語学読み物、復権?

このダイアリーでは過去に二回ほど対訳語学参考書について書いています。一つはフランス語の対訳参考書について、もう一つはロシア語の対訳参考書についてです。どちらも純然たる語学書と言える造りの本でしたが、最近また、こんな本を発見しました。

現代書館の『ボンヘッファーを読む』です。副題は「ドイツ語原典でたどる、ナチスに抵抗した神学者の軌跡」ですから、ドイツ語の対訳読み物のような感じです。

開いてみると、形こそ対訳ではありませんが、語学参考書の体裁にはなっています。それにしてもボンフェッファーとは……

ボンフェッファー、知っている方、どのくらいいるのでしょうか? ドイツ現代史やナチ、第三帝国などに関心のある方であれば知っている人の割合はかなり高いと思いますが、一般の方の中では知名度はそれほど高くないと思います。ですから書店で人文のドイツ史の棚であればボンフェッファーの名前に反応する人も多いでしょうが、語学書の棚ではどうなのか、多少の疑問はあります。

  

とはいえ、これまでのドイツ語対訳学参と言えば、あたしの勤務先から出ている『聞いて読むドイツの詩』や『聞いて読む初版グリム童話』といったあたりが主流で、『レクラム文庫をドイツ語で読む』などはかなり異色だと思っていました。それがとうとうボンフェッファーの読み物が出てしまうとは!

これって、仏露もそうでしたが、語学の読み物、対訳であるかないかを問わず、そういったものがやはり復活、復権しているということでしょうか。

寝るのが遅くても早く目が覚める!

早く寝たら早く目が覚めてしまうと書いたばかりなのですが、どうもそうではないようです。

昨晩は版元仲間との飲み会で、自宅に帰り着いたのは11時くらい。既に飲んでいる時点であたし的には寝る時間に突入していたのですが、そうも言ってはいられません。楽しい一時でした。

で、帰宅後、風呂、そしてメールチェックなどをこなし、寝床に入ってちょっと本を読み、たぶん眠りついたのが日付が変わるころ。

それなのに、それなのに、今朝も3時すぎには目が覚めてしまいました。別に目覚ましなんかかけていないですよ。自然と目が覚めてしまったのです。

もう、ここまで来ると、体のどこかが悪いのではないか、そんな気さえしてきます。

そんなに問題なのかしら?

今朝の朝日新聞です。

カルタの文句が問題となったみたいです。「強いコシ 色白太目 まるで妻」っていう句がそれほど問題なのでしょうか? ここまでいくと、何を言ってもセクハラと言われてしまいそうですね。

ただし、記事によると、既に少し前に「色白でスタイルのよい方」を募集したのが問題になったという「前科」に懲りて用心したのだとか。しかし、考えてみれば、お米のイメージガールであれば「色白」であることは必須だと思うので、スタイルが問題になったのでしょうか? 昨今のこの手問題は、いちゃもんを付けたもの勝ちという空気があって、ちょっと嫌です。

ちなみに、この句が問題というのであれば、亭主のことを「濡れ落ち葉」などというのもパージされるのでしょうか? 全体的に女性の容姿については厳しく、男性のそれには緩い印象を受けるのはあたしだけでしょうか?

早く寝ると、早く目が覚めるものよね……

昨日は一日体がだるかったです。

疲れと言うよりは、風邪の引き始めなのかもしれません。

が、たぶん、体力とか肉体的なものではなく、もっと精神的なものが原因なのではないかと思っています。いや、ほぼそうだと確信しています。

だって、あまりにもショッキングなことがあって、だから精神的にものすごくダメージを受けていて、ちょっとやそっとじゃ立ち直れないのではないか、という感じなんです。

とりあえず仕事はしていますし、会社にも行っていますし、人の面前では元気に振る舞っていますが、どんよりとした気怠さ、肩にずっしりとのしかかる重さ、すべて気分的なもの、精神的なものだとわかっているのです。

でも、吹っ切れない……

で、そんなわけなので、昨日は早々に床に入りました。8時すぎには布団に入り、いつものように読書です。でも8時半前には眠くなって寝てしまいました。

小学生か、という突っ込みは置いておき、そんな時間に寝てしまったので、今朝は3時前に目が覚めました。6時間から7時間程度の睡眠時間ですから、決して寝過ぎということもなければ。寝不足ということもない睡眠時間でしょう。

さすがにすぐには寝床からでたりはしませんでしたが、3時半すぎには、もう完全に起きるモードになっていて、4時前に布団から出ました。そんなわけで、今度は逆に今日の昼間に眠くなりました。例によって、体のだるさは継続中です。

風邪ではなく、気分的、精神的なものなので、寝てても悶々、起きても悶々。

こういう状態が長引くと、本当に風邪を引いてしまうのでしょう。なんとか吹っ切らなければ!

実はあたし、平安時代を生きています!

いま読んでいる『性のタブーのない日本』に面白い記述がありました。

貴族社会の人間関係、特に友達関係について述べているくだりです。

この時代の貴族にとって、人間関係というのは身内の家族と、社会的な関係だけなのですね。(P,159)

つまり平安時代の貴族には友達というものがいない、あるのは主従関係、上下関係だけだと言うのです。この部分を読んだとき、「なんてあたしにそっくりなんだ!」と思いました。なぜなら、あたしも人間関係というのは「家族・親戚」「(仕事などで)知っている人」のみだからです。

もちろん現代を生きるあたしには役職上や立場上の上下というのはあっても、人間としての上下ではありませんから、厳密には平安時代とはまるで異なるのですが、家族と社会的な関係しかなくて、友達がいない、友達という関係性を作るすべがないというのは、そのままあたしにも当てはまります。

そうか、あたしは平成の世だというのに、一人だけ平安時代を生きているのかとちょっと納得しました。

ちなみに、あたしにとって人間とは「家族・親戚」「知っている人」「知らない人」の三種類しか存在しません。「毎朝の通勤で見かける人」は、確かに顔くらいは見覚えがあるので「知っている」と言えそうですが、名前を知っているわけでもなければ話したこともないので、あたし的には「知らない人」のカテゴリーに入ります。

つまり、友達はいない、ということです。

忘年会とは、その一年の嫌なことをすべて水に流してしまうために存在するのでしょうか?

今宵は勤務先の忘年会でした。例年よりもちょっと早いかな、という気もしますが、部員の都合を斟酌していくと、こんな日取りになってしまったようです。

会場は「KIHACHI」の青山本店。

こりゃまたずいぶんとオシャレなところで、豪勢な忘年会ですな、さぞかし儲かっているのでしょう、と言われそうですが、さにあらず。あたしの勤務先の忘年会は毎月部員全員で積み立てているお金を原資としているので、あくまで支払ったお金の回収でしかありません(涙)。まあ、そんな言い方をしたら身も蓋もありませんが。

しかし、これまで生きてきて、別に忘年会だからといって忘れたいことがあったわけではなく、単なる暮れの飲み会でしかなかったのですが、今年は思いっきり忘れたいことがありました。

いや、忘れられない、でも忘れないと次へ進めない。と言われても、そう簡単に吹っ切ってしまえるものでもなく、少なくとも年内はずーっと引きずったままになりそう。

次の一歩をどっちの方角へ踏み出せばいいのやら、それすらも定まらない状態なんです。

死にたいとは思いませんが、何のために生きているのだろうとは思います。

リアル・アニマルって?

紀伊國屋書店の新宿本店4階で「リアルアニマルフェア」をやっています。同店のウェブサイトによると

第2期では恒例のジャガード織ネクタイやホッキョクグマのぬいぐるみなど、プレゼントにもぴったりのアイテムが入荷する予定です。

とあったので、どれだけ「リアル」なネクタイが置いてあるかなと期待して、営業回りにかこつけて覗きに行ってみました。が、基本的にはカロラータの商品のフェアです。ネクタイも、あたし的にはビミョーな……

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灯台下暗し、的な……

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