4月 2014のアーカイブ
今日の配本(14/04/16)
併売可?
同じ死因
料理人の周富徳さんが亡くなりました。あたし自身は彼の料理を食べたこともなければ、彼の訃報を聞いてもそれほどの感慨があるわけではないのですが、彼の死因をニュースで聞いて、ちょっと平静ではいられなくなりました。
誤嚥性肺炎
そもそもこの漢字を読めない人も多いかも知れませんね。「ごえんせいはいえん」です。本来胃の方へ送られなければならない食べ物が、食道などの機能が弱ることで肺に入ってしまい、そのために肺が詰まって肺炎を引き起こし死に至るというものです。あたしの父親の死因がこれで死んでいるんです。
父は多発性脳梗塞を長いこと患い、勤務先を早期退社となり、自宅療養と中短期の入院やデイサービスを併用し、5年ほどで他界しました。多発性脳梗塞は、あたしのような素人から見ると、軽いボケという感じで、徐々に症状が進行し、途中からは家族のこともわからず、食事をしたのに食べていないと言ったり、真夏の暑い日にセーターを着てみたり、入浴や下の世話まで母とあたしでやっていた時期がしばらくありました。
そんな苦労を、今回の訃報を聞いて思い出しました。周富徳さんの家庭は、わが家なんかよりもはるかにお金持ちでしょうから、もっと設備の整った病院で万端のケアを受けていたでしょうから、家族の方の負担はもう少し少なくてすんだのではないかと思いますが……
春の検定シーズン到来!
本を選ぶ? 選べない?
午前中にちょっと買い物がてら、本屋さんへ行きました。妹のところの子供がこの春、小学生と幼稚園児になる(なった?)ので「何か本でも買ってあげるか」と思ったからです。
いや、思うことは少し前から思っていて、具体的にどんなものがよいか、本屋さんで実物を見てこようと思ったわけです。
自分の読みたい本を選ぶなら簡単ですが、他人に、それも幼い子供に買ってあげる本を選ぶのは簡単ではありませんね。あたしとしては、まずは漢字辞典、国語辞典あたりにしよう、という心づもりだったのですが、これも小学館、三省堂、旺文社、ベネッセ、学研などなど何社からも出ていて、どれがよいのか皆目見当が付きません。これが自分が買う漢和辞典であれば、とりあえず全部買おうという気にもなるのですが、まさかそういうわけにもいきません。とりあえず「版が一番新しいのがいいかな?」などと思いつつ、いくつか手に取って見てました。
出版社によっては子供が好きそうなキャラクターをあしらったものがありますが、せいぜいが函と表紙に使っているだけで、本文は通常版とまるっきり変わりませんので、これにどういう意味があるのか、大人目線では疑問です。でもちょうど売り場で作業をしていた書店員さんと話をしていたら、たとえそんなイラストでもそこに子供が興味を示して日常的に本を手に取ってくれるようになるのであれば大いに効果があると思えるようになってきました。そうです。本は手に取ってもらえなければ何の意味もありません。親戚の大人が子供に本を贈ってやったという自己満足でしかなかったら意味がないですから。
そんなアドバイスを受けつつ、次に感じたのは通常版と卓上版です。いくつかの出版社は国語辞典でも通常版と卓上版の二種類を用意していました。卓上版の方が一回りか二回り大きく、文字も当然大きくなっています。「これは見やすい!」と感じるのは老眼のある初老の人だけで、子供にとってはどちらがよいのだろうと思いました。これが高学年ならともかく、まだまだピカピカの小学一年生です。大きな辞典は扱うのに苦労するのではないでしょうか? そんな気もします。ちなみに、妹のところの姪っ子は幼稚園の卒園時に卒園祝いとして国語辞典をもらってきています。いま書いた卓上版の方です。ならば、これとセットの漢字辞典を買ってあげればよいかなとも思いますが、それがどれなのか、すぐにはわからず、またこれだけ辞典が並んでいると、「あれ、妹に見せてもらった卒園祝いの国語辞典はどれだったかな?」とわからなくなってきてしまいました。
続いて購入候補として考えているのは図鑑です。見て楽しめる図鑑は、国語辞典や漢字辞典以上に、子供も楽しんでくれるのではないでしょうか? ちょっとした世の中の疑問に答えてくれるような図鑑から、乗り物、動植物など、いろいろありますね。経済的に余裕があるのであれば、そういうものを全部揃えて買ってあげたくなりますが、ここは心を鬼にして(?)、なにかこれというものを一冊買ってあげようと考えているのですが、これもちょっと目移りしてしまいます。
先程、国語辞典の卓上版は重くて大きくて子供には扱いづらいのではと書きましたが、それを言ったら図鑑はそれこそ卓上版よりもっと大きくて重いですよね。もちろんポケット版のみに辞典もありますが、図版が命の図鑑でミニを選択するなんてありえません。ただ、図鑑って、物によってはかなり高いものもあります。「へえー、こんなにするんだ」というのが偽らざる感想です。
で、結局、何を買ったのと聞かれそうですが、実は買っていません。本日はとりあえずどんなものがあるか見ただけです。特に図鑑は、妹に、姪っ子たちが何に興味を持っているかを確認してからにしようかな、と思います。乗り物が好きなら乗り物図鑑、動物が好きなら動物図鑑、とまあ、そんなことを考えています。
あとは、どこで買うかも問題です。
妹一家は静岡に住んでいるので、たまに来たり、こちらから行ったりすることはありますが、そうそう頻繁に逢うわけではありません。本屋で買って持ち帰り、自分で荷造りして発送するのでしょうか? だったらアマゾンなどのネット書店で購入し、受取人を妹にしておけば発送の手間がかかりません。特に最近のネット書店は送料無料がほとんどですから、発送の手間も費用もかからずに済みます。
おい! それじゃあ、せっかく相談に乗ってくれて、アドバイスまでしてくれた書店員さんの気持ちはどうなるんだ! と責められそうですが、確かにそうなんですよね。ネット書店は本選びのアドバイスをしてくれるわけではありませんし、相談に乗ってくれるわけでもありません。読者レビューがありますが、あれはリアル本屋で言えば、棚の前で「この本面白かったよ」と友達同士で話している他のお客の声、くらいのものでしかありません。あてにもなれば、ならないときもある、その程度のものでしょう。
もし姪っ子と一緒に本屋に行ったのであれば、その場で子供が気に入った本を買ってあげるということもできますし、するでしょうけど、自分一人で選んでいると、どうしてもその後のことまで考えてしまって……
それにしても、妹の家にはほとんど本がありません。今の時代、リビングに文学全集や百科事典が並んでいる必要はないでしょうが、やはり小さい頃から本と触れあえる環境を用意してあげるというのも親として大事なことなのではないかと勝手に思っているあたしです。ちなみにわが家は学生時代からの流れで数千冊、もしかしたら万に届く本が所狭しと並んでいるので、姪っ子、甥っ子たちはわが家に来ると家に本があるというのはどういうことか身を以て体験できるわけですが。
翻訳本の友
紀伊國屋書店新宿本店の海外文学の棚で、こんなものが配布されていました!
「翻訳本の友」とあります。四折になっているチラシです。傍らに「2014 1~3月」と書いてありますので、季刊のチラシなのでしょうか?
広げるとこんな感じです。
各社の翻訳本、1月と2月のラインナップが網羅されています。しかも手書き! 表だけかと思いきや、裏もあります。
裏面は2月の続きと3月のラインナップ。こちらももちろん手書き! 担当の方の、翻訳本に対する愛を感じます。
それにしても、このリスト、文庫は含まれていませんよね。単行本だけでもこんなに出ているんですね。海外文学は売れないと言われながらも、各社こんなに出しているとは! トヨサキ社長も喜んでいることでしょう。
思い出しましたが、紀伊国屋の本店と言えば、昨年末にも一年間の翻訳本リストが置いてありましたね。こちらはエクセルをプリントアウトしたものだった記憶がありますが……
今日の配本(14/04/10)
ポップ、あります!
桜吹雪の下に
東京は桜が散り始めてきました。帰り際、わが家の近所の桜のトンネルは、夕暮れの風に吹かれ、まさしく桜吹雪の状態で、とてもきれいですが、悲しみもこみ上げてきます。
あたし、桜を見ると、どうしても切なくなるんですよね。
さすがに、満開の桜の木の下に死体が埋まっているとは思いませんが、桜吹雪を見上げながら、切なくなって視線を下に下ろすと、一本の桜の木の根元に一人の初老の浮浪者がうずくまっています。桜見物なんて洒落たことをしているわけではなく、その浮浪者は既に息絶えているのです。桜の木の根元で、幹に寄りかかって遂に力尽きそこで息を引き取ったのです。
道行く人は誰一人、その浮浪者に注意を向けません。春の宵、桜を愛でながら居眠りでもしていると思っているのか、あるいは見るからに汚いその浮浪者と関わりになるのを避けているだけなのか。
きれいな桜と花と、蝿がたかり蛆がわきそうな浮浪者の骸。グロテスクな一幅の絵画です。
しかし、浮浪者の顔をよーく見ると、どこかに見覚えがある顔です。しばし考えを巡らせて思い至りました。あたしの5年後か10年後の姿です。たとえ桜の木の下を選んだとはいえ、詰まるところ野垂れ死に。西行のように格好良くはいきません。たぶん、あたしは畳の上で死ねないのかな、そんな予感に囚われました。
こういうのを白昼夢というのでしょうか? いや、白昼ではなく夕暮れ時のことですが。


