2月 2014のアーカイブ
今日の配本(14/02/20)
話題になっている本のお知らせなど
今日の配本(14/02/18)
ソチよりも寒い
東京が雪に弱いのは今に始まったことではありませんが、今年の雪は例年以上の記録的なものですから、ちょっと郊外のニュース映像だけを見ていると東北や北陸の豪雪地帯の映像ではないかと思えるほどの量になっています。決して東京だけでなく、山梨など首都圏全体がかなりの被害に遭っています。既に物流が寸断され、スーパーやコンビニには商品が入ってこない、宅配便が届かないといったことも起こっています。
こうなると、事態は東京は首都圏だけの問題ではなく、日本全体に関わってくるというもの。それなのに、テレビのトップニュースはソチ五輪。特にここへ来てようやく日本人選手がメダルを取るようになってきたので、どの局も争うようにソチ五輪のニュースを伝えています。
巨額のスポンサー料を払ったわけですから、視聴率を稼がないと元が取れないということなのでしょうか? それでももう少し雪害のニュースに時間を割いてもよいのではないか、そんな気がします。確かにメダルを取ったというニュースも日本人に元気を与え、世の中を明るくしてくれますから、これはこれで大事なニュースでしょう。でも、メダルの期待がかかっているのはわかりますが、浅田真央の公式練習のニュースまで時間を割いて流す必要性ってあるのでしょうか? あくまで練習ですよ!
日本のマスコミって、こういうことに限らず、物事の優先順位の付け方がかなりずれているような気がします。
誤植でしょ?
柴田元幸さん編集の雑誌「MONKEY Vol.2」に、翻訳家・岸本佐知子さんのエッセイが載っています。今回のテーマは上海。かつて友人と上海を訪れたときの想い出が語られています。
上海と聞いては読まずにはいられませんので、店頭で立ち読み!(←買えよ!)
ただ、ちょっと気になった点が二つ。
まずは「友誼商店」。
かつての中国は外国人用の紙幣と中国人用の紙幣というのがあって、額面は同じで買い物をするときも同じ値段で使われるのですが、闇市場ではその価値にかなりの差が開いているという時代がありました。まだまだ自由な外国人旅行者が少なかった時代、外国人は外国人向けの商店、デパートで買い物をするというのが通り相場で、それがこの「友誼商店」でした。確かに、中国人向けの商店の粗悪でみすぼらしい商品に比べ、それなりの商品が揃っていた記憶があります。当時、北京では大使館街に、上海では南京路からちょっと入ったところに位置していました。
で、岸本さんのエッセイにも上海の友誼商店へいった話が出てくるのですが、「誼」の字が「さんずい」に「宜」という、いかにもパソコンで作字したようなおかしな形の漢字が使われていました。きっと岸本さんの手書きのメモか、当時撮った写真の文字を再現したのでしょう。でもこれ間違っています。「さんずい」に見えたのは中国語簡体字の「ごんべん」です。実際の文字は「谊」という形だったはずです。中国語を習ったことのない日本人が「ごんべん」の簡体字を「さんずい」と見間違えるのはよくあることです。
次にパンダのこと。
「パンダ」でもなく「大熊猫」でもなく「シェンマオ」だったと書いてありますが、「シェンマオ」とは「熊猫」の部分の中国語発音です。もう少し正確に(?)カタカナ表記するとすれば「シオンマオ」でしょうが、「シェンマオ」でも構いません。いずれのせよパンダのことです。ですから、パンダのことで間違いないのです。あえて「大熊猫」と言いたければ「ターシェンマオ」です。
それにしても、岸本さんのエッセイに出てくる上海、いまの上海とはまるっきり異なる、あたしの感覚としては「古き良き」が残っていた最後の時期ではなかったかと思います。この当時、いまで言う「浦東」地区へ渡っても何もなかったはずです。岸本さんは黄浦江遊覧フェアリーに載ったようですが、あたしは黄浦江を渡る渡し船に乗ったことがあります。上海には明治以来多くの日本人が渡っていますが、たいていは日本から船で渡航し、この上海のバンドにたどり着いたと思われます。(大型船の場合、もう少し河口に近いところに停泊したこともあったようですが……) そんな当時の日本時の大陸雄飛のロマンを感じるには黄浦江の上からバンドを眺めるに限ります。あの街並みはなんとも言えないものです。
月に代わってお仕置きよ!
帰京しました。
関西はそれほどの雪にはならなかったのですが、それでも大阪の人は「こんなに降るなんて」と語り、京都の人は「今回はあまり降らなかったね」と言っていました。いずれにせよ、東京を初めとする首都圏が桁違いだったことはホテルのニュース映像で知ってはおりましたが……
で帰りの足。
今日は降っていないので新幹線は大丈夫だろうと思っていましたが、案の定、問題なかったです。新大阪に5分ほど遅れて到着したのは途中の駅で急病人が出たためだとか、新横浜に着く頃には取り返していましたので東京にも定刻の到着でした。中央線は間引き運転のようでしたが、特に遅れることもなく順調。ここまで来れば大丈夫と思った矢先、落とし穴が。
なんと中央線の駅からのバスがないのです。雪道が危険のため本日は全便運休していますという貼り紙がバス停のポールに貼ってあるではないですか! えーっ、ふつう電車は止まってもバスは動いてるでしょ? というのが常識だと思っていたあたしがバカだったのか……
仕方なく最寄り駅から徒歩です。
タクシーは既に20人以上が並んでいるような乗り場に一台も止まっていません。続けざまに来そうな気配もないです。この雪ではタクシーの運転手も運転が怖いでしょう。歩くしかないと覚悟を決め、自宅までの約30分間、夜道を歩きました。十六夜の月が皓々と、空からあたしを笑っていました。
チクショー! 気王バスのバカヤロー!
今日の配本(14/02/14)
ガイブン蟻地獄
今日から出張です。土曜の晩に帰京予定です。その行きの新幹線で手持ちの本を読み終えてしまったので、大阪に着いてまずは書籍の調達。
何を選びましょうか?
ところで、このところ寝しなに毎晩『危険な関係』を読んでいます。たぶんそれが影響したのでしょう。現代新書の『フランス文学と愛』を買いました。
移動の車中で読み始めましたが、ダメです。野崎さんが紹介する文学作品、片っ端から読みたくなります。これでは時間とお金がいくらあっても足りません。
まさしく蟻地獄。抜け出せません。読みたいと思った本を全部読み終われば、蟻地獄から抜け出せるのでしょうか? いや、たぶん読み終わったと思った時には、また次の読みたい本が壁として立ちはだかっているのでしょう。
でも、いま「壁」と言いましたが、そんなに嫌な壁ではありません。心地のよい囲われ方です。それにこの蟻地獄の底には虫は棲んでいないはずですし!
売れるから……
Facebookにも書きましたが、朝日新聞に、嫌中憎韓本が書店店頭を席巻しているような記事が載っていました。こういう本ばかり並べるのはどうかと思うが売れるから、という書店員のコメントも載っていましたが、「売れるから」という理由だけで本を並べていてもいいのでしょうか?
いや、資本主義社会なのだからそれでよいわけで、それが正しいのでしょう。
だったら、出版は文化だ、みたいな言説は即刻やめるべきだと思うのですが、そういう態度を選択するわけでもなく、一方で知的営為のような顔をしつつ、しっかり儲けに奔っている、そんな底の浅さが見え隠れしています。
別に書店だけを非難するつもりはありません。そもそも本を出している出版社があるわけで、それだって「売れる」というからには「読者のニーズ」というものが前提になっているはずですから、巡り巡って、結局一番悪いのは読者ということになるのでしょうか?
確かにそうでしょう。でも、やはり書店が地域の文化的な核であると言うのであれば、入荷した本をただ並べるのではなく、そこに文化の核としてのフィルターをかけてやるくらいのことはしてもよいのではないか、そう思います。ですから、思いっきり「嫌中憎韓」に偏った本ばかりを並べるというのも、その書店としての主義、主張、信条に基づくのであれば致し方ありませんが、もう少しバランスを取るような書店が増えてもよいのではないかと……
でも、フィルターをかけようにも、勝手に取次から入ってくるから、という側面もあるのでしょうね、いまの出版界には。それでは書店としては、入ってきた以上並べるしかない、ということになるでしょう。出版社もいたずらに嫌中憎韓本ばかり出していて、文化の一端を担っているという矜持はないのでしょうか、と出版社の人間として天に唾するようなことを言っているわけですが(汗)。
しかし、安倍自民党政権の右傾化などと言われますが、出版社も嫌中憎韓本ばかり出し、それらばかりを並べる書店があり、そういう本を好んで買っていく読者がいる。つまりは国民全体が右傾化しているんですよね。先日の国際会議で安倍総理が現在の日中両国を第一次大戦前の英独両国にたとえたりしていましたが、気づいたら戦前のような社会になっていた、ということになりかねない、そんな気がします。
少なくとも昨今の選挙などで示された民意を見ると翼賛化していることは紛れもない事実のような気がします。