若かりし深津絵里の想い出でしょうが、ホラー映画ファンとしては、これをホラーにカウントするのは無理です。やはりアイドル映画ですね。深津絵里の若さは弾けていますし、確かにかわいらしく撮れているとは思いますが。

西と東のシンクロ?

天使とは何か』を読んでいて気づいたことがありました。

同書89ページに音楽の快楽について述べている箇所があります。若干ニュアンスは異なるのですが、このあたりの記述は、孔子がすばらしい音楽に感動して食事をしても味を感じなくなってしまったというエピソードを彷彿とさせます。

そしてもう一つ。

91ページ以降の楽器を手にする天使たちの記述。記述はともかく、同書に収められた図版を見ているだけでも、日本人なら誰しも平等院鳳凰堂の「雲中供養菩薩」を思い出すのではないでしょうか? 残念ながら本書はキリスト教世界における天使に関する書籍なので、こういった東西文化のシンクロについては何の言及もありませんが、これはこれで調べてみたら面白いテーマになるのではないでしょうか?

そう思いました。

俺たちは天使だ!

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