張作霖は難しい?

新刊『張作霖』が好調です。

なので電話注文も来るのですが、どうもこの「張作霖」の三文字、読めない方が多いようなのです。

別な漢字だと思って読んでみたり、書店の方の場合はISBNコードを言ってみたり、とにかく書店の方、いろいろ苦労されているようです。注文されるお客様は、当然張作霖に興味を大もちでしょうから問題ないのでしょうが、店頭でメモか何かを渡されただけですと、書店員の中には読めない方もいらっしゃるようです。

「これくらい読めるだろう」と言ってはいけませんね。なにせ、かつて「永井荷風」を読めない書店員がかなりいたという経験をしていますので、張作霖が読めなくても驚きはしません。

もう一つ、この張作霖で難しいのは漢字の「読み」ではありません。書店店頭でどこに置くか、です。

普通に考えれば「中国史(近代)」が妥当なところですが、われわれ日本人にとっては張作霖と言えば爆殺や満洲といった単語と一緒に覚えている方も多いでしょう。となると、世界史の中国史の棚よりも日本史の棚の方がよいのかも知れません。これは各書店の担当の方が自分のお店の客層や棚構成を斟酌して判断してくださると思います。

追い風?

まずは日曜日の朝日新聞。

地方の大学が公立大学化して生き残りを図っているというニュースです。やはり少子化の影響で地方の大学は厳しいようです。ただ、大都市だって安穏としていられるわけではないですから、やはり生き残りに必死なようです。その解決策の一つが公立化ということになるのでしょうか?

なにはともあれ、こういう記事が出ると『消えゆく「限界大学」』への関心も高まると思いますので、さらに売れそうです!

続きましては、今朝の朝日新聞の一面下の広告。「リベラルタイム」という雑誌の特集が「金融危機」です。

当然のことながら『金融危機はまた起こる』が思い出されます。いみじくも、かなり過激なタイトルの本を二つ紹介しましたが、どちらも悲観論だけではありません。希望の光を見つけるための処方箋も提示しています。こんな時だからこそ、ぜひ読んでいただきたいものです。

最後は雑誌「アエラ」の広告。あたしが注目したのは「俺チョコがあるじゃないか」という記事。

はい、あたしも買います、チョコ。今年は既に買ってしまいました、食べてしまいました。どこのチョコがお気に入りかと申しますと、「メサージュ・ド・ローズ」というお店です。それほど高くはないのに、かわいくて美味しいので気に入っております。

ちょっとしたお使い物にも利用していて、選ばれた女性にはプレゼントとして贈ったりもしています。

あとは、ここの姉妹店「トゥット・ベーネ」やハート型専門の「アール・ハート」も好きです。

と、こんなことを書いていると、また食べたくなってきてしまいました(汗)。

外国語を学ぶ意味

数日前の朝日新聞「声」欄に載った投書です。

時々特集している「若い世代」の一つで、外国語について語っているものがありました。

外国の言葉の背景にある文化を理解することが大切……(中略)……文化として言語をじっくりと学びたい

と書いてありました。これぞまさしく外国語を学ぶことの真髄だと思います。

確かに、文法とか音声とか、言葉そのものに興味を持ち、それを研究するという道もあります。それはそれで重要なことですが、多くの人は外国語を勉強するからと言って文法学者になろうというのではありませんし、そんなにたくさんの文法学者、言語学者は必要ないでしょう。一般的に外国語を学ぶのは、外国のことが知りたいという好奇心や興味から来るものだと思います。外国語を学んで、そしてどうするのか、ということが肝心なんだと思います。

何語でもいいですから、入門書などを買ってきたり、語学学校に通ったり、NHKのラジオ・テレビ講座で学んだり、方法はいろいろとあると思います。ただ、そういう風にそれぞれの語学の道へ進む前に『言葉から社会を考える』のような本で、そもそも外国語を学ぶとはどういうことか、それを確かめるのもよいかと思います。

外国語教育のメッカ、東京外国語大学の先生方が、言葉を学ぶと言うことについて教えてくれます。

フェアとか、新刊とか……

以下の写真は紀伊國屋書店新宿本店の店頭です。

 

まずは新刊『ニーチェをドイツ語で読む』です。面陳のみならず、担当の方のお手製ポップまで付けていただいております。深謝。

お陰様で、出足好調な売れ行きです。

続きましては、少し前からスタートしている人文書売り場の「ロシア革命百周年」フェア。

「看板とかありませんか?」との担当子の依頼を受け、弊社宣伝部謹製のパネルがドドーン! 四人の肖像、誰だか、わかっていただけますかねえ?

って、ダジャレのようになってしまいましたが、『わかっていただけますかねえ』もロシア、ソ連を舞台とした作品が収められている短篇集です。なかなか面白い作品が並んでいますので、こちらも是非どうぞ!

社風というか、カラーというか

あたしの勤務先はフランス語やフランス関係の出版物で知られた会社です。「フランスと言えば……」と、世間的には知られているはずです。それなのに、このところアジア関係の書籍が多くなっているように感じます。

別にフランスに限定していることはなく、ワールドワイドにアンテナを張って、よいものであれば国に拘りはしませんが、やはり社風と言いますか、フランスを中心に欧米のものが多いという印象が強いようで、中国をはじめとしたアジアのものを出していると驚かれることもあります。

上の写真は、あたしの勤務先の入り口にある、新刊を並べているディスプレイの一部です。最新の10点ほどを並べているスペースですが、その一角がご覧のように中国もので占められています。

われながら、「いつの間に?」という思いがします。

が、この数年、確かに中国をはじめとしたアジアものの比重が増えているなあとは感じていました。2015年からの2年間だけでも、『カンボジアに村をつくった日本人』『歩道橋の魔術師』『神秘列車』『ネオ・チャイナ』『父を見送る』『台湾生まれ、日本語育ち』『中国第二の大陸アフリカ』『インド独立の志士「朝子」』『中国 消し去られた記録』『蔡英文 新時代の台湾へ』『帝都東京を中国革命で歩く』『ブラインド・マッサージ』『来福の家』『年月日』『鬼殺し(上)』『鬼殺し(下)』『張作霖』『蔡英文自伝』といった作品がございます。歴史だけでなく、現代の文学作品もありますし、ルポルタージュ的なものも混じっていますので、ジャンルでもかなり幅広く出しているなあと思います。この他に中国語や韓国語の語学書も出しているわけですから、出版点数は更に増えます。

カラーや伝統を維持しつつ、時代に合わせて変化していく、それがよいのでしょうね。

是非ご一緒に

幻冬舎から出た『東京裁判』が、このところ書店で目立ちます。

何かと議論の絶えない「パール判決書」の翻訳ですね。

 

類書はいくらでもあるでしょうし、様々な立場からの書籍がたくさん刊行されていますが、是非とも『パール判事』もお忘れなく。「新書版」もありますので!

装いも新たに!

アラスカを追いかけて』という本を覚えていらっしゃいますでしょうか?

さよならを待つふたりのために』のジョン・グリーンの作品で、同作が映画「きっと、星のせいじゃない。」として公開されたころ、あたしの勤務先に『アラスカを追いかけて』の問い合わせの電話が増えました。映画の公開に合わせてちょっとしたフェアをやろうという書店さんの注文であったり、『さよならを待つ~』を読んで『アラスカを~』も読みたくなった方からの注文であったり、というところが主でしたが、確かに注文や問い合わせが突然目立つようになったのを覚えています。

しかし、その時点で、既にあたしの勤務先ではこの作品は品切れ、重版の予定もないという状況で、問い合わせにはすべてお断わりするしかありませんでした。

 

それがこのたび、こんどは金原瑞人訳でタイトルは同じく『アラスカを追いかけて』のまま、岩波書店から刊行されました。

訳者を変えて再び本が読者の手に取れるようになる。

本来なら、あたしの勤務先が品切れになどせず、出版し続けられればよかったのでしょうが、いろいろ事情がありまして……(汗)。お察しください。

ただ、文庫などでも出版社を渡り歩いて刊行されているものも数多くあります。読者としては、出版社がどこであれ本が手に入る状態になっているということは嬉しいことだと思います。

両刀遣い?

本日配本の新刊『ニーチェをドイツ語で読む』です。

どうでしょう、この装丁? ちょっと語学書には見えないのではないでしょうか? もちろん、あえて、です。「ニーチェでドイツ語を学ぶ」という趣旨の本であれば、もっと語学書っぽい見た目にするのでしょうが、本書はそういう本ではありません。ニーチェ哲学のエッセンスを、その原文を味わいながら学ぼう、というものです。

なので、語学書コーナーだけでなく、人文書コーナーに置かれても恥ずかしくない装丁にしたわけです。

普通なら「本書の使い方」とか、「この一冊で○○ができる!」といった惹句が載っていそうな裏表紙もご覧のように、人文書の目次のような味わいです。

さあ、こういう装丁で狙った効果を上げることができるでしょうか? まずは、どのくらいの書店で「人文書にも置いてみよう」と思ってもらえるか、そこですね。

限界は超えられる!

消えゆく「限界大学」』が好調で増刷が決まったということは既に書いたと思います。

 

大学全入時代、そして少子化の波。大学経営が難しくなってきているのは素人にもわかります。大学のレジャーランド化などと言われ、入ったはいいが勉強もしないで遊んでばかりという大学生が問題になっていたのはいつの時代だったでしょう?

かつては大学生の質が問われていたものですが、最近では『Fランク化する大学』何ていう本がヒットしたように、大学の質が問われているようです。生き残りをかけて、大学経営も真剣に考えないといけないのでしょう。だからなのでしょう、こういったテーマの本が陸続と出版されているようです。

  

『限界大学』と併売されていたのは、『平安女学院大学の奇跡』『日本の大学、崩壊か大再編か』『ローカル大学と共に』などでした。大学関係者が主に買っているのでしょうか? ただ、一口に大学関係者と言っても、教員もいれば職員もいますし、私立ですと理事なんて人たちもいますよね。教員にも専任と非常勤がいて、たぶん職人にも正規と非正規がいるのではないでしょうか? そして子供大学に通わせている親だって、「息子・娘の通っている大学は潰れないだろうか」とハラハラしているのかも知れません。

が、そういう人たちが買って読んでくれているのだと思いますが、なによりも、東京など都会の大学と地方の大学の差というのも無視できないでしょう。そもそも「限界大学」という命名も「限界集落」からのものですし、過疎が進む地方では、村落も立ちゆかなくなっているわけですから、ちょっとした地方都市では大学も成り立たないのかもしれません。

地方へ出張へ行くと、書店もそうですが、大学も数が少ないです。翻ってみると、博物館や美術館などの文化施設や映画館などの娯楽施設も、やはり東京がダントツの数を誇っています。なんでも一極集中でいいのかなあ、と感じますが、その東京も、少し前に「いずれ豊島区は消滅する」なんていうショッキングなデータが出ましたっけ……

そんな話の前に、「限界大学」ならぬ「限界出版社」も数知れず、だと思います(爆)。

しかし、これらの本、ダメな大学や暗い将来ばかりを描いているわけではなく、成功事例もきちんと載っています。そんなところに光明を見出し、ヒントを見つけるのが正しい読み方なのでしょう。

平凡社とトートバッグ、白水社とエマ・ワトソン

ようやく実物を目睹。

平凡社の『古代文字トート付「漢字の成り立ち」』です。なんとトートバッグが付録として付いてくるのです。宝島社みたい、と言うなかれ!

そういえば、平凡社って数年前の創立百周年の時にもトートバッグを作っていましたね。ちょっとした景品としてトートバッグって作りやすいし重宝されるし、よいのかもしれませんね。とかくいう、あたしの勤務先も百周年の時に作っていたはず……(汗)

ところで新刊の『美女と野獣[オリジナル版]』ですが、この春、映画が公開ですね。主演はエマ・ワトソンだそうです。

で、エマ・ワトソンと聞くと、あたしは映画「コロニア」を思い出します。

南米チリを舞台とした映画で、「ボラーニョ・コレクション」との親和性が思い起こされます。別に直接の関わりはないのですが、ここへ来て、あたしの勤務先とエマ・ワトソンのつながりが二重、三重に結ばれているような気がするのは気のせいでしょうか?