あっちでもこっちでもピカソ展

朝日新聞の夕刊に載っていた広告。

日本橋の高島屋でピカソ展があるみたいですね。2月17日から28日と、会期はかなり短いですが、デパート展としてはなかなか頑張っているなあ、と思います。って、17日と言えば明日からなんですね。

あら、残念。もう少しで『ピカソ Ⅱ』が刊行されたのに……

仕方ないので、既刊の『ピカソ Ⅰ』をお薦めします。第一巻は1881年から1906年の子供時代を扱っています。ちなみに第二巻は3月下旬刊行予定です。

この高島屋のピカソ展は昨年から日本各地を巡回している展覧会のようで、既に山梨と宮城が終わって、この高島屋を挟んで、その後は香川県立ミュージアム、佐賀県立美術館を回るようです。

ところで、ピカソ展と言えば、上述の展覧会とは別に、愛知県美術館でも年明けからやっていますよね?

「ピカソ、天才の秘密」展、こちらは会期は3月までありますので、お近くの方、愛知へお出かけの方は是非どうぞ。この展覧会は、愛知の後は大阪、あべのハルカスへ巡回するようです。

なんでこんなにピカソが続くのでしょうか? やはり人気だからですか?

本も売れると嬉しいのですが……

メディチ家の至宝

この4月から、東京都庭園美術館で「メディチ家の至宝」展が始まります。メディチ家と言えば、世界史、特にヨーロッパ史に興味があれば知らない人はいないくらいの一族ではないでしょうか? 知名度ではハプスブルク家に勝るとも劣らないと思いますし、ルネサンスと言えばメディチ家という感じがします。

そんなメディチ家のお宝を集めた展覧会。これから新刊も各社から出ると思いますが、あたしの勤務先でもこんな本が出ています。『メディチ家の黄昏』『メディチ・マネー』『メディチ家の墓をあばく』などです。

  

あと、メディチ家と言えば、ルネサンスですからルネサンス関係の書籍、あるいは『ジョルジョ・ヴァザーリ』の名前も忘れてはならないでしょう。

まあ、今回の展覧会はメディチ家の宝石がメインのようですので、ヴァザーリはあまり表に出てこないみたいですけど……(汗) とにもかくにも、4月22日からです。

中東情勢でミニフェア(?)のご案内

近々、あたしの勤務先から『危険な道』という書籍が刊行されます。中東関係のニュースでは日本でもしばしば耳にするアルジャジーラ、その元記者がアルカイダの幹部にインタビューを行なった、その記録です。9・11からまだ日の浅い時期のインタビューだったので、世界中が驚いたとのこと。このところ「イスラム国」の方が世間を騒がせているので、アルカイダは解散したのかと思われているかもしれませんが、まだまだしぶとく生き残っていて、最近では「イスラム国」との協力関係も見られるとか。中東情勢を考える上で、やはりアルカイダからは目が離せません。

そんな鳴り物入りの新刊ですが、日本で売るには、有名人でもなければ、今差し迫った危険が日本に迫っているわけでもなく、なんとなく他人事のように感じられてしまいがちの内容ですから、「引き」が弱いのではないか、そんな気もします。それに、やはり複雑な中東情勢は多面的にもの見る姿勢が欠かせません。そこで本書と一緒に並べたらよさそうな本をピックアップしてみました。順不同です。

  

  

 

 

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蔵出し@BF新宿

ブックファースト新宿店で、毎年恒例(?)の蔵出し本フェアが始まりました。今年で何年目でしょうか? 各社の在庫僅少本が勢揃いしています。

上の写真のように、社によって出品しているアイテム数にはバラツキがありますが、最近は書店店頭で見かけなくなった本も、この機会に鎮座していますので、お近くへお越しの際は是非お立ち寄りください。

でも、あたしなどから見ると、「えっ、この本って在庫僅少だったの?」という驚きの方が大きいのが、このフェアでは毎回のこととなっています。自分の意識では「まだまだ現役で売れている」「買おうと思えばいつだって買える」と思っていた本がここに並んでいると、ちょっとしたショックを受けるものです。

というわけで、あたしの勤務先もこっそり(?)と参加しております。今回も選書したのですが、本当に倉庫に奇跡的に残っていたようなアイテムばかりになりました。ほぼ全点が1冊、数点ほど2冊並んでいるものもありますが、これで蔵は空っぽだと思ってください(笑)。

多言語混在の文章を……

昨日書いた温又柔さんのトークイベントに関するダイアリー。

話題の一つにスイッチングがありました。文学用語としての使い方が正確なのかはわかりませんが、あたしの理解する限り、昨日のトークの中では英語とスペイン語が混在した文学作品のことを指しているように受け取りました。確かに、アメリカ文学などでは、ところどころ他の言語が混じっている作品があるようです。

ただ、それが翻訳になってしまうとすべて日本語になってしまうので(翻訳ですから当たり前ですが)、原文にある英語と他の言語の混在をうまいこと翻訳でも表現できないかと管さんも苦労されているようです。日本でそういう作品を和訳するときは、英語以外の部分をゴシック体の書体にする、関西弁など日本の方言を使う、といった方法が試みられているようですが、いまひとつしっくりこないようです。

さて、温さんのエッセイ『台湾生まれ 日本語育ち』の中には温さんの家族が使う中国語が織り交ぜられています。特にお母さんは生粋の台湾語を話しているようですが、残念ながら本書では日本語訳されています、これをなんとか原語のままで表現できないものか?

もちろん現在のPCは多言語混在がある程度は可能なので、文字としては多言語で表現することが可能です。でも日本語の文章の中に、簡単な英語ならまだしも、フランス語やドイツ語、あるいは中国語や韓国語が数行にわたって挿入されていたらどうでしょう? その後にポイントを少し小さくして和訳を載せておけば大丈夫でしょうか? それも一つの方法ではあると思います。

ただ、ウェブ(電子書籍)ならばもう少し面白いことができるのではないかなという気もします。たとえば、今回のエッセイで温さんのお母さんのセリフ部分、本文は日本語で書かれていますが、そこをクリックすると(カーソルをそこへ移動させると)、台湾語(中国語)の音声が流れるなんて面白い仕掛けだと思います。電子書籍ならそんな芸当は朝飯前でしょう。可能なら、温さんのお母さんに吹き込んでもらった音声でやれるなら面白いところです。

ふと、そんなことを考えたりしました。

やどかり[寄居蟹]

昨晩は下北沢のB&Bで、『台湾生まれ 日本語育ち』の刊行を記念した、温又柔さんと管啓次郎さんのトークイベントでした。本書の後半は、温さんと管さんが台湾を訪れた旅行記がメインとなっていますので、既に本を読まれた方には特に興味深いイベントではなかったでしょうか?

 

さて冒頭、管さんは温さんの今回のエッセイや以前の小説『来福の家』について、一貫性を感じるとおっしゃると、温さんは自分はそれしか言えなくて、ずっと一つことだけを書いてきたと返していました。では温さんがずっと拘ってきたものは何か。それはやはり言葉です。自分が幼少のころに学んだのではなく自然と身につけた、話し言葉としての台湾語。おしゃべりが好きだった温さんが、自分のしゃべった言葉を書き留めておくことができると気づいた文字との出逢い。しかし、温さんが自分の言葉を書き記すために覚えたのは台湾の注韻字母ではなく、日本の平仮名であったこと。そんなところの葛藤が出発点になっているようでした。

温さんは成長するにつれ中国語は忘れ日本語話者となっていきます。5歳の時に来日した温さんは、その時点では中国語をしゃべっていたわけで、まだ不自由な日本語をテレビアニメ、特にドラえもんで覚えたそうです。そして自然とに身につけた日本語が温さんにとってはほぼ母語であるに対し、温さんのご両親にとっては紛れもなく外国語であったわけです。しかし、温さんの祖父母の世代になりますと、日本統治時代に日本語教育を受けた世代になりますので、時に温さんよりもはるかに流暢な日本語を話されるそうです。そんな多言語環境が温さんの家庭だそうです。

温さんは、日本で進学する中で改めて中国語を学ぶようになります。中国語を取り戻そうと意図したものの、温さん曰く「取り戻し損なった」そうです。それは学んだ中国語が自分の話していた中国語とは異なっていたからというのが大きな理由でもあるそうです。恐らく温さんの家庭では台湾語であるのに対し、日本の学校教育で教授される中国語は大陸の標準語ですが、津軽弁を取り戻そうと思って日本語教室にいったらNHKのアナウンサーが話すような標準語を教えられた、みたいなものでしょう。

大学進学後の温さんは、リービ英雄さんや管さんとの邂逅を経て、このような自分のおかれた言語環境に関する興味をますます深め、それを今回のエッセイなどのような文章にまとめています。今回のイベントでは対談相手が管さんなので、リービさんではなく管さんとの関わりを中心に話していましたが、管さんがアメリカ留学時代に、アメリカ文学にスペイン語を交える動きが流行りだし、管さんも自然とそういう文学に親しんだとのこと。日本語では、まだまだ文章の中に他の言語を交えて書くということが一般的になっていませんが、アメリカでは英語の中にスペイン語が混じる文学作品がどんどん生まれていったそうです。

そのような流れから、サンドラ・シスネロスや李良枝(イ・ヤンジ)、鷺沢萠などの名前が挙がりました。こういう作家たちを知ることで温さんは自分の日本語の無邪気さに気づかされたと言います。そして言葉に対するこだわり、自分のアイデンティティに対する探求などが始まったようです。言葉に拘るというのは、アメリカにおけるヒスパニック系のようにマイノリティなればこその視点、気づきでしょう。

といった話題から一転、後半は、会場でもリーフレットを配布しましたが温さんの「台湾総統選挙を終えて」という文章をベースに、先ごろ行なわれた台湾総統選挙へ温さんが投票しに行ったことについて語られました。8年前に選挙の時に自分にも投票権があることを知った温さん。4年前の選挙では資格を満たさず(2年以内に台湾を訪れているか否か)選挙ができず、今回ようやく投票ができたそうです。

ニュースなどでも盛り上がり、かなり熱くなっていた台湾総統選挙。実際に投票してみて温さんは終わった後に寂しさを感じたそうです。資格を満たしているというだけで、自分にとってほとんど外国に近い台湾の選挙に参加できるという不思議、投票という権力を行使できるのに感じてしまう国籍のひずみ、なによりもこの総統選挙を伝えるニュースを日本語で読み、日本語で聴き、日本語で理解している自分はなぜ投票できるのかという自問。

いろいろ考えるところがあったようですが、それは上記のリンクからどうぞ。

さて、最後に『台湾生まれ 日本語育ち』のカバーにも使われているヤドカリの話題。他書のフィクションが混じっていますが、温さんの家庭でのエピソード。妹さんにこれは何かと問われ、「ヤドカリ」と答えた温さん。さらに「中国語では何と言うのか?」と問われるも答えられず、母に助けを求めます。お母さんは「ジージューシエ」と答えます。さらに妹に「どんな字を書くの?」と聞かれても答えられないお母さんに代わりお父さんが「寄居蟹」だと教えてくれます。そんなやりとりを通じ温さんは自分の言葉について考えているようでした。

青山ブックセンター、フェア競演

青山ブックセンターでフェアをやらせていただいております。何のフェアかと言いますと、翻訳家・藤井光さんの選書による海外文学のフェアです。

藤井さんに、ご自身の翻訳書から、それとご自身以外の翻訳書でお気に入りのものを、それぞれコメント付きで挙げていただき、それをフェア展開してもらっています。ですので、必ずしもあたしの勤務先の出版物だけではなく、他社のものもほどよくブレンドされています。

まずは六本木店のフェアの模様です。奥に細長いフロアの半階上がった文芸コーナーのエンド台です。

続きましては表参道にある本店のフェア。こちらは入り口入って左手に広がるフェアコーナーの一角を使っての展開です。

同じフェアですから、基本的には同じ書籍が並んでいるのですが、ちょっと並ぶ順番が異なるだけでずいぶんと印象が異なるものです。あっ、書棚の色などにも印象を左右されるのでしょうね。

さて、こういうフェア、海外文学はなかなか取っ付きづらいと言われますので、その入り口としてはとてもよいのではないかと思います。選んでいただいた書籍は、あたしなんかが語るのはおこがましいですが、どれも外れのない面白いものばかりです。何点かは読んでいるので、そこは自信を持って主張できます。

それになによりも、藤井さんのコメントがとてもすばらしいです。特にご自身以外の書籍についてのコメントは、本当にこの本が好きなんだなあ、こっちまで読みたくなってくる、という熱のこもったものになっています。

両店のお近くへお越しの際は是非お立ち寄りください。

フェア壮観!

大阪のMARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店の語学書売り場で、「ニューエクスプレス」と「言葉のしくみ」シリーズのフェアを開催中です。

上の写真がその様子です。売り場の壁面を大きく使っての展開です。シリーズですから装丁が揃っているので、こうやって集めて展示するとなかなか壮観です。

別方向からの写真です。中央に鎮座する看板は、世界地図の白地図に、どの本がどの国・地域で使われているのかを示したものです。こうして世界を見回すと、まだまだ偏りがありますね。埋められるところは埋めていきたいと思いますし、編集部に奮起を期待したいところですが、あまりにもマイナーな言語の場合、商売になるのか……

それはともかく昨年からスタートしたこのフェア、お店の方の話ではなかなか好評だそうで、当初は年末までと聞いていたのですが、いまだに継続中で、まだしばらくは続くそうです。

そして、せっかく大阪へ行きましたので、こちら、『みんなの山本彩』です。買っちゃいましたよ。それにしても、プロのカメラマンではなく、一般の人やメンバーがスマホやケータイで撮った写真だけで写真集が作られるなんて前代未聞では? そして、そんな写真集が出来てしまう、販売されてしまうほどさや姉の人気がスゴイということでしょうか? いや、事務所の強力な「推し」もあるのでしょうけど、人気がなければこんな企画、実現しませんよね? AKBグループ内では初どころか、アイドル界でも初ではないでしょうか?

で、上に「せっかく」と書きましたが、本書はジュンク堂書店の千日前店で買いました。「なんで千日前店?」と思う方も若干はいるかと思いますが、千日前店の地下が、さや姉のホームグラウンド、NMB48劇場なんです。だから、本書を買うならここでと決めていました。あわよくば、劇場がある縁でさや姉のサイン本でも売ってないかな、と淡い期待もありましたが、あったとしてもとうの昔に売り切れていたことでしょう(爆)。

悲恋? 禁断の愛?

昨夕は映画「フランス組曲」の試写会。

もちろんイレーヌ・ネミロフスキーの原作『フランス組曲』は、あたしの勤務先の刊行物です。

駅で言うと神保町と竹橋の間、一ツ橋ホールでの試写会でしたが、かなり多くの方が来ていました。女性の比率が多く、思いのほか年齢層も高めだなあという気がしました。別に、お年寄りばかり、という意味ではないですけど。

さて、ストーリーですが……

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コラボ・フェア-移民国家フランスの社会と人々-

何でも「コラボ」と言えばカッコいいのか? いまの日本、世間的には、そんな空気ですね。

で、あたしの勤務先でも現在、コラボフェアを仕込み中です。

どことコラボするの? というのが当然の疑問ですね。はい、お相手は法政大学出版局さん。同局の『フランスという坩堝』とあたしの勤務先から出ている『パリ移民映画』とで、どちらもフランスの移民を扱った本なので協力して販売促進できないか、という話になり、そこで両書の著訳者である大中さん、清岡さんに「移民社会フランスをより広く深く理解するための本」を挙げていただき、それにコメントもらって書店でミニフェアでもやろうということになったのです。

 

と思った矢先、パリであのようなテロ事件です。新聞やテレビの論調の中にはイスラム国だけではなく、フランス社会にスポットをあてたものもありました。そうなんです。フランスというのは多くの移民を抱えた社会なのです。テロ事件前からヨーロッパでは難民問題が深刻化していましたが、もちろん難民と移民は異なるものですが、全く異なるわけでもありません。

そういった複雑なフランス社会を知るということも、今回のテロ問題を考える一つの契機になるのではないか、ということで、まさしく怪我の功名、このフェアが非常にタイムリーなものとなってしまいました。回っている書店で案内をするとかなり好感触です。

で、両先生のコメントを収録したブックリストが上の写真です。8ページの小冊子です。フェア会場(?)で無料配布予定です。

ちなみに、両者のコラボ・フェアですが、このテーマの本を、この二社だけが刊行しているわけではありません。先生方が挙げてくださったリストには両社以外の本も多数含まれます。いや、むしろそっちの方が多いです(汗)。それでも、きっかけを作れれば、そしてお客さんの反応もよく、書店店頭の売り上げに繋がるのであれば、フェアとして大成功だと思っています。