向学のため? 営業のため? 販促のため?

販促と言いますか、営業活動に資するのではないかと思って、最近読んだ本をちょっとご紹介。

最近読んだ、ちくま新書の『「身体を売る彼女たち」の事情』の中に、なんと『ライ麦畑でつかまえて』が引かれているところがあります。

来年はサリンジャーの生誕百年なので、いつも以上に力を入れて販促をしていまして、書店によっては《サリンジャー》フェアなどを企画しているところもあります。そんなフェアの書目に、こちらを加えてみるのはどんなものでしょうか、などと思ってしまいました。

フェアの選書としてはおかしいかも知れませんが、『ライ麦』がどれほど後世に影響を与えたか、アメリカのみならず世界の社会と青少年に影響を与えたかという視点でフェアの選書を考えた時には、入っていてもよいのかな、なんて思います。

もう一点は中公新書の『美の構成学』です。ずいぶん前に出版されたものですが、来年、サリンジャーと同じく百周年を迎えるバウハウスの本を刊行予定なので、副題にバウハウスとある本書は必読ではないかと思ったわけです。

バウハウスがどうだということも一章割いていますが、バウハウスの位置づけ、後世への影響といった点に興味があって選んだ本です。

バウハウス以前にもそういった視点はあったようですが、体系的に位置づけたという意味でバウハウスの影響は計り知れないものがあるようです。

ところで、バウハウスについて読むと、どうしてもフランクフルト学派について思い出されます。ものすごくたどった運命が似ていると思うのですよね。同じヴァイマール時代ですし、「フランクフルト学派とバウハウス」で誰か書いていないものでしょうか?

上下本に飽き足らず?

近刊の『第三帝国の到来(上)』『第三帝国の到来(下)』は、こんな装丁です。

やはり、カバーにはヒトラーです(汗)。

あたしの勤務先お得意の上下本です。どちらも400ページほどですから、それほど分厚いという感じは受けないのですが、それはもう感覚が麻痺してしまっているからでしょうか?

それにしても、上下本、どれくらいあるのでしょう? 一度、上下本だけで注文書というか一覧表でも作ってみましょうか?

しかし、今回は上下本どころの騒ぎではありません。以前『第二次世界大戦1939-45(上)』『第二次世界大戦1939-45(中)』『第二次世界大戦1939-45(下)』という三巻本を出していますが、それすらも可愛く見えます。なんと今回は《第三帝国の歴史》全六巻! そのうちの二巻なのです。

この後にさらに、『権力を振るう第三帝国(上・下)』『戦時第三帝国(上・下)』という4冊が控えております(刊行はまだまだ先の話ですが……)。

それにしても、ヒトラーとナチ関連の書籍って、あたしの勤務先だけでどれくらいあるのでしょう? こんど一堂に並べてみようと思います。

もどかしい販促

先日の天野健太郎さんの訃報。

  

あたしの勤務先から出ている、天野さんの翻訳書の注文がポツリポツリと舞い込んできています。そんなお店からの電話口で、書店の方が「ちょっとコーナーを作ろうと思いまして……」と言うのを聞いてとても嬉しくなりました。

とはいえ、だからといってこちらから注文書を作って書店に案内するというのも、なんとなくおかしな気がします。海外の著名な作家が亡くなった時などは「追悼!某々」といったチラシを作ってファクスで案内したりしますが、やはり日本人だと身近すぎて、そんなことをすればやりすぎではないかと言われかねません。

悩ましいところです。

個人的にはもう一つ、近刊の文庫クセジュ『双極性障害』があります。

乃木坂46を卒業した中元日芽香(ひめたん)が体調を崩して活動を休んでいた理由が双極性障害を患っていたからだそうです。そんなことを聞いてしまうと、本書が俄然身近に感じられます。

言いたいのはそういうことではなく、これがハッピーな話題であるならば「乃木坂46の人気メンバーも大注目」といった煽り方もできると思いますが(ひとまず事務所の許可の件はおくとして)、本人が患っていた病気に関することですからね。

もちろん、ひめたんが「この本を読んで一歩前へ進めました」のようなコメントをブログやTwitterでみずから発信してくれるのであれば話は別ですが。

この手の話題は、書店で担当の方と話す時の話柄に留めておくに限るのでしょう。

笑えるシェイクスピア?

朝日新聞の記事です。

「ロミオとジュリエット」が笑える舞台になっているようです。

と聞いて思い出したのが『バンヴァードの阿房宮』です。副題に「世界を変えなかった十三人」とあるように、「大きな夢と才能を持ちながら歴史に名を残せなかった人々に光を当て、数奇な生涯を紹介した」一冊です。

いろいろな人物が載っているのですが、その中に「ロミオとジュリエット」を十八番にしていた俳優のエピソードがあります。本書が刊行された当時、朝日新聞の読書欄で、当時の書評委員・三浦しをんさんがこんな風に書いてくれました(2014年9月28日付)。

私が特に好きだったのは、前述した十九世紀のロミオ役者、ロバート・コーツと、台湾人だと自称して十八世紀のロンドンの騒がせたジョージ・サルマナザールだ。コーツ氏の珍妙な舞台衣装と熱演ぶり(および観客の戸惑いと怒号)の描写は、腹の皮をよじれさせずに読むのが困難だ、見たかったよ、こんなすごすぎる『ロミオとジュリエット』!

如何でしょう? しをんさん同様、見たくなりますよね? でも十九世紀の話なので感激は不可能ですから、どうぞ本書をお読みください。

死刑とは?

まもなく、『デリダと死刑を考える』が発売になります。

あたしの勤務先では右の写真のようにデリダ関連では「ジャック・デリダ講義録」として『獣と主権者Ⅰ』『獣と主権者Ⅱ』『死刑Ⅰ』の三冊と『デリダ伝』を出しております。(書名からもおわかりのように、いずれ『死刑Ⅱ』も刊行予定です。)

少々お値段の高い本ではありますが、この機会にまとめて展開していただけると幸甚です。

新刊『デリダと死刑を考える』は巻頭で

 ただし、本書の読者として想定されるのはデリダの仕事に興味をもつ人だけではない。死刑制度に賛成にせよ反対にせよ関心を寄せる人に--いや、死刑制度への関心が薄い人にも--広くお読みいただければと願っている(そもそも、これは『死刑Ⅰ』についても同様に言えることである)。
なぜ、本書のような企画が立てられるのか? それは、二つの困難が私たちの前にあるからである。一つは日本における死刑存廃論(とくに廃止論)の困難であり、もう一つはデリダによる議論の困難である。

と編著者が述べています。デリダを手掛かりに、意欲的な論考が並んでいる一冊です。

なお文庫クセジュに『死刑制度の歴史』という一冊もございますので、興味のある方は是非。

イタリア推し?

真ん中は、先日刊行された『イタリア語のABC[改訂版]』、その左右は本日見本出しの新刊です。

なにやら、イタリア語の新刊が続いている感じです。

別にそういうわけではなく、他にもいろいろ出しているのですが、もしかすると書店の語学書担当の方からは「最近イタリア語が続くなあ」と思われてしまうかも知れません。

なんででしょう? たまたま刊行時期が重なっただけなのでしょうか?

ちなみに、『イタリア語のABC[改訂版]』は書名からもわかるとおり、定番ロングセラー文法書のリニューアル版、左右の新刊はグラマーとドリル、セットで学ぶ新刊となっております。

ASEANセット?

この数年の日本、外国の方が増えています。

観光客は言うに及ばず、日本で暮らしている方も多くなっていると感じます。

一時的なものか否かはともかく、最近は小中学校にも東南アジア出身の児童が増えているそうで、ある団地やマンションなど、日本人以外の方が過半を占めているところもあると聞きます。

そういう方々が一生懸命日本語を学んでコミュニケーションを取ろうと努力されているのはわかりますが、翻って日本人の方はどうでしょう? そういう方々の国の言葉を知っているでしょうか?

ペラペラ喋れるようになれるのであればそれに越したことはありませんが、せめて「こんにちは」「ありがとう」くらいの挨拶は相手の国の言葉でも言ってあげたいところです。

というわけで、東南アジア十カ国、いあゆるASEAN諸国の語学書、《エクスプレス》を集めてみました。細かな方言を除けば、これで一応は網羅できているはずです。

えっ、近所で一番多いのは中国人ですって?

もちろん、《エクスプレス》シリーズに中国語はあります。広東語、台湾語、上海語まで揃っています。ただ、中国語、それに韓国語は他にも選択肢がありますので、今回はあえてASEAN十カ国に絞ってみました。あとは世界の共通語、英語を揃えれば、「お隣の外国人」とも楽しく暮らせるためのツールが揃います。

こんなフェア、如何でしょうか?

本当に泥まみれ?

黄泥街が、原作者の故郷である湖南省長沙市に実在すると書きました。そのダイアリーでは地図上でその場所を示したわけですが、どんなところなのか見てみたいと思います。

そこでグーグルは諦めて、中国の検索サイト「百度」を使ってみました。グーグルと同じような使い勝手ですが、恐らく中国のことに関する限りグーグルよりも検索結果が豊富だと思われます。

すると、右のような写真がヒットしました。

地元の夕刊紙・長沙晩報に掲載された、1980年5月に撮られた写真のようです。キャプションには「書市」が無くなっているとありまして、その他にもいろいろ検索していると、かつての黄泥街は本屋が集まっていた通りだったようです。

また中国に「長沙社区通」というウェブサイトがあります。そこに「施工致泥浆泄漏 长沙黄泥街真成了“黄泥街”」という記事を見つけました。

2012年10月13日の記事ですが、黄泥街で工事があったらしいのですが、水が出て通り全体が水浸しになり、黄泥街の名前のとおり、泥まみれになってしまったという記事です。

ちょっと笑えますね。

黄泥街はここにある!

いま、売れに売れている『黄泥街』ですが、《あるかなしかの街》という印象を持たれている方も多いのではないでしょうか?

ちなみに、中国語で「街」とは「通り」のことなので、日本語の「まち」ではありません。まあ、それくらいは本書を読んでいただければわかっていただけると思いますが、それでも「そのあたり一帯」という雰囲気は漂っていますね。

その「黄泥街」ですが、ググってみますと上の図のように実在します。見づらいかも知れませんが、真ん中あたりの茶色で縁取りされている、左右に延びている短い部分、そこが「黄泥街」です。

別のサイトで、もう少し拡大してみたのが右の図です。

真ん中あたり、赤いマーカーの近くに「黄泥街」という文字が辛うじて見えるかと思います。ここが「黄泥街」です。それほど長いとおりではないようです。ストリートビューがないので、実際の様子はわかりませんが、確かに実在する通りの名前です。

この黄泥街が何処にあるかと言いますと、中国の湖南省の省都・長沙市です。長沙と聞けば、中国史好きな人にはいろいろと縁のある都市です。湖南省自体も毛沢東の故郷として有名ですから、古代から近現代まで、歴史的な文物には事欠かない土地です。

というわけで、上の二つの画像は長沙市のものです。ググる時も「長沙 黄泥街」でググらないと、他にも中国全土には「黄泥」という地名があるようなので、いろいろとヒットしてしまいます。

で、その長沙市、もう少し広域を表示したのが左の図です。訪れたことがないので、どんな街なのか、街の中心街はどのあたりなのかよくわかりませんが、黄泥街はそれほど町外れという感じではないですね。東西と南北に延びる地下鉄が交差する「五一広場駅」からも近いようですから、それなりに繁華な場所なのではないかと予想しています。

ただ、そんなことよりも長沙市は、『黄泥街』の著者、残雪の故郷です。このあたりに住んでいたのでしょうか? 少なくとも長沙生まれの残雪であれば『黄泥街』という作品を創作するに当たって、その通りが自分の生まれ故郷の街に実在するとおりの名前であることはわかっていたはずです。

そのあたりのこと、何か書いてあるものはあるのでしょうか?

やはりスペイン語は接続法が肝心?

語学書の棚で見つけた一冊。

NHK出版の『スペイン語接続法 超入門』です。

これがなにか? と思われる方も多いと思いますが、あたしの勤務先手には重要です。

なぜなら、あたしの勤務先のベストセラー『極める!スペイン語の接続法ドリル』と見事にバッティングするからです。

この数年、諸外国語の棚ではスペイン語の伸びが著しいのですが、その中でも本書はその牽引役の一冊で、2016年の刊行以来、順調に版を重ねているのです。

そんなドル箱の学参に強力なライバル出現、といったところですから、心穏やかならずという感じです。しかしまあ、類書が刊行されて選択肢が増えるということはそのジャンルが伸びている証拠でもあります。そう考えれば、この二冊でますます市場を拡大できれば願ったり叶ったりでもあります。

とりあえず両書を比較しますと、『超入門』はA5判で160頁、本体価格は1800円です。一方の『ドリル』は同じくA5判で243頁、本体価格は2400円です。出版社としては無意味と思いつつも購入する方は意外とそういうところを重視してしまう頁単価で比べると『ドリル』の方がお得感はあります。

それぞれのウェブサイトに掲載の内容紹介を比べますと、『超入門』は

接続法は読んで習得! 学習者がつまずきやすい接続法を、「名詞節」「形容詞節」「副詞節」「独立文」の4つの機能に分別。40年以上大学でスペイン語を教える著者が、やさしい言葉で「接続法の考え方」を徹底解説する。基礎固めにも、ワンランク上を目指す方にも最適の一冊! 音声ダウンロード付き。

とあります。一方の『ドリル』は

まるごと一冊、接続法だけの問題集。まずは活用形を確実にマスター、続いて独立文・名詞節・形容詞節・副詞節・命令文まで用法を網羅した練習問題を解いていきます。接続法の使われるシチュエーションが身近な例で具体的に設定されているので、一見難しそうな接続法がどんどん親しいものに。用法ごとにまとまった解説や、巻末の「独立文、副詞節で使われる表現一覧」も便利。初めて触れる人も、勉強したけど苦手な人も、この一冊で接続法はあなたのもの!

となっています。あたしはスペイン語はまるっきりわかりませんが、名詞節などに分けて解説するのは基本のようですね。この紹介文だけでは、あたしには両書の特徴と違いを巧いこと説明することはできません。申し訳ないです。

ただ、どちらのサイトも目次や本文の数ページ分が閲覧可能です。『超入門』の方がすっきりとしたレイアウトで簡単そうに見えます。『ドリル』はとにかく例文がビッシリで、用例をこなして使い方をマスターしていく、まさにドリルな一冊です。あくまで、あたしの印象ですけど……