今日の配本(18/11/27)

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向学のため? 営業のため? 販促のため?

販促と言いますか、営業活動に資するのではないかと思って、最近読んだ本をちょっとご紹介。

最近読んだ、ちくま新書の『「身体を売る彼女たち」の事情』の中に、なんと『ライ麦畑でつかまえて』が引かれているところがあります。

来年はサリンジャーの生誕百年なので、いつも以上に力を入れて販促をしていまして、書店によっては《サリンジャー》フェアなどを企画しているところもあります。そんなフェアの書目に、こちらを加えてみるのはどんなものでしょうか、などと思ってしまいました。

フェアの選書としてはおかしいかも知れませんが、『ライ麦』がどれほど後世に影響を与えたか、アメリカのみならず世界の社会と青少年に影響を与えたかという視点でフェアの選書を考えた時には、入っていてもよいのかな、なんて思います。

もう一点は中公新書の『美の構成学』です。ずいぶん前に出版されたものですが、来年、サリンジャーと同じく百周年を迎えるバウハウスの本を刊行予定なので、副題にバウハウスとある本書は必読ではないかと思ったわけです。

バウハウスがどうだということも一章割いていますが、バウハウスの位置づけ、後世への影響といった点に興味があって選んだ本です。

バウハウス以前にもそういった視点はあったようですが、体系的に位置づけたという意味でバウハウスの影響は計り知れないものがあるようです。

ところで、バウハウスについて読むと、どうしてもフランクフルト学派について思い出されます。ものすごくたどった運命が似ていると思うのですよね。同じヴァイマール時代ですし、「フランクフルト学派とバウハウス」で誰か書いていないものでしょうか?

今日の配本(18/11/26)

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上下本に飽き足らず?

近刊の『第三帝国の到来(上)』『第三帝国の到来(下)』は、こんな装丁です。

やはり、カバーにはヒトラーです(汗)。

あたしの勤務先お得意の上下本です。どちらも400ページほどですから、それほど分厚いという感じは受けないのですが、それはもう感覚が麻痺してしまっているからでしょうか?

それにしても、上下本、どれくらいあるのでしょう? 一度、上下本だけで注文書というか一覧表でも作ってみましょうか?

しかし、今回は上下本どころの騒ぎではありません。以前『第二次世界大戦1939-45(上)』『第二次世界大戦1939-45(中)』『第二次世界大戦1939-45(下)』という三巻本を出していますが、それすらも可愛く見えます。なんと今回は《第三帝国の歴史》全六巻! そのうちの二巻なのです。

この後にさらに、『権力を振るう第三帝国(上・下)』『戦時第三帝国(上・下)』という4冊が控えております(刊行はまだまだ先の話ですが……)。

それにしても、ヒトラーとナチ関連の書籍って、あたしの勤務先だけでどれくらいあるのでしょう? こんど一堂に並べてみようと思います。

もどかしい販促

先日の天野健太郎さんの訃報。

  

あたしの勤務先から出ている、天野さんの翻訳書の注文がポツリポツリと舞い込んできています。そんなお店からの電話口で、書店の方が「ちょっとコーナーを作ろうと思いまして……」と言うのを聞いてとても嬉しくなりました。

とはいえ、だからといってこちらから注文書を作って書店に案内するというのも、なんとなくおかしな気がします。海外の著名な作家が亡くなった時などは「追悼!某々」といったチラシを作ってファクスで案内したりしますが、やはり日本人だと身近すぎて、そんなことをすればやりすぎではないかと言われかねません。

悩ましいところです。

個人的にはもう一つ、近刊の文庫クセジュ『双極性障害』があります。

乃木坂46を卒業した中元日芽香(ひめたん)が体調を崩して活動を休んでいた理由が双極性障害を患っていたからだそうです。そんなことを聞いてしまうと、本書が俄然身近に感じられます。

言いたいのはそういうことではなく、これがハッピーな話題であるならば「乃木坂46の人気メンバーも大注目」といった煽り方もできると思いますが(ひとまず事務所の許可の件はおくとして)、本人が患っていた病気に関することですからね。

もちろん、ひめたんが「この本を読んで一歩前へ進めました」のようなコメントをブログやTwitterでみずから発信してくれるのであれば話は別ですが。

この手の話題は、書店で担当の方と話す時の話柄に留めておくに限るのでしょう。

笑えるシェイクスピア?

朝日新聞の記事です。

「ロミオとジュリエット」が笑える舞台になっているようです。

と聞いて思い出したのが『バンヴァードの阿房宮』です。副題に「世界を変えなかった十三人」とあるように、「大きな夢と才能を持ちながら歴史に名を残せなかった人々に光を当て、数奇な生涯を紹介した」一冊です。

いろいろな人物が載っているのですが、その中に「ロミオとジュリエット」を十八番にしていた俳優のエピソードがあります。本書が刊行された当時、朝日新聞の読書欄で、当時の書評委員・三浦しをんさんがこんな風に書いてくれました(2014年9月28日付)。

私が特に好きだったのは、前述した十九世紀のロミオ役者、ロバート・コーツと、台湾人だと自称して十八世紀のロンドンの騒がせたジョージ・サルマナザールだ。コーツ氏の珍妙な舞台衣装と熱演ぶり(および観客の戸惑いと怒号)の描写は、腹の皮をよじれさせずに読むのが困難だ、見たかったよ、こんなすごすぎる『ロミオとジュリエット』!

如何でしょう? しをんさん同様、見たくなりますよね? でも十九世紀の話なので感激は不可能ですから、どうぞ本書をお読みください。

今日の配本(18/11/22)

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「雑」の思想と際、壁

今宵は、三省堂書店神保町本店で開催中の人文会フェアに伴うイベント、正式には「第5回 年末年始は本の街 神保町で人文書」フェア公式イベント、というのがありまして、聴きに行ってきました。演者は、高橋源一郎さんと辻信一さん。

いやー、予想どおり、知的で愉しい一時間でした。あっという間に時が過ぎました。

イベント自体はお二人の共著『「雑」の思想 世界の複雑さを愛するために』刊行記念ということでしたが、雑という視点、とても興味深かったです。

イベントの感想はひとまずおき、キーとなる、対談の中で挙がった名前を自分自身の備忘的のために記しておきます。

狩野亨吉、カール・ポランニー、南方熊楠、玉野井芳郎

死刑とは?

まもなく、『デリダと死刑を考える』が発売になります。

あたしの勤務先では右の写真のようにデリダ関連では「ジャック・デリダ講義録」として『獣と主権者Ⅰ』『獣と主権者Ⅱ』『死刑Ⅰ』の三冊と『デリダ伝』を出しております。(書名からもおわかりのように、いずれ『死刑Ⅱ』も刊行予定です。)

少々お値段の高い本ではありますが、この機会にまとめて展開していただけると幸甚です。

新刊『デリダと死刑を考える』は巻頭で

 ただし、本書の読者として想定されるのはデリダの仕事に興味をもつ人だけではない。死刑制度に賛成にせよ反対にせよ関心を寄せる人に--いや、死刑制度への関心が薄い人にも--広くお読みいただければと願っている(そもそも、これは『死刑Ⅰ』についても同様に言えることである)。
なぜ、本書のような企画が立てられるのか? それは、二つの困難が私たちの前にあるからである。一つは日本における死刑存廃論(とくに廃止論)の困難であり、もう一つはデリダによる議論の困難である。

と編著者が述べています。デリダを手掛かりに、意欲的な論考が並んでいる一冊です。

なお文庫クセジュに『死刑制度の歴史』という一冊もございますので、興味のある方は是非。