休み癖を付けてはいけない!

結局、今日は会社を休んでしまいました。別にテレビドラマにもなった人気コミックのタイトルではありません。本当の話です。

顔をケガしたということは、頭部を強打しているわけなので、念のためと思い、朝イチで近所の脳神経科のある病院へ行ってきました。ここは時々頭痛がひどいときにマクサルトを処方してもらいに行っいる病院です。で、診断的には、昨日突然気を失ったのは急激に血圧が下がったか、てんかんの症状か、脳梗塞的な脳内の異常が考えられるそうですが、まず十中八九血圧の急激な低下が原因だろう、とのことです。昨日も薬局でそう言わたのを思い出しました。しかし念のためということでMRI検査を受けてみたところ、案の定、脳に異常はなく、血圧の急激な低下が原因だろうという診断。ふだん血圧が高めなので掛かりつけの内科医院で薬を処方してもらっていますが、こういう体調が悪いときには却って危ないですね。以後、気をつけないと。

さて、そんな病院通いが終わって帰宅したのが11時少し前。MRIとか受けていたので思ったより時間がかかってしまいました。この病院は家から歩いて5分程度の近所ですから、帰宅したら、さあ支度して出社という流れでもよかったのですが、体がだるくてたまりません。結局、今日一日休んで明日から出社することにしました。

しかし、昨日も結局ほとんど仕事らしい仕事をせずに早退し、今日も休みですから、週末から四連休のようなものです。会社自体が休みなら、別に仕事がたまっても全体がたまっているわけですから問題ないのですが、あたしだけが休んでいると、あたしがやるべき仕事だけがたまってしまうので、明日からその分を取り返さないとなりません。これはちょっと読み上がりにはしんどいものです。

それに体のだるさ、たぶん風邪の症状が残っている面もあるとは思うのですが、それ以上に体中が痛むためだと思います。たまに運動なんかすると筋肉痛で体が痛い、痛いだけでなくだるくなる、ということがあるじゃないですか? それと同じです。だから明日はとりあえずいつもどおり出社する予定です。行きの電車で気分が悪くなるかならないか、そこがまずは最初の関門。無事に会社にたどりついたら、あとは体力が持つ限り仕事をして、この二日間の遅れを取り戻さなければ、と思います。

外回りもしないとならないのですが、この顔で行くのがよいことか否か……。それとも、こんな顔、見たいのでしょうか、書店員さんは? まあ、シミだらけのほっぺたに擦り傷が何か所かある程度で、若干腫れているかな、という程度です。腫れはじきに治まるでしょう。まぶたの傷は抜糸をする来週月曜まではガーゼを当てているつもりなので見せられませんが(汗)。

病院へ行ってから

昨日の後遺症なのか、いや、たぶんきっとそうでしょうね、今朝は頭がちょっとふらふらする感じです。頭痛的な痛みはないものの、やはり首筋とか腕とか、もちろん擦り傷だらけの顔とか、あちこち痛みますが、頭は頭痛ではなく、なんかぼぉーっとした感じです。

昨日の大学病院はまぶたの縫合という外科的治療のみで、特に脳への影響とか、そういった検査をしてもらったわけではないので、今日は午前中に近所にある脳神経科へ行って診てもらおうと思います。

それに、そもそもなんで気を失うような事態に陥ったのか、実はそこがまだ謎。薬の飲み合わせに問題はないようなので、単に風邪が本復していないうちに出社して、中央線で乗り物酔いになった、そして極端に血圧が下がってしまった、というだけの話なのでしょうか? だって、あたし、ふだんは血圧の薬(まだ比較的軽めのやつですが)を飲んでいる人間ですよ。それが低血圧で倒れるなんて!

あと、今朝は案の定、顔が少し腫れてきております。これでは営業回りにはしづらいですね。いや、これもネタになるから、痛みとかフラフラ感がなければ、あたし自身は問題ないんですけどね。

この歳になって初体験(^_^;)

この週末、体調を崩していたということは、あたしのこのダイアリーやFacebookなどをご覧になっていた方ならおわかりだと思います。はい、木曜の晩からちょっとおかしくなり、金曜をなんとかやり過ごして土曜日に熱がワッと出て、土曜・日曜は終日安静にして、なんとか今朝までには出社できるような体調に戻しました。

と、あたしは思っていましたし、朝、家を出るときは、それで間違いありません。しかし、しかし、……

先走らずに順を追って書いていきます。

毎朝、あたしは国分寺から中央線の特別快速でお茶の水まで向かいます。今日はいつもよりホームに並んでいる人が多いなあと思ったものの、朝早い中央線は曜日によって乗降人数がかなり異なるので、これは想定内のこと。乗り込んで、乃木坂46のアルバム「透明な色」を聞きながら『フランス現代思想史』を読むといういつもの通勤スタイルで国分寺を発ちました。

 

車内では特にイラつくこともなければ、不快なこともなく電車は進みましたが、中野を出て新宿に着くころ突然気分が悪くなりました。一瞬、戻しそうになる場面もあったものの、なんとか踏ん張りました。その時点では「新宿で降りるまでもない。このまま行ける」と思っていたのですが、新宿を出て四ッ谷へ向かうまでの間、またしても具合が悪くなってきました。こんどは気分が悪くなるだけでなく、視界が狭くなってきました。視界が狭くなるというよりも、より正確に表現すれば、見える世界が曇りガラス越しに見ているように見えるのです。あるいは湯気や外気との温度差で曇ってしまったガラス越しに見ているような感じです。

四ッ谷に着いて降りようか迷っているうちにドアは閉まりお茶の水へ向けて動き出しました。迷っていたというよりも、電車を降りようとする一歩目が出なかった、というのが正しい状況だったと思います。またあたしの体内時計的には四ッ谷でドアが開いたと思ったらあっという間に閉まってしまって降りる暇もなかった、という感覚もあります。とにかく、そんなわけで絶望的な体をなんとかつり革で支えながらお茶の水へ。

いつもの、階段近くのドア付近に立っていたので、到着するやいなやすぐに降りましたが、階段で数階足がもつれ手を地面につくという体たらくでした。それでも「ちょっと乗り物に酔っただけ。降りればすぐによくなるよ。今朝は病み上がりだから」などと自分に言い聞かせるように階段を上りました。ちなみに、お茶の水駅にはエスカレーターもエレベータもありません。駅周辺に大きな病院がこれほど林立しているのにこれらが設置されていないのは、むしろ病人のリハビリを考えてわざとそうしているのではないかと勘繰りたくなります。

閑話休題。

改札を出たところまでは覚えています。ところが次のあたしの記憶があるのは、駅前の歩道に突っ伏して倒れている自分です。はい、どうやら気を失って倒れてしまったようなのです。まさしく昏倒。聖橋の改札口を出てすぐ、喫茶店「穂高」の前あたりです。気を失っていたのは一瞬だったと思います。だって、そんなに長いこと地面に延びていたら周囲の人が助け起こしたり救急車を呼んだりしたでしょう。たぶん、倒れてすぐに起き上がれたのだと思います。周囲の人(朝7時という時間的に、それほど多くはいませんが、皆無と言うこともありません。なにせ改札口の至近ですし)から見たら、「あの人、つまずいて転んだけどすぐに立ち上がったから平気だろう」くらいのことだったと思います。

あたしも最初はそんな感じに思っていました。でもつまずいたのではなく、気を失って倒れたわけですから、手をつくなんてことはしていなかったはずです。その証拠に、痛む顔を触ってみたら、その手に血がべっとりとついているではありませんか! どうやら顔を切ったみたいです。目の上、おでこかな、なんて思いながら、手鏡など持っていませんから自分がどんな顔をしているのかもわからず、とにかく出社です。

会社に着いて鏡を見て驚きました。左目の上、まぶたというのでしょうか、眉毛のちょっとしたがパックリと切れています。かなり深く切れている感じが素人目にもわかります。血が噴き出している感じはなく、とりあえず止まっているのかな、という感じではありますが、顔の3分の1くらい、大袈裟に言えば左半分が血だらけでした。とにかく洗面所で血を洗い流し、傷口に絆創膏を貼りました。

そして9時が近づき、同僚も出社してきたので朝の業務を一通り片づけたあたしは出版健保へ向いました。切れているので外科なのでしょうが、出版健保に外科はないので、とりあえず皮膚科で診察してもらいましたが、結局出版健保では処置できず、早急に形成外科のある大きな病院へ行った方がよいと言われ、紹介状を持ってその足でお茶の水駅の北側にある東京医科歯科大学病院へ向かいました。診察してもらうと、かなり深く切れているから縫わなければならないとの診断で、その場で縫合。数針は縫ったと思いますが麻酔が効いていたので正確にはわかりません。その後、念のためということで破傷風の予防ワクチンの接種をしてもらい、全部終わって会社に戻ったのが1時を回ったところでした。

昼食は食べていませんが、とても食べる気はしません。その後一時間ほど仕事して、本日は早退しました。目の上の傷は縫合してもらったので、麻酔が切れるこれから痛み出すと思いますが、それ以外にも顔にかなりたくさんの擦り傷が出来ていて、それがかなりヒリヒリ痛みます。また顔面を強く打ち付けたのでしょう。歯が何本か痛みます。虫歯の痛みというのではなく、ぶつけたり、堅い煎餅などを囓って痛めてしまったときのような歯茎ごと痛む感じの痛みです。その他、体のあちこちが痛みます。もうどこが痛いのか、痛んでいるのかわかりません。このぶんでは明日以降も新たな痛みが発生する可能性が高そうです。

また一週間後が抜糸ですが、そもそも気を失った原因はなんだったのか? 単なる体調不良で一時的に血圧が急激に下がっただけなのでしょうか? また顔面とはいえ頭部をかなり強打しているので、脳波とかに異常はないのか、後遺症は出ないのか、ちょっと気になりますが、そういうのを形成外科で訴えてもよかったのでしょうか?

しかし、傷だらけのこの顔で営業回りに出ても大丈夫でしょうかね? それが心配です。ちなみに、気を失うのは生まれて初めての体験です。これまで生きてきて一度もありません。健康診断で貧血気味と言われた高校の頃の話で、だからといって全校朝礼で具合が悪くなって倒れるなんてことは一度もなかったですし、そういう意味ではそこそこ健康に生きてきたのですが。やはり、もう一日休むべきだったのでしょうか?

罪を償わせるって?

体調不良の日曜日。起き抜けに入ってきた後藤健二さん殺害のニュース。

イスラム国に捕まったということ、そして日本政府の稚拙な外交能力では、このような結果になってしまうかもしれないという予想は、心の中に無かったといえば嘘になりますが、それでも案外人質交換で助けられるのではという期待も抱いていました。もちろん、ああいう<国>ですから、最初に身代金を要求した時点で、既に湯川さんも後藤さんも殺されていたという可能性も考えなかったわけではありませんが、最後まで諦めない、希望を捨てないのが同じ日本人としての義務だと思っていました。

ところで、この件を受け手の安倍総理の会見で引っかかったのが「テロリストを許すことは絶対になく、罪を償わせるために国際社会と連携していきます」というセリフです。「勇ましい」「国民を殺されてしまった国の総理として当然」という声もあるのでしょうが、あたしには違和感があります。卑劣な暴力に暴力をもって対するのでしょうか? そんなこと後藤さんが最も願ってはいなかったことではないのでしょうか? これまでにも「人道支援だ」と言い張ってみても、既に昨年のうちから二人が人質として捕らえられていることを知っていた上での中東訪問とそこでの演説。あの演説で安倍総理は確かに「対イスラム国」という言葉を使っていたはずです。それがどういう結果を招くことになるのか。(百歩譲って中東訪問は間違っていなかったとしても……)

で、これから何をする? 何ができる? と自分に問うてみても、すぐには答えは出てきません。とりあえず、後藤健二さんの本を買ってみますか? 何冊か出ていますね、彼の本って。そして、いまアマゾンで順位が軒並み上がっています。

   

これらの本を買って後藤さんが伝えたかったことを少しでも知るのが、やるべきことなのかな、と思います。たぶん今日から書店では後藤さん追悼コーナーが出来ているでしょうし、週明けの明日、これらの書籍の出版社には注文がドッと押し寄せることでしょう。本が売れるというのではなく、彼が伝えようとしたメッセージが広く知られるようになるのが大事なのかな、と思います。もちろん、本が売れれば印税が発生し、それによって遺族の方への香典代わり、供養の気持ちとして受け取ってもらえれば、と思います。

あたしの勤務先では残念ながら後藤さんの本は出していませんが、それでもイスラーム社会を理解するための一助となるような本は何冊か出しています。後藤さんの本だけでなく、この機会にイスラームのことを日本人がもっと理解してくれるようなフェアが書店店頭でも展開できたら、と思います。

敵意を持つのではなく、お互いを理解しよう、それが後藤さんが伝えたかったことだと思うので。

だるおも

昨日の晩から体がだるいです。節々も若干痛みます。典型的な風邪の症状、たぶん熱があるんだろうな、とはわかりますが、それほど熱っぽさは感じず、それに具合が悪くなると真っ先に出る頭痛もなく、いや、頭の奥の方にちょっと鈍い痛みはありましたが、ふだんのズキズキ頭痛ほどではなく、とにかくこれはさっさと休むに限ると、風邪薬を飲んで就寝しました。

さて本日。目覚めたとき、昨晩ほどのだるさはなかったものの、まだだるいという感じは残っています。とにかく今日は金曜日、今日を乗り越えれば明日は休みだと気持ちを切り換え、やはり風邪薬を飲んで、みぞれの中出社しました。

今日は晩に毎年恒例、人文・社会系出版五団体新年会があります。よりによってこんな体調の悪い日に、という気分もありますが、あらかじめわかっている行事に体調を整えられなかった自分が情けなくもあります。とにかく会社ではやはり朝から体がだるくつらかったです。たぶん晩の新年会がなかったら早々に帰宅するか早退していたのではないかと思います。

とはいえ、会社でぐずぐずしているよりも、午後から寒い中ちょっと書店営業に出ましたが、書店にいると元気はつらつになってしまうのが不思議です。書店に入ってコートを脱ぐと体のだるさとか体調の悪いのが消え、営業が終わって書店を出るときにコートを再び着ると体がまただるくなってくるのです。もしかして、10年前に北京で買ったコートが重すぎるだけなのでしょうか?

ところで、本日はこんないでたちでした。

個人的にはスタンダール「赤と黒」というノリなのですが、誰もわかってくれないみたいです。

  

  

なんで「赤と黒」かと言われても確たる答えはありませんが、あえて言えば、あたしの勤務先で出しているフランス語の学参『対訳 フランス語で読む「赤と黒」』がよく売れているからでしょうか?

え、そんな風にはまるで見えない? どちらかと言えば、いま大人気(らしい?)8.6秒バズーカーみたいでしょうか?

いや、ちょっと違うでしょ?

母は強し

イスラム国にとらわれたジャーナリスト、後藤さん。無事に解放されることを願っていますし、既に殺害されたとされる湯川さんも、まだ本当に殺されたという確証がないわけですから無事でいてくれればと思います。

が、この事件で一番印象に残っているのは後藤さんのお母さんです。

あらゆるニュースを渉猟しているわけではないので、たまたま見た場面だけの印象ですが、後藤さんのお母さん、息子の生死が一刻の猶予もならない状況でよくもあれだけ気丈に振る舞えるものだと思います。立派です。とにかく息子を助けるためだったら何でもする、という気持ちで動いているのでしょう。

あたしはもちろん子供がいるわけではありませんから、あのお母さんの気持ちはわかりません。そこでわが家の母親に聞いてみましたが、わが母曰く、とてもあんな風には振る舞えない、という答え。少なくとも、これまでテレビの前で話すような立場にいたわけでもない一般の人が、いきなり多くの記者やカメラ、マイクに囲まれて、ドギマギせずにあれだけしっかり話せるものなのでしょうか? そして、子供の生死が風前の灯火のような状況で、人前に出ることができるのか?

うちの母親は、自分だったらノイローゼになって取り乱し、とても人前に出るなんてできないだろう、と言っています。うちの母がフツーなのか、それとも実際に自分の子供がああいう目に遭ったら、どんな親でも、特に母親ならこれくらいの行動力は自然と発揮できるものなのでしょうか?

不思議です。そしてすごいと思います。人間を動物にたとえるのは失礼かも知れませんが、かつてテレビで見たアフリカの野生動物を思い出します。子供を連れたメス親は普段だったら絶対に立ち向かわない天敵にも子供を守るためだったら身を捨てて立ち向かったのです。それが子を持つ親、人も動物も変わらないものなのでしょうか? もちろん記者やテレビカメラは天敵ではありませんが。

あとはイタリアがあれば?

中公新書の新刊『フランス現代思想史』を読み始めましたが、とりあえずわかりやすく読みやすいです。サルトル以降のフランス思想史、使い古されたタームを使うなら構造主義とポスト構造主義を俯瞰する本です。

そういった西洋哲学史の知識はからきしなのでこの本で勉強したいと思いますが、個人的な印象としては先に読んだ、同じく中公新書の『フランクフルト学派』と対になる本ではないかという気がします。あたしごときの浅薄な知識ですが、『フランクフルト学派』がドイツ・アメリカの思想潮流を追っているのに対し、『フランス現代思想史』はフランスを扱っているわけですから。もちろん、『フランス現代思想史』は戦後を扱っていて、『フランクフルト学派』は両大戦間のころから扱われていますので、両者が扱っている時代はズレていますが、後半は一緒ですから、あながち的外れだとは思いません。

 

あとは「イタリア現代思想史」が揃えばよいのでしょうか? それとも既に手頃なものが出ていますか?