6月 2014のアーカイブ
今日の配本(14/06/19)
積み重ねと言われても……
ちくま新書『男子の貞操』を読んでいます。
サブタイトルに「僕らの性は、僕らが語る」とありますが、性生活に至るまでに、まずは会社とか学校とか地域社会と言った、社会的ネットワークに属し、そこでしっかりとした関係性を構築することが最初の一歩と書かれています。「絆」という言い方もしていますが、他人とそういう関係を築けることが、異性と同じような信頼関係を築く基礎であり、そこから積み重ねて初めて性生活に達することができるのだと書かれています。
そもそも、なぜ性風俗に通う男性が、素人性や処女性、店外デートといった、「サービスだと感じられないようなサービス」という矛盾したことを求めてやまないのかというと、その背景には、プライベートでの人間関係の貧しさがあります。人間関係を築く動機もスキルもなく、家庭や地域、学校や職場といった社会的ネットワークの中で孤立しているがゆえに、人間関係をお金で売り買いするしかない。彼らもまた、「分かりにくい弱者」です。(同書P.183)
現状では、そもそも「お金で売り買いする」ほどのお金も持っていないので、悶々と過ごすしかないわけですが(汗)、あたしとして知りたいのは、どうやったら「人間関係を築けるのか」ということです。本書でも、自分本位ではなく相手目線に立って、と言ったことが書かれています。「人から好かれるノウハウ」本、「他人に嫌われないためのノウハウ」本にも似たようなことが書いてあります。でも、その具体的な方法って何なのでしょう?
相手目線って、どうやったらわかるのでしょう? 相手の気持ちになって、というのもどうやったらなれるのでしょう?
あたしみたいに子供のころからクラスの中で、どちらかというと嫌われてきた人間にはわかりません。他人と比べて取り立てて嫌なことをしていたとは思えません。嫌われるようなことを意識的にしていたわけでもありません。あたしはごくごく普通に振る舞ってきたつもりです。
それでも好かれない、むしろ嫌われる。
存在していること、それ自体が他人に嫌悪感を催させるのでしょうか? 何をしても、他人に嫌な思いを与えしまうのでしょうか?
そんな風に生きてきた身としては、どうしたらよいのかわかりません。
相手との信頼関係? そんなの夢のまた夢です。
今日の配本(14/06/17)
炉端焼きはは美味かった!
先週後半の人文会グループ訪問は、人文会会員社20社が4グループに分かれて各地の書店を訪問するというもので、秋の全体での研修旅行が20社で動く大所帯なものに比べ、コンパクトで機動性も高く、また書店の人とも密な時間を過ごせるということもあり、そして何より、普段の会社の出張では行けない地区に行くこともあるというのが最大のメリットだと思います。
今回の場合、大阪地区はともかく、奈良と和歌山は行こうと思っても、なかなか訪れることが難しい地区です。京都や多さから決して遠いわけではありませんが、そこへ行くなら大阪市内でもう一軒、二軒回った方が、と考えてしまいがちです。なので、今回はほぼすべて初めての書店ばかりを回ってきました。
その感想はおくとして、木曜の晩に一緒に行った5社のメンバーで訪れた千日前の「たぬき茶屋」が安くて美味しかったのが、なによりの想い出です(汗)。炉端焼きのお店で、魚介も美味でしたが、野菜がどれも美味しかったのが格別でした。チラシやサイトを見ると大阪市内にチェーンが何店舗かあるみたいですね。次の出張では一人でふらっと入ってみようかと思います。
隣に並べよう!
書店店頭で文庫・新書は、多くの場合、出版社ごと、レーベルごと、そして作者の五十音順に並んでいます。これはこれでわかりやすいですし、「そうだ、今月の○○文庫の新刊で読みたいのがあったなあ」という場合に見つけやすいものです。
でも、同じ作家の作品があっちの棚、こっちの棚に置かれているのは果たして読者に対して親切なのでしょうか? そう思うときもあります。特に新書などでは同じようなテーマの本が別々のレーベルから同じ月に出ることがありますが、たぶんそういうテーマに関心を持っている読者ならば両方とも買う確率は高いと思いますが、出版社やレーベルごとに置かれていると片一方に気づかない可能性も多々あるのではないでしょうか?
もちろん、新刊の時期なら「新刊コーナー」に並んでいることも多いので、多少は近くに置かれるでしょうけど、それでも新刊コーナーも出版社・レーベル別に並んでいますから、隣り合うと言うことはありません。これが一月か二月のずれで刊行されたりしたら、もう近くに置かれることもないでしょう。
と、なんでこんなことを書いているのかといいますと、つい最近刊行された『スピノザ『神学政治論』を読む』が気になるからです。ちくま学芸文庫です。
この本の隣には、この月のちくま学芸文庫が並んでいる本屋がほとんどですが、あたしなら、ちょっと前に出た光文社古典新訳文庫の『神学・政治論』を絶対隣に並べると思います。もちろん、岩波文庫版も並べるでしょう。
あたしは、「なんだ、文庫・新書担当の人、気づいていないの?」と非難したいわけではありません。これだけ直近でにスピノザの著作の本が出たのですから担当者は当然知っていると思います。が、書店の棚管理上、これらを隣に並べて置くことができないことにあえて文句を言いたいのです。
もしかすると、文庫・新書のコーナーではなく、人文書コーナーの方がいとも軽々隣に並べられるかもしれませんね。人文書コーナーなら、そもそも文庫・新書を並べていることがイレギュラーですので、レーベルごとに並べるなんて発想はないでしょうから。しかし、人文書担当の方は、こんどはこういう本が文庫で出ていることに気づかないパターンが多いのですよね。残念です。
もちろん、書店によっては文庫や新書をレーベルごとではなく、作家やテーマごとに並べているところもあります。そんな棚の管理は、現状ではかなり大変な作業であり負担増であると思いますが、それでもその方が面白いと思って、お客さんにも喜んでもらえると思って担当の方はやっているのでしょう。頭が下がります。