5月 2013のアーカイブ
今日の配本(13/05/30)
こんなところにも!
一緒に売れますか?
この先どうなるのか?
週刊プレイボーイ
懐かしいですね
iPodにつなげているヘッドホンの右側の音が出なくなりました。これまでにもこういうことは何度もあり、いま使っているヘッドホンで何代目になるのかわかりません。四代目か五代目くらいにはなると思います。たぶん、ケーブルが断線したのだと思います。
あたしの場合、iPodを胸のポケットに入れているので、ヘッドホンの長いケーブルは必要なく、ふだんは丸めて、あるいは巻き付け用のパーツに巻き付けて使っているのですが、それが断線の原因になっているのかもしれません。見た目にはどこも傷んでいるようには見えませんから、たぶん中で断線しているのでしょう。一両日、騙し騙し使ってみてダメなら新しいものを買おうと思います。
それはそうと、本日の映画はこちらです。
「ジョーズ87/復讐篇」です。なぜに、この時期にスター・チャンネルはジョーズの特集放送をしているのか。確かに最初のスピルバーグ作品は映画史に残る名作なんで、WOWOWなどでも時々放送されていますが、ジョーズをシリーズで放送しなくても、という思いはあります。それでも当時ワクワクしながら見た世代としては、こういう機会にまた敢えて見てしまうのです。
で、この「87」ですが、最近のビデオやDVDでは「ジョーズ4」となっているのですね。ネットで調べてみますと、結末がちょっと違っているようですが、かつて見たものと今回見たものが同じ結末だったのか、それはかつての方をまるっきり覚えていないのでわかりません。でもジョーズですから、最後はサメを退治して終わっているのでしょうね、どっちにしても。もちろん、どうやってあの巨大ザメを倒すかが最大の見せ場なので、それが変わってしまうのは「そんなことしていいの?」と言われても仕方ないかもしれませんね。
全体としては、果たしてあそこまでサメが一人の人間なり一族なりを襲うほどの復讐心、つまりは知能を持っているのか、という本質的な疑問、最後に何の武器も持たず、作戦もなく、ただただ闇雲に海へヨットを走らせてしまう母親の無謀さ、といった酷評されるべき要素はあるものの、それなりに楽しめました。なにせ1時間半ですから、うまくコンパクトにまとめたのではないかな、と思います。
骨の袋
本日は映画ではなくドラマです。たぶん、アメリカでテレビドラマとして放映されたものでしょう。スターチャンネルで放送されたスティーブン・キングの『骨の袋』です。
キングの作品は小説では読んだことはなく、いくつかをテレビドラマとか映画で見ただけです。その感想からすると、どうしてこんなに世界中で人気があるのか、ちょっと理解できない、えっ、こんなんでいいの、という作品ばかりだったという気がしないでもないです。確かに「シャイニング」は面白かったですし、狂気を感じてドキドキ、ワクワクしましたが、それ以外の作品は、時々スカパー!などでも放映されますが、やや期待外れな出来でした。
で、この「骨の袋」です。前後編で放送されました。最初は妻を交通事故とで突然失った人気小説家が、妻の浮気を疑い、妻がしばしば出かけて過ごしていた別荘を訪ねるという内容です。その別荘がある村の、忌まわしい秘密が主人公に絡みついてくるのですが、ここに怨霊というか幽霊というか、そういった超自然的なものを登場させる必要はあったのか、そんなものを出さなくても村全体で秘密を共有し、共犯関係になっているという流れでストーリーを組み立てても、十分にサスペンス・ドラマとしては成り立つような気がします。
ざっとあらすじを書いてしまいますと、その村のボスのような車椅子の老人をはじめとした5人は、かつて若い頃、村のフェスティバルに来た人気女性歌手をレイプし、その娘とともに殺してしまいます。娘を殺されるところを見てしまった歌手は、いまわのきわに少年ら5人に、自分の娘を殺すことになるという呪いをかけて絶命します。その5人が成長し鈍いが実際に起こります。娘が生まれなかった場合は、彼らの息子がその娘(レイプ事件を起こした少年たちからすると孫娘)を殺すようになります。
さて主人公はひょんなことから車椅子のボスの嫁と村で知り合います。この嫁は娘を殺そうとした夫(つまり車椅子のボスの息子)を射殺して裁判になっているのです。車椅子のボスからすれば孫娘はかわいいだろうに、その孫娘が死ねば呪いはすべて終わる、少年5人の血を引く女の子は一切いなくなることから、孫娘をなんとか殺そうとします。
そして主人公は、実は自分もレイプ事件を起こした5人の孫であることを知り、この村にしばしば出かけてきた亡き妻もそのことを知って、なんとか呪いを解こうとしていた事実を知るのです。つまり妻がこの村に出かけてきていたのは浮気のためではなかったわけです。
さて、やや荒唐無稽な話なのですが、幽霊云々の科学性はおくとして、いくつか気になる点を挙げますと、まずは主人公の態度です。妻の浮気を疑いつつ、村へ来て若い女性(ボスの息子の嫁)といい仲になりかかり鼻の下を伸ばしています。彼女はボスの命によって村人に殺されてしまうわけですが、そうでなければきっと主人公と結ばれていたでしょう。これでは主人公のために一生懸命だった亡き妻が浮かばれません。
次に、村全体を覆う呪いですが、これは言うまでもなくレイプされ殺された女性歌手によるものです。悪霊、怨霊と呼んでも構いませんが、でも考えてみるとこの女性歌手は自分もレイプされ、それを目撃してしまったがために口封じのために巻き添えになって殺された幼い娘を思えばこそ怨霊となり、少年とその一族に呪いをかけたのです。悪いのはどっち、と聞かれれば少年たちの方でしょう。呪われて仕方ないと思うのはあたしだけではないと思います。
そして、最後に村全体を覆う陰湿な空気です。実はキングの作品の一番の醍醐味は、こういう閉鎖空間、閉塞状況における人間の狂気ではないかと思います。その点に関してはまずまずの出来だったのではないかなという気もしますが、先にも書いたように怨霊とかが出てくるので、人間自身の持つ狂気を描き切れていない憾みが残ります。