本屋Titleのウェブサイトの連載「毎日のほん」、12月1日はこちらでした。
『カラー版 神のかたち図鑑』です。
本書には『神の文化史事典』という姉妹篇もあります。ご一緒にどうぞ。
日々の営業活動に関するあれこれ
NHK出版の刊行物と親和性が高いなあと感じてしまったのですが……
特にNHK出版新書なんです。まずは『はじめてのサイエンス』ですが、これはクセジュの『科学の本質と多様性』と並べたらよさそうだと思いませんか? 同じ新書サイズですし、科学入門として。たぶん新書コーナーに置いておくのはもったいなくて、理工の棚に置いたらよいのかも知れません。
続いては『冷戦とクラシック』ですが、これは『ホワイトハウスのピアニスト』と並べたらよさそうではないですか?
そして、もう一つは『外国人労働者をどう受け入れるか』で、これは『不法移民はいつ〈不法〉でなくなるのか』と併売するのがお薦めです。
なお、もう少しお待ちいただければ『移民の政治経済学』という新刊も出しますので、こちらも是非併売をお願いします。
今朝の朝日新聞の社説です。
金融危機と聞いても、あたしのような庶民には別世界の話のように感じられます。株価の変動で一喜一憂する人もいるようですが、株なんて一つも持っていない身には、全く無関係なことに感じられます。
が、社会って繋がっていて、株などで儲けた人がお金を使うことによって景気の循環が生まれ、われわれ庶民にもおこぼれが回ってくるということなのでしょう。腑に落ちませんが、現在の資本主義社会はそうなっているみたいです。
というわけで、朝日新聞の社説を読んだら、『金融危機はまた起こる』なんて本が気になってくるのではないでしょうか?
勤労感謝の日の本日、午前中のラジオ文化放送に谷口功一さんが出演されていました。
【11/23(木) 10:03頃~】
お客様に『首都大学東京』法学系教授で、通称『スナック研究会』と呼ばれる団体の代表をお務めの #谷口功一 さんをお迎えして、さまざまなデータを基に #スナック について紐解いていただきます!#kunimaru #radiko #joqr◎聴く→ https://t.co/trqwqqf9oj pic.twitter.com/Vpxk4H4GA0
— 文化放送/ラジオ『くにまるジャパン極』 (@kunimaruJPN) 2017年11月22日
スナックについて、まだまだわからないことが多いようですね。こりゃ、第二弾、第三弾の『日本の夜の公共圏』を出さないとなりませんね。
しかし、そうなると「研究序説」ではなくなってくるのでしょうか?
最近、店頭で比較的よく見かける本に『台湾人の歌舞伎町』があります。なんとなく気になっているのですが、買おうか買うまいか思案中です。
歌舞伎町はともかく、台湾というのが中国好きの琴線に触れるのかと思いきや、もちろんそれもありますが、この本にどことなく親近感を抱いてしまう理由がわかりました。『娯楽番組を創った男』です。
えっ、この本がどうしたのかって? たぶん、この画像を見ただけではピンと来ないかも知れませんが、実際に両書を店頭で見ていただければわかっていただけるのではないでしょうか? この二冊、実によく似ているのです。もちろん内容ではありません、見た目です。それも表紙と言うよりも、棚に挿してあるときに見える背が実によく似ています。
内容的には似ているわけではありませんので、読者が重なるとも思えませんが、なんとなく気になってしまう理由が、自分の勤務先で出している本と見た目が似ているからだというのは、出版社に勤めている人間ならありがちなことではないでしょうか?
白黒写真に黄色のタイトル文字、帯も黄色。それだけなら他にもありそうですが、タイトルの書体、明朝体ですが、これもどことなく似ていますね。
店頭でこんな本を見かけました。
書肆心水の『ベルクソン『物質と記憶』を診断する』です。まだ刊行から一か月も経っていない新刊ですね。
で、研究者なら原語で読んでしまうのでしょうが、一般読者は原典に当たろうと思ったら翻訳を探すことになるわけです。しかし翻訳原典が品切れで手に入らないということもままあるのが悲しいところです。
しかし幸いなことに、本書に関しては「岩波文庫」版と「白水社・新訳ベルクソン全集」版の二種類が入手可能なようです。
いやー、わが勤務先ながら、「これってどうなのよ?」と思ってしまいます。
何って? 上の写真です。このたびレーニンの評伝を刊行したので、これでスターリン、マルクス、トロツキーが揃い踏みです。それも上下本ばかり。
あたしの勤務先って、別に思想的にそういう会社ではないのですが、なぜかこんな風に揃ってしまいました。まあ、今年はロシア革命100周年なので、丁度よいと言えば丁度よいのかもしれません。
あるいは、レーニンと並べるなら、毛沢東とかポル・ポトと一緒がよいのでしょうか? 共産国家を打ち立てた巨頭たちです。しかし、そうなると金日成やカストロなどの評伝も出さないとならないのでしょうか?
ちなみにヒトラーやムッソリーニの評伝も出していますから、個性派のリーダーの評伝がよっぽど好きな会社と言えるかも知れません。
アエラ最新号の特集は「大学のサバイバル能力」だそうです。
となると、『消えゆく「限界大学」』を忘れてもらっては困ります。
雑誌と書籍って、書店ではなかなか一緒に並べにくいものではありますが、この手のコーナーを作るときには、雑誌担当者は書籍のことを、書籍担当者は雑誌のことも思い出していただけると幸いです。
12月に刊行予定の『バー「サンボア」の百年』ですが、書店の方に案内すると、サンボアの名前を知っている方も関西ではちょこちょこいらっしゃいます。そして、その時に引き合いに出されるのが池波正太郎の名前。
堺町通り三条下ルところにあるコーヒー店〔イノダ〕のコーヒーをのまなければ、
「ぼくの一日は始まらない」
という人がいるかとおもうと、
「サンボアで一杯のまぬうちは、おれの一日が終らぬ」
という人もいる。
三条に近い寺町通りの東側の、モルタル造りの小さな民家に〔KYOTO SAMBOA BAR ESTABLISHED 1918〕と記した、淡いブルウの電気看板が軒先へ横たわっているだけの、いかにも誇りにみちた酒場である。
〔サンボア〕は、京都で、もっとも古い酒場の一つであって、立飲台へ出されるウイスキーも、カクテルでさえも、きびきびとした中年の主人の、小柄だが精悍な風貌に似つかわしい、男っぽい味がしてこようというものだ。
店に、女はひとりもいない。
しかし、むかしは男だけのものだったこの店へも、近年は女の客が多くなった。
それでいて、おしゃべりもせずに、女客たちはしずかにのんでいる。これはやはり、この店の男のムードに圧されるのであろう。
たとえば京都へ来て、夕飯を四条通りの万養軒に決めたとすると、そこへ行く道すじに〔サンボア〕があるというのは、うってつけのことなのだ。
〔サンボア〕で、ベルノーの水割りか、ドライ・マティーニのオン・ザ・ロックなどを軽くやってから飯を食べに行き、その帰りにもまた、ちょいと〔サンボア〕へ立ち寄る。
男だけが行く酒場である。
女がのむなら、ちかごろ流行の〔スナック〕とやらがよい。
この店に、女は似合わぬ。
〔サンボア〕も〔イノダ〕と同様に、諸方へ支店が出来たけれども、京都の男たちは、この古びた本店のムードをなつかしがり、やはり、
「サンボアは、本店でなくては……」
と、いう。
この店の先代は、むかし、神戸で洋酒の輸入業をしていたとかで、創業は、看板にもあるように大正七年である。
この引用は、新潮文庫版『散歩のとき何か食べたくなって』の95頁以下の文章です。
池波正太郎と聞くと「江戸の食」というイメージが強くて、東京ではなく京都、それも和食ではなくバーにまで通っていたとは、ちょっと驚きですが、それはあたしの知識が少ないからでしょう(汗)。
それにしても、あたしの勤務先から刊行し、現在ヒットしている『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』という本がありますが、この著者であるスナック研究会の面々は、当然、この池波正太郎の言葉を知っていることでしょう。バーに対してスナックをちょっと下に見ている感じを受けますね。実際のところ、世間の目も、バーとスナックではバーの方を格上に見ているものなのでしょうか。酒飲みではないあたしにはよくわかりません。
ただ、もし池波正太郎が存命で、『日本の夜の公共圏』を読んだら、どんな感想を抱くのか、ちょっと聞いてみたいところです。