ガイブン、11月は閻連科月間?

下の図は紀伊國屋書店のウェブサイトです。「閻連科」をキーワードに和書を検索した結果です。

特に並べ替えはしていませんが、刊行が新しい順にソートされているようです。最初の二つ、書影がまだ入っていません。それもそのはず、未刊のものだからです。そこの部分を拡大すると下の図です。

なんと11月に二冊も新刊翻訳が刊行されるのです。


エッセイ『父を想う』がつい先日刊行されたばかりという印象があるので、ここへ来ての二作続けての刊行は『愉楽』で閻連科にハマった人には嬉しいお知らせではないでしょうか?

映画原作ではありませんが

年明けに「エゴン・シーレ 死と乙女」という映画が公開になるそうです。

エーゴン・シーレ、日本ではどれくらい有名なのでしょうか? 関連書籍や画集は出版されているようですが、ピカソやゴッホといった画家と比べると知名度はぐっと落ちるかもしれません。いや、町でインタビューをしたら知らないと答える人の方が圧倒的ではないでしょうかね? そもそも画家だとわからない、「エーゴン・シーレ」が人の名前だとわからない人がほとんどかもしれません。


でも、この映画はかなり面白そうですね。玄人受けしそうです。

あたしの勤務先では『エーゴン・シーレ 日記と手紙』という本を出しています。この映画には特に原作本というのはなさそうですので、本書などが映画を見て興味を持たれた方に少しでも知っていただければと思います。

なお日本では、書籍のタイトルなどで「エーゴン」ではなく、「エゴン」と表記しているものも散見されます。

東京ドームで待ってます!

本日は東京ドームのプリズムホールで、書店大商談会でした。

今年で何回目になるのか、たぶん5回目か6回目。最初に参加したのは、新宿の西口、歩いて10分くらいのところの会場でした。翌年から東京ドームに移ったのではなかったかと記憶しています。

毎年、馴染みの書店員さんが訪ねてくださったり、「うちでも置いてみたいと思っていたのですが……」という具合に声をかけてくださる書店の方がいたり、そういった出会いがあります。久しぶりに会う書店員さんは懐かしく話も弾みますが、やはり後者のように、これまでほとんど縁のなかった書店の方が声をかけてくれるのが商談会の醍醐味だと思います。こういう縁をつなげていければ、と思います。

 

で、今年もこんな感じで、最近の売れ筋と、ミニ・フェアの企画、そして大型本(大きさだけでなく、お値段も!)の展示を中心に並べておりました。

カルヴィーノが出ます!

カルヴィーノの新刊『冬の夜ひとりの旅人が』が来月上旬に刊行になります。

装丁はこんな感じです。カルヴィーノらしいのか、らしくないのか、あたしにはよくわかりませんが……(汗)

隣にあるのは既刊『木のぼり男爵』です。書店員の皆さま、一緒に並べていただけると嬉しいです。ただ、かたや「海外小説の誘惑」、かたや「海外小説 永遠の本棚」となっているのは気になさらないでください(汗)。

またカルヴィーノは、あたしの勤務先以外の出版社からも翻訳が出ています。この機会にカルヴィーノ・フェアでも如何でしょう?


ところで、こんな並べ方もありだと思うのですが……

ミルハウザーの『魔法の夜』です。今年の夏は『魔法の夜』がよく売れたので、この秋から冬は『冬の夜ひとりの旅人が』を売りたいと思います。

朝がよいのか、夜がよいのか?

新刊『寝るまえ5分の外国語』が好調です。タイトルだけ見ると、先に出した『寝るまえ5分のモンテーニュ』の姉妹編のような印象を受けるかもしれませんが、まるっきり別、特に姉妹編だとかシリーズだとか、そういったことを狙っているわけではありません。

 

装丁だって、ご覧のようにとても似ているとは言えませんし、ましてやシリーズなんて微塵も感じることができません、よね?

ところで「寝るまえ5分」というのは「お手軽に」「お気軽に」という含意ですが、この数年、世間的には「寝るまえ」よりも「早起き」の方が主流と言いますか、ブームになっているような気がします。どちらの方がよいのでしょうかね?

ただ、早起きを薦めるのは、それによって何かを成し遂げようとか、何かを手に入れようという、かなりポジティブと言いますか、積極的な行動の一つとしての早起きですが、本書のような「寝るまえ」というのは、そういったフラストレーション、極度の緊張感からの解放を目的としているもので、いわばベクトルが真逆ではないかと思います。

早起きして、ビジネススキルを上げるために脳や精神を酷使したら、夜はのんびりと難しいことなど考えず、リラックスできるような行動を取りたいものです。そんなときにお薦めなのが本書というわけです。

『人文会ニュース』から

下の写真は講談社現代新書の新刊『憲法という希望』と『人文会ニュース』です。

『人文会ニュース』って何? という方も多いと思いますので、ちょっとご説明させていただきますと、人文会という団体の機関誌です。年に三回、4月、8月、12月に発行しています。主に書店の人文担当者、図書館の選書担当者向けに、人文分野に関する記事を載せています。

その中に、「15分で読む……」という記事がありまして、毎号さまざまなジャンルの専門家の方にテーマを決めて執筆してもらっているのですが、写真に載っている123号では木村草太さんに憲法について書いていただきました。そして、最近出た木村さんの新刊がこの現代新書です。

ページをめくっていただきますと、目次の後に下の写真のような記述がございます。

はい、今回の現代新書、『人文会ニュース』に執筆いただいた記事がベースになっているのです。現代新書ともども、『人文会ニュース』もぜひ記憶に留めていただければと思います。

ちなみに『人文会ニュース』は上述のように書店や図書館に配布している非売品です。一般には入手できません(頒価もつけていませんので)。ただ、問い合わせなどもしばしばございますので、人文会のウェブサイトからPDF版が閲覧できるようになっています。ご興味を持たれた方はPDF版のご利用をお願いいたします。

上下本が多すぎる?

あたしの勤務先の「新刊情報」のページ。だいたい1か月から2か月くらい先の刊行予定書籍が紹介されています。

まだ装丁が出来ていないものが多々あり、情報も少なめですし、時には拠ん所ない事情で刊行が延期になってしまうこともありますが、お好きな方には「へえー、こんどこんな本が出るんだ、楽しみぃー」と思っていただけているようです。

その新刊情報のページ、現在のところ2ページにわたって10点ずつ、合計20点の近刊が載っていますが、そのうちの6冊が上下本。これってあまりにも多すぎないか、とちょっと心配になります。それもすべて歴史ジャンルですから、書店に入荷しても置かれる場所はだいたい同じ。大型店以外では「置く場所がない」という状態になってしまいます。


いや、新刊は毎日毎日多くの出版社から刊行されているのですから、大型店でもとても並べきれるものではありません。

本が書店に並ばない。

世間でしばしば言われているのとは別の理由で並ばなくなりそうです。うーん、これは由々しき問題。

かといって、この期に及んで刊行を延期するわけにも行きませんし、やるならもっと前から、数ヶ月の刊行スケジュールを眺め、そのジャンルごとのバランスを考えて刊行の順番を考えるべきなのでしょう。今さら言っても詮無いことですが。

しかし、実はどれも面白そうな本ばかりです。書店の方も、「スペースさえあれば、ちゃんと並べたいよ」と言っていただける本だと自負しております。

翻訳が先か? 対訳が先か?

書店店頭で、見慣れたタイトルを見かけました。光文社古典新訳文庫の『ゴリオ爺さん』です。今月の新刊ですね。

 

ゴリオ爺さんと言えば、『対訳 フランス語で読む「ゴリオ爺さん」』を少し前に出したばかりです。こちらはフランス語の学習書として出した対訳ものです。全編が載っているわけではありませんが、『ゴリオ爺さん』のエッセンスは十分に読み取れるような構成になっています。

対訳を読んで興味を持たれたら、翻訳で全編を読み通すのもよし、あるいは翻訳で全編を読んで面白いと思ったら、フランス語で味わうために対訳を手に取るのもよし。こういうふうに楽しみ方が複数あるというのはよいことだと思います。

もちろん光文社版ではなく新潮文庫版の『ゴリオ爺さん』を手に取って、翻訳を読み比べるというのも楽しみ方の一つだと思います。いかがでしょうか?

最近よく目にする名前

新聞や雑誌、もちろん書店店頭でも、派手ではないのですが、気づくと目に入ってくる名前、石原吉郎。

つい最近も岩波書店から『石原吉郎セレクション』なんて本が出ましたね。これは何かの文庫化じゃなくて、独自編集のものでしょうか?

また少し前には細見和之さんの『石原吉郎』、それと前後してあたしの勤務先から『証言と抒情』なんていうのも刊行されていましたし。

  

やはりブームなのでしょうか? 最初に火をつけたのは『石原吉郎詩文集』だったでしょうか?

こんどの新刊はもしかすると腐女子に受ける要素があるのかもしれない、と勝手に妄想を逞しくしながら読んでいます

新刊の『ブラインド・マッサージ』がアマゾンのサイトで、当初はアダルト作品扱いになっていたということは既にご報告いたしました。

この装丁、マッサージなんていうタイトル、やはり誤解される要素は含まれていると言えるかもしれません。しかし、誤解とも言ってられず、案外、そういうのが好きな人(世間的には腐女子と呼ぶのでしょうか?)は別にはっきりとそう描かれてはいなくとも、それを喚起させるようなものであれば、みずから想像してそういう読み方をしてくれるらしいという話を聞きました。

それで思い出しましたが、ちょっと前に読んでいた『書店ガール 5』はラノベが重要なテーマになっているのですが、その中で一見するとそういう世界(BL的世界?)を描いている作品ではないけれど、そう読めるところが随所にあり、好きな人はそういう読み方をするものだし、それが口コミで広がるとヒット作になる可能性がある、というようなセリフというか場面がありました。

「おお、そういうものなのか」と納得するというよりも、あたしにはわからない、知らない世界でした。

で、『ブライド・マッサージ』ですが、既に中国では映画化されていまして、上に引用した予告編だけを見ても、ちょっとそんな要素が感じられる、と言えば感じられますね。そういう目で見ているからでしょうか? でもかなり性描写は赤裸々な作品です。マッサージ店という、そして数名の健常者を含むとはいえ、ほぼほぼ盲人だけの世界。やはり健常者との間に見えない壁というのはあり、非常に狭い世界の中における、ある面では濃密、ある面では淡泊な人間関係が描かれています。

 小孔の手は大きくないが、力は並はずれて強かった。金嫣はすぐに耐えられなくなった。もちろん、小孔はわざとやったのだ。しょせん、遊びだった。--さっき、あなたが痛くしたから、今度はお返しよ。わたしの実力を思い知るがいいわ。金嫣はついに痛さに音を上げて、思わず下品な言葉を口にした。「小悪魔!」
「小悪魔」は特殊な罵り言葉である。仲間うちでの冗談。親しさの表現だ。相手に噛みつくときの言い方で、女どうしが特別な関係にならなければ、相手を「小悪魔」とは呼ばない。一般の人に、そんな資格はない。私は「小悪魔」なの? いいわ。小孔は黙ったまま、金嫣の腹部の肉をぐっとつかんだ。「もう一回、言ってみて」小孔は愉快そうに言った。金嫣はこれまで口で負けたことがない。金嫣は言った。「小悪魔」
「もう一回、言って」小孔の手の力は、「もう一回」と比例して強まった。金嫣は口を極限まで大きく開け、これ以上は無理というところで息を吐き、許しを求めた。金嫣は言った。「お嬢様、参りました。私はあなたの召使いになります」
小孔は、ゆっくりと手を放した。小孔はよく知っている。すぐに手を放すと、強い痛みを感じるのだ。小孔は「まあ、いいでしょう」と言うと手を広げ、金嫣の平坦な腹部を軽く揉んだ。手のひらで叩くことと揉むことは欠かせない。金嫣の腹部は平らになった。それだけでなく、タイルのように区分されて、小孔の腹部よりも美しい。小孔は喜んだ。
揉むだけはなく、なでた。何回かなでると、小孔はもう一度、金嫣の肉を軽くつかんだ。そして、口を耳元に寄せて、怪しげにささやいた。「いやらしいお腹ね。泰来は大好きなんでしょう?--言いなさい! 泰来と何をしたの?」

ちょっと長くなりましたが、目の不自由な女性二人による、マッサージセンターの休憩時間のやりとりです(本文247頁~248頁)。この後、痛みを与える行為はますますエスカレートしていきます。こんなシーン、読みようによっては完全にレズですよね。もちろん、この二人にはボーイフレンドがちゃんといます。上の引用に出てくる「泰来」が金嫣の彼氏です。

そして、このマッサージセンターは沙復明と張宗琪という二人の男性の共同経営で、この二人も大親友だったのですが、ストーリーが進むにつれ、仲違いをしてしまいます。このあたりにも、直接の描写こそありませんが、人によってはBLの匂いをプンプンと嗅ぎつけるのでしょうか?