このタイミングで

既に業界を騒がせている、取次大手トーハンによるブックファーストの子会社化のニュース

このところ、業界全体としてよいニュースが飛び込んでこないことが常態化していますが、このニュースはかなりの衝撃波です。多くの人が寝耳に水だったようです。

子会社化がどうの、といった論評はさておき、これがもっと大きな業界の、大きな買収話であれば、テレビや新聞でも取り上げられるのでしょうけど、斜陽と言われて久しい出版業界のささやかな話題ですから、一般の新聞ではまず載っている方が珍しい、おかしいという感じでしょうか。こんなところにも業界の現状の厳しさがわかります。業界内では話題沸騰でも、結局は小さな小さな鍋の中のことでしかなく、鍋の外の広い世界から見れば、鍋の中が沸騰していよう冷めていようが、どうでもよいことなんですよね。もっと大きな鍋がいくらでもあるわけですから。

とはいえ、やはり業界にいる人間としては大きなニュースであることには変わりありません。この業界は印刷、製本などとも繋がっていますが、流通の大きな流れで言えば出版社、取次、書店という構造です。それなのに取次が書店を買収してしまうと言うのは、公正取引上の問題はないのでしょうか? もちろん書店は他にもまだまだたくさんありますけれど、他の書店から見たら不公平感って抱かれないのでしょうか?

もちろん、こういうニュースが入ってきたからといって、ブックファーストの店舗ががらりと変わるわけではないでしょうし、出版社としても特に特別な対応や対策を取るということもなく、当面はこれまでどおりに過ぎていくのでしょうが……

スカイツリーを間近に

今宵も忘年会。先月末に最初の忘年会があってから、忘年会と称する会が今年は五つありまして、本日の会がその最終でありました。これで今年の忘年会は打ち止めです。今宵は人文会の忘年会でした。会場は蔵前にある駒形。有名などぜうの店とは違います。寿司と屋形船の店です。

昨夜に引き続き今夜も美味しい和食を堪能させていただきました。昨日の方がより創作和食という感があり、今宵の方がいかにも寿司屋の和食というメニューでした。

さて、昨日は隅田川を越えた「川向こう」、スカイツリーには上りませんでしたが、ソラマチの31階。ツリーの真下と言ってよい場所でしたが、今宵は川の手前。目の前を隅田川が流れ、その向こうにスカイツリーがどーんと聳えていました。この寒いのに、いや、寒いからこそなのか、隅田川を屋形船が遊覧していました。そして高々と聳えるスカイツリー。昨日はあそこで食事をしていたのかと思うと、ちょっぴり不思議な気分です。

それにしても、今年の忘年会。すべてがこういったオフィシャルなものだけ。いわゆるプライベートでの、気の合う仲間同士の忘年会というものは皆無です。これは別に今年に限りません。友達のいないあたしには、そんなプライベートで食事をするような人などいませんので……

初ソラマチ

今宵は会社の忘年会でした。会社と言っても、あたしの勤務先の場合、編集部と営業部はそれぞれに忘年会を開きますので、本日の会は営業部・宣伝部の忘年会です。総勢13名だったはずです。

忘年会を編集と営業で分けたのは、あたしが入社した時には既にそうなっていましたから詳しい理由は知りません。ただ、かつてはもう少し社員の人数が多く、全社あげての忘年会では場所を見つけるのに一苦労するというのが大きな理由だったと先輩から聞いたことがあります。確かに、毎年ホテルで立食なんて忘年会らしくないですし、お金もかなりかかりそうですから。

さて、忘年会とは言っても、毎月部員全員が1000円ずつ積み立てているお金で開かれるわけで、歓送迎会がないと積み立てたお金はほとんど使い道は忘年会くらいになってしまいますので、割と豪勢な忘年会になることもあります。

で、今宵は、いま話題のスポット、東京スカツリーのふもと、ソラマチの中にある和食の店、「國見」でした。南に面した大きな大きな窓からは東京タワーが遠くに見え、東京の夜景を一望できました。が、100万ドルの夜景と言うほどの美しさは感じられませんでしたね。何故でしょう? でも、料理はとても美味しく、日本酒も進みました。

こちらは早くに幹事が予約してくれていたので問題なかったですが、店の外には順番待ちのお客さんが結構いましたし、店内も満席でした。31階という眺望、あの料理の味なら、確かにこの時季、席を取る方が難しいでしょう。

ところが肝心のソラマチですが、やっぱりあの場所だからでしょうか、いわゆる都心部の洗練された地区に比べると、どことなく田舎っぽい、下町っぽいところがあります。そこだけが明るい、地方の郊外型ショッピングモールのような雰囲気です。なんとなく、ソラマチはよくても周囲にある地元商店街は寂れているというのもうなずけます。押上駅のホームや階段も狭いのですが、あと一年もするとこのくらいで十分旅客をさばける程度に混雑も緩和されるのではないでしょうか。

なお4階にはキティちゃんのショップがあると聞いたので帰りがけに寄ってみようと思いましたが、少々酔っぱらっていたので4階のフロア全部を見て回ったのではないので見つけられませんでした(涙)。

 

スマホは危ない!

時々ニュースでも取り上げられますが、ケータイやスマホを操作しながら街を歩く人、前方不注意でかなり危険だという指摘です。確かに、一方的にぶつかってくる人もまま見受けられますね。あるいは柱や壁に激突しそうになっている人とか(笑)。

キーボードの位置が頭に入っていればブラインドタッチ(←あれ、これって差別用語でしたっけ?)ができるケータイより、しっかり画面を見ないと操作できないスマホの方がより危険だと言われています。歩いている人の場合はまだ速度が遅いので、急ぎ足の人を除けばまだ対処のしようもありますが、車を運転しながらケータイやスマホを操作している人は本当に危険だと思いますが、見ていると結構いるものですね。そういう車を見ると、わざと前に飛び出して、ヒヤッという思いをさせてやりたくなります。

と、なぜにこんな話を書いているかと言いますと、今日の書店回りの途次、とある私鉄の駅で構内放送でスマホを操作しながら歩くのはホームから転落したり、電車と接触したりして危険ですからやめましょう、というアナウンスが流れたのです。あたし、初めて聴きました。車内でケータイやスマホでしゃべるのは遠慮してください、あるいは優先席付近では電源を切ってくださいはよく耳にしますが、ホームでの操作に注意を呼びかける放送は初めて聴きました。

確かにその通りですし、そんなことで電車が遅れたりしたらどれだけ大勢の人に迷惑が及ぶかというものです。あの放送が、たまたま駅員さんがアドリブで行なったのか、それともテープが流されたのかよくわかりませんが、これからはもう少し駅の放送に注意したいと思います。

至宝です

本日は代休。先月の出張の代休が二日分残っていて、そのうちの一日は先日消化したので、あと一日。もう師走もこの時期になると、毎日のように、忘年会ではないですが、何かと予定が入っていて、社内や社外の会合もあり、休みが取れない状態が続いていましたが、今日がぽっかりと空いていたので思いきって代休を取りました。

そして、まずはこのところなかなか行けなかったお墓参りです。うちのお墓は地下鉄の外苑前駅からほど近いところにあります。霊園とか墓地ではなく、きちんとしたお寺です。臨済宗南禅寺派のお寺です。寺社行政上の流派なのか、南禅寺と深い関係があるのか、詳しいことは知りませんが、とにかくそうなっているそうです。

お墓参りを済ませ、行こう行こうと思いつつ、これまで忙しくて行けなかった東京国立博物館の「中国 王朝の至宝」展に向かいました。平成館の2階を使って、会場は6つの部屋に分けられていました。夏殷周、春秋戦国、秦漢という前半に、南北朝、隋唐、遼宋という後半。大きく分かれるのは前半には仏教の影響がなく、後半に入ると仏教の影響が表われてくるということでしょうか。公式には仏教の伝来は後漢の明帝の頃と言われていますが、仏教が広まり、いわゆる仏教文化が花開くのは南北朝以降ですから、展示物の構成にもここに大きな断絶が見て取れます。

それにしても、後半の始まり部分でようやく倭の五王、隋唐の時代で聖徳太子や奈良、平安初期ですから、中国はまさしく悠久の歴史です。もちろん宋以降も王朝文化は続きますが、明清はそれだけでまた豊穣な文化の精華がありますから、ここらへんでまとめておくのが無難なのかもしれません。日本人の中国観も歴史においては戦国時代や漢、三国時代に大唐帝国といったあたりがピークでしょうから。

それにしても、東博は、年明けには、こんどは書聖・王羲之の展覧会ですね。これも当然行くでしょ? 真蹟が残っていない王羲之ですから、展示品はすべて模本などになるのでしょうが、それすら貴重なものばかりが一堂に会する展覧会になりそうです。

今日の配本(12/12/18)

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そんなに猫が好きですか?

イヌ派、ネコ派とよく言いますが、実際の好き嫌い、どちらの方が多いのでしょう? 男はイヌ派が多く、女性はネコ派が多いような気もしますが、あくまで印象であって、なんら確証や傍証があるわけではありません。

書店を回っていると、書店員は女子が多いからなのか、ネコ好きな方が多いように見受けられます。表紙にネコの写真やイラストが使われているというだけで、少しでも長く置いておこう、それも平積みや面陳で置いておこうという意識が働くと聞いたことがあります。もちろん内容や売れ行きありきではありますが、同じような条件でどちらか一方を棚から外さないとならないという場合、ネコものを残すことになりがちだそうです。

あたしはキティラーなんですが、ネコはあまり好きではありません。こんなネクタイまで締めているのに、実はそれほど好きではないんです。子供の頃、家で飼っていたインコを野良猫に殺されて以来、ネコはむしろ嫌いかもしれません。一時期は、ネコを見るたびに石を投げつけていたくらいです。

逆に犬は好きです。これは昔も今も替わらないです。ただ、犬を家の中で飼うのは嫌いです。小型の室内犬などもあまり好きではありません。イヌはどんなに可愛がっても動物です、人間はありません。そこの一線は守りたいと思っています。これまで、あたしの人生において、ネコもイヌも飼ったことはなく、ネコを飼うつもりはありませんが、もしイヌを飼うとしても、庭で飼う、大型犬が飼いたいです。シェパードとかコリーとか、そういった犬種です。とはいえ、そんな余裕、わが家の経済状況ではとてもありませんが……

でも、あたしの勤務先は、やはりと言いますか、イヌよりもネコ派の方が多いみたいです。ウェブサイトにはこんな連載があります。今でこそ、石を投げつけることもなく、人並みにネコをカワイイと思えるようにはなりましたが、やはり飼おうという気は起こらないですね。ネコ好きで、猫を飼っている有名人と言えば、あたしの好きな女子アナウンサー、TBSの久保田アナのブログが有名ですが、いつか勤務先のウェブサイトも久保田アナとコラボできるとよいのですが。

クスッとした笑い

ぼくは覚えている』読了。

開くとわかるように、「ぼくは覚えている」で始まる文章を並べた作品です。詩のようにも見えます。確かに詩のように、リズミカルに読めるところもあります。でもすべてを読み終わると、これが作者の学生時代を中心とした自伝的な作品であると思えてきます。否、思えるのではなく、実際のところ、そうなのでしょう。

子供の頃から学生時代にかけての、作者の記憶に残った細々とした事柄が、「ぼくは覚えている」という書き出しの後に、延々と書き綴られます。作者の年齢を反映して、描かれる世界は1950年代が中心のようで、あたしにはちょっとわからないところもあります。また年代の問題だけでなく、あたしがアメリカ文化やアメリカ社会に対して知識が無いことから理解できない項目も多々あります。そして、何と言ってもこれが最大の原因ではないかと思いますが、作者がやはりかなり変わった人物であることによる理解の難しさもあります。確か作者はゲイだったはずです。同性愛の描写も散見されます。

そんな理解の困難さはあるものの、やはりクスッと笑ってしまう項目、うんうん、その感じ、わかる、という描写が全体の多数を占めています。ちょっとエッチな描写など、思春期を通り越してきた世代であれば、誰でも多かれ少なかれこんな経験をしたり、こんな妄想を抱いたりしたことがあるのではないでしょうか?

高校生や大学生が読んだらどんな感想を抱くのか興味深いですが、青春をはるか昔に終えた世代が読んだら、ちょっぴり懐かしく、当時の青臭かった自分を思い出せるのではないでしょうか?

痴漢かしら?

久しぶりに井の頭線に乗りました。

吉祥寺で乗ってドア付近の、シートの端の席に座り本を読み始め、しばらくすると一人の女性があたしの隣に座りました。座席は埋まりつつあり、あたしの隣の席の、さらに隣には既に別の女性が座っていて、その女性は一つぽっかりと空いていた、あたしの隣の席に腰を下ろしたわけです。

このこと自体は別にどうということはありませんが、その女性の態度がなんとなくおかしいのです。その女性のすぐ後に男性が歩いていて、女性が座ると自分もそのそばに座ろうかという勢いだったのです。てっきりあたしはその二人が連れなのかと思いました。カップルなのか夫婦なのかはわかりませんが、とにかく二人一緒なのだろうと最初は思ったのです。

ただ、その刹那、妙な違和感を覚えました。後から歩いてきた男性はチェッという感じで周囲を徘徊、結局どこにも座ることなくその場から離れ、女性の方もその男性を気遣う風でもなかったのです。最初に感じた違和感、そう、それは連れと言うよりも、その女性があの男性に追われていて、その男性から逃げてきたという感じなのです。この推測が正解なのか確かめるすべはありませんが、少なくともその時点で二人並んで座れる場所は車内にまだ残っていたわけで、二人が連れであるならばそちらに座ればよかったのでしょうけど、あえて一つだけ空いていたどころにわざわざ入り込んできたという座り方でした。つまり、その女性にとっては、右だろうと左だろうと、あの男性が隣に座ることのないような場所に腰を落ち着けたかったのではないかと思います。

その後女性は俯いて寝てしまったのか、寝ているふりをしていたのか、とにかく顔を上げずにいました。あたしもずっと本を読んでいたので気にしていませんでしたが、しばらくすると隣の女性があたしにもたれかかってきました。あら、本当に寝てしまったのかしら、という感じでしたが、あたしもそろそろ下りる駅がちが付いてきたので顔を上げたら、なんとあの男性が比較的近いところに立っているではありませんか。

既に座席は埋まっていますから、車内には立っている人が何人もいます。ただ、あたしが後者のために席を立ったら、間違いなくその男性があたしの座っていた席、つまり例の女性の隣の席に座りそうな様子です。そして現実にそうなりました。

あたしが下りる駅に着いたので席を立つと、その男性が猛然と、という言い方は大袈裟にしても、少なくともあたしの席のすぐ近くに立っていた人があたしの座っていた席に座るのをなんとしても阻止するぞという勢いでやってきて腰を下ろしたのです。あたしの隣で眠りにつき、もたれかかってきた女性が、あたしが席を立ったこと、そしてあの男性が隣に座ったことに気づいたのか、目を覚ましたのか、今となってはわかりません。

すべてがあたしの思い過ごし、勘違い、気のせい、勝手な妄想であってくれればよいのですが、あの男性の目つきとか様子、態度を見ると、あたしの推測が外れているとは思えないのです。痴漢であればその女性も騒ぐでしょうから、もしかするとストーカー的な行為に遭っていたのかもしれないですね。いずれにせよ、あたしは下りる駅を乗り過ごしても、その女性の隣を死守すべきだったのか、あるいは下りる時にさりげなくその女性を起こしてあげるべきだったのか、後味の悪い井の頭線でした。

 

今日の配本(12/12/13)

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