検閲の厳しい国で本屋が増えているとは……

こちらも朝日新聞のコラムです。

「焚書坑儒」なんて、ずいぶんなタイトルですが、確かにあの国ではそういった面がありますね。本に限らず、テレビドラマや映画でも。

あたしが学生の頃も、思想、歴史系の学術書、それも中国古代を扱っているのに、やたらと「地主階級」とか「搾取」といった共産主義的な用語が散りばめられた書籍が多々出版されていました。

素人目にも、そういう書き方をしないと出版させてもらえないのだなあというのがわかったものです。まえがきだけ毛沢東思想や共産党を礼讃してみせ、中味は実直な学術書というのも多かったです。あの手この手、まさに上に政策あれば下に対策あり、の社会です。

それにしても、中国の出版界、日本とは別な意味で厳しいですね。この先どうなってしまうのでしょう?

2018年8月30日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

真珠湾を忘れない

朝日新聞に出ていました。

またまたトランプ大統領がいろいろ言っているようです。外務省などは火消しに躍起になっているようですが……

トランプ大統領の言っていることの真偽はともかく、真珠湾攻撃を忘れない、というのは別な意味で日本人にとっても当てはまるのではないでしょうか?

いや、真珠湾攻撃だけではありません。満洲事変だって、盧溝橋事件だって、その他、教科書にも載るような名称で記憶されている事柄以外にも大小さまざまなことがあったわけで、それらトータルで日本人は先の戦争を忘れてはいけないのだと思います。

別に、未来永劫謝罪し続けろと言いたいわけではありません。そんなことは中国や韓国の人だって望んでいないはずです。まだまだ体験した人が存命の現在では感情が先立ってしまいますが、そろそろ冷静な目で、歴史としてのアジア太平洋戦争を見直す時期にさしかかっているのではないかとも思います。

そんなときには、やはり実直な研究成果が貴重です。新刊『パール・ハーバー(上) 恥辱から超大国へ』『パール・ハーバー(下) 恥辱から超大国へ』などは格好の書籍ではないでしょうか? 本書の原書って、トランプ大統領は読んでいるのでしょうか?

そもそも東区なんてないんですが……

視聴率的には芳しくないとのことですが、あたしは毎週欠かさず録画して視ているフジテレビ系の「健康で文化的な最低限度の生活」は、しばしば知っている場所が映ります。多摩センター駅前はこれまでにも何回か映っていますね。

が、そもそも「東京都東区」ってどこよ、というツッコミを入れないとなりません。東京都の23区には北区はありますが、それ以外の東西南の区は存在しません! まあ、ドラマなので架空の地名や団体名にする必要があるので、北区以外を選んだのでしょう。

それにしても、多摩センターは辛うじて東京都内ですが、それ以外のロケ地は東京都外がかなり多いようです。東京都東区役所ですから、担当地域だって東区内のはず、受給者の住所も東区内のはずです。それなのに……

まあ、ドラマのロケ地を云々しても詮無いことですからやめますが、そんな中、今回は本屋が登場していました。住吉書房です。ここは看板も付け替えることなく「住吉書房」として登場していました。が、住吉書房って神奈川県の書店です。都内に店舗はあったでしょうか? ちなみにドラマに登場したのは元住吉店です。

さて、話は戻ってドラマですが、なんで視聴率が振るわないのでしょう? やはり主役の吉岡里帆に人気がないからなのでしょうか? いや、そんなことはないと思うのですけどね。あたしは好きですよ。もちろん、ネットでは女性人気が非常に悪いと書かれていたりしますが、どこが女性の反感を買うのでしょう?

それに元AKB48の川栄も出ていますよね。川栄も、あたしはAKB時代から好きでした。だって、可愛いじゃないですか? 演技も巧いですし、現時点では間違いなくAKB出身で一番の出世頭でしょう。しかし、まあ、出演者自体は、それでも全体的には地味ですかね? 井浦新とか田中圭、遠藤憲一なんて、なかなかシブくて、いい演技してくれるメンツだと思うのですが、視聴率を取りに行こうとした場合には厳しいのでしょうか?

あるいは、そもそも生活保護なんていうドラマのテーマのせいなのでしょうか?

とりあえず首都圏の人間なら、「あっ、知っている場所が映った」といって楽しめますが、首都圏以外の人だとそういう楽しみもないわけで、だから視聴率が振るわないのでしょうか?

台湾人の悲哀

「台湾人の悲哀」、確かそんなセリフを発したのは李登輝氏だったような記憶があります。今は亡き司馬遼太郎さんとの対談の時の話だったと思います。

そんな言葉を思い出したのは平凡社新書の『日本軍ゲリラ 台湾高砂義勇隊』を読んだからです。

李登輝が言った「台湾人」というのが具体的にどういう人を指しているのかわかりませんが、一口に台湾人と言ってもさまざまな立場があるのだということが本書を読むとわかります。

一般に台湾人と言った時に、多くの日本人でも知っていそうな知識としては、もともと台湾に住んでいた中国人(福建などからの移住者)と国共内戦に敗れ国民党と共に台湾へ移ってきた中国人の確執ではないでしょうか。いわゆる本省人と外省人の問題であり、李登輝が台湾総統になった時には「本省人の総統」として話題になりました。

確かに、この二つの中国人の問題は台湾の大きな溝でもありますが、言ってしまえば漢民族の中の問題です。本書では、漢民族ではない台湾人、日本人には高砂族として知られる台湾原住民族が主人公となっています。

台湾原住民族がアジア太平洋戦争の時に徴兵され、日本軍として戦ったということは、ごくごく表面的な知識としては知っていました。本書を読むと、亜熱帯の台湾で暮らしていた高砂族が南洋戦線で非常に優秀であり大活躍したことが描かれています。

しかし、彼らが何故それほど頑張ったのかという点については、日本人としては悲しみを覚えます。本書によれば、漢民族から差別されていた原住民たちは日本兵になることで日本人として扱われ、差別的な立場から脱却しようとしていたそうなのです。その気持ちは察するにあまりあるものです。では実際に日本人として遇されたのかといえば、やはりそんなことはなく、厳然たる差別が残っていたようです。

もちろん南洋戦線で一緒に生死の境を彷徨った日本兵との間には個人的な友情や結びつきもあったでしょうが、それは本当にささやかな歴史のひとこまであり、本書を読んだ印象では使い捨てにされたという感じです。

なおかつ、戦後は日本人ではなくなったために戦後補償もなされず、なおかつ日本協力者としてさらなる差別に見舞われたわけです。日本軍と同じように国民党も彼らの戦闘能力を高く買い、対共産党の内戦に送り込みましたが、共産党軍に敗れた後、原住民たちはこんどは共産党軍として戦う羽目になります。しかし、ここでも差別され、どこへ行っても差別される立場に変わりのない彼らの悲哀が憐れです。

2018年8月29日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

地デジなら、こういう放送の仕方はできないのかしら?

今日はTBS系の人気ドラマ「義母と娘のブルース」が放送日なのですが、ご存じのようにTBSは連日のようにアジア大会を放送していて、なんと今宵はアジア大会の中継のために「ぎぼむす」は放送中止なのです。

えーっ、という悲鳴があっちからもこっちからも聞こえてきそうです。否、実際にネット上ではアジア大会なんか放送しなくていいから「ぎぼむす」を放送してい欲しい、という声も多いそうです。

まあ、ドラマも面白いしですし、あたしも毎週見ていますが、録画して見ればよいわけで、やはり今この瞬間にアスリートが闘っているアジア大会の方がライブで見るべきもの、というTBSの判断なのでしょう。

うーん、そうなのか? あたしのように、それほどスポーツが好きと言うほどでもない人間なら「別にスポーツの試合だって録画で見ればいいじゃない」と思いがちです。実際、録画放送というのはしょっちゅうやっていますから。とはいえ、それでもメジャーリーグなど生中継が人気なように、やはりスポーツの試合は生放送がふさわしいのでしょう。

でも、ふと思いました。

地デジって、テレビをよく見ている人なら気づいていると思いますが、一つの局(チャンネル)で複数のチャンネルを持っていますよね。TBSですと「061」と「062」があったと思います。この機能を使って、同じ時間帯に二つの番組を同時に放送できないものでしょうか?

何故そう考えるかと言いますと、WOWOWは三つのチャンネルがあるからです。確か、「191」「192」「193」だったと思います。WOWOWはBSなので、この機能が使えるのはBSデジタルだけで、地デジでは使えない機能なのでしょうか? しかし、だったらどうして「061」と「062」があるのでしょう? 日本テレビもフジテレビも同じように二つか三つのチャンネルを持っていたはずなので、一方でスポーツを延長放送しつつ、もう一つで通常の番組を放送すると言うことは可能だと思うのです。

なぜ、これができないのでしょうか?

北欧は思いのほか売れるのです!

本日の見本出しはたくさんあるのですが、その中の《ニューエクスプレスプラス》は『スウェーデン語』『デンマーク語』『フィンランド語』という北欧の言葉が重なってしまいました。

既に刊行されている『ノルウェー語』と併せて、北欧フェアなどいかがでしょうか? 北欧の語学書って、思っている以上に売れ行きは悪くないものです。なんででしょうね?

北欧家具や雑貨、ムーミン、ノキア、オーロラなど、「あっ、そうか、それって北欧のものだったね」というものが、意外と身近にたくさんあるからでしょうか?

上掲3か国語が店頭に並ぶのは9月に入ってからですので、しばしお待ちを!

「信頼」を考える

 

新宿の紀伊國屋書店の人文書売り場でこんな小冊子をもらいました。

勁草書房の『信頼を考える リヴァイアサンから人工知能まで』を中心としたフェアのようです。

「信頼を考える」という書名がすごいですね。そして、この小冊子も小冊子と書きましたが、これかなりしっかりした一冊です。小冊子なんて読んだら叱られそうな濃い内容です。

で、肝心の該書を読んでいないので「信頼」とは何なのかよくわかりませんが、いまの日本の政治を見ていると一番失われているのは信頼ではないかと思います。別に『信頼を考える』がそういった内容の本だと言っているわけではありませんが(そもそも読んでいないので、そんなこと言えません)、何やらタイムリーに感じてしまうのはあたしだけでしょうか? ただ「リヴァイアサンから」と副題にありますし、内容的には政治や政治思想なども社手に入っているようではあります。

そうなると、あたしが思い出すのは孔子の言葉、論語・顔淵の「民信無くば立たず」です。

どんなに素晴らしい政策を打ち出そうと、やはりまずは民の信頼を得ていないとダメだと思います。最近の日本の政治家は「政治は結果責任」などと言って国民の信頼を損なうことを平気でやり続けていますが、果たしてそれでよいのか、いつか手痛いしっぺ返しを受けるのではないかと思っているのですが。

次回作にも期待が持てますね!

録画しておいた『アナベル 死霊人形の誕生』を視聴。この「死霊館」シリーズはこれで4作目になりますが、なかなか面白いです。本作は呪いの人形アナベルの誕生秘話です。

これまでのシリーズの前日譚になるわけですが、違和感なく過去のシリーズに繋がっている気がします。この人形を作ったのは人形師だったのですね。しかし愛する娘を亡くしてしまい、娘に会えるならと邪教にすがり、かえって悪魔を人形に取り憑かせて(呼び込んで)しまった、ということのようです。

本作で人形に取り憑いた悪魔に魂を取られた少女は後半になって姿を消してしまいますが、名前をアナベルと変え別の夫婦の元に引き取られ、更に成長して「アナベル 死霊館の人形」の冒頭へと繋がるようです。そして「アナベル 死霊館の人形」がシリーズ第一作「死霊館」に繋がるわけです。

ホラーとしては、実はそれほど怖い感じはしません。結果的に悪魔に魂を売ってしまったとはいえ人形師夫婦の娘を失った悲しみは同情しますし、その寂しさを埋めるため自宅を孤児院に提供するというのも理解できます。ただ、自宅に何も知らない子どもたちを招くことすら悪魔に操られてしてしまったことだったようですが。

この家に棲む悪魔は何も知らない孤児を利用して封印を解かせ暴れ回るわけですが、襲われるのが孤児という設定も心引かれますし、悪魔に最初に狙われた少女は足が悪く杖を使わないと歩けないというハンディを背負っているのもポイントが高いです。結果的に悪魔はそんなお涙頂戴的な状況には何ら頓着せず、やりたい放題ではありますが、少女の体を手に入れたら意外とあっさりしていたような気もします。人形師夫婦こそ殺されてしまいますが、この家に移ってきた孤児たちは、取り憑かれた少女を除いて誰一人死んでいません。これはこの手のホラーとしては意外と珍しいのではないでしょうか?

そして本作の中に、曰くありげにルーマニアの修道院の話が語られますが、そこから次回作が公開になるようです。