アマゾンは速いのか?

業界紙の「新文化」にも載っていたので改めてアマゾンについて考えてみました。

よく本屋(リアル書店)は入荷が遅くてアマゾン(ネット書店)は速い、と言われます。これは多分にマスコミの報道の仕方やアマゾンの宣伝に惑わされていると思います。アマゾンだって書店ですから、出版社から見て街の本屋と違いはありません。アマゾンからの注文は速く出荷して、街の書店からの注文は後回し、ということはありません。出荷してから取次を経由して書店に届くのも、たぶん同じだと思います。

アマゾンが速いと言われるのは「自社の倉庫に持っている本は」ということであって、それなら買い物に出かけたときに店頭に目当ての本があればその場で手に入れることの出来る街の本屋の方がはるかに速いです。それなのに「アマゾンは速い」と言われるのは、街の本屋に目当ての本がない場合が多いからでしょう。

アマゾンは、今では日本全国にいくつかの倉庫を持っていますが、そのいくつかの倉庫で全国のお客さんを相手にすればよいのですから実に効率よく在庫できます。でも街の本屋さんは、その地域の人たちの需要を満たせるほどの在庫を持つことは難しいです。勢い、アマゾンにはあるけれど近所の本屋にはない、という状況が生まれます。

でもアマゾンの倉庫にだって在庫していない本はごまんとあります。あたしもかつて、専門書ですが、注文したら2、3週間待たされました。アマゾンも持っていない本なら、上に書いたような流通ルートに変わりはないので、街の本屋と入荷までの時間はほとんど変わりはないのです。もっとそこに気づくべきなのだと思うのですが、ね。

あえて言えば、「いつ届く」というのが利用者から見てはっきりしている、というのがよいのかも知れません。アマゾンに限らず、たいていのネットショップは「商品を手配しています」「出荷しました」「○日頃入荷予定です」といった注文品の追跡が可能ですが、街の本屋の場合、ほとんどブラックボックスですから。

翻訳本の友

紀伊國屋書店新宿本店の海外文学の棚で、こんなものが配布されていました!

「翻訳本の友」とあります。四折になっているチラシです。傍らに「2014 1~3月」と書いてありますので、季刊のチラシなのでしょうか?

広げるとこんな感じです。

各社の翻訳本、1月と2月のラインナップが網羅されています。しかも手書き! 表だけかと思いきや、裏もあります。

裏面は2月の続きと3月のラインナップ。こちらももちろん手書き! 担当の方の、翻訳本に対するを感じます。

それにしても、このリスト、文庫は含まれていませんよね。単行本だけでもこんなに出ているんですね。海外文学は売れないと言われながらも、各社こんなに出しているとは! トヨサキ社長も喜んでいることでしょう。

思い出しましたが、紀伊国屋の本店と言えば、昨年末にも一年間の翻訳本リストが置いてありましたね。こちらはエクセルをプリントアウトしたものだった記憶がありますが……

効果は上がっているのか?

あたしの勤務先の書店営業は、エリアを分けて分担しております。そういう出版社が多いのだと思いますが、出版社によってはエリアや沿線ではなく書店チェーンごとに担当者を割り振っているところもあるようですが、うちはエリア・沿線別です。全国は大まかな地域ごと、首都圏は沿線ごと、という具合です。

その担当地区を、昨秋から少しずつ変更していったことは既にこのダイアリーで何度か書きました。ちょうど世間では新年度に当たるわけですが、特に新入社員が入ってくるわけでもないあたしの勤務先の場合、4月になったからというフレッシュさは社内に微塵も感じられませんし、回っている書店も多少の人事異同はあるにせよ、やはり毎年新入社員が入ってくるというところは稀ですので、お互いに新鮮さもなく仕事をしているような状況です。

別にそれが悪いというわけではありませんが、今回が担当地区変更も、あまりに長いこと同じ地区を担当していると慣れが惰性になり、宿痾がたまってくるようになり、これは出版社にとっても書店にとってもよくないことではないかと思います。それに書店営業たるもの、いろんな書店を見ておくことも大事です。そんなこんなで実施した担当地区変更jが、始めてからそろそろ半年になろうとしています。その成果や如何に?

このところ、社内の会議でも「担当が代わって、その成果が出ているのか」ということが話題に上ります。別に受注金額だけの問題ではありません。きちんと書店に顔を出し、書店の人と友好な関係は築けているか、ということです。

長いことある地区を担当していると活きやすい書店にだけ顔を出し、そうでない書店にはあまり顔を出さない、という悪循環も生まれます。顔を出さなくなった、その書店に行かなくなったのにはそれぞれ理由があるのでしょうけど、出版社の営業は書店を訪問してなんぼ、ですから、担当変更はよいきっかけになるはずです。いじめられっ子が転校を機に心機一転新しく学校生活をやり直すのと似たところがあると思います。そもそも、こちらが「あの書店には行きたくないなあ」と思う以上に、書店の人だって「某某出版の某某さん、あまり好きじゃないから早いとこ担当代わってくれないかなあ」と思っている可能性だって十二分にあるはずです。昨秋来のうちの担当変更が書店の方にどう思われているか、それはわかりませんが、少しでもよい方に向かっているのであれば嬉しいところです。

で、あたし自身の反省。

ようやく、どの書店も何回か訪問し、ある程度は書店の方も覚えましたし、書店の方に憶えてもらえたのではないかなと感じています。信頼できる営業と思われているかは自信がありませんが、不誠実なことはしていないつもりです。前任者よりも細やかなケアができているか、それもよくわかりません。「担当代わってからあまり来てくれなくなった」とだけは思われないようにしないといけない、とは思うもので毎月一回、少なくとも二月に一回はどのお店にも顔を出すようには心がけているつもりです。(逆に、旧担当地区で、「やっとあの人代わってくれたよ」と思われるのも、それなりに悲しいものですが……汗)

ただ、言い訳をしてはいけないのかも知れませんが、あたしが担当に代わってからだけでも一回、二回担当者が代わった書店もあります。特に年末年始やこの春先は書店の人事異動の季節なのか、担当が代わった書店も散見されます。そもそもこちらが担当変更を行なった秋の時期も人の異同がある時季ですよね。前任者と一緒に担当変更に挨拶に行ったとき会った人が次の訪問では代わっていた、なんてこともありました。こればっかりは仕方ありません。一から関係の作り直しです。

でも、営業に移って十年以上になりますが、ずーっと同じ地区を担当していたので、今回の担当変更は非常に新鮮な気持ちで取り組めています、あたし個人としては。久々に営業部に遷った頃の緊張感を味わっています。それが時に心地よく、ちょっとワクワクしながらの書店訪問になっていたりします。決して新卒の新人ではないので、見てくれの新鮮さは伝えられませんが、せめて気持ちのフレッシュさくらいは届けられたらと思います。

やはり、第一印象をよくできるように頑張らないと! 昔から第一印象が悪いと言われ続けてきているので……(だからといって、少し知ってもらえば印象がよくなるのかと問われても、「はい、よくなります」と自信をもって言えない自分が情けない!)

どちらが賢いのか?

Facebookの続きです。

一冊入ってきた新刊が、入ってじきに売れたとします。その次にどうするかです。もちろん、その本のジャンルにもよるかと思いますし、こちら(出版社の営業)がそのお店に何らかのアプローチをするか否かという問題もあると思います。

ここでは、売れた直後のタイミングで、あたしたち出版社の営業がたまたまそのお店に足を運んだとしましょう。新刊が棚になければ、出版社の営業としては「あれ、配本がなかったのかな?」という心配と、「もう売れたのかな?」という期待が交錯します。でも、とりあえずはお店の方に声をかけるわけです。

で、その時のお店の方の対応はだいたい二通りです。その一は、「うちではああいう本は難しいから、一冊売れればもう十分だよ」というもの。もう一つは「それじゃあ、追加して、もっと積んでみようか」というもの。

どちらの方が賢い選択なのでしょうか?

入った本が売れたと言っても、他のお店でも順調に売れ、書評も出て、ますます売れそうな場合もあれば、たまたまそのお店では運良く売れたという場合があると思います。本の定価、ジャンルも問題になるでしょうし、そのお店の客層、どんな本がよく売れる本屋なのか、ということも関わってくるでしょう。

で、先の選択肢で前者の場合、一冊入って一冊売れました。消化率は百パーセント。返品もありません。数字だけを見ると優秀です。後者の場合、では3冊ないし5冊追加注文したとします。一週間か十日後に入荷して並べました。じきにまた一冊売れました、しばらくすると更に一冊売れました、となることもあれば、追加が全く動かない(売れない)、一ヶ月たってとうとうすべて返品することにしました、という可能性もありえます。いや、昨今のこの業界の状況を考えると、追加も瞬く間に売れてしまうなんて言うのはかなりの僥倖、何十冊に一冊、いや何百冊に一冊の確率かもしれません。となると消化率も下がるし、返品も生じ、最初にせっかく売れたのに、数字上は元の木阿弥です。

だから、最近の出版界では前者を選択するのが賢い選択と言えるのかもしれません。現に前者を選択する機会が多くなっているような気がします。それはそれで短期的には数字はよくなるとは思いますが、じきに行き詰まり、漸減あるは急降下の未来が待っていると思います。とりあえず、返品のことはおき、一冊売るだけで満足するのか、三冊、五冊と更に売ることを目指すのかという点で考えてみたいと思います。そうしないと、売り上げは伸びませんから。

だからといって、出版社側も書店に対して追加注文を出せ、と強く言えるわけではありません。強く言うためにはそれなりの論拠が必要になります。そして、追加注文をもらったからには、それがしっかり売れるような対策を書店の人と一緒になって考えないとなりません。

何ができるのか、書評が出るか出ないかは神頼み、テレビで紹介される、有名人がブログやツィッターで話題にしてくれるなんて、なおさら夢のまた夢。ポップを作るくらいしか思いつかない体たらくですが、もっと売ろうとしてくれる書店員さんに対しては精一杯、何かしたくなります(「してあげる」という表現は使いたくありません)。でも、何ができるのかと、いつも自問自答です。

チェーン店

昔からある街の本屋が次々に姿を消し、気づくと本屋と言えば、全国かローカルかの違いはあるものの、チェーン店ばかりになってしまいました。そう言えば、街の電気屋さんもほとんど姿を消し、ヤマダ電機やビックカメラ、ヨドバシカメラと言ったチェーンばかりですよね。どの業界も同じ道を歩むのでしょうか?

さて、この書店のチェーンですが、チェーンによってはどのお店も同じような規模で、特に差がないというチェーンももちろんありますが、たいていのチェーンは本店ともう一つくらい大きな店舗があるものです。他は比較的小規模な店舗だけっど、一つ二つは中型店、大型店があるという感じです。もちろん、ジュンク堂書店のように、ほとんどの店が大型店問いチェーンもありますが……

で、こういうチェーンの書店の場合、新入社員ってどこの店舗に配属になることが多いのでしょうか? 最初から大型店は大変だから、小規模な書店に配属になることが多いのでしょうか? それともまずは本店に配属させるのでしょうか? このあたりはその時々の人員構成、配置と上の人の考え方次第なのだと思いますから、とやかく言う筋合いではありません。

ただ、出版社の側から言えば、まずは大型店や中心となるお店に配属させた方がよいのではないかな、と思います。非常に勝手な言い分ですが、営業で回る立場からすると、本店や大型店、中型店には顔を出しても、なかなか小さいお店までは手が回らないという事情があります。ですから、なかなかそういうお店の人と知り合うチャンスが生まれません。出版社も人員削減の折、小さいお店まで訪問できないのが実情なんです。

どんなにネットが普及しても、やはりこの世界、実際に顔を合わせて話をして初めて物事が始まる、動き出すことが多いです。出版社の営業マンも小さいお店に行きたくないわけではありませんし、時間が許すのであれば訪問したいという気持ちは多くの人が持っているはずです。それができないのが、言い訳に聞こえるかもしれませんが現実です。

書店の人からすれば、「うちみたいな小さいところには版元の人は全然来ないよ」という愚痴になるのだと思います。知り合う機会がないから、何かフェアをやりたくても相談する出版社の営業マンに心当たりがない、ということになりがちです。それでも、本店などでそれなりに出版社の人と関係を築いていた人であれば、チェーン内の小規模店に遷っても、それまでの人脈を活かして、棚作り、店作りをやれるのではないでしょうか。出版社側も「某某さんがいるから、あのお店に、こんど顔を出してみよう」という気持ちになります。同じ小規模店でも、知っている人、お世話になった人がいるかどうかで、行ってみようという気持ちに格段の差が生まれます。

これを書店の側から言えば、まずは本店などでいろいろは出版社の人と顔なじみになる、毎日たくさんの荷物に触れることでどんな本が出ているのか、そして売れているのかを知るよい機会になるのではないでしょうか? なまじ小さいお店に配属になると、そういうところは社員の人数も少ないですから、本屋としての仕事以外の業務に忙殺される可能性も高いと思います。

というような話を、少し前に書店に営業に行った折、そこの馴染みの書店員さんと話しておりました。書店も人減らしが進んでいますから、わかっているけど理想的な人員配置を考えている余裕がないし、出版社もそうなのですが、若手を育てている余裕もない、育てられるスキルを持った先輩もいない、という状況なのではないでしょうか?

本はどこへ消えた?

ずいぶん前に流行った本のタイトルのようですが、別に自己啓発的な話をしようというわけではありません。仕事をしていて感じることについての話です。

書店に行くと、お店に入って一番目立つところに、本がドーンと積んであることがあります。特に、都会にある数百から一千クラスのや大型店ですと、単行本でも数十冊、文庫や新書になると100をもって数えるほどの本が積んであることが多々あります。もちろん一種類の本の話です。

本屋に入って、一番目立つところに、こんな風に積んであれば、「ああ、この本って売れているんだな」と客に思わせる効果があります。実際、目に付くところに置いてあれば手に取ってもらえる確率も高まり、手に取ってもらえれば、その本を購入してもらえる確率も高まります。ある本が入り口に100冊積んであるのと、その本が棚に一冊だけ置かれているのをそれぞれイメージしてもらえれば、どちらの方が買われる可能性が高いか、一目瞭然だと思います。

あたしもそうですが、刊行から何年たった本でも、初めて本屋でその本を目にしたときに「へぇ、こんな本が出ているんだ」と思ったことが誰にでもあると思います。その時、本の奥付を見て数年前に刊行された本であっても、その時まで自分が知らなかったのであれば、その本は自分にとっては新刊と言えます。そして「面白そうな本だなぁ」と思ったり、「買ってみようかな」と思ったりするのも、その本が目に留まったればこその話です。

ですから、各出版社の営業マンが書店に行って少しでもよい場所に、少しでも多く本を並べてもらおうと努力するのは、至極当然の企業活動です。でも、その一方、並べたからと言って、果たして本当に売れるのでしょうか? そりゃ、1冊だけ棚に置かれていては、それを見つけてくれる人はなかなかいないでしょうけど、目立つところに10冊積んであれば、買ってくれる人もいるでしょう。ただ10冊のうち何冊が売れるのかはわかりませんが。

10冊並べて10冊売れればもちろんサイコーです。でもそんなことは滅多にないです。では、8冊くらいなら売れるでしょうか? これもかなりまれだと思います。では、実際にどれくらい売れているのか? あたしの感覚ですと、たぶん平均すると10冊並べて2冊か3冊ではないかと思います。すると、7冊から8冊は売れ残るということになります。この本はどこへ行ってしまうのでしょうね? もちろん出版社に返品されます。売れなかったからやむを得ません。それが現実です。

で、ここで書店によく行かれる方に思い出して欲しいのは、そういうふうに目立つところに大量に積まれている本、もしあなたが2週間に1度書店に行くとして、次に行ったときも同じところに同じ本が同じように積まれているでしょうか? 大人気のコミックの新刊、ドラマや映画が大ヒットしている原作小説などは一ヶ月くらいは同じように並べられていることもあるでしょう。それこそ村上春樹の新刊でしたら、それくらいの期間を越えて置かれ続けると思います。

でも、多くの場合、数週間もすれば別の本に変わっているはずです。そこで問題です。果たして、前回来たときに積まれていた本はすべて売れてしまったのでしょうか? もしそうだったら書店も出版社も万々歳ですが、実際には上に書いたようにほとんどが売れ残って返品されてしまったと思われます。もちろん、時間がたってもある程度売れる見込みのある商品であれば、全部を返品することはないでしょうが、目立つところに置く本の冊数は減らしているはずです。減らした分は返品されています。

一ヶ月の間、目立つところにドーンと置かれていた本だって、そりゃそれだけ置いていたわけですから、トータルで数百冊は売れたかもしれませんが、一ヶ月近くドーンと積んでおくためには売れたそばから補充もしているはずで、トータルの入荷冊数もかなりの量になると思います。総入荷量と総売上冊数を比べて、果たして儲かったと言えるほどのパーセンテージになっているのか……

お時間があれば、自分がよく使っている書店で、一番目に付くところに大量に置かれていた本が、次に行ったときまで積まれ続けているのか否か、確かめてみては如何でしょうか? あんなに積まれていた本が全部売れてしまい、こんどは別の本を置いているなんてことがどれくらい起こっているのでしょうか? 本がドンドン売れて一、二週間でなくなってしまうようなら「出版不況」なんて言葉は聞かれないはずですから。

実は独りよがり?

これは紀伊國屋書店新宿本店のフロアガイドのページです。一階から八階まで整然とジャンル分けされています。で、こちらがジュンク堂書店大阪本店のフロアマップのPDFファイルです。二ページ目には棚の細かいジャンルが書き込まれています。

ところで実際に店頭へ行きますと、もちろんこういう詳しい店内マップは置いてありますが、入り口近くの看板や案内図にはここまで詳しくは書いていないものです。ジュンク堂さんもこのPDFの1ページ目に書いてある程度の案内がせいぜいであったりします。

これまであたしはこういった案内や看板で何の疑問も感じていませんでした。これくらいで十分でしょ、という気持ちでした。ただ最近『パンダが来た道』という本が刊行され、この本の営業をしようと思いますと、書店では多くの場合、「動物」というジャンルに置かれています。で、その「動物」ですが、この二つの店内案内からどこにあるかわかりますか?

あたし、書店の中で探してしまいました。結局、お店の方に聞いたのですが、紀伊国屋なら4階の理工書、ジュンク堂も3階の理工にあるんですよね。これって常識なんでしょうか? 確かに事細かに看板や案内図に載せることは不可能でしょうが、動物が理工にあるって本屋を使う人には自明なのでしょうか?

そう思って、自社のホームグランドと言える人文を見ますと、紀伊國屋さんは比較的細かく書いてありますが、ジュンク堂さんは3階に「人文」とあるだけです。多くの書店でもジュンク堂タイプだと思います。これで哲学・思想とか日本史、世界史がここにありますよって、多くのお客様にわかるのだろうか、そんなことを思ってしまいました。

そりゃ、こういったジャンルの本を見に来る人には言わずもがなな気もしますが、もしかすると、それ以外の人にはものすごーく不親切な表記なのかもしれない、そう感じました。となると、わが社も入っている「人文会」という名称も、実は「そもそも人文って何よ?」という人が日本人の大多数なのかもしれないですね。

売れるから……

Facebookにも書きましたが、朝日新聞に、嫌中憎韓本が書店店頭を席巻しているような記事が載っていました。こういう本ばかり並べるのはどうかと思うが売れるから、という書店員のコメントも載っていましたが、「売れるから」という理由だけで本を並べていてもいいのでしょうか?

いや、資本主義社会なのだからそれでよいわけで、それが正しいのでしょう。

だったら、出版は文化だ、みたいな言説は即刻やめるべきだと思うのですが、そういう態度を選択するわけでもなく、一方で知的営為のような顔をしつつ、しっかり儲けに奔っている、そんな底の浅さが見え隠れしています。

別に書店だけを非難するつもりはありません。そもそも本を出している出版社があるわけで、それだって「売れる」というからには「読者のニーズ」というものが前提になっているはずですから、巡り巡って、結局一番悪いのは読者ということになるのでしょうか?

確かにそうでしょう。でも、やはり書店が地域の文化的な核であると言うのであれば、入荷した本をただ並べるのではなく、そこに文化の核としてのフィルターをかけてやるくらいのことはしてもよいのではないか、そう思います。ですから、思いっきり「嫌中憎韓」に偏った本ばかりを並べるというのも、その書店としての主義、主張、信条に基づくのであれば致し方ありませんが、もう少しバランスを取るような書店が増えてもよいのではないかと……

でも、フィルターをかけようにも、勝手に取次から入ってくるから、という側面もあるのでしょうね、いまの出版界には。それでは書店としては、入ってきた以上並べるしかない、ということになるでしょう。出版社もいたずらに嫌中憎韓本ばかり出していて、文化の一端を担っているという矜持はないのでしょうか、と出版社の人間として天に唾するようなことを言っているわけですが(汗)。

しかし、安倍自民党政権の右傾化などと言われますが、出版社も嫌中憎韓本ばかり出し、それらばかりを並べる書店があり、そういう本を好んで買っていく読者がいる。つまりは国民全体が右傾化しているんですよね。先日の国際会議で安倍総理が現在の日中両国を第一次大戦前の英独両国にたとえたりしていましたが、気づいたら戦前のような社会になっていた、ということになりかねない、そんな気がします。

少なくとも昨今の選挙などで示された民意を見ると翼賛化していることは紛れもない事実のような気がします。

某某出版会

昨夜は人文・社会系出版五団体の合同新年会でしたが、この「人文・社会系出版五団体って何?」という人も多いのではないでしょうか? もったいつけるものでもないので正解を発表しますと、法経会、歴史書懇話会大学出版部協会、国語・国文学出版会、人文会の五つの団体のことです。どれも複数の出版社で作っている団体です。基本的に破損ジャンルの書籍の販売促進と普及を目的とした集まりで、大手出版社に比べるとどうしても営業力が劣るので、数社が一緒になって盛り上げていこうという思いもあります。

出版業界にはこの他にもいろいろ「某某出版会」というのがあり、どんなものがあるのか、あたしも詳しいことは知りませんし、果たして実際のところいくつあるのかもわかりません。あたしの勤務先では上掲の人文会とヤングアダルト出版会に入っています。その他、出版会とはちょっと性格が異なりますが、目録刊行会というのもあり、これもほぼ各ジャンルに存在している感じがします。

と書いているのですが、「こういう出版会はないんだ」と感じることも時々あります。たとえば、あたしの勤務先に引きつけて言えば「海外文学出版会(仮)」のような団体です。そもそも日本文学でも出版会って聞いたことないので(作家協会はありますが)、たぶん海外文学などはるかになさそうです。でも日本文学ならば(古典ではなく、あくまで現代作品)書店の王道ですので、わざわざ出版会を作って活動しなくても大丈夫なのでしょう。そういう見地からすると、海外文学出版会(仮)はあってもよさそうな気もしますが、ないですね。できそうな雰囲気もないですし。

次に思いつくのは「西洋史出版会(仮)」です。上掲の歴史書懇話会は歴史を名乗ってはいますが、基本的には日本史を得意とする出版社の集まりで、西洋史という感じではありません。あたしの勤務先などは逆に日本紙はほとんど出して折らず、もっぱら西洋史ばかりですから、そういう出版社が集まって出版会を作ってもよいのではないかなあと思うときがあります。とはいえ、あたしの勤務先の場合、出している本はほぼすべて翻訳物なので、日本人の著作を中心に出している出版社とはやはり相容れないのでしょうか? 業界にいてもこのあたりの加減ってわかりません。

個人的には「一冊あたり800グラム以上の書籍出版会」とか、「一冊あたり500ページ以上の書籍出版会」といった、ちょっとふざけた出版会があってもよいのに、とそんな風に思ったりしています。いや、これは出版会を作るのではなく、そういうテーマでフェアでもやった方がよいのでしょうか?

費用対効果

あたしの勤務先では、だいたい毎年決まった時季に出張があります。年に三回ほど東京以外の各地方の書店を回るわけです。東京のように、毎週のように、あるいは二週間に一度、一ヶ月に一度訪問している書店と比べると格段に訪問回数は少ないですが、やはり直接会って話をするのは大事な仕事ですので疎かにはできません。

首都圏の場合、かなり郊外の書店を除けば、気軽に行けるので、こういう書き方は書店に対して失礼ですが、それほど大きくない書店だろうと、売り上げがそれほど多くない書店であっても訪問することができます。そんな風に訪ねていると、面白いフェアや企画を考えている書店員さん、一所懸命うちの本を売ろうと頑張ってくれている書店員さんに出会うことができます。これが書店営業の醍醐味でもあります。

ところが出張ですと、そうはいきません。一応は何日間の出張という基準がありますから、その日数内で該当地域の書店を回らなければなりません。必然的に大型店や売り上げの高い書店を中心に回ることになります。東京ならこの程度の売り上げの書店にも時々顔を出すのに、地方だとこれだけの売り上げがあっても顔を出せない、ということもしばしば起こります。地方に支社が会ったり、地元の営業代行業者を使わない限り、これは致し方のないことだと思います。

こういう時に使われるのが「費用対効果」という言葉です。

なんで地方の書店は訪問できないのかと言われれば、それなりの出張費がかかるからです。往復の旅費、新幹線や飛行機には割引切符がありますが、それでも都内近郊を回る交通費に比べたら格段の出費です。なおかつ出張日数に応じて宿泊費がかかります。出張の日数を増やしたら増やしたで宿泊費が増えるわけで、そのぶん多くの書店を回ることができますが、その増えた経費分の売り上げを上げられるのかと言われれば、この不景気の世の中、そう簡単ではありません。

とはいえ、上にも書いたように、実際に顔を合わすと言うことの効果というものは金銭で図ることができません。会った人であれば、その後は電話やファクスでフォローすることもできるでしょう。こちらだけでなく、書店の人から見ても一度あった出版社の人とそうでない出版社の人というのは違うはずです。それがその後のフェアとか、日常的な発注にも影響してくるはずです。

この分をどう計算するか。そこが悩ましいところです。特に来年に創業100年を控えているあたしの勤務先としては、その露払い的な意味でも、今年は少し目先の経費を少々度外視しても、来年以降への好効果を期待して少し丹念に地方の書店も回った方がよいのか。いやいや、そんな余裕はない、それよりもふだん回っている書店で確実に注文を上げてくる方が大事ではないか。そんな心の中の葛藤もあります。

大都市の書店にはそれなりに顔を出しているとは言え、言ってしまえば、回っているのは大型書店ばかりで、中小書店はほとんど回れていません。売り上げの伸び代としては中小書店の方が可能性が高いということもわかっていますし、大型店は在庫もそれなりにしっかりしているので、訪問したからといって注文がもらえるというわけではありません。それでも、大きなフェアをやってもらうには大型店ということになりますし、売り上げでも店の大きさに比例して売ってもらっているので顔を出さないわけにはいきません。

また、どうしても回る効率を優先しますので、中小書店でも大型店を回る道すがらに立地していると訪問することも可能ですが、逆に言えば大型店でもあまりにも交通不便なところに立地していると回れない、回るのをパスしてしまうことも多々あるのです。それでも、あるジャンルだけに特化した出版社であれば、そのジャンル担当の人に逢えればよいわけで、そのジャンルを扱っていない書店はスルーすることも可能ですから、一日にかなり多くの書店をこなすこともできるでしょう。でも、あたしの勤務先の場合、語学、人文、文芸、芸術、料理、社会と多岐にわたっています。お店によっては更にその中が細分化されていたりして、担当者がそれぞれにいることがあります。結果、一つの書店に一時間や二時間滞在することもざらで、そうなると一日に数店しか訪問できないこともあります。そんなんで営業と言えるのか。お金をかけて出張に出ているんだから、もっと注文を取らないとダメじゃないか。ホテルの部屋でそう思うこともよくあります。

他の出版社の人と話しても、皆さん同じような悩みを抱えているようです。実際に訪問する、書店の人と顔を合わせる、話をするということの効果は、具体的な金額という目に見えるものでは表わせないけれど、どう斟酌するか。来年に向けて、今年は特に悩みが深いです。

いや、悩んでいるのではありません。どう考えたらよいのか、ひたすら思案しているだけです。悩み事ではないです。