Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

タイトルは似ているようですが……

店頭でこんな本を見かけました。

創元推理文庫の『ぼくが死んだ日』です。どこかで見たことあるようなタイトルだなあと思ったら、あたしの勤務先で出ていた『ぼくが逝った日』でした。既に品切れになってしまった本ですが、内容は以下の通りです。

語り手は、ある日突然この世を去った青年リオン、21歳。最愛の息子に先立たれた父親は、息子のふとんに顔を埋めては泣き、残されたケータイやノートを解読しようとしている。また精神分析医の予約票を見つけると、息子が何かひどく思い悩んでいたのではないかと妄想を膨らませては一喜一憂する。そんな茫然自失の日々を送る父の姿を、〈僕〉は密かに見守り、寄り添い、時には皮肉ってもみせる。〈僕〉は死者であることによって時間や空間を自在に飛び超え、父親をはじめとする生者たちの心の動きもそっくり知ることができるのだ。本書は、〈僕〉の死を挟んだ約一年にわたる、遺された者たちの生の記録でもある。著者のミシェル・ロスタンは1942年生まれの音楽家・舞台演出家。自ら台本も多数手がけてきたが、小説は、自身の体験をもとにした本書が第一作となる。大切な人を喪った哀しみを、忘れるのでもなく、乗り越えるのでもなく、「人はそれとともに生きていける」ということを息子の声を借りて綴った本書は、刊行するや話題を呼び、2011年《ゴンクール処女作賞》を受賞した。

一方の前者、『死んだ日』は

「ねえ、わたしの話を聞いて……」偶然車に乗せた少女、メアリアンに導かれてマイクが足を踏み入れたのは、十代の子どもばかりが葬られている、忘れ去られた墓地。怯えるマイクの周辺にいつのまにか現れた子どもたちが、次々と語り始めるのは、彼らの最後の物語だった……。廃病院に写真を撮りに行った少年が最後に見たものは。出来のいい姉に悪魔の鏡を覗くように仕向けた妹の運命は。ノスタルジー漂うゴーストストーリーの傑作。訳者あとがき=三辺律子

という内容です。うーん、趣はずいぶんと異なりますね。でも、併読、併売したらおもしろそうです。

LEDって長持ちするものでは?

帰京、帰宅しました。

先週の火曜日は祝日、水木金と出張、土日を挟んで今週も月曜から本日までツアーでしたので、来週は久々の出社となります。とはいえ、先週の火曜も土曜も溜まっている仕事をこなすために会社には数時間ずつ行っているのですが……

それはさておき、帰宅してみると、母親曰く、わが家の専門所の灯りがつかない、とのこと。洗面台の正面鏡の上部左右に電球がついているのですが、その片方がつかなくなってしまったのです。

実はこの電球、数ヶ月前から消灯したときに変な明滅の仕方をしていたので気にはなっていたのです。それがあたしのツアー中にとうとう逝ってしまったわけですね。

でも、この電球、LED電球なんですよ。LEDって長持ちするって言いませんでしたっけ? それこそ、電球より先に器具の方が寿命になる、なんて言われていたと思うのですが、あたしの勘違いでしょうか?

著者のことではないとするならば……

関西ツアーもあと一日です。やはりあっという間でした。

さて、この四日間、書店の方といろいろな話をしました、恐らくあたしが一番熱く語っていたのは新刊『房思琪の初恋の楽園』についてだと思います。だって、それくらい多くの人に読んで欲しいと思うからです。

改めてどんなストーリーなのかを紹介しますと、舞台は台湾の高雄。ちょっとした金持ちたちが暮らすマンションが舞台です。そこに住んでいるのが主人公の美少女・房思琪と本書の語り手となる幼馴染みです。時には住人たちが仲良くホームパーティーなどを開く脇和気藹々としたマンションでの生活。そんなマンションに全国的にも有名な人気先生夫妻が加わります。主人公たちの勉強をみてあげようということになり、二人の両親は「こんな有名な先生に教えて漏れるなんて……」と浮かれモード。二人の少女も嬉しく先生の元へ通い始めます。

ところが、早くも主人公の美少女ぶりに目を付けた先生は、言葉巧みに二人を別々に教えるように誘導し、ある日とうとう主人公をレイプします。その後も二人の関係は続きますが、主人公たちが高校進学となって台北の進学校へ入ることになります。台北で二人はルームシェア的にマンションで暮らし始めるのですが、両親とすれば不安もあります。ところが、先生が自分が台北でも押しているので週に何日かは台北に行くから子供たちの様子を見てあげようと申し出ます。両親は渡りに船、喜び安心して子供たちを台北に送り出します。しかし、台北には先生の別宅であるマンションがあり、主人公はその部屋の鍵を渡され(本書のカバー写真をご覧あれ!)台北でも先生のマンションへ通う生活を送ります。そんな中、主人公はとうとう幼馴染みに先生との関係を告げるのです。

自分がレイプに逢わなくてよかったと安堵する反面、どうして自分にはしようとしてこなかったのかというささやかな嫉妬、そして親友の苦しみに何も気づかなかったもどかしさ。恐らく幼馴染みの子にはいろいろな感情が生まれたと思います。

高尾のマンションには、マンションオーナーの息子の新妻で、主人公ら二人が姉のように慕う女性もいますが、彼女は夫からDV被害を受けていて、いつも長袖の服を着ています。世間的にはリッチな連中が住んでいると思われているマンションも実態はそんなところ。そして高校生活を終え大学に入るようになるとき物語は大きく動きます。

主人公は先生と縁を切り、新しい生活へと一歩を踏み出すのでしょうか、あるいは著者と同じように命を絶ってしまうのか、それとも……

本書は実話を基にしているということで、著者自身に起きたことなのではないかと、台湾ではセンセーショナルに取り上げられたようです。そして本書刊行の二か月後に著者はみずから命を絶ってしまいました。果たして実話とはどういうことだったのでしょう?

あたし自身、こんな風に本書について、営業トークをしていたのですが、そのうちに主人公が著者なのではなく、主人公の幼馴染みが著者だったのではないか、という気がしてきました。はっきりとした根拠があるわけではないのですが、そんな風に感じられたのです。