これはセクハラ発言でしょうか?

もうずいぶん前に刊行した本ですが、『ヴァギナ・モノローグ』という本があります。

ほぼ品切れ状態なのですが、仲良しの書店員さん(女子)からどうしても探して欲しい、一冊でも構わないから倉庫にない? と聞かれ、探してみたら辛うじて一冊出てきたので出荷しました。そしてしばらく後、お店を訪問した時の会話。

「ヴァギナ、入った?」
「えっ、ヴァギナ、入れてくれたの?」
「うん、一冊あったのよ、だから入れといたわ。もう入ってるよね?」
書店員女子、PCで入荷履歴をチェック。
「ああ、ヴァギナ、入ってる、入ってる(^o^)」

という以上の会話、前置き部分がなかったら、かなり卑猥な、あるいはセクハラと取られかねないやりとりになっていませんかね? 大丈夫ですか?

来日を前に

今春、文芸フェス(東京国際文芸フェスティバル)ために来日予定のエリクソン。あたしの勤務先では『ゼロヴィル』を2月に刊行予定ですが、実は数年前にUブックスで『黒い時計の旅』というのを出していました。

本書は、ガイブン好きの間でもしばしば言及される作品なのですが、実はここ数年品切れになっていました。エリクソンが来日する、新刊(翻訳)も出るということで実は昨年末に増刷していたのです。増刷(重版)ですから広告も出していなければ、特に書店への案内というのもしていなかったのですが、これだけ需要のある本なら間違いなく待っている人はいるはずです。

そこで、あたしが担当している書店の中でも特にガイブンの強いお店に、増刷が出来上がった本書を出しておきました。早速に、この年末年始売れているそうです。新宿の紀伊國屋書店でもつぶやいてくれています。

ちなみに、あたしの担当書店なので、新宿の紀伊國屋やブックファースト、関西の主要なジュンク堂書店には並んでいると思います。もちろん重版出来ですから、店頭で見つからなければ是非ご注文ください。

ヒュームの知名度は?

既にあたしの勤務先の新刊情報のページに登場していますが、年明けの新刊に『デイヴィッド・ヒューム 哲学から歴史へ』があります。著者は『アダム・スミスとその時代』のニコラス・フィリップソン。同書でもヒュームはしばしば登場していて、既に読まれた方ならこの新刊も読まずには、買わずにはいられないと思います。

ところで、デイヴィッド・ヒュームってどの程度の知名度なのでしょう? そもそもが「哲学なんて難しくてわからないよ」という方が多いとは思いますが、多少なりとも興味のある方にとってヒュームがどの程度知られているのか?

はっきり言いまして、日本ではこれまで、まるきり知られていないわけではなかったですが、決してメジャーな哲学者、思想家であったとは言いがたいと思います。西洋哲学史と言えば、ソクラテスやプラトン、アリストテレスなどの古代ギリシャに始まって、中世はなんとなくキリスト教の全盛期という感じで、その後はカントやルソー、ヘーゲル、マルクス、ニーチェといった有名どころが登場し、つい最近のサルトル、ハイデガーなどへ連なるというのが一般的な流れでしょう。そういう中ではヒュームの知名度は、申し訳ありませんが、かなり低いと言わざるを得ないところです。

もちろん日本で未紹介というわけではなく、ヒュームに関する本はそれなりに刊行されています。先日、新宿の紀伊國屋書店で「ヒューム」の棚を見ましたら、以下のような書籍が並んでいました。

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年内もちませんでした(涙)

下の写真、一見してわかりますでしょうか? あたしが勤務先で履いているキティちゃんサンダルです。

が、ご覧のようにもうボロボロです。ここまで壊れてしまうと普通に歩くことすら困難で、階段などは怖くて慎重になりますし、ましてや小走りなんて転ぶことを前提にしているようなものです。

もう寿命です。いつから履いているのか忘れましたが、取り替えないと、そのうち転んで怪我をするでしょう。個人的には、なんとか年内はこれで通し、新しいサンダルを年明けから新調しようと思っていたのですが、怪我をしたのでは意味ありませんから、新年まであと一週間ではありますが、新しくすることにしました。

それが下の写真です。今回はヒョウ柄です。スリッパ型と言いますか、ズック型と言いますか、いわゆるサンダルとはちょっと形が異なります。まあ、足元が冷える季節ですからちょうどよいのではないでしょうか?

購入したショップの表記によると「ハローキティ スライダーサンダル」と言うそうです。靴底はスニーカーのようです。ピンクのところが肉球のように見えます(笑)。

それはそうと、最初の写真をよーく見てください。

壊れているのは左足の方だけなんですよ。右足もそれなりにボロくはなっていますが、縫ってあるところが切れて裂けるなんてことにはなっていません。やはり、あたしの歩き方がいびつなのでしょうね。きっとそれは性格が歪んでいるから歩き方にも出てしまうのではないかと、言われる前に自分で言っておきます(爆)。

須賀敦子は永遠?

書店でこんな本を見かけました。

集英社から出た『新しい須賀敦子』です。須賀敦子さんの新発見・未発表著作というのではなく、あくまで「須賀敦子を読み解く」というタイプの本です。それにしても須賀さんの人気は衰えませんね。一定のインターバルをおいてこの手の「須賀敦子もの」が必ず出版されます。そして、そのたびにブームになって関連書が売れるようになります。

となると、これではないでしょうか?

  

 

コルシア書店の仲間たち』『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』『ユルスナールの靴』『ミラノ霧の風景』という白水Uブックスの「須賀敦子コレクション」です。須賀さんの著作は他社からも刊行されていますが、お陰様で、このコレクションも根強い人気で、よく売れています。新書判という大きさが手頃なのでしょうか?

フチ子的な?

次の<エクス・リブリス>はメキシコ系アメリカ人マヌエル・ゴンザレスの『ミニチュアの妻』です。ちょっとSFっぽい短編集で、装丁はこんな感じです。

タイトルに併せてレゴの街並み、そこにある一軒のお家にはご主人らしき人物が。妻はきっと家の中、なのでしょう。カバー裏面にある内容紹介では

妻をミニチュア化してしまった男の語りによる家庭劇。小型化を専門とする仕事に従事する語り手は、どういうわけか偶然、家で妻をマグカップ大に縮めてしまう。家庭に仕事は持ち込まないと誓ったのに……と、いささか的外れな後悔の念を覚えつつ、主人公は妻を元に戻すべく悪戦苦闘する。

とあります。これを読んで思い浮かんだのはこれです。

はい、おわかりですね。「コップのフチ子」です。「妻をマグカップ大」ですから、フチ子よりはもうちょっと大きいのでしょうか? でもイメージとしてはドンピシャな感じではないでしょうか? 本書とフチ子でコラボして、本書限定のフチ子さんを作ってもらって読者プレゼントなんて企画したらウケるでしょうか?

ちなみに本書は短編集ですから、フチ子の話、もとい、妻を小さくしてしまった男の話だけが載っているのではありません。目次からタイトルを拾ってみますと、以下の通りです。

「操縦士、副操縦士、作家」「ミニチュアの妻」「ウィリアム・コービン その奇特なる人生」「早朝の物音」「音楽家の声」「ヘンリー・リチャード・ナイルズ その奇特なる人生」「殺しには現ナマ」「ハロルド・ワイジー・キース その奇特なる人生」「動物たちの家」「僕のすべて」「キャプラⅡ号室での生活」「ファン・レフヒオ・ロチャ その奇特なる人生」「セバリ族の失踪」「角は一本、目は荒々しく」「オオカミだ!」「さらば、アフリカよ」「ファン・マヌエル・ゴンサレス その奇特なる人生」「ショッピングモールからの脱出」

いや、もうタイトルだけでワクワクしてきます。きっと面白いでしょう。これから読みます。

文学と病気? フェアなんか出来そう?

文学作品にはいろいろなことが描かれているわけで、そんな中で病気とか、何らかの症状について記述されていることも多々あります。そんな点に専門家の視点から注目した『続 神経内科医の文学診断』は好評だった『神経内科医の文学診断』の続編です。正直、こういった本にどれくらい関心を持ってもらえるのか、刊行当初のあたしは半信半疑でした。

ところが、実際に刊行してみるとかなりの評判。書評も出ましたし、本好き、文学好きはこういったタイプのものにも反応するんだということがわかりました。そしてこのたび、前著とはまた異なる文学作品を取り上げての続編刊行です。「さあ、また売ろう」と思っていた矢先、今朝の朝日新聞別刷beにこんな記事が載っていました。

こちらは文学者自身の病気、症状にスポットをあてた、それも頭痛に特化した記事ですが、恐らく、この記事を楽しく読む人なら『神経内科医の文学診断』は既に知っている、持っている、読んでいるのではないでしょうか? そして間もなく発売の続編にもきっと興味を持ってくれるのではないでしょうか?

本書正続に取り上げた書籍を集めたフェア、というのも面白そうですね。文芸コーナーでやっても面白いですが、あえて医学書コーナーでやってみるとか、そんなものアリではないでしょうか? ちなみに正続で取り上げた作品の一覧はこちらに載せてあります。

「たちひ」と入力すると勝手に「舘ひろし」と変換されてしまって「立飛」が出てこない問題について

テレビでも盛んに取り上げている「ららぽーと立川立飛」が本日オープン。

これだけららぽーとが全国に出来ているというのに、それでもまだテレビで取り上げるだけのものがあるというのでしょうか? 個人的には至極疑問です。

今日、行ってみましたが、何度も見てきた郊外型ショッピングモールそのものです。既視感は非常にあります。ここならではの特徴がつかめないのは、あたしのアンテナの感度が悪いからでしょうか?

とりあえず、グランドオープンでしたから、かなりの賑わいでした。夕方という時間他が悪かったのでしょうね。学校帰りの高校生なんかも大勢見かけました。

テレビでこれだけ取り上げているのも関東ローカルの情報番組だけなのでしょうね。だって立川に出来た施設ですから。そもそも「立飛」って、読めないでしょう? いや「たちひ」って読んで正しいのか、不安になるのが普通だと思います。

そんなららぽーとの中に書店としては地元立川のオリオン書房がオープンしました。書籍だけでなく、文具に雑貨、それと喫茶スペースも設けられていますが、決してセレクト型の書店ではありません。ノルテ店のような総合書店というよりは、ショッピングモール(の客層)に合わせた品揃えの書店でした。

まず見てみたのはフランス語や中国語などの語学の棚。諸外国語の棚はそれほど多くはありませんが、学参と、ほんのちょっと辞典が置かれていて、その棚とはかなり離れた学参コーナーの辞典のところにも外国語辞典が置かれていました。棚スペースの関係上、外国語の学習辞典が二か所にばらけてしまっているのはこれから調整でしょうか。

全体としてはショッピングモール内の書店ですから、正直なところ、あたしの勤務先の本はなかなか厳しい、という感じです。それでも文芸棚は日本文芸と海外文芸の棚構成比が「2:1」で、これは意外にも海外文学に目配りがなされていると感じました。この後、この棚がどう育っていくのか楽しみでもあります。

店内の一角にこんな冊子が置いてありました。同店と言いますか、オリオン書房独自のものです。

オリオンのスタッフがお薦めする文庫のフェア用の冊子です。熱い思いがほとばしるメッセージにあふれた一冊です。こういうスタッフがいるかぎり、書店に希望と未来はあると思うのですが……

第二弾登場!

今日は『続 神経内科医の文学診断』の見本出しでした。かつて刊行した『神経内科医の文学診断』の第二弾です。

ご覧のように、今回の続編の方がちょっと厚いです。正続でどんな作品が取り上げられているのか、タイトルだけご紹介します。

まずは正編の方から

『ナジャ』アンドレ・ブルトン
『鍵』谷崎潤一郎
『失われた時を求めて』マルセル・プルースト
『じっと見ている目』ウィリアム・アイリッシュ
『或る「小倉日記」伝』松本清張
『澀江抽齋』森鷗外
『七破風の屋敷』ナサニエル・ホーソーン
『ウィングス』アーサー・L・コピット
『朗読者』ベルンハルト・シュリンク
『鏡の国のアリス』ルイス・キャロル
『ドン・キホーテ』ミゲル・デ・セルバンテス
『マクベス』ウィリアム・シェイクスピア
『レクイエム』アントニオ・タブッキ
『歯車』芥川龍之介
『頭痛肩こり樋口一葉』井上ひさし
『嘔吐』ジャン=ポール・サルトル
『パリのレストラン』ローラン・ベネギ
『ゴリオ爺さん』オノレ・ド・バルザック
『黒の過程』マルグリット・ユルスナール
『シラノ・ド・ベルジュラック』エドモン・ロスタン
『呪われた王たち』モーリス・ドリュオン
『胡蝶の夢』司馬遼太郎
『癩院受胎』北条民雄
『しんとく丸』説経浄瑠璃
『海を飛ぶ夢』ラモン・サンペドロ
『門』夏目漱石
『楡家の人びと』北杜夫
『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン
『チボー家の人々』ロジェ・マルタン・デュ・ガール
『マンゾーニ家の人々』ナタリア・ギンズブルグ

続いて続編は

『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア・マルケス
『オスク博士の幻想』ジュール・ヴェルヌ
『三たびの海峡』帚木蓬生
『アルブキウス』パスカル・キニャール
『ボヴァリー夫人』ギュスターヴ・フロベール
『蒼ざめた馬』アガサ・クリスティー
『薔薇の名前』ウンベルト・エーコ
『ウォレン夫人の職業』バーナード・ショー
『ハリー・ポッターと賢者の石』J・K・ローリング
『モモ』ミヒャエル・エンデ
『めぐりあう時間たち』マイケル・カニンガム
『ダロウェイ夫人』ヴァージニア・ウルフ
『変身物語』オウィディウス
『わたしはティチューバ』マリーズ・コンデ
『マノン・レスコー』アベ・プレヴォ
『欲望という名の電車』テネシー・ウィリアムズ
『痛ましき事件』ジェイムズ・ジョイス
『居酒屋』エイール・ゾラ
『ビリー・バッド』ハーマン・メルヴィル
『神曲』ダンテ
『ナラ王物語』マハーバーラタ
『イリアス』ホメロス
『フェードル』ラシーヌ
『信號』フセーヴォロド・ガルシン
『オンディーヌ』ジャン・ジロドゥ
『ピクウィック・クラブ』チャールズ・ディケンズ
『神の汚れた手』曾野綾子
『恍惚の人』有吉佐和子

以上になります。

19世紀のフランスって

来週には配本になる新刊『共和国か宗教か、それとも』の装丁はこんな感じです。

並製なので持った感じも軽やかで、学術書的な堅苦しさがなく、とても親しみやすいのではないでしょうか? それにこの装丁、格好いいと思いませんか?

オビなどには「シャルリ(・エブド)」などの文字が躍っていますが、先般のパリのテロ事件で、フランス社会を今一度見つめ直す必要が出てきたわけで、いみじくも非常にタイムリーな出版となりました。

しかし、本書だけで終わらないでください。実はこのところ一貫してこのテーマを追いかけているのです。

  

社会統合と宗教的なもの』『トクヴィルの憂鬱』『トクヴィルが見たアメリカ』などです。あたしのような門外漢が知った風な顔をして言えば、現代社会を用意した、あるいは前提としての十九世紀社会の考察といったところでしょうか? 特にフランス社会に注目した一連の著作です。

となると、こんな本も関連してきますかね?

時代史という点から見れば『マルクス(上)』『マルクス(下)』なども外せないところだと思います。

 

さらに枠を広げれば『祝宴の時代』や『十九世紀フランス哲学』なども参考になるのではないでしょうか?

とにかく十九世紀のフランスと言えば、文学芸術分野では名の知られた人物・作品が綺羅星のごとくなのですが、思想の世界ではさっぱりというのがこれまでのイメージで、あまり注目もされてこなかったと思いますが、ようやくそんな先入観を払拭できるほど書物も揃ってきたと言えそうです。