Nancy Sensual World
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まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
今日の配本(14/02/18)
ソチよりも寒い
東京が雪に弱いのは今に始まったことではありませんが、今年の雪は例年以上の記録的なものですから、ちょっと郊外のニュース映像だけを見ていると東北や北陸の豪雪地帯の映像ではないかと思えるほどの量になっています。決して東京だけでなく、山梨など首都圏全体がかなりの被害に遭っています。既に物流が寸断され、スーパーやコンビニには商品が入ってこない、宅配便が届かないといったことも起こっています。
こうなると、事態は東京は首都圏だけの問題ではなく、日本全体に関わってくるというもの。それなのに、テレビのトップニュースはソチ五輪。特にここへ来てようやく日本人選手がメダルを取るようになってきたので、どの局も争うようにソチ五輪のニュースを伝えています。
巨額のスポンサー料を払ったわけですから、視聴率を稼がないと元が取れないということなのでしょうか? それでももう少し雪害のニュースに時間を割いてもよいのではないか、そんな気がします。確かにメダルを取ったというニュースも日本人に元気を与え、世の中を明るくしてくれますから、これはこれで大事なニュースでしょう。でも、メダルの期待がかかっているのはわかりますが、浅田真央の公式練習のニュースまで時間を割いて流す必要性ってあるのでしょうか? あくまで練習ですよ!
日本のマスコミって、こういうことに限らず、物事の優先順位の付け方がかなりずれているような気がします。
誤植でしょ?
柴田元幸さん編集の雑誌「MONKEY Vol.2」に、翻訳家・岸本佐知子さんのエッセイが載っています。今回のテーマは上海。かつて友人と上海を訪れたときの想い出が語られています。
上海と聞いては読まずにはいられませんので、店頭で立ち読み!(←買えよ!)
ただ、ちょっと気になった点が二つ。
まずは「友誼商店」。
かつての中国は外国人用の紙幣と中国人用の紙幣というのがあって、額面は同じで買い物をするときも同じ値段で使われるのですが、闇市場ではその価値にかなりの差が開いているという時代がありました。まだまだ自由な外国人旅行者が少なかった時代、外国人は外国人向けの商店、デパートで買い物をするというのが通り相場で、それがこの「友誼商店」でした。確かに、中国人向けの商店の粗悪でみすぼらしい商品に比べ、それなりの商品が揃っていた記憶があります。当時、北京では大使館街に、上海では南京路からちょっと入ったところに位置していました。
で、岸本さんのエッセイにも上海の友誼商店へいった話が出てくるのですが、「誼」の字が「さんずい」に「宜」という、いかにもパソコンで作字したようなおかしな形の漢字が使われていました。きっと岸本さんの手書きのメモか、当時撮った写真の文字を再現したのでしょう。でもこれ間違っています。「さんずい」に見えたのは中国語簡体字の「ごんべん」です。実際の文字は「谊」という形だったはずです。中国語を習ったことのない日本人が「ごんべん」の簡体字を「さんずい」と見間違えるのはよくあることです。
次にパンダのこと。
「パンダ」でもなく「大熊猫」でもなく「シェンマオ」だったと書いてありますが、「シェンマオ」とは「熊猫」の部分の中国語発音です。もう少し正確に(?)カタカナ表記するとすれば「シオンマオ」でしょうが、「シェンマオ」でも構いません。いずれのせよパンダのことです。ですから、パンダのことで間違いないのです。あえて「大熊猫」と言いたければ「ターシェンマオ」です。
それにしても、岸本さんのエッセイに出てくる上海、いまの上海とはまるっきり異なる、あたしの感覚としては「古き良き」が残っていた最後の時期ではなかったかと思います。この当時、いまで言う「浦東」地区へ渡っても何もなかったはずです。岸本さんは黄浦江遊覧フェアリーに載ったようですが、あたしは黄浦江を渡る渡し船に乗ったことがあります。上海には明治以来多くの日本人が渡っていますが、たいていは日本から船で渡航し、この上海のバンドにたどり着いたと思われます。(大型船の場合、もう少し河口に近いところに停泊したこともあったようですが……) そんな当時の日本時の大陸雄飛のロマンを感じるには黄浦江の上からバンドを眺めるに限ります。あの街並みはなんとも言えないものです。





