クリミア? ウクライナ?

今更ながら、ウクライナ問題。

とりあえず、テレビや新聞で知った程度の知識ですと、旧ソ連時代のウクライナ共和国、それがソ連崩壊を機にそれぞれが独立し、ウクライナもそのまま共和国となったわけです。ところが、このウクライナは一枚岩の国かというとさに非ず、西側はウクライナ人が多く住み、親ヨーロッパ、東側はロシア人が多く住み、親ロシアなんだそうです。本来なら、西側だけをウクライナ共和国とし、東側はロシアの領土であればよかったものを、地理的な位置関係が絡んだのか、東側も含めてウクライナ共和国となったそうです。ソ連時代であれば、どこの共和国に属そうが、大きなソ連の一部ですから問題なかったものが、各共和国が独立したがために、ややこしいことになったそうです。

と、ここまでにわか仕込みの知識。クリミア半島は東側に属し、ロシア人が多く住んでいるので、もともと親ロシアだった、とも報道されています。住民自治を原則とするのであれば、クリミアの人たちが自分たちの投票で決めたのだから、それでいいじゃないか、という意見も理解できます。

で、ここで日本に置き換えてみます。

例えば、北海道が住民投票を実施して「日本から離脱してロシアに加わる」と主張したらどうでしょう? 北海道に住む人がそれを希望するのであれば、そして実際に投票をして過半数(あるいは3分の2?)の支持を得て、その意見が通ったら北海道は晴れて日本から別れてロシア領となるのでしょうか?

たぶん、そう簡単な話ではないですよね。その投票を日本の政府が認めるのか否か、そこがまずは第一の問題です。青森のすぐ北がロシアなんて、ちょっと違和感があります。別にかつてのようにロシアが嫌い、ソ連は嫌い、という意識はありませんが、やはりイヤですよね。俗っぽい話をすれば、もう北海道に気軽に旅行に行けなくなるのか、東京で北海道物産展は開かれなくなるのか、そんな心配もあります。

それに、北海道の住民の投票で決めたと言っても、果たしてどこまで住民の意思を反映しているのでしょうか? そんなこと現実には起こりえないとは思いますが、十年がかりでロシアの人たちが徐々に北海道に移住してきて日本国籍を取得し、いつのまにか北海道全道民の過半数がロシア系の人になった、その時を捉えてこういう運動が起こったらどうでしょう? 可決される可能性はありますよね。

中国の少数民族地域では似たようなことが起こっています。漢民族の移住が増えて、現地の住民の過半数を漢民族が占めるようになってしまい、投票などをすれば、もともと住んでいた少数民族ではなく、漢民族の意見が通るようになってしまっているところも多数あるそうです。

で、ウクライナです。

ウクライナの東側とか、特にクリミア半島にロシア人が多いからと言って、そこは果たして最初からロシア人が住んでいた土地なのでしょうか? もともと住んでいた住民を追い払ってロシア人が住み着いたとか、あるいは追い払いはしていないが、ロシア人が大挙してやってきたがために今ではロシア人が住民の過半を占めるようになってしまっただけとか、そういう可能性はないのでしょうか?

管見の及ぶ限り、今回のウクライナ問題で、こういう歴史的なことをわかりやすく解説してくれている新聞が見当たらないのですよね。どうしてでしょう? やはりクリミア戦争からたどらないとならないのでしょうか?

出会いと別れ?

今週は、営業回りの途次、着物(振り袖)姿や袴姿の女性を多く見かけました。卒業シーズンなんですね。雨の日は裾が汚れて、たぶん貸衣装でしょうから、「雨で汚すとお金を取られるのかしら?」と、他人事ながら心配になって眺めてしまいます。はい、心配の眼差しであって、イヤらしい眼差しではありませんので、念のため。

自分の卒業式を思い出すかと問われると、まるっきり思い出しません。いや、「自分は卒業式に出ていないなあ」という意味で思い出しはしますが、涙の別れとか、名残を惜しむとか、学生時代を振り返るとか、そんなセンチメンタルな想い出は全くありません。大学の時は、そのまま大学院に進学することが決まっていたので、まだまだ通うわけですから卒業式というのも変なものだ、という感覚でしたので出ていません。当日もバイトをしていました。夕方になってからバイトを少し早めに上がって研究室へ証書をもらいに行ったくらいです。

大学院の時も、今の職場で、既にアルバイトとして働いていたので、やはりその日も働いていて、夕方になってから研究室へ証書を受け取りに行きました。ですから、何人かの恩師や、たまたま研究室にいたクラスメートと話をしたくらいで、特に感慨深い別れをした覚えはありません。

このところは本人も、さらには親までもが大学の入学式、卒業式に出席するような風潮がありますが、あたしのころは、そもそも当人が出席することが稀という時代でした。時代が変わったなあと思います。

ちなみに中学、高校の卒業式は、式典の後、各教室で担任から証書をもらい、最後のホームルームがあって解散になるわけですが、特にクラスメートと別れを惜しむことなく、いつものように帰宅してしまいました。涙を流すこともなければ、別れが辛いということもありませんでした。あえて言えば、高校の時の乾さんとは、もっといろいろ話をしたかったという後悔がありますが……

そもそも、あたしの場合、学生時代はずーっとクラスの嫌われ者(いじめられっ子に近いです)だったので、さっさとこんなクラスや学校とはおさらばしたいという思いの方が強く、辛い別れではなく、清々とした門出と言った方があたしの気持ちを正しく表現できていると思います。

ところで、テレビなどでもこの時季になると決まり文句のように「出会いと別れ」なんて表現を使いますが、あたしはこれに違和感を感じます。まずは3月に卒業などの別れがあり、4月になって新しい出会いがある、という順番ではないでしょうか? つまり「出会いと別れ」ではなく、「別れと出会い」ではないかと思うのです。語呂が悪いですか? リズムがよくないでしょうか? でも時間軸に沿って言えば、たいていの人は「別れと出会い」という順番でこの季節をやり過ごすと思うのですが……

 

値上げ前?

消費税が8%に上がる前最後の週末と言うことで、どこも混んでいるようです。

うちの母親などは4月からはいろいろなものが値上がると言っていますが、そうではないですよね? 上がるのはあくまで消費税率であって、物の値段そのものは上がらないはずです。と言うか、上げてはいけないはず、便乗値上げ厳禁は政府からもお達しがあったはずです。

もちろん、このところの円安で輸入品などは価格が既に上がっているでしょうから、そういうものはやむを得ないでしょう。あと、雑誌など税込みで丸めた値段になっていたものは、税率改定後も値段が丸まるように、1円、2円程度上げるのは仕方ないことでしょう。でも、結局のところ、上がるのは消費税であって、その品物の値段ではないということは、きちんと心得て置いた方がよいのかなあ、と思います。

で、駆け込みでの買い物、しますか? そもそも相当高いものなんて買えるような余裕はありませんし、そんなに高くないものなら、3%上がってもそれほどの差が生じるとは思いません。ここで駆け込みで買い物をするほどの経済的な余裕はありませんから、駆け込みの買い物なんてしませんね。それが一番悲しいです。

 

どちらが賢いのか?

Facebookの続きです。

一冊入ってきた新刊が、入ってじきに売れたとします。その次にどうするかです。もちろん、その本のジャンルにもよるかと思いますし、こちら(出版社の営業)がそのお店に何らかのアプローチをするか否かという問題もあると思います。

ここでは、売れた直後のタイミングで、あたしたち出版社の営業がたまたまそのお店に足を運んだとしましょう。新刊が棚になければ、出版社の営業としては「あれ、配本がなかったのかな?」という心配と、「もう売れたのかな?」という期待が交錯します。でも、とりあえずはお店の方に声をかけるわけです。

で、その時のお店の方の対応はだいたい二通りです。その一は、「うちではああいう本は難しいから、一冊売れればもう十分だよ」というもの。もう一つは「それじゃあ、追加して、もっと積んでみようか」というもの。

どちらの方が賢い選択なのでしょうか?

入った本が売れたと言っても、他のお店でも順調に売れ、書評も出て、ますます売れそうな場合もあれば、たまたまそのお店では運良く売れたという場合があると思います。本の定価、ジャンルも問題になるでしょうし、そのお店の客層、どんな本がよく売れる本屋なのか、ということも関わってくるでしょう。

で、先の選択肢で前者の場合、一冊入って一冊売れました。消化率は百パーセント。返品もありません。数字だけを見ると優秀です。後者の場合、では3冊ないし5冊追加注文したとします。一週間か十日後に入荷して並べました。じきにまた一冊売れました、しばらくすると更に一冊売れました、となることもあれば、追加が全く動かない(売れない)、一ヶ月たってとうとうすべて返品することにしました、という可能性もありえます。いや、昨今のこの業界の状況を考えると、追加も瞬く間に売れてしまうなんて言うのはかなりの僥倖、何十冊に一冊、いや何百冊に一冊の確率かもしれません。となると消化率も下がるし、返品も生じ、最初にせっかく売れたのに、数字上は元の木阿弥です。

だから、最近の出版界では前者を選択するのが賢い選択と言えるのかもしれません。現に前者を選択する機会が多くなっているような気がします。それはそれで短期的には数字はよくなるとは思いますが、じきに行き詰まり、漸減あるは急降下の未来が待っていると思います。とりあえず、返品のことはおき、一冊売るだけで満足するのか、三冊、五冊と更に売ることを目指すのかという点で考えてみたいと思います。そうしないと、売り上げは伸びませんから。

だからといって、出版社側も書店に対して追加注文を出せ、と強く言えるわけではありません。強く言うためにはそれなりの論拠が必要になります。そして、追加注文をもらったからには、それがしっかり売れるような対策を書店の人と一緒になって考えないとなりません。

何ができるのか、書評が出るか出ないかは神頼み、テレビで紹介される、有名人がブログやツィッターで話題にしてくれるなんて、なおさら夢のまた夢。ポップを作るくらいしか思いつかない体たらくですが、もっと売ろうとしてくれる書店員さんに対しては精一杯、何かしたくなります(「してあげる」という表現は使いたくありません)。でも、何ができるのかと、いつも自問自答です。

いつになく冗舌?

現代の作家たちは、ペル・ジムフェレールが指摘したように、もはや社会的地位というものを叩きのめそうとするお坊っちゃんではないし、ましてや社会不適合者の群れですらなく、むしろ社会的地位のエベレストに登ろうとする、社会的地位に飢えた中流階級や労働者階級出身の人々のことだ。マドリード生まれの金髪やブルネットの子供たち、人生を中の上で終えたいと願っている、中の下の人々。彼らは社会的地位を拒まない。必死になってそれを求める。それを得るためには大量の汗をかかなければならない。本にサインする、微笑む、見知らぬ土地を旅する、微笑む、ワイドショーで道化を演じる、大いに微笑む、お世話になっている人には絶対に歯向かわない、ブックフェアに出席する、どんな間抜けな質問にも愛想よく答える、最悪の状況でも微笑む、賢そうな顔をする、人口の増加を抑制する、いつもお礼を言う。(P.155、「クトゥルフ神話」より)

 

出版社の特権、刊行前の新刊を手に入れることができる! ということを別に自慢したいわけではありませんが、最新刊『鼻持ちならないガウチョ』、読了しました。

 

今回も、先の『売女の人殺し』同様、短編集ではありますが、かなり感じが異なります。『売女』はボラーニョ自身とおぼしき主人公が登場する作品も含まれていて、小説というよりは自伝といった趣を濃厚に感じさせる作品集でありましたが(ただし、あたしはそういう自伝的な作品よりも、純粋にフィクションの作品の方が面白く読めましたが)、今回は最後の二篇が講演原稿であり、その他の作品も、それほど濃厚に自伝的な感じを漂わせているわけではありませんでした。むしろ、もう少し大きく広く、ボラーニョが生きたチリ、そして南米の社会を描いているような作品集と言ったらよいのかな、と思いました。(そういう意味では「ジム」は『売女』に収録されていても違和感がないような気がします。)

秀逸なのは、やはり表題作である「鼻持ちならないガウチョ」、そして「鼠警察」の二篇です。「ガウチョ」は解説などを読めばわかるように「ドン・キホーテ」を彷彿とさせる滑稽さなのでしょうが、「ドン・キホーテ」を読んでいなくても、知らなくても主人公の滑稽さ、田舎暮らしをすることになった都会人のズレ、何とも言えない淋しさをたたえた笑いがこぼれます。

「鼠警察」はカフカの作品へのオマージュと言うことですが、こちらもそれを知らなくとも何の問題もなく読めます(現にあたしがそうです)。むしろ『2666』を読んだ人には、ネズミの世界を借りた「2666」なのではないかとすら思えるのではないでしょうか? あちこちでネズミが無残にも殺される凄惨なシーンの連続にもかかわらず、どこかユーモラスに感じるのは、読みながら頭の中で小太りなネズミの姿を思い浮かべながら読んでいたからでしょうか? このネズミ連続殺人事件(いや、殺鼠事件)も「2666」同様、犯人とおぼしきネズミが捕まりますが、これまた「2666」同様、すべての殺人の犯人(いや、殺鼠の犯鼠)がそのネズミ一匹ではないのでしょう。そして、逮捕後も殺戮は続くのだと思われます。

最後の講演の部分に至るまで、あたしは『2666』と『売女の人殺し』しか読んだことはないのですが、今回のボラーニョはとても冗舌に感じました。もちろん過日、セルバンテス文化センターでのイベントで、ボラーニョ生前のドキュメンタリーを見て、決して寡黙な人ではないという印象は持っていましたが、今回の作品集ではさらにボラーニョの声が聞こえる気がしました。

  

これだけの大長編を書いているボラーニョですから、体の中から言葉があふれ出してくるのだとは思うのですが、これまでの作品では決して冗舌であるという印象は受けませんでした。しかし、今回の作品ではボラーニョがやけにおしゃべりになった、そういう印象を受けました。これは、今後の<ボラーニョ・コレクション>も楽しみですし、まだ未読の『野生の探偵たち』を読むのがますます愉しみになりました。

あのトラはすべてCG!

少し前にやっていたので録画しておいた「ライフ・オブ・パイ」を視聴。

副題は「トラと漂流した227日」とありましたが、映画を見る限り、200日以上も漂流していたようには感じられませんでした。トラと少年が小さな救命ボートで漂流するということで、たぶん予告編などを見る限り、トラに食われてしまうのだろうか、それともトラを殺してしまうのか、あるいはトラと友情が芽生えるのか、といったところに興味が沸きますが、割と早い段階で「同じ動物として、自分はトラよりも強いことをトラにたたき込む」という方針になっていることがわかります。途中の食人島(人喰い族が住んでいるのではなく、夜になると島が酸性化して生き物をすべて溶かしてしまう島)のエピソードは科学的にあり得るのか、ちょっと疑問を持ちながら読みました。そんな島に生えている海藻を食べて主人公は大丈夫だったのか?

結局、太平洋を渡り、メキシコの海岸に打ち上げられたようですが、トラはさっさと森へ消え、何の余韻も残しません。主人公がその後調査に来た保険会社の人に話す漂流譚は信じてもらえず、主人公は助かった少数の人間が殺し合うサバイバルゲーム的な話を語って聞かせます。映画で描かれた動物たちが、それぞれ人間に置き換わった内容で、どちらが本当に起きたことなのか、結末は観客に委ねられているのでしょうか。

それにしても、最後まで見終わってみて、食人島のエピソードは中途半端、前半の主人公がさまざまな宗教と出会うエピソードも、あまり漂流譚に活かされているとは言えません。親子(特に父と)の葛藤を描いているにしても、こちらもやや消化不良。母親の愛情にしても、なんか薄っぺらい。

映画としての出来は微妙でしょうかね? でもって、あのトラはまるっきり、最初から最後までCGらしいですね。よくできていますが、そういうのをわかった目で見ると、やはりCGだなあと見えてしまいます。

チェーン店

昔からある街の本屋が次々に姿を消し、気づくと本屋と言えば、全国かローカルかの違いはあるものの、チェーン店ばかりになってしまいました。そう言えば、街の電気屋さんもほとんど姿を消し、ヤマダ電機やビックカメラ、ヨドバシカメラと言ったチェーンばかりですよね。どの業界も同じ道を歩むのでしょうか?

さて、この書店のチェーンですが、チェーンによってはどのお店も同じような規模で、特に差がないというチェーンももちろんありますが、たいていのチェーンは本店ともう一つくらい大きな店舗があるものです。他は比較的小規模な店舗だけっど、一つ二つは中型店、大型店があるという感じです。もちろん、ジュンク堂書店のように、ほとんどの店が大型店問いチェーンもありますが……

で、こういうチェーンの書店の場合、新入社員ってどこの店舗に配属になることが多いのでしょうか? 最初から大型店は大変だから、小規模な書店に配属になることが多いのでしょうか? それともまずは本店に配属させるのでしょうか? このあたりはその時々の人員構成、配置と上の人の考え方次第なのだと思いますから、とやかく言う筋合いではありません。

ただ、出版社の側から言えば、まずは大型店や中心となるお店に配属させた方がよいのではないかな、と思います。非常に勝手な言い分ですが、営業で回る立場からすると、本店や大型店、中型店には顔を出しても、なかなか小さいお店までは手が回らないという事情があります。ですから、なかなかそういうお店の人と知り合うチャンスが生まれません。出版社も人員削減の折、小さいお店まで訪問できないのが実情なんです。

どんなにネットが普及しても、やはりこの世界、実際に顔を合わせて話をして初めて物事が始まる、動き出すことが多いです。出版社の営業マンも小さいお店に行きたくないわけではありませんし、時間が許すのであれば訪問したいという気持ちは多くの人が持っているはずです。それができないのが、言い訳に聞こえるかもしれませんが現実です。

書店の人からすれば、「うちみたいな小さいところには版元の人は全然来ないよ」という愚痴になるのだと思います。知り合う機会がないから、何かフェアをやりたくても相談する出版社の営業マンに心当たりがない、ということになりがちです。それでも、本店などでそれなりに出版社の人と関係を築いていた人であれば、チェーン内の小規模店に遷っても、それまでの人脈を活かして、棚作り、店作りをやれるのではないでしょうか。出版社側も「某某さんがいるから、あのお店に、こんど顔を出してみよう」という気持ちになります。同じ小規模店でも、知っている人、お世話になった人がいるかどうかで、行ってみようという気持ちに格段の差が生まれます。

これを書店の側から言えば、まずは本店などでいろいろは出版社の人と顔なじみになる、毎日たくさんの荷物に触れることでどんな本が出ているのか、そして売れているのかを知るよい機会になるのではないでしょうか? なまじ小さいお店に配属になると、そういうところは社員の人数も少ないですから、本屋としての仕事以外の業務に忙殺される可能性も高いと思います。

というような話を、少し前に書店に営業に行った折、そこの馴染みの書店員さんと話しておりました。書店も人減らしが進んでいますから、わかっているけど理想的な人員配置を考えている余裕がないし、出版社もそうなのですが、若手を育てている余裕もない、育てられるスキルを持った先輩もいない、という状況なのではないでしょうか?

体罰? 先生、それは違います!

少し前にFacebookで卒業について書いたので、ちょっと学生時代のことを思い出しました。

いじめだ、体罰だと嫌な時代になりましたが、あたしが子供の頃、学生の頃は親や先生が子供を殴るというのは、それほど非難されることではありませんでした。確かに自分の感情のままに怒鳴り散らす先生がいなかったわけではありませんが、やはり先生や大人の言うことは正しいという漠然とした意識、子供なりの「自分が悪かった」という罪の意識もあったのでしょう。少なくとも現在のように体罰が問題になることはほぼなかったと思います。

が、あたしの中学時代はちょうどテレビの「金八先生」の放送が始まった頃で、全国的に中学が荒れていると言われていた時期でした。ご多分に漏れず、あたしの中学も、たぶん世間で言われていたほどの荒れ方ではなかったにせよ、それなりに不良やツッパリはいて、そういった時代の影響は受けていたと思います。

しかし、上述のように先生がそれなりに尊敬をされていたことも確かで、不良性とに対してビシビシ叱り飛ばしている先生が何人もいましたし、そういう先生に対してはそれなりにツッパリ生徒もおとなしくしたがっていたような気がします。この頃の先生というと、まだ軍隊上がりの先生がいた時代です。もう何年かするとそういう先生方も定年を迎えて現場からいなくなったのだと思いますが、あたしが中学の頃は旧日本軍出身の先生というのは何人かいたものです。

戦場での生き死にをくぐり抜けてきた先生というのは、やはり違うものがあります。生半可なツッパリ生徒には太刀打ちできない威厳というか、何かを持っていました。そういう先生の一人が、ツッパリ生徒が騒いでいるときに言い放った一言が、かなりの衝撃でした。

お前ら人を殺したこともないくせに、偉そうな態度とるんじゃねぇ!

すごいです。今どきの教師にはとても口にできないセリフです。しかし、一般生徒としては「ちょっと待ってください、先生! いくらなんでもそのセリフは間違っているのではないでしょうか?」という疑問がわいたことも事実です。ちなみに、その先生は欧米人について、風呂はシャワーだけで湯船につかることをしないのと肉食の生活だから体臭が強い、そのため香水という文化が発達したと述べた後、「それに引き替え日本人は無味無臭だ」と言いました。

欧米人の体臭についての発言も、今だったら人種差別で訴えられそうですし、そもそも事実の致命的な誤認があると思いますが、それよりも当時あたしたち生徒が衝撃を受けたのは後半部分です。「日本人は無味無臭?」って、無臭についてはなんとなく納得したものの、無味って何? 「先生、いったい、いつ、どこで日本人を食べたのですか?」という心の中で悲鳴が上がっておりました。

本はどこへ消えた?

ずいぶん前に流行った本のタイトルのようですが、別に自己啓発的な話をしようというわけではありません。仕事をしていて感じることについての話です。

書店に行くと、お店に入って一番目立つところに、本がドーンと積んであることがあります。特に、都会にある数百から一千クラスのや大型店ですと、単行本でも数十冊、文庫や新書になると100をもって数えるほどの本が積んであることが多々あります。もちろん一種類の本の話です。

本屋に入って、一番目立つところに、こんな風に積んであれば、「ああ、この本って売れているんだな」と客に思わせる効果があります。実際、目に付くところに置いてあれば手に取ってもらえる確率も高まり、手に取ってもらえれば、その本を購入してもらえる確率も高まります。ある本が入り口に100冊積んであるのと、その本が棚に一冊だけ置かれているのをそれぞれイメージしてもらえれば、どちらの方が買われる可能性が高いか、一目瞭然だと思います。

あたしもそうですが、刊行から何年たった本でも、初めて本屋でその本を目にしたときに「へぇ、こんな本が出ているんだ」と思ったことが誰にでもあると思います。その時、本の奥付を見て数年前に刊行された本であっても、その時まで自分が知らなかったのであれば、その本は自分にとっては新刊と言えます。そして「面白そうな本だなぁ」と思ったり、「買ってみようかな」と思ったりするのも、その本が目に留まったればこその話です。

ですから、各出版社の営業マンが書店に行って少しでもよい場所に、少しでも多く本を並べてもらおうと努力するのは、至極当然の企業活動です。でも、その一方、並べたからと言って、果たして本当に売れるのでしょうか? そりゃ、1冊だけ棚に置かれていては、それを見つけてくれる人はなかなかいないでしょうけど、目立つところに10冊積んであれば、買ってくれる人もいるでしょう。ただ10冊のうち何冊が売れるのかはわかりませんが。

10冊並べて10冊売れればもちろんサイコーです。でもそんなことは滅多にないです。では、8冊くらいなら売れるでしょうか? これもかなりまれだと思います。では、実際にどれくらい売れているのか? あたしの感覚ですと、たぶん平均すると10冊並べて2冊か3冊ではないかと思います。すると、7冊から8冊は売れ残るということになります。この本はどこへ行ってしまうのでしょうね? もちろん出版社に返品されます。売れなかったからやむを得ません。それが現実です。

で、ここで書店によく行かれる方に思い出して欲しいのは、そういうふうに目立つところに大量に積まれている本、もしあなたが2週間に1度書店に行くとして、次に行ったときも同じところに同じ本が同じように積まれているでしょうか? 大人気のコミックの新刊、ドラマや映画が大ヒットしている原作小説などは一ヶ月くらいは同じように並べられていることもあるでしょう。それこそ村上春樹の新刊でしたら、それくらいの期間を越えて置かれ続けると思います。

でも、多くの場合、数週間もすれば別の本に変わっているはずです。そこで問題です。果たして、前回来たときに積まれていた本はすべて売れてしまったのでしょうか? もしそうだったら書店も出版社も万々歳ですが、実際には上に書いたようにほとんどが売れ残って返品されてしまったと思われます。もちろん、時間がたってもある程度売れる見込みのある商品であれば、全部を返品することはないでしょうが、目立つところに置く本の冊数は減らしているはずです。減らした分は返品されています。

一ヶ月の間、目立つところにドーンと置かれていた本だって、そりゃそれだけ置いていたわけですから、トータルで数百冊は売れたかもしれませんが、一ヶ月近くドーンと積んでおくためには売れたそばから補充もしているはずで、トータルの入荷冊数もかなりの量になると思います。総入荷量と総売上冊数を比べて、果たして儲かったと言えるほどのパーセンテージになっているのか……

お時間があれば、自分がよく使っている書店で、一番目に付くところに大量に置かれていた本が、次に行ったときまで積まれ続けているのか否か、確かめてみては如何でしょうか? あんなに積まれていた本が全部売れてしまい、こんどは別の本を置いているなんてことがどれくらい起こっているのでしょうか? 本がドンドン売れて一、二週間でなくなってしまうようなら「出版不況」なんて言葉は聞かれないはずですから。

転向したの?

月曜日から出ていた出張も終わり自宅に戻りました。ふだんは午前中は社内で雑務に追われ、いや、雑務と言ってはいけませんね、大事なお仕事です。つまり午前中は社内でやるべき業務に追われ、書店回りは午後からということが多いのですが、出張に出ると「社内」が存在しませんので午前中から書店回りです。年に数回の関西訪問ですので、やはりふだん見慣れている東京の書店とは違って、新鮮な目で棚を見ることが多々あります。社内業務を気にせず午前中から回っているという気持ちの違いも多分に影響しているのだとは思いますが。

そんな書店回り、ニュースとかでは聞いていましたが、改めて世間の「嫌中」本の多さに驚きました。最近のわが勤務先は『北朝鮮 14号管理所からの脱出』といった本を出しているので、かつてだったら見ることもあまりなかった、社会の海外事情の棚を見ることが多くなりました。当然、すぐ隣には中国関連の本が北朝鮮の何倍もの物量で置いてあります。まあ、日本と関わる度合いから言って、出版される書籍の量にこれくらいの開きがあるのは当然で、むしろ開きが少ないのでは(?)、北朝鮮モノも十分健闘していると言ってよいのかもしれません。

そんな物量比較はおき、問題としたいのは嫌中本です。露骨な嫌中本から、中国崩壊論まで、実にバラエティ豊かです。著者はジャーナリストなどのライターがほとんどで、センセーショナルに書けば書くほど読者が喜ぶということを知っているような人たちです。そんなたくさんの本の中、今回目に付いたのは以下の書籍です。

  

『日本人は中韓との「絶交の覚悟」を持ちなさい』『日本人の恩を忘れた中国人・韓国人の「心の闇」』『日本人は中国人・韓国人と根本的に違う』の3点です。見事に三つ、並んで面陳されている書店がほとんどでした。そして、この三人の著者の名前もこの書籍以外でもよく見かけますね。よくもこれだけ何冊も、中国や韓国の悪口を書けるものだと感心しますが、その一方、よくもまあ飽きもせず同じ著者に原稿依頼をする出版社があるものだと、同じ業界、同業者ながら感心を通り越して呆れてしまいます。

いや、まあ言いたいことを表明するのは、言論の自由が保障されている日本ですから構わないと言えば構わないのでしょうが、こういうのって一種のヘイトスピーチにならないのでしょうか? 「出版や言論の自由は制限されていることが普通」と考える中国から見れば、日本は国を挙げて反中国の運動を行なっている、中国の愛国教育を批判する資格などまるでないじゃないか、と言われても仕方ないのではないでしょうか?

で、言論・出版の自由の問題はさておき、この三点の書籍で気になったのはその出版社です。はい、本を見ればわかりますね、徳間書店です。徳間書店と言えば、あたしが学生の頃に「中国の思想」というシリーズを刊行し、現在もそのいくつかは徳間文庫となって、それなりの支持を得ている本を出していた出版社です。この「中国の思想」は、その後「史記」「十八史略」「三国志」と、同じスタイルで刊行され、あたしの進路に決定的な影響を与えた書籍たちでもあります。

当時既に「ビジネスに活かす孫子」といったような本がかなり出回っていた時代で、そういったビジネス活用本に飽き飽きしていたあたしは、純粋に古典として中国の名著に触れられるこのシリーズがとても気に入っていました。特に巻頭の解題が一般向けにしてはかなり専門的なことをわかりやすく書いていて、いまでもそれぞれの古典について概略を知るのであれば十分なレベルを保っているものだと思っています。

また徳間書店と言えば、これら以外にも同じような体裁で、中国や日本の古典を扱った函入りの古典シリーズを何冊も刊行していて、実はあたしはそのほとんどを所持しているのです。どれも、「ビジネス」向けではなく、教養として古典を読みたい人向けの書籍で、書店でも「社会・ビジネス」ではなく、「人文・東洋思想」などに置かれている、置かれるべき本でありました。更には、映画「敦煌」など中国映画の大作も手がけていて、中国関係の展覧会の後援なども積極的に行なっていたと記憶しています(映画は当時徳間書店の子会社、別会社がやっていたのではないかと記憶しています)。

そんな、そんな徳間書店が、今では書店の棚をリードするかのように嫌中本を出版しているなんて、あたしには信じられません。あのころの徳間書店はどこへ行ってしまったのでしょうか? 徳間書店に何があったのでしょうか? そして、今後も上に挙げたようなすぐれた古典シリーズは存続するのでしょうか? とても好きな出版社だっただけにとても残念です。