ノディエ@南店

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停電騒動始末

Facebookに書きましたが、今朝は早朝から停電騒ぎがありました。まさか、わが家のあるこの地域で何かあったのか、と思いました。ただ、朝の4時すぎでは、近所の家も真っ暗なのでわが家だけなのかよくわかりません。

で、わが家で何があったのかと言いますと、いつものように4時に起きました。寝苦しい夜だったので、起きてきて部屋を少し冷やそうと思ってクーラーを付けました。そして、いつものように電気ポットのスイッチが入りました。それほど電気を使っているわけではありません。そして、家にあったバナナでジュースを作ろうと、ミキサーにバナナと牛乳、氷を入れスイッチを入れました。すると突然プツンと家中の電気が消えてしまったのです。

普段、電気を使いすぎても、ある部屋だけが電気が落ち、他の部屋の電気製品にまで影響は出ません。ブレーカーもその部屋を受け持っているスイッチだけが落ちていて、そのスイッチを上げれば停電は治ります。ところが、今朝の場合、家中の電気がすべて消えたのです。そして、ブレーカーはどれ一つ落ちていません。

暗闇の中、懐中電灯を出してきて配電盤を見ましたが、わけがわかりません。

思い出してみますと、ミキサーから中味が漏れていました。流しの上に牛乳が少しこぼれていました。それが電源の方に伝わってショートしてしまったのではないでしょうか? やむを得ず、タウンページを出してきて東電に連絡をしました。一時間くらいで修理の人が来てくれるそうです。しかし、真っ暗闇の中、小一時間することもなく、ぼんやりです。

で、しばらくしてやってきれくれました。いつもの配電盤とは別に大本のスイッチがあって、どうもそこでスイッチが落ちたみたいです。修理の人は電気の使いすぎと言って帰りましたが、あたしはミキサーのショートが原因ではないかと思っています。だって、大して使っていませんでしたから、電気。

とにもかくにも、何とか電気がついて、とるものもとりあえず出社の準備をして会社へ向かいましたが、勤労意欲が……

民族と紛争

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売れてます!

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順番というか扱いが違うのでは?

朝の情報番組の芸能コーナーで夏の音楽フェスのことを伝えていました。たまたま見たのがサマソニです。

この映像にチラッと映ったのはロバート・プラントではないですか!

えーっ、ロバート・プラント、来日してたの?

というのはマジな驚きです。それにクイーンも来ていたみたいじゃないですか!

それなのに、それなのに、テレビではプラントのプの字も、クイーンのクの字も扱われません。伝えているのはもっぱら日本人アーチストばかり。映像もそれがメインです。

ちょっと待ってくださいよ。そりゃ、日本のアーチストだって頑張っていますし、いい曲書いていますけど、どんなに頑張ったって、彼らとロバート・プラントやクイーンを同列に語ることはできないでしょ。それこそ、日本人アーチストを全部引っくるめたって勝てっこない、それくらいの存在です。その彼らをどうして取り上げないのでしょう。

これが日本の芸能マスコミのレベルなのでしょうか?

夏と言えばホラーです

夏と言えば怪談、でしょう。スカパー!の各チャンネルでも探してみると映画チャンネルを中心にいろいろやっているようです。で、二本、見ました。まずはこちら。

トイレの花子さん 新劇場版」です。このシリーズは過去のものも見たことがあるような気がしますが、とりあえず本作は初めてです。

ストーリーは、まあ子供向けのライトなホラーですね。多少グロいシーンはありますが、ストーリーとしてはそれほど怖くないです。ネタバレ的に書いてしまうと、花子さんが主人公と異父姉妹、母親がかつて結婚できなかった(とおぼしき)男性との間に産んだ子供で、花子さんが生まれたために男性に捨てられたため、戸籍にも登録されず学校にも通っていない子供として花子さんは描かれています。現代で言えば家庭内暴力の犠牲ですね。結局、主人公の父となる男性と巡り会った母親が過去の男性との子である花子さんが邪魔になり殺してしまった、というのが花子さん出現の遠因のようです。

ということで、いろいろ恨みを抱いて死んでいったとおぼしき花子さんですが、小学校低学年くらいで殺されていますから、果たして怨念などを抱けるほど社会を認知できていたでしょうか? ちょっとそこが疑問です。それに、だったら母親と異父妹である主人公を恨み殺すべきであって、学校内でイジメはあったにせよ、学校の生徒を殺すというのがわかりません。殺した相手も中途半端ですし。

そもそもトイレの花子さんと言いますが、それは学校にも行かせてもらえなかった花子さんが、学校のトイレに忍び込んでは遊んでいたから愛着があったということなのでしょうけど、前半では花子さんがトイレで死んだ(殺された?)っぽいストーリー展開に感じられます。それならトイレの花子さんの意味もわかるのですが、どうやら自宅で殺されているみたいですし、遺体はどう処分されたのか、最後までわかりません。子供向けのホラーとはいえ、もう少し辻褄が合うようにしてくれないと怖くは感じないですね。

さて続いてはこちらです。

トリハダ 劇場版」です。こちはホラーと言っても、音量が出てくるとか、グロテスクな映像描写があるとか、そういうことはありません。むしろ、日常の中のちょっとした出来事からジワジワくる恐怖を描いています。どの話も実際にありそうで、そして誰もが犯してしまいそうで、それだけに怖い話ばかりでした。

話の中では、まずは「見えざるものの中にある真理」という、トランクルームを借りている女性の話。おとなしそうな女の子の一瞬の狂気、そしてトランクルームに隠された恐ろしい実態。本当に怖いです。カリバニズム的な内容の「理想と現実の相違から訪れる闇」は、ある意味、正統派のホラーだと思えます。それにしても見知らぬ人の料理を受け取ってしまう主人公、あまりにも脳天気というか単純すぎます。現実には一番ありえない展開だったと思います。

そして、個人的に一番怖いと思ったのは見えないストーカーに狙われる「自身に降りかかった悪夢と結末の相違」です。毎日通勤の上着のポケットに丸められた紙切れが入っていて、そこには数字が書かれていて、30からカウントダウンが始まります。1と書かれた紙が玄関の中に置かれていて、怖さを感じた主人公は同僚に付き添ってもらい帰宅します。その時、郵便ポストを開けた同僚の額に矢がズバッと刺さり同僚は死亡します。病院で泣きじゃくる同僚の両親を尻目に主人公はニンマリ。

さて、このラストの解釈です。同僚が犯人だと思った主人公がやられる前にやり返したのか? それはちょっと違うかな、だってポケットに数字が書かれたメモが入れられているタイミングと同僚と一緒の時間が合いません。

では、自分の代わりに犠牲になってくれたから、これで自分がストーカーに悩まされることはないとホッとした笑顔なのか? この可能性がなくはないのですが、あたしはこの説は採りません。

あたしの解釈では、自作自演であることは間違いないと思います。そして不安におびえる自分を同僚が心配してくれるのも計算どおり。うまいこと自分のアパートまで誘い、ポストを覗かせる。そこには矢が仕掛けてあり、蓋を開けたらズドンです。あたしはこのように解釈しました。ただ、この説の難点は、なぜ主人公がここまで同僚を憎んでいたのか、その理由が描かれていないことです。男を巡るトラブルとか、職場での諍いとか、何かしら伏線があってもよかったと思うのですが、それはわかりませんでした。

それにしても、怨霊やゾンビよりも、やはり生きている人間が一番怖いですね。なお、今回見たのは第一作で、近々第二作が公開になるようです。

パート2です

一年ほど前でしょうか、確かWOWOWで放映された「貞子3D」を見て、この夏、遂にその続編である「貞子3D 2」が放映されました。

前回は石原さとみがヒロインで、あたし的にはもう「リング」とは別の作品、これは単なるコメディーではないか、という感想でしたが、今回のパート2に関しては前作よりはホラーに戻っていました。

ストーリーとしては前作から5年後、瀬戸康史と石原さとみの娘、凪が幼稚園児になり、その周囲で人が次々に死んでいきます。凪は不気味な絵を描いていて、凪に描かれた人は描かれたとおりの状況で死んでいくのです。

ここまでですと、凪って貞子の生まれ変わり? 前作で貞子と対決した石原さとみの体内に貞子が取り込まれて、その石原さとみから生まれたときに凪の体の中に貞子が入り込んでしまったの? という設定もありえそうです。でも、普通に考えたら、自分の誕生と共に母を亡くした凪が母を求めて情緒不安定になっている、というわかりやすい心理学の症例ではないかと思います。そうなると描かれた絵と死者との関係が説明できませんが、とりあえず偶然と言っておきましょうか?

話は、瀬戸康史の妹で彼が働いている間、凪の面倒を見ている瀧本美織の生い立ちとも絡んできます。瀬戸康史と瀧本美織の母親は瀧本美織が幼いときに風呂場で自殺しています。それを見つけたのが幼い瀧本美織で、彼女は母親を救えなかったという自責の念に駆られて生きてきたわけです。母を助けられず失った者同士として瀧本美織と凪がシンクロするわけです。

で、貞子は実際にところ存在しているのか? そこがこの作品の最後までの謎なんです。凪の描く絵も彼女が予言しているのではなく、頭の中、心の中に浮かんで情景を描いているだけ、凪には人が死ぬ怖い光景が見えてしまうんですね。それを発散、解消させるために絵を描いているのではないでしょうか? 子供なりの自己防衛本能だと思います。

では、凪にそんな情景を見せているのは何か。それが貞子らしいと作品中では匂わせています。途中までは、いかにも凪が貞子の生まれ変わりのように描いているのですが、後半は凪は操られているだけ、本当の貞子の生まれ変わりはあらゆるところに出没している、という感じになっています。このあたり、もう少し貞子を使って怖がらせてくれてもよかったのにという憾みが残ります。

そして憾みが残ると言えば、石原さとみは生きていた、という唐突な設定も本当なのか、瀧本美織の心の中だけの出来事だったのか、いまひとつはっきりしません。そして前作では怪演していた山本裕典も今回はなんだったのでしょう?

で、全体を見ての感想なんですが、瀧本美織が思いのほかカワイイ、幼いころのトラウマを抱えていたとはいえ、行動にちょっと疑問符が付くところはありましたが、全体としてはよく演じていたのではないかと思います。少なくとも後半に出てきた石原さとみよりはかわいく感じられました。

そして、凪ちゃん役の子が愛らしいです。それにしても、いまどきの幼稚園で母親がいないくらいであれだけいじめられるのでしょうか? そりゃ、確かに凪はちょっと暗いし他人に打ち解けないところがありますが、見た目が不気味なわけではないですからね。あれはいじめっ子の方が悪い、お前なんか殺されて当然だ、と多くの観客が思ってしまうのではないでしょうか?

ただ、そんなことより、この凪ちゃんが、妹のところの下の姪っ子に似ていて(姪っ子も、ああいう長い髪なので)、あたしはものすごく感情移入して見てしまいました。