1月 2014のアーカイブ
午前と午後
このダイアリーにも、そしてFacebookにも、あたしが朝早くから起きていることは何度も書いていると思います。平日は、だいたい4時に起きますが、3時すぎくらいから目が覚めていることもしばしばで、4時を待たずに起き出すこともあります。休みの日も、前の晩がかなり遅かったりしない限りは、6時頃には起きています。
よく、休みの日は午前中は寝ているとか、夕方に起きる、なんて言うことを言う人がいますが、あたしには信じられませんし、そういう人は精神がたるんでいる、基本的にだらしのない人間だという風に思ってしまいます。そもそも休みの日に朝寝坊をすると、夜はまた眠れない、そうすると仕事が始まる朝がまたつらくなる、という悪循環。なので、あたしは昔から休みの日もできるだけ平日と変わらない時間に起きるようにしています。とはいえ、最近の平日が4時起きなので、休みの日の6時起き、6時半起きというのは、あたしからすると「相当な朝寝坊」なのですが……(汗)
朝、3時や4時から起きていると、必然的に夜は早々と眠くなります。9時くらいには寝ないと体が持ちませんから、実は飲み会というのは頭の中は寝た状態で参加していたりします。9時に寝ても、朝4時に起きたら睡眠時間は7時間です。それほど長い時間寝ているわけではありません。(睡眠時間が数時間ということを誇らしげに言う人もままいますが、あたしに言わせれば、時間の使い方が間違っているというだけです。)
で、最近なんとなく意識しているのが9時に寝て3時に起きるとか、8時に寝て4時に起きるということです。「それが何?」と言われそうですが、つまり真夜中の12時を挟んで、昨日と今日と同じ時間だけ寝ていると言うことです。
実はあたしは昔からこんなことを考えていました。「多くの人は、どうして午前中よりも午後の方を長く起きているのだろう」ということです。
平均的な日本人が起きる時間って何時でしょう? 6時頃でしょうか? あるいは7時でしょうか? 仮に6時とした場合、6時ですから既にその日は6時間経過しているわけです。午前中で考えたらもう半分終わっています。
逆に日本人は夜は何時に寝ているのでしょうか? 10時でしょうか? 11時でしょうか? これも、仮に10時とすると午後はあと2時間しか残っていません。12時間の午後のうち10時間も起きていたことになります。
午前中は12時間中6時間、午後は12時間中10時間。これが平均的な日本人だとすると、なんて午後ばかりで生活しているのだろう、という疑問が、昔からあたしの頭の中にありました。かなり小さい頃からこんなことを考えていました。起きている方がメインだと思いますから、なんか午後ばかり依怙贔屓して、午前がかわいそう、そんな風に午前と午後を擬人化して、あたしは思っていたものです。
そんなことを考えていた子供が大きくなったら、とうとう、午前と午後の起きている時間がほぼ同じような生活のリズムに達しました。これは修行によって達する極限の境地ではありませんが、ある意味、それに匹敵する自己鍛錬のたまものかもしれません。
最近はそんなことを考えて日々生活しております。
残り一か月を切ったので……
この一節を!
Uブックスの近刊『ユニヴァーサル野球協会』を読んでいます。現実と妄想との境界がだんだん曖昧になるところが面白いですが、途中、こんな一節が非常に興味深かったのでご紹介します。
戦争はどの世代の人間にとっても不可欠なものらしい。民族魂を強化する一大野外劇なのだ。コラムニストが宇宙での無血戦争を強く提唱している。それには同感だが、絶対に実現できはしまい。単なる机上の論理にすぎないからだ。人々が必要としているのは戦傷者名簿であり、略奪したりされたりする占領地の広さ、戦略および報復機能を持つ仕切られた舞台セット、断ち切られたり修復されたりする物資供給および情報伝達ルート、軍艦の総トン数、そして次々に得点を重ねるみたいに貯えた死者、墜落した飛行機、捕虜だ。戦争には誰でも参加できるのに、宇宙戦争は少数の者だけに限られる。だから、戦争はいわば、月への欲情から大衆を解放するための売春宿みたいなものだ。(P.197)
別の本書は戦争小説ではありませんので、念のため。
成人式
ハッピーマンデー法案のせいで1月15日が成人の日でなくなってから何年になるのでしょう? あたしのように二度目の成人式もとっくに過ぎている世代には「成人の日は15日」という先入観と言いますか、抜けがたい習慣が骨の髄までしみこんでいます。さらに言えば、昨今は成人の祝いを学年ごとでやっているようですが、あたしが学生の頃は1月15日までに二十歳になっている人が成人式を行ない、1月16日以降に誕生日が来る人は翌年の成人式に回される、となっていました。同学年でも何人かは一緒に成人式を迎えられない、そんな時代でした。
とはいえ、そういうことを言っているあたしの成人式はどうだったかと言えば、大学生でした。セレモニーは、たぶん当時住んでいた杉並区の公会堂で行なわれたのではないかと思いますが行ってません。最初から行く気なんて無かったです。少し前に区役所から式典の案内はがきは届いていましたので、当日夕方だったか翌日だったか数日後だったか覚えていませんが、近所の出張所に記念品だけもらいに行った記憶があります。
大学のクラスメートは田舎へ帰っての成人式に出ると言っている人もいたようです。もちろん正月の済ませてきた、夏休みにやったという地域もあったようですが、田舎の人ほど成人式に熱心な気がしました。ニュースなどでもどちらかというと田舎の成人式の映像が流れ、都会は「荒れているところ」とか、「ディズニーランド」のような絵になるところが取り上げられ、何の面白味もない(←行ってないのであくまで想像?)杉並区の成人式には取材などあるわけはありません。もちろんテレビ局が来ないから成人式に行かなかった、というわけではありません。
そもそも、あんな不特定多数が来る式典に行っても楽しいものでしょうか? 誰かと待ち合わせをして一緒に行くというのならわかりますが、ただ一人で参加しても楽しみようがないと思うのです。ですから、大学の入学式も行ってませんし、卒業式も行ってません(大学の卒業式は、大学院進学が決まっていたので、卒業しないのに卒業式に出るのも変だなあと思っていました)。
「そんなことないでしょ? 高校時代のクラスメートと一緒に式典に行って、その後同窓会じゃないの?」というのもありがちだと思いますが、あたしにそんな友達やクラスメートがいると思いますか。こちらから連絡を取りたいと思うクラスメートもいなければ、もちろん成人式前に連絡をくれたクラスメートもいません。当然のことながら、同窓会があったのかどうかもわかりません。
ちなみに、あたしは卒業以来、同窓会というものに誘われたことが一度もありません(←小中高大すべて!)。別に自慢しているのではなく、単に事実をそのまま記述したまでです。TwitterやFacebook、ミクシィなどで昔の友達と再会(←逢ってなくても再会と言えるのか?)という話もよく聞きますが、それも皆無ですね。たぶん、あたしくらいの世代だと、そういうSNSをやっている人の割合があまり高くないのかもしれませんが、あたし自身が縁が切れたら、はいおしまい、というタイプなので、あたしを覚えている人というのがいないのでしょう。
空想なのか妄想なのか
白水Uブックスの新刊『ユニヴァーサル野球協会』は金曜日に見本出しでしたので、書店店頭にはまだ並んでおりません。が、出版社の特権と言いますか、本は出来上がってきていますので読み始めております。
まだ最初の四分の一ほどですが、この物語、自分なりの野球ゲームを考案した男性の頭の中で繰り広げられる架空のメジャー・リーグ、ユニヴァーサル野球協会の話なんです。全8チームの名前から順位、所属する選手や監督まで、主人公がきっちりと創り上げ、毎晩頭の中でゲームを楽しんでいるという寸法です。基本的にはサイコロを振って、その出た目によって進んで行くボードゲームのようなものらしいのですが、試合のシーンや選手の表情はもとより、ベンチの中の人びとの様子、観客の反応まで、実にリアルにイメージされています。
そう、読んでいると、ある男性がテレビであるいは球場で野球を観戦し、それを克明に記録しているかのような錯覚を覚えます。とはいえ、そこに出てくるチーム名も選手名もすべては主人この男性の頭の中のこと。言うなれば空想です、いや、妄想です。彼は、しかし、その妄想の野球リーグの記録をノートに記録し、時にそれをめくっては過去の対戦を思い出したりもしているのです。ここまで来るとどちらが現実で、どちらが妄想なのかわかりません。
と、そんな本書を読んでいて思ったのは、やはり弊社の書籍『みんなの空想地図』です。
この本も、こう言っては著者に失礼ですが、現実には存在しない、あくまで著者の頭の中で創り上げた架空の都市の地図です。妄想もここまで極めれば立派な芸術になるという一つの典型だと思います。ですから、『ユニヴァーサル野球協会』も、言うなれば「みんなの空想メジャー・リーグ」と呼ぶべきものなのかもしれません。
そんなことを考えながら読んでおります。配本は17日です。お手に届くまで、いましばらくお待ちください。
価格の差は大きいが
大阪屋は大丈夫です
毎年恒例、十日戎の日に行なわれる大阪屋おでんの会。今回で四年、いや五年目の参加でしょうか? 今年は重大発表があるという事前報道もあり、例年以上の参加者数になったようで、まさしく立錐の余地もないとはこのことを言うのでしょう。
肝心の重大発表は、予想通りと言えば予想通り。それよりも社長挨拶で力強く「大阪屋は大丈夫です」と宣言していた言葉が印象に残りました。少なくとも俯いたりしてはいない。前を、上を向いて進んでいこうという姿勢は見られました。
この業界、景気のよい話は、この二十年近く聞いていません。だから揚げ足を取ろうと思えばいくらでも取れます。痛いところを突こうと思えば突けるでしょう。でも同じ業界内でそんなことをしても何のいいこともありません。やはり、お互いにちょっとずつでもよいところを見つけ合ってやっていくしかないのかな、そんな風に思いました。
何はともあれ、出版社としては売れる本を作ること、まずはそこでしょうね。
若紫の正体は?
先日のダイアリーですと、あたしが発見した若紫は乃木坂46の秋元真夏だと思われてしまいそうです。あるいは若月祐美であると思った方もいるのではないかと思います。
確かに、この前のダイアリーでは尻切れトンボになってしまい肝心なことが書けていませんでした。すみません。
あたしが発見した若紫というのは、実はわが家の近所に住んでいる女の子です。名前も知りません。この正月休み、近所のコンビニへ行ったり、ポストへ年賀状の返事を出しに行ったりと、何回か家から出ることがあったのですが、そのときに、たままたその女の子も通りを歩いているのを見かけたのです。
それも一人ではありません。姉妹です。お姉ちゃんが小学校高学年くらい、妹が小学校に入ったくらいの年齢でしょうか? お姉ちゃんの方はショートヘアでちょっとボーイッシュながら整った顔立ちで、妹の方は柔らかそうなセミロングのヘアスタイル、こちらはいかにもカワイイという感じの少女です。姉妹だとはわかりますが、ちょっと違ったタイプ、だけど二人ともとってもカワイイのです。
いやー、こんなカワイイ姉妹が近所に住んでいたなんて! 今年は正月から縁起がよいと密かに思ったあたしです。