地デジよりスカパー!の乃木坂派

今日は祝日と言うことでテレビ朝日系では正午から「MUSIC STATION ウルトラFES」を夜の10時まで放送する、いや、今もしているわけですが、最初の小一時間ほどを視て嫌になりました。10時間もあるからということなのでしょうか。どうも進行がダラダラしている気がします。冒頭で近藤真彦が「さっさと歌のスタンバイさせてください」と言っていたのがこの放送のすべてを表わしていた気がします。たぶん、その後は視ていませんが、同じような進行なのでしょうね。

で、個人的には乃木坂46が出るというので視ようとは思っていたのですが、ウェブサイトを視ても、データ放送画面を見ても、出演者情報はあっても何時頃に出演するのかの情報は見当たりません。これは結局、好きなアーチストのところだけを視ようとする視聴者対策なのでしょうね。フジテレビ系の「水曜歌謡祭」と言い、昨今の歌番組、制作側の能力が極端に落ちている気がしますね。

で、肝心の乃木坂ですが、たぶんもう出たのでしょうね。一曲だけのパフォーマンスですから、気をつけていないと見逃す確率が大でしたから。でも、いいんです。あたしはスカパー!を視ていました。今日の午後、CSの「MUSIC ON! TV」は乃木坂特集です、いや、でした。この特集自体は既に何回か放送されているものですが、今日のスカパー!は無料放送日。過去、無料放送は何度もありましたが、その日に乃木坂特集が放送されていたかは知りませんが、乃木坂46ファンなら、テレビ朝日になどにチャンネルを合わせるよりも貼るかに充実した午後を過ごせたのではないでしょうか?

はい、過去形で書いているように、昼の12時から2時間ずつのPV特集番組が2本放送され、午後4時からは個人PV特集の番組が6時まで2時間、トータル6時間にわたる放送です。ちなみにPV特集でオンエアされた曲は同局のウェブサイトに載っていまして、それによると最初の二時間、第一部は

ぐるぐるカーテン/会いたかったかもしれない/乃木坂の詩/失いたくないから/おいでシャンプー/偶然を言い訳にして/水玉模様/走れ!Bicycle/涙がまだ悲しみだった頃/音が出ないギター/人はなぜ走るのか/
制服のマネキン/指望遠鏡/春のメロディー/ここじゃないどこか/君の名は希望/シャキイズム/13日の金曜日/でこぴん/ガールズルール/世界で一番孤独なLover/バレッタ

で、次の2時間、第二部は

月の大きさ/そんなバカな・・・/初恋の人を今でも/気づいたら片想い/生まれたままで/孤独兄弟/ロマンスのスタート/夏のFree&Easy/その先の出口/無口なライオン/ここにいる理由/何度目の青空か?/転がった鐘を鳴らせ!/私、起きる。/あの日 僕は咄嗟に嘘をついた/命は美しい/ごめんねずっと…/太陽ノック

です。音楽番組などで見慣れた楽曲もありますが、カップリングなどあまりお目にかかれない曲もずいぶんと流れました。この中では、やはり個人的には「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」「無口なライオン」が好きですね。シングル曲では「何度目の青空か?」と「君の名は希望」でしょうか。

 

 

しかし、しかし、今日の乃木坂特集、やはり見逃せないのは4時から6時までの個人PV特集の方でしょう。既に今月上旬に一回放送されて今日は再放送なのですが、来月にもう一回後編が放送される予定です。(これも再放送があるので、正確には来月2回放送があります。)つまりトータル4時間にわたって個人PVがオンエアされるわけです。これはテレビ放送としては地上波もBSもCSも含めて初放送だそうですから、まめにCDを買ってこなかったファンにとっては見逃せないプログラムではないでしょうか?

ということで、あたしはもちろんしっかり録画して視ておりました!

西蔵

このところ映画「ルンタ」が話題になっているからでしょうか、西蔵関係のニュースが新聞でも目に付きます。

朝日新聞には昨日も今日も記事がありました。記事にもあるように自治区成立50周年という節目であることが最大の理由でしょう。

中国の憲法では、一応は信仰の自由は保障されているわけですが、それはあくまで共産党の指導の下においての自由であり、共産党の意に沿わないものはすべて国家転覆と見做され処罰の対象となり、それが高じて弾圧となっているのが現状だと思います。

チベットの人は、ダライ・ラマがはっきりと言っていますが、決して中国からの独立を望んでいるわけではないと思います。もちろんこの数年、特に厳しさを増す中国政府の締め付けに対し本気でチベット独立を考えている人も増えていると思いますが、まだまだ多数派ではないと思われます。

ちょっと極端なことを書きますが、中国は盛んに「歴史的に」という言葉を使います。チベットだけでなく内モンゴルや新疆、台湾も尖閣諸島も、そして南シナ海の諸島についても、この言い回しをよく使います。つまり、それらの地域か昔から中国の領土であったと。ただ、中国が言うところの「領土」というのは現在の国際社会における国民国家としての「領土」というものとはまるで異なります。

いや、これを言い始めたら、たぶん堂々巡りになって決着が付かなくなるわけで、そうなると、今は中国も加わっている現今の国際社会のルールに従うのが妥当、穏当なのではないかと思います。そうなると、たぶんチベットは中国の領土ではなくなるでしょう。そうなると、今のような強権的な、高圧的な支配の仕方は取れないはずです。ただ、その上で、そこまで中国政府が譲歩した上で、さてチベットの皆さん、現今の国際社会で言うところの独立国になりますか、それとも中国の自治区のままでいますか、と問うたなら、あたしは案外チベットの人は中国に残ることを選択するのではないかと思います。

アメリカ合衆国は州によって法律がかなり異なるそうです。同性婚を認めるか認めないか、個人が銃を所持することを認めるか認めないか。ここまでやるのは極端かも知れませんが、このくらいの独立性、いや独立性という言葉に中国政府がアレルギーを持つのであれば自主性を中国の各自治区が持てるのであればチベットや新疆の騒乱もかなり収まるのではないでしょうか?

不覚にも滂沱

いや~、泣いてしまいましたよ。

昨晩、フジテレビ系で放送されていた「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」を視て。アニメが大ヒットしたとか、そういう知識はまるっきり持ち合わせていなかったのですが、そういうものは必要なかったですね。たわいもない話と言ってしまえば身も蓋もありませんが、うまい具合にノスタルジックに描いているところがよかったのではないでしょうか?

しかし、こういうアニメ版と見比べると、ドラマもよくできていたんだなあと思いますし、このアニメを視ていてもまた涙がこぼれてきます。

あとキャストですが、松井愛莉はCMなどいろいろ出ているので知っていましたが、ヒロイン役の浜辺美波はまるっきり知らない女優でした。ただ、このドラマの中の彼女は、公式サイトの宣材写真とはまるで雰囲気が異なりますね。他の役者陣も脇役の大人たち以外はまるっきり知りませんでした。

ドラマの中ではかなり幼い感じ、はっきりいってロリロリな感じを醸しだしていますが、まあ体だけは成長しているけど精神年齢は死んだときのままということらしいので、あんなものなのでしょうか?

ナンシー、ああいうロリコンタイプ好きでしょ? と聞かれると、正直に大好きですと答えます!

恐らく、彼女が主役のヒロインを、アニメの印象を壊すことなく演じきれたことが最大の成功の要因だと思います。もちろん、熱狂的なアニメ版のファンは、このドラマにも不満が多いのでしょうが、ドラマとしては2時間ちょっとで非常によく出来た作品だと思います。

こちらもデジャブ?

先程書いた「She」の感想&ネタバレ。

中条あやみと森川葵がまた共演していると書きましたが、実は中条あやみを誘拐してきた母親を演じた霧島れいかも似たような役をかつて演じていたのですよ。ちなみに、霧島れいかが誘拐した子どもの役名が玲花とは、ちょっと笑えます。

さて、その霧島れいかが以前に出ていた失踪モノとは、ずいぶん前に見たホラー(になるのかな?)映画「七つまでは神のうち」で、娘がいなくなってしまったために狂気に奔る母親役を演じていました。この映画では子どもを奪ったのではなく、失った方を演じていました。

やはり役者というのはイメージが付きやすいのか、同じような役を演じてしまうものなのでしょうか?

ちなみに、この「七つまでは神のうち」は非常に後味の悪いというか、救いのないストーリーでしたね。主演の日南響子はとてもかわいかったですが、とにかく結末が悲しかったです。

「She」イッキ見

この春にフジテレビ系で放送されていたドラマ「She」を録画しておいたのですが、全5話をようやく視ました。注目の若手女優がいろいろ出ているのが話題でもありましたが、謎解きが最後にどうなるのかも気になるところです。

ということで主演は松岡茉優ですか? 主役と言うにはちょっと地味めな顔立ちですが、見ているとなんとなく惹かれてしまうタイプでしょうか。たぶん人によって「この子カワイイ」となったり、「なんだよ、ブスじゃん」となるタイプでしょう。いえ、貶しているのではなく褒めているつもりです。女優として大成するには、それくらいの方がよいと思うので。

彼女が突然いなくなった学校一の美女で親友の失踪理由を解明しようとする作品です。そしてその失踪した親友が中条あやみです。あれ、学校一の美少女で失踪してしまうって、「劇場版 零~ゼロ~」と同じ役回りじゃないですか? 確かに彼女にはこういういミステリアスな役柄が似合いますよね。

そして、事件解決の鍵を握る友人役に森川葵って、これもまんま「零」と同じ組み合わせ。二人は事務所が異なりますからバーターというわけではないと思いますが、不思議な縁を感じます。

 

そして、このドラマにはもう一人、あたしがずいぶん前から注目している若手女優、竹富聖花も出ていました。実はあたしはもう数年前から注目していた女優さんです。今回は(今回も)癖のある役でしたね。

さて、もうドラマはとうの昔に放送終了しており、フジテレビオンデマンドで配信もされているので、ストーリーを書いてもネタバレとは言われないでしょうから書いてしまいますと、結局は事件に巻き込まれたのでもなければ、誰か犯人がいたのでもなく、中条あやみ演じるあづさはみずから失踪したのですね。いや、失踪という言葉は正しくないかも知れない。母親から逃げて、本当に自分に戻ったと言うべきでしょうか?

第4話まで、散々クラスメートとあづさとの悶着を描き、クラスメート同士の関係もグチャグチャにしておいて、誰が仕掛けたかわからない隠しカメラや盗聴器が出てきて、いったんは外部犯行説や学校当局犯人説も頭をよぎりましたが、結局はあづさの母親が盗聴器を仕掛けていたということがわかった時点で最終話へ。

その最終話では、生徒たちが盗聴器をすべて回収させるよう仕組み、あづさの母親はそれにハマってどうやらみずからカメラなどを回収したようで、結局は愛情過多の母親から娘は逃げ出したということで学校内では落ち着いてしまったわけです。しかし、何か腑に落ちない主人公の松岡茉優はもう一度これまでの状況などを洗い直してみて驚愕の事実を発見してしまうのです。それはあづさが実はあづさではなかったという事実。

ドラマでははっきりとは描かれていませんが、幼いころ病弱だったあづさは入退院を繰り返していたようです。しかし、たぶん亡くなってしまったのでしょうね。そして母親に狂気が目覚め、ある病院からあづさと同い年の子どもを誘拐してしまうということになるのです。毎回ドラマの最初に少女がいなくなったことに対して近所の人のインタビューコメントが出ていましたが、あれはあづさの失踪に対してではなく、十数年前の女の子誘拐事件当時のVTRだったのですね。

母親はそれを娘に知られるのを恐れ、異常なまでにあづさ(ではなく、誘拐されてきた女の子、本名は玲花)に執着するようになったわけです。もちろんあづさはそんなことも知らずに大きくなりますが、幼なじみの森川葵演じる千里に幼いころに撮った写真を見せられて、そこに写っているのが自分でないことに気づきます。「じゃあ、自分は誰?」と調べ始め、主人公が発見したのと同じ事実にたどりついたのでしょう。そして、母親に悟られることなく、また失踪理由も真実を知ったからだと母親に気づかれないよう、クラスメートが失踪の理由であるかのような演技をし、失踪の機会を狙っていたわけです。

と書いてしまうと、今度はなんとなく『八日目の蝉』を思い出してしまいますね。

 

そんなことありませんか?

結局、あづさは本当の両親の元へ戻ったのでしょうか。十数年の歳月を経て、それなりに多感な時期を誘拐犯とはいえ、自分に愛情を注いで育ててくれた母親を捨て、本当の親の元へ戻ってやり直せるものでしょうか? それに、あづさがどこへ行ったかは、事件に巻き込まれたのでなければ、育ての、というか誘拐犯である母親もいづれ気づきますよね? しかし、名乗り出るわけにはいかないから遠くから見守るだけでしょうか。

あづさがあづさではなかったと知っているのは母親と主人公だけ。いつか主人公はあづさ改め玲花に逢いに行くことはあるのでしょうか?

Book and ……

このところ新しいタイプの書店が増えていて、テレビや雑誌などでも紹介されています。曰く、本屋とビール、本屋と家電、本屋と雑貨、本屋と料理などなど。本屋と文具といった昔からあるようなものもありますが、「こんどはこういう組み合わせできたか」と思わせるものも多いです。

こういう新業態と言うのでしょうか、書店と何々、というお店について個人的には、「なんだかんだ言っても、結局本屋だけじゃやっていけないから儲けを出すために他の業態とコラボしているんでしょ」というマイナス的な気持ちもあります。その一方、「本屋って、こんな風にいろいろなお店と組み合わせられるんだ。つまり本屋の可能性、ポテンシャルの高さが表われているんじゃないかな」というプラスの思いも抱いています。どうせ不景気なんだから、少しでもプラスの要素を見つけてそこを伸ばしていきたいとは思いますが、心のどこかに「きっちり本屋で利益が出るようにしたい」という気持ちもあります。葛藤です。

さて、こういうニュースに日々接しているからなのか、変な夢を見ました。それも二回に渡って……

本屋の夢です。いや、本屋なのでしょうか? 昭和の香り漂う古い民家、そこをシェアして暮らしている若い女性が三人。共同で使っている台所、居間のやや広いスペースには卓袱台あり、壁際にはいくつか本箱が置いてあり、いろいろなジャンルの本が並んでいます。暮らしている女性たちがそれぞれ持ち寄ったもの、お互い好きに読んでいる感じです。

そして、三人のプライベートな部屋が一つずつ、都合三部屋あります。部屋の中は畳敷きなのにベッドと机(兼化粧台)、それにやはり本箱。こちらの本箱の中身は部屋の住人の好みを反映しているようなラインナップ。雰囲気も部屋ごとに異なりますが、ゆったりとした時間が流れていることは共通です。

この家、三人の本好きな女性がルームシェアして暮らしているだけにしか見えないのですが、夢の中であたしはここを書店として認識しているのです。つまり本棚に並んでいる本が気に入ったら購入することが出来るということです。夢の中であたし以外にお客が何人いたのかはわかりません。たいていは台所兼居間の卓袱台の周り座ったり、あるいは寝っ転がって本を読んでいればよい感じ、なんか自分の家、あるいは友達の家に来て本を読んでいるような空気感です。

住人である女性が何かしてくれるわけではありません。卓袱台の脇に急須や湯飲みがあるので、各自勝手にお茶を入れて呑むことは出来ますが、お金を取られるわけではありません。なのでブックカフェとも違います。女性たちの食事時に訪れると、食事のお相伴にあずかれますが、それもお代を請求されるわけではなく、払いたければ任意で、額も気持ちのままという具合。

さらには台所兼居間ではなく、女性たちの部屋にある本を、部屋に入って読むことも可能。時には女性が机に座って化粧をし、外出の準備をしていることもあれば、ベッドや布団で寝ていることもあります。でもそんなことお構いなしに部屋に入って自由に本を読んで構わないのです。

これでは本屋ではなく、最初にも書いたように、本好きな女性がシェアしている家に上がり込んで、そこに置いてある本を勝手に読ませてもらっている、ということではないでしょうか? 現に夢の中で女性たちは他に仕事を持っているらしく、常に三人がいるとは限りません。必ず誰かしらが仕事で出ています。仕事の時間帯が異なるからなのか、必ず誰かしらが在宅なので、この「本屋」はいつ行っても必ず開いているのです。

さて、ここは本屋なのか? それとも女性三人が暮らす家なのか?

Book and Home?

Book and Life?

何と表現すればよいのでしょうね?

パリの猫

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秋は栗!

営業回りの帰路、久しぶりに立川へ寄りました。

なぜかって? オリオン書房に用事があった? いえ、違います。その手前、伊勢丹に用事があったのです。

いま立川の伊勢丹では秋の和菓子フェアを開催中です。栗を中心とした秋らしい和菓子のお店が、それほどたくさんではありませんが、入り口入ってすぐのフェアスペースに集合しています。その中、香川のばいこう堂の「栗ごろ」を買ってみたくて寄ったわけです。

ばいこう堂を以前から知っていたわけではありません。今回の伊勢丹のチラシが新聞に挟み込まれてきたので、それで知りました。いくつかあったお店の中で、可愛らしい栗の形の菓子、それに来月に高松へ行くという縁もあって、このお菓子が目に留まったというわけです。

栗ごろ、開けてみるとこんな感じです。非常に上品な和三盆の落雁です。

し・あ・わ・せ!

最果ての地

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