話しかけてくる棚

とある書店の海外文学コーナーでこんな風に本が並んでいました。

  

不勉強でどれも読んだことがありませんでした。

が、これらの本のそばには

 

といった藤井光さんの翻訳作品が並んでいます。藤井さんと言えば、先日もトークイベントでご自身でおっしゃっていましたが、いわゆるアメリカっぽくないアメリカ作家と言いますか、アメリカという国や土地に拘っていない作家さんの作品を精力的に翻訳されているという印象があります。ですから、このフェアというか小特集も、藤井さんの作品を核として、アメリカ文学の現状やトレンドを感じてもらおうという文芸担当の方の気持ちの表われなのでしょう。

こういう棚を見ていると、やはり楽しくなりますね。

こういうのって職業病なのでしょうか?

「特別」と「新」

年に数回、関西へ行きます。もちろん仕事です。大阪をベースに京都や神戸にも足を延ばします。

そんなとき、阪急電車に乗ることが多いのですが、時にはJRも使います。JR京都線あるいは神戸線です。これが、どうも馴染めないというか、しっくりこないところがあります。

京都線でも神戸線でも、各駅停車の他に快速と新快速が走っています。この新快速がどうも意味不明な感じを覚えるのです。東京で、あたしが仕事にしろプライベートにしろよく乗っているのはJRの中央線です。中央線は各駅停車が実はなく、快速と特別快速の二種類が走っています。

中央線の各駅停車については、東京に住んでいない方、東京のJR事情に詳しくない方には、なかなか説明しても理解してもらいづらいので、ここでは割愛しますが、言いたいのは快速があって、それより速い(停車駅が少ない)のは特別快速だと言うことです。これが大阪へ来ると快速と新快速になるわけで、「なんだ、それだけのこと」と言われそうですが、だったらなんで東と西とで同じJRなのに言い方が異なるのだという疑問がわきます。

たぶん「東京都一緒はイヤだ」という大阪人根性が働いたのだろうということは想像がつきますが、真の理由が那辺にあるのかは知りません。ただ、名称が異なるぶんには、各社のアイデンティティということで理解もできるのですが、それが徹底されていないと逆に気になってしまうのです。

どういうことか。

東京で中央線に乗っている時に、駅や車内の電光掲示を見ると時々英語版の表示が現われます。その時「快速」に対しては「Rapid」あるいは「Rapid Service」と表示されています。これは東京も大阪も同じです。そして東京の「特別快速」に対しては「Special Rapid Service」というのもわかりやすい翻訳ですが、大阪の「新快速」に対しても「Special Rapid Service」と表記されているのです。

「おい、せっかく日本語表示名を東京とは変えたのに、なんで英語表記になると同じなのよ?」という疑問が浮かびます。そりゃ確かに「New」では何のことかわからない、外国の方にあらぬ誤解を与えてしまいかねないという配慮、つまりは日本語を直訳するのではなく、意味がきちんと伝わるように意訳するという方針なのでしょう。

だったら、日本語表記も東京と同じように「特別快速」にしたらいいじゃない、と思うのですが、そこは関西の沽券に関わるところなのでしょうか?

気分が悪くなった人

帰宅途中の中央線。時々こういうアナウンスを耳にします。

○○号車にて気分の悪くなられたお客様がいらっしゃいましたので、救護のためしばらく停車しておりました。

ふーん、そうなのか。電車にでも酔ったのでしょうか? 実は今日も今し方耳にしたばかりです。

この放送を聞くたびに思います。この「気分が悪くなった」というのは、どのくらいの程度を言うのだろうか、と。

たとえば、上に書いたように電車に酔ったと言うだけなら、さっさと降りればいいのであって、電車が通常よりも長く停車している理由はありません。まさか、ぐずぐずと車内のシートに座っているのとでも言うのでしょうか? やはりとっとと降ろして、外の空気を吸わせた方がよいですよね。

これ、「気分が悪くなった」とアナウンスしていますが、実際には急病人なのではないでしょうかね? だって、突然バタンと倒れたり、意識を失いかけている人がいたら、小柄な人でもない限り、抱きかかえたり引きずったりして外へ出すのはかなりたいへんな作業だと思います。ましてや、完全に意識を失っているのだとしたら、下手に動かしてよいものか、そういう心配もあります。

と、このくらいの想像力は働くのですが、いかんせん、「気分が悪くなった」というアナウンスだけを聞いていると、乗物酔い程度にしか感じられず、「さっさと降りろ、電車の遅延を起こすな」と言いたくなる衝動に駆られます。

 

いまや……

久々に、またもやアイドルホラーです。

シロメ」です。主演は、いまやAKB48をしのごうかという勢いのももクロです。ただし、現在のももクロのメンバーは5人ですが、この映画では早見あかりが脱退前なので6人で出演しています。たぶん、このころはまだ「ももいろクローバー」というグループ名で、最後に「Z」がついていなかったのではないでしょうか?

内容は、ももクロのメンバー6人が、シロメ様という純粋な気持ちで願ったことならなんでも聞いてくれるという都市伝説のスポットである、関東の片田舎の廃墟をレポートするというフェイク・ドキュメンタリーです。ももクロには映画ではなく、あくまで衛星放送の番組の収録という説明で行なわれています。

ちなみに、このシロメ様、本当にそんな都市伝説が関東の中高生の間で囁かれているのか、この映画の中だけの話なのか知りませんが、とりあえず説明しますと、ある廃墟の壁にチョウチョウのような絵(シミ?)が描かれていて、その前で「シロメ様、シロメ様、●●してください」と三回願いを唱えると、それが叶うというもの。ただし、願い事が素直な気持ちから出なければ白目をむいた化け物、つまりシロメ様によって地獄に引きずり込まれる、ということらしいです。

映画の中では、その廃墟で数年のうちには何人もの人が亡くなる(謎の死を遂げる)というエピソードがももクロに伝えられ、この年代の少女たちの例に洩れず、ももクロのメンバーもかなり怖がりながらの廃墟ルポです。霊能者、除霊師、怪談師といった脇役たちも、どう見たって嘘臭さが漂いますし、ディレクター役の人も、こういったフェイク・ドキュメンタリーの定番で、二言目には「番組が成り立たないから」と言って強引に事を進めようとします。もし本当にヤバいところであれば、番組がどうあろうと撮影を中止するだろうに、このあたり、既にももクロもフェイクを見抜いていたのではないかと思います。それでも、真っ暗な夜の学校、それも廃校に足を踏み入れるというのは気持ちのよいことではないでしょうから、たとえ心霊スポットでなくとも怖くなるでしょうね。ただし、あれだけスタッフが周りにいたらどうなのでしょうか?

画面は時々ノイズが入ったり、霊のしるしだという白いボール状のものが写り込んだり、かなりチープです。ありゃいかにもヤラセだよね、とわかってしまうレベルです。それでもけなげにレポを敢行するももクロはたいへんだなあと思います。この時点でそれなりの人気にはなっていたとは思いますが、まだまだ駆け出しの新人アイドル、上からこうしなさいと言われたら仕事を選んでいる自由なんてなかったのでしょうね。映画出演ではなく、その設定としての心霊スポット・ロケのことです。あんな場所に行かされてかわいそうだな、という同情心が芽生えます。

今の彼女たちがこの作品を見直したら、いったいどんな感想を持つのでしょう? 昔はあんな仕事もやらされたよね、と言うのでしょうか?

ある傾向

このところ、否、もしかするともう何年も、このダイアリーでは体の不調ばかり書いている気がします。

確かに元気がよければ、体のことになって気が回らず、楽しく過ごせたことに関心が行ってしまいがち、逆に体調が悪いとそのことばかりを考えてしまうものです。

それにしても、最近、頭が痛いとか足が痛いとか、そんな記事ばかりで、我ながら情けないと思います。

 

足が痛い

自宅で転んで、まるでアイシャドウを塗っていたかのように目の周りが痣になっていたのは、ここへきてようやく色が薄まってきました。

が、今朝は久々、足をつってしまいました。

明け方、いつも起きる時刻よりはちょっと遅め、5時すぎにウトウトしていて、ぼんやりと目が覚めたのですが、その時、ズキンと右のふくらはぎをつってしまったのです。ズキンと、というよりは、あっという間もなく、膝から下が硬直して、自分の足ではなくなってしまったかのように、そして痛みが襲ってきました。

どういう風に動かしたら、痛みを和らげることができるか、下手に変な動かし方をすれば、ますます痛くなってしまいますので、恐る恐る足首を動かしてみたりしました。

うー、と声を上げたくなるような痛みに襲われつつも、なんとかこれ以上はひどくさせずに嵐をやり過ごすことはできましたが、やはり痛みはとれません。歩くと痛みます。動かなければ鈍い痛みを感じつつも、ほとんどなんともないのですが、歩くと痛いです。ちょっと足を引きずるような歩き方になってしまいます。

考えてみますと、昨夜は、枕元と足下の窓をちょこっとだけ開けたまま寝てしまったのですよね。たぶん、夜中に冷えてしまったのでしょう。今日はお風呂でよく暖め、暖かくして寝たいと思います。